44 かき回される戦場
「『吸血公』!」
「ミズタイホウ! 溶かせ!」
「「「ギョギョ!」」」
『吸血公』の指示により、大砲を無理矢理魚類にして手足をくっつけたようなモンスター、三体のミズタイホウが水のブレスを放つ。
ただの水ブレスでもなければ、攻略組を狙った攻撃でもない。
これは、火属性を複合した熱湯のブレス。
狙いは攻略組によって凍らされた水面だ。
彼らから足場を奪い、氷で動きが鈍っているポセイドンを解放するための行動。
「ッ!? 雷班と氷班以外は奴らを狙撃! 絶対に阻止して!!」
「了解! 『シャインアロー』!」
「『トルネードランス』!」
「『アースランサー』!」
当然、攻略組はそれを阻止するべく、かなりの数の魔法使い達がポセイドンに背を向けてまで、ミズタイホウを狙ってきた。
ここまでボスモンスター相手にかなり一方的な戦いができていたのは、水面を凍らせ続けてポセイドンの動きを制限していたからこそだ。
それを破られれば、一気に形勢が変わってしまう。
魔族の乱入だけでもキツいのに、ポセイドンまで強くなってしまったら最悪だ。
だからこそ、攻略組はポセイドン攻略に必須の雷魔法と氷魔法を得意とする者達以外の魔法使いを惜しみなく魔族に差し向け、全力で仕留めようとした。
200人以上の魔法使い達による、色とりどりの魔法の雨が降り注ぐ。
ウルフが強行突破した時の数倍の密度。
『闇妖精』でも相殺は不可能だ。
正面から挑めば、すり潰されて全滅だろう。
「「「カァアアーーー!」」」
「「「オォオオン!」」」
「「「キィィィ!」」」
「「「ぁぁぁ……」」」
そんな魔法の雨に対して、カラス、狼、コウモリ、ゾンビの四種類のモンスター達。
『吸血公』の召喚したモンスター達が身を盾にして、強引に防いだ。
彼らは凄い勢いで倒されていくが、それと同時に凄い勢いで補充されていく。
『吸血公』のMPが切れない限り、彼らは無限に湧き続ける。
おまけに、召喚獣は倒しても経験値が得られない。
それを許してしまうと、味方に倒させて安全レベリングができてしまうからだ。
敵の糧になることもないモンスターの壁。
まさに、使い捨て上等部隊の面目躍如。
「ガァ!?」
「ギギャ!?」
しかし、それでも全ての魔法を防げはしない。
何発かは肉の壁をすり抜けて、ミズタイホウに迫る。
「「「━━━」」」
それを防いだのは、巨大な盾と槍を装備した、蒼い水晶の騎士甲冑『ムーライダー』。
三体のムーライダーが三体のミズタイホウの前にそれぞれ立ち、装備した盾で魔法を防ぐ。
これは『鬼姫』製の武器ではなく、自前の盾だ。
元々、ムーライダーは海の大迷宮最深部付近に現れる強敵。
自前の盾でも充分に強いし、硬い。
「「「ギョギョ!」」」
「くっ……!」
そうして、肉盾達が時間を稼いでいる間に、ミズタイホウは氷の一部を溶かすことに成功し、氷に空いた穴から水中へと飛び込んだ。
ムーライダーもそれに続き、ミズタイホウの背中にライドする。
ライダーという名前が付いていることからもわかる通り、このモンスターは元々、水中を泳ぐ他のモンスターの背に乗って戦うのだ。
遠距離攻撃に優れるミズタイホウに、モンスターの中では屈指の近接戦闘能力を持つムーライダーの力が加わってしまえば、その厄介さは想像を絶する。
「行くぜ! 飛び込め!」
「ケルピー! 進め!」
「濡れるのやだな……」
「まあまあ、寒中水泳も乙なものですよ」
「私、現実だと泳げないんですよね……」
更に、魔族達も残った使役獣や傭兵NPCと共に、ミズタイホウのこじ開けた穴から水中へ。
肉盾で魔法の雨を防げる時間は短い。
