今も昔もきれいに咲く花たち
別の日。
筆者のコーノはデイサービス施設の敷地内にある畑を耕していた。
シャベルを持ち、土を掘り、石灰や肥料を植え、ウネを作っている。
その背後から声が聞こえる。
「あ~あ~、コーノさん、そんな雑にやったらあかんで、水はけを考えな」
「備中を使いんかい、スコップなんかでできひんて」
「そこの土が崩れとるやんか、周りもっと固めなあかんで」
後ろを見ると畑の近くに置いたベンチにアッコさんとミエ子さん、セツさんの高見三姉妹が座ってあれこれ指示を飛ばしていた。
施設の畑は利用者も手入れを行う。土いじりは主に男性の利用者が行うが、畑に詳しい高見三姉妹もよく土を触る。
ただ、今回は土の世話をコーノが行い、高見三姉妹には畑の出来栄えのチェックをお願いしていたのだった。
というのも、コーノはあまり高見三姉妹に土を触らせたくなかった。
この人たちに畑を触らせると、帰る時間を過ぎてでも畑いじりの手を止めないので触らせたくなかったのである。
なのでコーノは背中に野次……と言う名の指導をうけつつ畑のウネ造りに精を出していた。
整地とウネ作りが完了し、高見三姉妹が最後にウネの出来をチェックしにベンチから立ち上がり、丸い背中でよたよたと畑に寄って来る。
「どうですか?」
コーノが恐る恐る聞く。
「まあまあやね」
ミエ子さんが言う。その横でセツさんが草を引きながらコーノに聞いた。
「んで、これから何を植えるんよ?」
「ええと、この前、ここの畑でニンジンを収穫したので、しばらく土を休めようかと思うんですけど」
「あんなちっさいニンジンで地力が弱まるかい。肥料でも足しとき」
セツさんがやれやれと言い、ミエ子さんが首をひねる。
「今からやったら苺かなぁ?春には大きくなっとるんちゃう?な、コーノさん」
「イチゴですか?でもそれ、今度の園芸クラブでプランター使ってやる予定なんですよ」
「そうなん?予定表に書いとったっけ?セッちゃん」
「書いとったで、しっかりしいよ、ミエちゃん」
二人は「フェッ、フェッ、フェッ」と笑い合う。
その横でアッコさんが「せやっ」と何かを思いつく。
「ほんじゃ、菜の花はどうや?」
それを聞き、コーノは首を傾げる。
「花ですか?それは花壇に植えましょうよ」
しかしアッコさんは食い下がる。
「いんやぁ、菜の花はすぐにできて、花咲く前に収穫したら美味しいんよ」
「そうやで、アッコちゃんの作る菜の花のみそ汁は美味しいんよ」
セツさんが付け加える。
「そうなんですか?」
コーノが聞き、アッコさんがうなずく。
「そうよ。それに菜の花は畑の土を整えてくれるんや」
「緑肥やね。コスモス祭りとかアレも緑肥のためなんよ」
ミエ子さんが付け加える。
「へぇ~、菜の花って美味しいんですね。それは一石二鳥で良いかもですね~」
「そうとなれば決まりやね!」
アッコさんが言うと、ミエ子さん、セツさん三人の丸まった背中がスッと伸びる。
コーノはイヤな予感がした。
「ほんじゃ、菜の花植える為にもうちょい整地をしなあかんな」
「せやな」「よっしゃ」
アッコさんが言い終わるのを合図に三人は畑に入っていった。
コーノは肩を落とした。
老いた利用者を畑に連れて来ると、みんな若さを取り戻したかのように動き回る。そんな姿を見るのは好きだった。
実際、他の利用者の方で、足が弱り車イスでの生活を余儀なくされている人を畑に連れて行くと、短時間ではあるが立ち上がって作物の世話をする姿を見た時は心が震えたものである。
百姓をやっていた人は畑をするために体ができているんだな、と感心する。
が、ゆえに百姓だった人たちは畑のこととなると力が入りすぎる。
夕陽を浴びる中、コーノは時間を確認した。あと10分で利用者のみんなが帰る時間だ。
しかし高見三姉妹が畑に入ると10分そこらでは手を止めないのだ。
「ほれ、なにしとるねん、コーノさん。年寄りばかりに仕事させんと手伝いなさい」
アッコさんが声を張って呼ぶ。
「はいはい」
コーノは上司から怒られるのを覚悟でシャベルを手にした。
そんな気持ちも知らずに、アッコさんは口角を上げ、残り数本の歯を見せて言う。
「最近の若いもんに美味しい菜の花を教えたるわ。キレイなだけやないんよ」
細くシワだらけな手のどこにそんな力があるのか、手とスコップでせっせと土をほぐしていく。
その力強い彼女にトシさんは惹かれたのかなと、コーノは思った。
おわり
100年前の恋バナ コーノ・コーイチ @Shimakono
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