アンパラレルド・パンプキン
天之川 テン
アンパラレルド・パンプキン
「我は闇を統べる者。我の前では、全てが無力」
四代目 統一者 メラゾワール
『闇の統一』より抜粋
今日もつまらない一日だった。
そんなことを思いながら、俺は帰途についていた。
俺は斬島京介、高校二年生。趣味はアニメ観賞。
物心がついた時からアニメにどハマりして、気付けばアニメこそが全てだと思うようになっていた。
だから、現実が退屈で仕方がない。
見慣れた風景、半ば強制的に過ぎる日々。
この広々として何も変わらない河川敷を、幾度目にしたことだろう。
ただ毎日学校に行って帰るだけの日々を、何度経験したことだろう。
人は言う。日常が退屈だと感じるのは、日常の中から何も見出すことができていないからだ、と。
でも、それは違う。どんなに目を凝らして日常と向き合ってみても、つまらないものはつまらないのだ。
俺はもっと壮大なものと向き合ってみたい。
悪が魔力を行使して創り出した混沌とした世界。か弱く、でも芯が強い王女と彼女を守るために巨悪に立ち向かう俺。そして魔道士や騎士、武闘家などの頼れる仲間たち。最後にはこの俺の、最強の武器で世界を切り拓く……。
そんな素晴らしいストーリーを、俺は心から待ち望んでいる。まあ、そんなストーリーは永久にやってこないのだが。
「キョウくん!ねえ、キョウくんってば!」
振り向くと、見知った女の子が息を切らせて立っていた。
彼女は、南川ゆみ。俺の幼馴染で、同じ学校に通っている。
「やっと追いついたー。さっきから呼んでるのに、キョウくん気付かないんだもん」
「ああ、悪い」
そう言うと、俺は何気なさを装いながら河川敷を眺めた。
こんな俺でも恋はする。
彼女のことは7歳の時から知っていて、ずっと一緒だった。
クリッとした目に、サラサラした綺麗な髪。
それに、性格も天真爛漫で明るく、優しい。
一目惚れというやつだろうか。初めて会った時からのこの気持ちは、未だに伏せたままだ。
「キョウくん、どうしたの?何見てるの?」
「いや、何でもない」
俺は慌てて河川敷から視線をそらした。
「キョウくん、今日もずっとボーッとしてたでしょ。昔からそうだよねー」
「昔からハイテンション貫いてるお前とは違うんだよ」
「何、その言い方!感じ悪~」
ゆみは、頬を膨らませて俺を睨んだ。
「ところで、なんか用か?」
「特別、用ってことはないけど。たまたまキョウくん見かけたから話しかけただけ」
「そっか。じゃあな」
そう言って帰ろうとした俺の前に、ゆみは回り込んだ。
「ちょっとー、キョウくん高校入ってから冷たいー!昔は一緒にたくさん遊んでたのに、今じゃ全然連絡もくれないし!私たち、幼馴染なんだからもっと一緒にいたっていいでしょ?」
そりゃ俺だって一緒にいたいさ。俺が一番。
「男子と女子が一緒にいたら、色々と面倒なんだよ」
「何で?いいじゃん別に、幼馴染なんだし。みんなも知ってるよ」
ゆみは、きょとんとした顔で俺を見つめた。
ああ、ゆみには分からないか。もういいや、めんどくさ。
「ところでお前、今日はずいぶん早帰りだな。帰宅部の俺と同じ時間に帰ってるなんて、珍しいじゃん」
さりげなく、俺は話題を変えた。
すると、ゆみは目をキラキラと輝かせ、よくぞ聞いてくれましたとでも言いたげな顔をした。ヤバ、これは墓穴を掘ったかも……。
「それでは問題です。明日は何の日でしょう?」
こういう質問、けっこう困るんだよなぁ。よく社会科で「憲法記念日を答えよ」とか、「勤労感謝の日を答えよ」とかいう問題出ることあるけど、一問も解けた記憶がない。大体、同じ一日が過ぎているだけなのに、その一日に意味を付けようとする人間の心理が分からん。仮にそれが分かったとしても、「憲法記念日」も「勤労感謝の日」も俺には何の関係もない。
「えっとー、健康感謝の日、みたいな?」
「そんな祝日、ないんだけど!?せめてハロウィンの日って言ってほしかったよー。そうだよね、キョウくんは昔からこういうことに無頓着だったよね。聞いた私が悪かった、やれやれ」
ゆみは心底呆れたように首を横に振った。
まあ、呆れてくれる分だけマシか。他の女子が俺の生態を知ったら、ドン引きして二度と口を聞いてくれなくなるだろう。