この密度の砲撃を前に真っ向勝負など、愚策中の愚策だ。
ゆえに、敵の懐に入るまでのルートに水中を選んだ。
使役獣を水棲系モンスターで揃え、各々が『遊泳』のスキルを習得し、傭兵NPCも高い金を払って『遊泳』持ちを雇い入れて、この時に備えた。
攻略組よりもずっと前にボス部屋に辿り着き、あらかじめボス部屋の情報を得て、長い時間をかけて作戦を練ったからこそ、有効な作戦を即座に実行できる。
「出ろ! カメ吉!」
「ボォオオオオオオオオ!!」
大き過ぎてボス部屋の扉を通らない上に、陸上ではいい的にしかならないので出さなかったカメ吉こと、ビッグタートルを『吸血公』が水中で召喚。
そのまま、カメ吉は三体のミズタイホウと共に、水中から水ブレスを連射して氷を砕きつつ、氷の上にいる攻略組を攻撃する作業に入った。
「『ダークネスレイ』!」
加えて、『闇妖精』も兄と共にケルピーの背中に乗りながら、強烈な闇魔法で氷の上にいる攻略組を狙撃。
氷に阻まれて目視はできなくても、『索敵』のスキルで大体の居場所はわかるので、そこに向けて撃てばいい。
「ぎゃあああ!?」
「くそっ!? それは反則だろ!?」
攻略組からすれば堪ったものではない。
暴れるポセイドンの相手をしなければならないのに、その最中に足下から狙撃されるのだから。
角度のついた攻撃は盾役がいても防げない。
脆いところへダイレクトアタックだ。
「雷班! 砕けた氷のところから通電攻撃を……」
「させると思うかぁ?」
「ッ!?」
ポセイドンへの最大のダメージソースを差し向けてでも、水中の魔族達を狙おうとした攻略組。
しかし、指揮官であるジャンヌの足下の氷が砕け、そこからウルフが現れて、指揮官への直接攻撃を仕掛けてきた。
『追跡』のスキルでジャンヌをロックオンし、かなり頑張って鍛えた『遊泳』のスキルを使って猛スピードで泳ぎ、一気に懐まで入ったのだ。
ウルフに続くように、彼の空けた氷の穴からならず者傭兵NPCが次々と現れ、共にシャイニングアーツとぶつかった。
それだけではない。
「雷班というのは、あなた方でしょうか?」
「有効打は真っ先に潰す。当然ですねぇ」
「ひぃ!?」
『鬼姫』と『死神』が、クリームのいる雷魔法使いの集団に狙いをつけて現れた。
魔族パーティーへのトラウマから、思わず悲鳴を上げるクリーム。
しかし、
「「「『死神』ぃぃぃぃ!!!」」」
「「「クソアマぁぁぁぁ!!!」」」
恨みを買いまくっている魔族が現れれば、当然彼女の頼りになる()仲間達が駆けつけてくる。
ドラゴンスレイヤーのもう半数、ポセイドン討伐に参加していた者達が、ポセイドンそっちのけで魔族二人に襲いかかった。
「こうなったら仕方がないか……。同志達よ! まずは悪逆非道の外道どもを誅伐せよ!」
「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」
ドラゴンスレイヤーのギルドマスター、『竜殺し』ジークフリートもここに参加し、『鬼姫』と『死神』に向けて突撃を開始した。
制御不能の復讐者達を無理矢理制御しようとしても無駄だ。
なら、彼らに乗っかって最低限の手綱だけでも放さないようにした方がまだマシという判断。
それは間違っていない。
二人の魔族に一つのギルドを丸々ぶつけるという形も悪くはない。
先ほど、ドラゴンスレイヤーのもう半分が為す術もなく蹂躙されたのは、ウルフに背後を取られた上に、『吸血公』のモンスター達の動員によって数対数の戦いになったからだ。
しかし、今のウルフはジャンヌに突貫し、モンスターの軍勢は他のギルドに向かっている。
