第3話 脱走禁止令

それから2日。ここまでまともな結論が出ないまま俺は悶々とした日々を過ごしていた。朝起きて、飯食ってから行きたくもない分校に行き、昼ぐらいからは集落を歩き……喧嘩を売られる。そして、追い返す。


「クソ、またこっちの負けかよ!」

「なんでだ、今回は20人に増やしたのによ!」

「ったく……被いても雑魚だったら関係ねぇだろ……少しは学べねーのかあいつら」


2日前の2倍の人数になって俺が右手を使えないにも関わらず、またしても捨て台詞を吐きながら逃げていく。敵に能がなさすぎて相対的に俺が天才のように見えてくる。さすがに20人の攻撃を全部受けきることはせずに倒してしまったが、それでもまた色々とケガをした。

流石に家にこのまま帰ったら親が悲鳴をあげてしまうので再び診療所に行くことにした。


少々痛む足と腕をかばいながら山を降り、集落の端を通って診療所までやってきた。やはり少しでかいというだけでここらへんにある民家とはあんま変わらない。右手を使うなとあれほど言われたからケガした左手で無理やり重い横開きの扉をガラガラと開けて、中に入って靴を脱ぐ。


……やはり中は静かだ。木造に少々でかい窓から差し込む太陽光がどこか心を癒すような雰囲気があるものの、それでも人気のない不気味さというものは多少なりともあるものだ。


「と、とりあえず診療室に行くか」


ここにきてもまだ右足と左腕が痛む。この前手当てしてもらった右手も痛む。変に目がかすむから実はちょっとやばいかもしれない。どこからかポタポタと何かの液体が落ちる音がする。そんな死屍累々の状態で診療室の前までやってきて、そのドアを開けると……。


「え……ヒャッ」

「お?」

「ん?」


ガラッと少し重めの扉を開けた瞬間、見えたのはどこかで見た顔と面積の多い肌色。加え悲鳴をあげられてしまうがこっちはそれどころじゃない。だが、とりあえず順番待ちはしないといけなそうなので、ゆっくりと室内にあるベッドに横たわる。


「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか!?」

「あ、ああ。爺さん、そこの人診てから俺診てくれ」

「うむ……ざっと見た感じ今すぐ処置しないといけないというわけではなさそうじゃな……そこで寝とけ」

「おう……」


爺さんがこっちにやってきて、俺の体を流すように確認すると今すぐ命に係るケガがないことを確認して戻っていった。おそらくこのまま寝ていればいずれは治療をしてくれるだろう。そんな信頼を爺さんに預けながら俺は目を閉じた。


〇 〇 〇


目を開ける。あれからどのくらい寝たのだろうか……見知ったようで見慣れない天井を見ながらそう考える。試しにあげてみた左腕には包帯がまかれている。そこから寝る前に何があったかを考え……ようやくここが診療所のベッドの上だということを思い出した。


「くっ……」


起き上がろうとすると、身体のあちこちから鈍痛が走る。治療されたといっても身体の表面だけ、内部からの痛みはどうしようもできないようだ。なんとかして起き上がると、全身は包帯でグルグル巻きにされ、どこからどうみてもフランケンシュタインのコスプレみたいなものが出来上がっていた。普通なら「ふざけんな」とでもいうとこだが、自分がここに来たときのことを思えばこうなるのも当然か。


「と、とりあえず礼だけ言って帰るか……」


寝ていたベッドからなんとか身体を起き上がらせて、近くの窓枠とかにつかまりながら部屋の外に向かう。重症なのは俺でもわかるが、一刻も早く何がどうなったのかだけ知りたかった。それにここには佐奈がいる。爺さんにああいわれたのだから、なるべくここにいないほうがいいだろう。


根性で痛みと戦いながら歩くこと数分、ようやく見えてきた玄関は少々ぼやけて見えた。目がかすんでいるのか、それともここは夢の中なのか。ひとまず下駄箱から靴を取って履こうとしたが……右足は包帯のせいでミイラのような状態。これでは靴なんか履けたものではない。


「しょうがない、このまま帰るか」


靴だけなら後日取りにくればいい。そう思いながら横開きのドアの取っ手をギリギリ掴んで外に出ようとした……途端。後ろから金属類の何かが落ちる音。そして聞きなれた足音が急にこちらに向かってきた。


「ちょっ……和正さん! 何してるんですか!?」

「え……」


次に聞こえてきたのはどこか焦ったような佐奈の声と、必死で俺を支えようと伸ばされた。こうやってまだ立てているからそこまで焦るようなことではないと思うが……。


「どうやってここまで来たんです!? というかどうやって今立ってるんですか!? あなた確か両足骨折して右腕も骨折して無数の打撲に切り傷もあったはずなんですよ?」

「えーっと……根性、だな」

「と、とりあえずバカなこと言ってないで早いとこ病室にもどっ……らないでここにいてくださいよ! お爺さん呼んできますから」


バカとはなんだバカとは。そうツッコミを入れようとするよりも早く、佐奈は俺をその場に座らせるとすぐさま診療室の方面に走って行ってしまった。一応このままはいつくばってここを脱出することもできるが、次そんなことをしたら何をされるかわからない。というか爺さんがこちらに来る方が早いだろう。


しゃあない……大人しく待つとしよう。


  〇 〇 〇


「まったくお前は……これで悪化してたら入院期間伸びるんじゃぞ……ていうかもうほぼ確定で伸びたんじゃが」

「うっせーな……何がどうなってるかわからねぇから確認しに行っただけだろが」

「そこに”Gコール”あるじゃろ。それ押したらワシがここに来るから今後はそれ使え」

「なんだよ”Gコール”って」

「ジジイコール、略して”Gコール”じゃな。ナースコールだとあれだと思ったから変えた」


あれから佐奈の通報(?)によって爺さんがすっ飛んできて、佐奈と二人がかりで病室に運ばれた俺は爺さんとちょっとした話をしていた。結局、俺は両足を骨折し、ついでに右腕も骨折。全身に打撲と思われる痣多数に2か所の刀傷という状態だった。どうして起き上がって歩けたかとかその状態で死ななかったかは不明らしい。まあ、頑丈だけが取り柄ってことで。


「はぁ……とりあえず、お前は完治するまで入院じゃ。安静にしてるんじゃぞ」

「へいへい……」

「くれぐれも無断でどっかに行ったりするんじゃないぞ」

「わぁーったわぁーった! 圧をかけるな圧を!」


顔をぐっと俺の前にクローズアップしてきた爺さんは、かすれたような暗い声で何度も忠告してくる。さすがにウザいからこちらも何度もわかったというも、今までの前科のせいでなかなかやめてくれない。後何回ループすればいいんだよこれ。


「まあまあまあ……さすがにもう動けないと思うし。私も見張ってるから!」

「うむ……佐奈くんがそういうなら任せるとしよう、一歩でも脱走としたらすぐにGコール押すんじゃぞ」

「はい!」

「そのGコールっての流行らそうとしてないか……」


最終的に佐奈に向かって何度も忠告をした爺さんは何かをブツブツ唱えながら部屋の外に消えていった。おそらくまだやるべき仕事が残っているのだろう。こんな辺境の診療所に仕事なんてあるとは思わないが……。


こうして、俺の入院生活はスタートしていった。


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アジサイの約束 古河楓@餅スライム @tagokoro_tamaki

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