「で?結果、何の日なんだよ?」
「ふふん、それはですねー。明日は、『ビューティー少女セーナ』第二十七巻プレミアム版の発売日でーす!」
「え?お前まだ、あんなマンガにハマってんの?アニメ好きのこの俺ですら、あの作品には早々に愛想をつかしたね」
「はぁ!?何それ、どの辺が悪かったっていうの?」
「あの作品のアニメ、一期はまあ良かったけど二期から作画も雑だし、恋愛シーンはグダグダだしで、見る価値なかったな。原作もお前から借りて読んだけど、伏線回収はできてないわ、戦闘シーンも見づらいのなんのって。俺が描いた方がマシじゃね?って思ったわ」
「キョウくん、マンガなんか描いたことないじゃん。絵だってひどかったの知ってるんだから!」
「いや、でもあのマンガは全てのマンガの中で最下層だね。読む価値ないわ」
「けっこう感動シーンとかあるんだよ!しかもこのマンガ、国内人気だけじゃなくて、世界人気も高いんだよ!そんなこと言ってるの、キョウくんだけだよ!」
「いいえ、それは人類の見る目がないだけでーす。はい、見る価値なし、読む価値なーし!」
「そんなこと言って、キョウくんだって何十年も前の『クレイジーブランド』とかいう、全然売れなかったどマイナーなマンガ、未だに読んでるでしょ!ミイラがブランド服着て暴れるみたいな、イミフ設定のマンガ!」
「な!?お前、あれはなかなかいい作品だぞ?そういうプッツン設定が芸術味があって面白いんだよ!」
「何それ、全然意味分かんない!」
その後、俺たちは呼吸を整えて再び向かい合った。
「それで?明日マンガの発売日だからって、何なんだよ?」
「明日、渋谷まで行ってくるんだ。この辺りの本屋さんじゃ売ってないから」
確かにここから渋谷までは電車で一本だ。すごく近い。
だけど、確かハロウィンの日の渋谷って……。
「ハロウィンの日の渋谷は、コスプレ人間の溜まり場だろ?犯罪が多発して警察は出動するし、何かと物騒だ。やめといた方がいいんじゃないか?」
「でもその次の日じゃ売り切れちゃって手に入らないんだよねー。ネットでも予約できなかったし。ほら、すごい人気だって言ったでしょ?」
やれやれ、まったくあんなマンガのどこがいいんだろうな。
「まあ、好きにしろ。気をつけて行ってこいよ」
「うん、じゃあ今日はもう帰るから!バイバイ!」
ゆみは手をヒラヒラと振って駆け出して行った。
俺がその背中を眺めながら手を振っていると、ゆみは振り返ってにっこりと笑った。
「『気をつけて』だなんて、キョウくんホントに優しいよね!」
「うるさいな、さっさと帰れ」
「もー、照れちゃってかわいい」
ゆみはそう言って俺をからかうと、今度こそ帰って行った。
俺はしばらくその背中を見送っていた。
ゆみは毎日すごく元気だ。ゆみにとっては、マンガに熱中して、部活やって、友達と喋って笑い合う毎日がホントに楽しいんだろう。
それにしても、渋谷か……。俺はインドア派だから普段あまり外出しない。だから、当然都心に行く機会は全然ない。
俺も都心に出かけたら、変われるだろうか。少なくとも、俺の退屈凌ぎくらいにはなってくれるだろうか。いや、たぶん無理。
「ただ今、速報が入りました。実に驚くべき事件です」
家に帰って玄関を後にすると、リビングからテレビの音がした。
俺はリビングの前を通りかかると、しばらくテレビの画面を眺めていた。
ニュース速報のようだ。アナウンサーが額に脂汗をかきながら、速報を伝えようとしている。よほど重大な事件のようだ。
「本日十六時四十三分頃、東京タワーが大きく曲がっているのが発見されました。曲がり方は極めて異常そのものです。映像をご覧ください」
なるほど、確かにすごい曲がり方だ。タワー全体が大きく曲がり、タワーのてっぺんは地面に到達しようとしている。とても人間がやったものとは思えない。
「原因は現在調査中です。危険なので、東京タワーには近づかないようにしてください」
現在調査中、聞き慣れたセリフだ。実を言うと、最近こういう事件が多い。一週間前には琵琶湖の水が空中を浮遊したし、つい先日は東京都内の動物園の動物が全員どこかへ消えたというニュースがあった。いや、それどころか半年くらい前からこういう事件が多発している。決まっていずれも未解決のままだ。