今なら魔族二人を袋叩きにできる。
その判断は正解で……だからこそ、どうしようもなかった。
「『呪殺・脆弱の罪』!!」
「「「ッ!」」」
『死神』の必殺スキルが、最前列を走る者達に直撃した。
レベル70を超える魔族の一撃。
当然、強烈な一撃ではあるが、相対するドラゴンスレイヤーも一人一人がレベル50を超える精鋭達。
この程度でやられはしない。
……しかし、この一撃の真骨頂は威力ではない。
「刻み連舞・尽殺!!」
「「「ぎゃあああああ!?」」」
『死神』の必殺スキルを防いだ者達に向かって『鬼姫』が突撃をかまし、流れるように刀を振るって斬り殺していく。
必殺スキルではない。
ただの熟練の技、現実世界では否定され続けた流派の技。
それがドラゴンスレイヤーの構えた武器も、纏った鎧も、鍛え上げたVIT(防御)も、全てを紙のように斬り裂いて殺していく。
『鬼姫』の魔族固有スキル『鬼刃』によって生み出された刀を、その性能を最大限に引き出せる本人が振るうことによって得られる、恐ろしいまでの斬れ味。
正面から打ち合えば、現時点での最高峰の武器ですら、十度とぶつからぬうちに破壊されるだろう。
だが、一撃死というのは、さすがにありえない。
ただでさえ恐ろしい鬼刃を一撃必殺にまで昇華させているのは、『死神』の固有スキルだ。
彼の魔族固有スキル。
その名は『呪殺魔法』。
敵のステータスにデバフをかける『呪魔法』の超強化版。
『死神』の攻撃を受けてはならない。
直撃はもちろん、たとえ防御に成功したとても、ガードの上から強烈なデバフをかけられる。
通常攻撃を受けるだけでもデバフはかかり、必殺スキルを受けてしまえば、致命的なまでにステータスは低下する。
今回はVIT(防御)を下げる必殺スキルにより、『鬼姫』の攻撃を一撃必殺へと変えた。
二年前はステータスの低下をまるで恐れず、弱体化した味方を踏み越えて襲ってくるドラゴンスレイヤーを前に不覚を取ったが、今回は『鬼姫』と組むことによって、弱体化からのトドメを流れるように行うことができる。
加えて、
「「「『死神』ぃぃぃぃ!!!」」」
かつては呑まれかけた、自分への恨み辛みで狂気に染まった者達の姿。
しかし、ウルフのあれを聞いた今では、彼らを見ても何も感じはしない。
自分が世界に絶望する中、誰一人として手を差し伸べなかったくせに、見捨てた奴から反撃されただけで喚き散らすクズどものことなど知るか!
「『呪殺・足削ぎの恐怖』!」
「うぐっ!?」
「あがっ!?」
「ぐぅぅぅ!?」
呪殺魔法によってAGI(俊敏)を下げ、動きの鈍った者の命を大鎌で刈り取る。
「「「あああああああ!!!」」」
それでも一切怯まず、痛みも恐怖も感じでいないかのように飛びかかってくるドラゴンスレイヤー。
かつては恐れたそれも、今では畜生の鳴き声にしか聞こえない。
「ハハハハハッ! 死ね死ね死ねぇ! お前らに大義なんて無かった! お前らに復讐者を名乗る資格なんて無かった! 私と同じ、ただの外道として死んでいけぇぇぇ!!」
「「「ぎゃあああああああ!?」」」
『死神』と『鬼姫』が暴れる。
狂気の死兵に怯むことなく、万全の状態で暴れ回る。
彼らは二年前のように多対一を二つではなく、コンビとして多対二で戦った。
相性の良い二人が、魔族パーティーとして培った連携プレイをしてくるのだ。
その脅威は尋常ではなく、ドラゴンスレイヤーは圧倒された。
蹂躙にこそなっていないが、このまま戦闘不能になる者が増え続ければ時間の問題だ。
「くそっ……! この悪党どもが……!」
劣勢に晒され、ジークフリートが悪態をつく。
