第3話

 マスターの淹れる珈琲は絶品で、気づけば三杯目を飲み始めていた。

 のんびりと飲んでいるとマスターが突然話し始めた。

「あなたは普段の生活を苦しいと感じたことはありますか?」

 想定もしていなかった質問が飛んできたことで、言葉に詰まったが、改めて向き直り、私は答えた。

「しんどいと思ったことはありますけど、逃げ出したくなるほど苦しいとかは思ったことないですね。」

「それはいいことですね。仕事や自分の役目に対して向き合っているいい証拠です。たまにね、この質問をすると泣き出してしまうお客様がいらっしゃるのですが、そうお考えになっていて安心しました。」

 そういうとまた食器やらなにやらを片付け始めた。

 はて、どういう意味だろう?少し疑問に思ってから、ふと時間が気になった。


「そういえば僕が来てからどれくらい時間が経ってますか?」

 その一言を聞いたマスターの顔は笑顔になった。

「その質問をするということはお客様、ここを出て日常へ戻りたいということでよろしいでしょうか?」

 マスターのその一言は私に躊躇いを生み出した。

 確かにこの空間は魅力的だ。珈琲も美味しいうえに飲み続けられる。更には店内の雰囲気、BGMすべてが癒しに思えるほどにいい空間である。それにいつまでもいられるのだから珈琲も喫茶店も好きな私にとっては最高である。だが、自分の生活もあり、社会の一員であるからいつかは戻らなければならないはずなのである。

「そうですね。いろいろと考えたり、したいことがあるので戻ったほうがいいかなとは思っているとこです。」

「承知いたしました。ご利用ありがとうございました。ところで、ここの珈琲より美味しい一杯とは何かお考えになりましたかね?」


 そういえばマスターはここより美味しい珈琲があると言っていた。自分がいろいろな店で飲んできた珈琲や缶コーヒーの味を思い出しつつ、少しは考えたが特には思いつくことはなかった。

「自分なりに考えてはみたのですが、どうもいいものが思いつかなくて、自分にとって一番の珈琲って考えるとやはり難しいですね。」

「そうでしたか。同僚やお友達、ご家族とかはいらっしゃいますか?」

「はい、同じ珈琲好きの友人がいて、そいつとはたまに喫茶店巡りなんて言いながら珈琲を飲んでいることはありますね。それがどうかしましたか?」

 珈琲と知り合い、それがどう結びつくのか、私には考えもつかなかった。

「なるほど、私が思うに珈琲は確かに美味しいものですが、それを共有できる人と飲むことで一人で飲むとき以上に美味しくなると思っています。一人がいいという方もいらっしゃるとは思いますが、誰かと感想を共有できることや一緒になって楽しめるということは幸せなことですから。」

 その言葉は、温かさもある反面どこかさみしそうにも私は感じた。

「少し話過ぎましたかね。では、またいつかのご来店をお待ちしております。」

「はい、ありがとうございました。また来ます。」

 そういって店の扉を開け、私は元の日常へと戻っていった。


 次の日の朝、私は友人に一つ連絡した。

「今日の大学終わり、一緒に喫茶店に行かないか?ちょっとひと休みするのにいいところあるんだよ。」






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ひとやすみ 二見風理 @with__w09

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