これが異世界とかファンタジーの世界の話なら納得がいく。だが、ここはリアル。何が起こっているのか分からないし、正直気味が悪い。
こういう事件には巻き込まれないことを祈るばかりだ。
俺は階段を上がって自分の部屋に行くと、ベッドに寝転んでそのまま爆睡してしまった。
目が覚めた頃には、既に外は暗くなっていた。机の上の時計も十九時を指している。
そろそろ晩飯の時間か。晩飯までに課題でもやるかな。
俺がのろのろとカバンからノートを取り出そうとしていると、部屋のドアが開いた。
「京ちゃん、今大丈夫?」母親だった。
「なに、母さん。別に何もしてないよ」
「実はね、味噌汁に使うお味噌買い忘れちゃったの。コンビニで買ってきてくれない?」
マジか。こんな時間に外出とか、俺のポリシーに反するんだが。
だけど、味噌汁がつかないのは許せない。仕方ない、行くか。
「分かった、行くよ」
「ありがとう!じゃ、お願いね」
母親から金を手渡されると、俺はすぐに家を出た。
外はすっかり暗くなっていて、肌寒かった。とても十月末の気温だとは思えない。
さすが異常気象。秋は完全に冬に食われた形だ。
俺はコートのポケットに手を深く突っ込んで歩き出した。
しばらく歩くと、視界の上の方に何か眩しいものがチラついた。
何だ?と思って空を見上げると、エメラルド色の光の球のようなものが俺の進行方向とは逆に移動していることに気が付いた。
決して速くはなく、かといって遅いわけでもない。
何だあれは?蛍か?いや、蛍にしては季節外れだな。第一、この辺りに蛍が出ることはあり得ない。
俺はその謎めいた光の球を見送ると、また歩き出した。
まったく、今度は超常現象か何かか?一体、世の中どうなってるんだろうな。
俺はコンビニで味噌を買うと、足早に帰途についた。
そして河川敷の前を通りかかると、どうしてか分からないが、ふと只ならぬ気配を感じた。誰かに尾行されているとか誰かに見られているとか、そういう類の気配ではない。河川敷の下の方から、何か重々しいオーラを感じるのだ。それも決して禍々しいものではなく、人を惹きつけるようなオーラが。
俺は奇妙に思いながらも、河川敷の下に降りていった。
すると、そこには小さい箱が落ちていた。一辺七センチくらいの、綺麗な立方体。色は、とてつもなく黒い。
パッと見た感じでは汚れた跡もなければ、使い古した感じもしない。つまり、誰かの落とし物には見えない。
それに、謎のオーラはこの黒い箱から出ているとみた。
「ザ・ブラック・ボックス」。うん、そう名付けよう。
ファンタジーアニメの世界では、これに触れると眩い光が差し込んでとんでもないお宝や武器が出てきたりとか、異世界に飛ばされたりするのだが、まさかそんなことはないよな。
リアルの悲しさよ、とほほ。まあ、せっかくだから開けてみるか。何が入ってるか気になるし。いでよ、魔剣!
「うわっ!」
俺が箱に手を触れると同時に、箱は紫色の眩い光を放出し、その光が俺を包み込んだ。
え……!?マジ?
気がつくと、俺は異世界に飛ばされたわけではなく、リアルの河川敷に立ちつくしたままだった。「ザ・ブラック・ボックス」とコンビニ袋は依然として目の前にあったが、お宝や武器は見当たらなかった。
それにしても何だろう、頭が重い。しかも視野が少し狭くなってないか?
それに、衣服もやたらガッチリしたような感じがするのは何だろう?
明らかに「ザ・ブラック・ボックス」が俺の体に何か作用したらしい。
何か俺に特殊能力が発現して、今体がとんでもないことになってるんじゃないか?すごい、夢みたいだ。俺の夢がようやく叶うかもしれない。
俺は試しに両手で頭を触ってみると、何やらすごくゴツい感触がした。
ん?何だこれ?俺もしかして、なんか被ってる?
こういう場合って確か、被り物をどんなに引っ張っても取れないようになってるんだよな。どれ、ダメ元で引っ張ってみるか。どうせ取れな……あれ?
意外と簡単にすっぽりと取ることができた。いや普通、取れないだろ!まあ、それはさておき、きっと何か特殊な装備に違いない。
だが、それを両手に持った瞬間、俺の夢は秒で壊れた。
なんとそれは、カボチャだったのだ!よくハロウィンに飾るカボチャのお化けの……なんて言うんだっけ。そう、ジャック・オ・ランタン!