隣のクリームは二年ぶりの窮地に真っ青な顔だ。
それでも戦意を喪失せずに戦い続けられるのは、さすが五年の戦闘経験を持つトッププレイヤーと言うべきなのだろう。
「ガァアアアアア!!」
「くっ……! コジロウ、ドラゴンスレイヤーの援護を! せめて『鬼姫』だけでも封じられれば勝機はあるわ!」
「ぬぅ……! 致し方なし……!」
一方、ウルフとシャイニングアーツがぶつかる戦場。
ドラゴンスレイヤーが劣勢と見て、ジャンヌは最高戦力である『刀神』コジロウを向かわせることを決めた。
誰よりも優先してジャンヌを守りたいコジロウだが、戦線が崩壊すればジャンヌもろとも終わってしまうため、断腸の思いでドラゴンスレイヤーのもとへ走る。
彼の剣技であれば、同じく剣技に秀でた『鬼姫』を引きつけておくことができる。
ステータスと武器の差で勝利は絶望的だが、足止めならば可能だ。
そうして相手が『死神』だけになれば、疲弊したドラゴンスレイヤーでも勝ち目はあるだろう。
「ハッ! そりゃ悪手なんじゃねぇのか、クソ聖女!」
ウルフはそんなジャンヌの判断を嘲笑い、
「『クラッシュフィスト』!!」
「なっ!?」
足下の氷に必殺スキルの拳を叩き込み、全員から足場を奪った。
それなりに溜めのいる大技。
コジロウがいなくなって攻撃の密度が薄れたからこそ、簡単に発動できた。
高速戦闘中だったがゆえに、ジャンヌ達は最初のように飛び退いて足場のある場所まで下がることもできない。
そして、
「よっ!」
ウルフが猛然と泳ぎ出し、シャイニングアーツから離れていく。
ジャンヌ達は追いつけない。
彼女達もこういう事態に備えて『遊泳』のスキルは鍛えてきたが、この二年間、安全マージンを確保した上でのレベル上げに必死だったジャンヌ達と、悠々と『遊泳』を鍛え上げる余裕のあったウルフとではスキルレベルが違う。
そうして、ジャンヌ達を水の中に置き去りにして一時的に無力化し、ウルフが向かったのは……ポセイドンが氷を砕きながら暴れている方向。
「ッ!? 『シャインストリーム』!!」
「『ブラックアロー』!!」
「『ストーンバレット』!!」
ウルフの狙いを察し、ジャンヌ達は魔法でウルフを狙撃する。
だが、水中で威力も速度も落ちた魔法ではウルフに当たらず、残ったならず者傭兵NPCに邪魔をされて、魔法による妨害すらロクにできない。
そして……。
「『クラッシュフィスト』!!」
「「「!!」」」
ウルフは氷を溶かそうと奮闘するミズタイホウやビッグタートル、それと戦っている攻略組の水中部隊すらも追い抜いて、ポセイドンの近くに到達した。
そこで粉砕の拳を連打し、海の守護者を封じ込める無粋な氷を砕いていく。
「ここは海の大迷宮! ズルしねぇで、ちゃんと海の戦いをしやがれ!」
ウルフが拳を引いて力を込める。
単発ではなく、広範囲を攻撃する技の構え。
正義のヒーローを削り倒した技の構え。
「『インパクトスマッシュ』!!」
広範囲に拡散する衝撃波の拳が━━今までのウルフの攻撃でボロボロになった氷の床を完全に破壊した。
張り直すための氷部隊は、『闇妖精』の狙撃で右往左往している。
もう、この化け物を封じる術は無い。
「━━━━━━━━━━!!!」
海の守護者、深海龍ポセイドンが。
まるで今まで封じられ続けた怒りに身を焦がすように。
絶望の咆哮を上げた。
『Utopia・online』 〜TS獣人少女は、デスゲームの世界で最凶の悪役になる〜 虎馬チキン @torauma1321
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