番外編 やってらんないよ
カランコロン—――
薄暗い室内—――橙の照明は絞られ、微かに耳に入るBGMは、外の喧騒を隔絶させるカーテンとなり、内と外とを隔絶していました。
ここはVIP御用達の、果実を蒸留した飲み物や複数の材料をその場でブレンドした飲料を提供してくれる店です。
来店した女性はカウンターの端に座ります。
「レイク・クイーンを」
カウンターの中には皴一つない白いワイシャツ姿の男性が、その場でパイナップルやフレッシュクリームなどを原料に、飲料を作ってさっと女性に差し出しました。
「お疲れのようですね」
カウンターから、グラスと共に心遣いが提供されました。
「お話、聞いてくれますか…?」
「ええ、わたくしでよろしければ」
女性は差し出されたグラスに口をつけ、中の液体を流し込むと、話しを始めます。
「仕事で、ちょっと疲れちゃいまして」
「差し支えなければ、どのようなお仕事を?」
心を落ち着かせる柔らかな声音に、女性は息を吐きながら答えます。
「……泉の、女神やってるんですよ」
「それは名誉なお仕事ではないですか。神々と人間を繋ぐ、大事なお役目です」
「いや~、わたしもそう思ってましたよ。基本的に落とし物を拾ってあげて、正直者にはご褒美をあげて、強欲な人や卑劣な人からは取り上げる。単純だけど、心の綺麗な人間に会った時は、なんだかこっちも嬉しくなって、『ああ、この仕事やっててよかったな』と思ったものよ…」
ぐだーっと女性—――女神はカウンターに突っ伏します。
「でもね、ちょいちょいおかしな人がいるわけよ。癖の強い人間がさ~」
「どんな方がいらっしゃったんですか?」
「せっかく金の斧と銀の斧あげたのにさ、それで木ぃ切って『使えないので鉄のと取り換えてください』とか言ってくれちゃうわけよ。お宝で切ってんじゃねぇっての!お前の頭は木ぃ切ることしか入ってねぇのかっつーの!」
女神はだいぶお怒りのようです。
「それは変わった方ですね」
「最近なんかね~、横着して『ここで換金してください』とか抜かすやつまでいるのよ!そんなことできるんなら最初っからあたしが札束渡してるっての!でもね、それができないから貴金属をなんかいいかんじの、…オチっての?そういうセンス的なもので渡してんのにさ、その辺少しは汲んでくれてもよくない?ねぇマ~スタァ~」
管を巻きながら、女神は心の内を吐き出していきます。若干絡み酒気味に。
どうやらここに来る前にどこかでひっかけてきたようです。
「そうそう、長くやってると、噂にもなるみたいでさ、ストーカーみたいになって、女神のわたし目当ての人間まで出てきて、困っちゃうわけよ~」
ここだけ、ちょっとだけ嬉しそうにしています。
「大変でございますね。今の仕事は長いのですか?」
「ん~とね~、二年……じゃないや、二千年くらいかな~?っつーかさぁ、雇い主は雇い主で酷いのよ~。そこの泉じゃ週二とプラスアルファのシフト入ってんだけどね、風邪ひいたって言っても、出勤させようとすんのよ~、それってパワハラじゃない?労基とか行っていいんじゃない?」
カウンターの向こうでは、「週二プラスアルファって、休みの方が多くないか?」と思いましたが、店のマスターの男性は野暮なことは言うまいと黙って女神の話を聞いています。
「だいたい就労環境悪いのよ~。ゴミが溜まった泉で朝七時から夜八時までの勤務よ?拘束時間長いし、あんまり人来なくて暇だし、金とかあげすぎると『相場が崩れるからほどほどにしろ』って本部からも言われるから気ぃ遣うし、でもずっとこんな仕事しかしてこなかったからスキルもないし、転職は難しいかな~」
そう言って、急に女神は黙りました。
マスターが覗き込むと、寝息が聞こえてきます。
寝言なのか、「ヘルメスのばかやろ~」と呟き、すぐに規則的な寝息に戻ります。
「やれやれ」
マスターは店の奥から毛布を持ってきて、カウンターで眠る女神の肩からかけると、再び仕事に戻ります。
ここは
日々の鬱憤を吐き出すための、憩いの場です。
金の斧、銀の斧 神在月ユウ @Atlas36
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます