第2話

 いや、、ん?え???当たり前のようにマスターは言っていたが、どういうことだ。店が見えないだと?そんなパラレルワールドみたいな話、まさかあり得るわけない。冗談なんだろう

「ははは、こんな素敵な雰囲気の喫茶店が見えない人がいるなんて、みんな損してますよね。」

「そうですねぇ、珈琲を嫌いな人や珈琲に対して偏見を持った人は世の中には多い。君も珈琲を楽しむようになる前は苦い飲み物で美味しいとは考えもしなかったんだろう。そう言った考えのある人にはうちは見えないんだよ。おかげで店内が寂しい感じがするよ。ははは」

 ・・・・え、事実なのか?冗談だと思って返していたがあの言い方と顔つき、本当に真剣に嘘はついてないように見える。

 私が疑いの眼差しをしていたのか、マスターは私に言った。

「まぁ、いきなり言われても受け入れるのは難しいだろう。窓を見てごらん」

 そう言われて、私は席を立って、窓の方に歩いて行った。

 ん?景色がないぞ。窓はたしかにある。だか、その向こうには何一つ景色はなく、ただの白い世界になっていた。

「うちの店は一度入ると入ったお客さんが満足な休憩を終えるまで外に出れない仕組みで、休憩に没頭できるように完全な異空間に店を移すんです。だから、うちを知っていても先客がいて入れない人もいれば、来たことあるけど今では店の場所が見えなくなった人もいる。満足できなくて帰れなくなってしまってこちらの側に来てしまった人もいる。そういったちょっと不思議な店なんですよ。」

 これは驚いた。そんな特殊な店だったのか。というか帰れなくなった人がいるのはさすがにまずくないか?たしかに無限にいたいと思ってしまうような空間ではあるけれども。

「帰れなくなった人がいるって、その人はどうなったんです?」

 思わず私は聞いてしまった。珈琲も大好きで、こういった喫茶店が理想な空間である私にとって、帰れなくなった人の気持ちは痛いほどわかってしまったからだ。それを聞いたマスターは少し驚いていた。

「知りたいですか?あなたはが好きだとおっしゃっていたと思いますが。」

 その一言はやけに冷たく、なぜか鋭く私には感じられた。言葉に詰まっていた私に、マスターは続けて言った。

「世の中知らない方がいいこともあると私は思いますよ。今過ごすこの時間は日常の中のなのですから。」

 そう、マスターの言う通り今過ごすこの時間は私にとって「」なのである。いずれ終わるはずの時間であり、日々を頑張るための心のマッサージ。無限に過ごすのはひと休みではない。まだ社会人になっていない私にでもわかることだ。

「無粋な質問でしたかね、すみません。」

「いえいえ、不思議に思うのは普通のことですから。ただ、そうならないためにもあなたは知らない方がいい。」

 マスターの声は最初に聞いたおだやかなものに戻っていた。だが、今の言葉はどこか寂しい感じがした。

「冷めないうちに珈琲、どうぞ召し上がってください。」

 マスターに言われ、私はやっと目の前の珈琲に意識を戻すことができた。目の前の珈琲からは今まで飲んできたどの珈琲よりも香りが良く、その香りだけでも十分に癒されるほどであった。そして、猫舌で少し冷まさないと大抵のホットコーヒーを飲めない私でも飲める温度になっていて、ぬるいわけでもなかった。マスターと話すぎていたわけでもないため最初からほど良い温度になっていたのだろう。味は、どうだろうか。おそるおそる一口飲んでみた。

 こ、これは美味しい。珈琲といえばやはりコクのある美味さであるが、抜群にいい。そして、苦味もしつこすぎず、まるでビターなチョコレートのような嫌味でない苦味である。さらに驚いたことに、一口飲み終わった後味が珈琲の味をほのかに残しつつ、香りが最後まで楽しめるところだ。初めて飲むその珈琲は本当に魔法の飲み物なんじゃないかと錯覚してしまうほどに美味しく、私は一気に惹きつけられた。

「すごい、こんな美味しい珈琲初めて飲みました!」

 興奮冷めやらぬままマスターに私は言った。しかし、返ってきたマスターの言葉は私にとって意外なものだった。

「そうでしたか。あなたが今飲んでいる珈琲は私が今淹れたもので間違いない、そしてそれを褒めていただきありがとう。ただ世の中にはこれよりももっと美味しいと思える一杯がありますよ。そのうちどこかでそういう一杯とも出会えると思いますよ。」

 今飲んだばかりの珈琲が一番美味しいと思った私にはマスターのその言葉の意味がよくわからなかった。なんだろうと考えつつ、私は残っている珈琲をゆったりと味わっていった。

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