俺は今までこのカボチャを被って特殊能力が発現したとか夢見ていたのか。そう思うと、恥ずかしくなってくる。
そのカボチャは魔女が被る帽子を被っている。確か魔女が被る帽子には「エナン」っていう名前がついてたよな。この帽子もどうせすぐ取れるんだろ、ほら!
そして自分の衣服を見ると、またしても夢が壊れる音がした。俺はローブを着て、マントを羽織っているのだ。カボチャを被り、その上に魔女の帽子、そして衣服はローブとマント。完璧にハロウィン用のコスプレじゃん!
ああ、訳が分からない。一体この「ザ・ブラック・ボックス」は俺に何をもたらしたんだ?
いやでも待てよ、人を見た目で判断するなと言うように、何でも見た目で判断してはいけないんじゃないか?だってまだ俺は特殊能力が使えるかどうかを確認したわけじゃないじゃないか?
それに、魔女の帽子とローブから察するに、魔法使いのような服装ではある。
俺はもう一度カボチャを被ってその上にエナン帽子を乗せると、右手を前に出してみた。
案外、魔法が使えちゃったりするかもしれない。さてさて、どんな魔法を使ってみるか。そうだ、魔物でも召喚してみよう!
「召喚魔法、出でよ魔物!」
すると、瞬時に目の前の地面に魔法陣のようなものが出現し、紫色の光が溢れ出した。おお、これはきたかも!俺は身を震わせながらその光を見つめた。
しばらくすると光は消え、魔法陣の上に一人の女性が立っていた。
目はキリッとしており、黒い髪は長くストレートパーマがかかっているようだ。歳は俺より五、六歳くらい上だろうか。きっちりとした燕尾服を着ており、端正な佇まいだ。
それにしても、すごい美人!俺に好きな人がいなかったら惚れていたかもしれない。やれやれまったく、すごい魔法だぜ。美人召喚しちゃったよ。
彼女は俺を一瞥すると、その場に片膝をついた。
「お初にお目にかかります、統一者様。四代目統一者様付吸血鬼のサリアーナでございます」
思いがけない一言に、俺は言葉が出なかった。あまりにも意味不明な言葉の数々に、思考が追いついていないのだ。統一者?吸血鬼?一体何のことだ?
「あ…、あの……。統一者って何のことですか?」
サリアーナはきょとんとした顔をして、
「何をおっしゃっているのですか?あなた様は、統一者様でいらっしゃいます」
「いやだからその、統一者っていうのが何なのか分からないんですけど……」
サリアーナは、さらに不思議そうな顔をして立ち上がると、あたりを見回した。
「妖精はどこにいるのです?」
「妖精?」
「妖精をご存知ないのですか?」
「はい、知りませんけど……」
「なるほど、理解しました」
サリアーナは俺の方に向き直ると、真剣な顔をして話し始めた。
「この世界には、古来より魔法使いが存在します。魔法使いは良い者もおりますが、ほとんどは人間に対して憎しみを抱き、人間を滅ぼさんとする悪い者です」
魔法使い!すごい、リアルに魔法使いがいるなんて!俺は期待に胸を高鳴らせながら彼女の言葉に聞き入った。
「それら悪の魔法使いは人間を滅ぼすために、幾度となく人間に危害を加え、この世を破壊しようとしました。その悪の魔法使いと戦い、人間を守ってきたのが『統一者』なのです」
そういうことだったのか。じゃあ、俺は……。
「残念ながら統一者の寿命は、永遠ではありません。なので初代様は次代の者に統一者の力を継承することにしました。自らの力をそのコスチュームに封じ、自分に付き従った妖精に託したのです」
そう言うと、サリアーナは俺のコスチュームを指差した。
「妖精は代々そのコスチュームを継承し、統一者に相応しい者を選んで統一者の力を与えてきました。つまり、そのコスチュームを纏ったあなた様が統一者の力を受け継ぎ、四代目の統一者となったのです」
「ちょっと待ってください。その話でいくと俺は妖精に選ばれたわけじゃないどころか、妖精に会ってすらいません。だから別の人が統一者になるべきです」俺は慌てて言った。
「それはできません。そのコスチュームを纏った者にのみ力が譲渡され、その者が死なない限り次の者に譲渡することはできないのです」
俺は今、統一者になって巨悪と戦うか死ぬかの二択を迫られてるっていうわけか。だけど、そんなことはどうだっていい。
「分かりました、俺やります!統一者として世界を導きます!」
あまりに元気よく言ったので、サリアーナは少し驚いたようだった。
それも当然。普通の人間なら死ぬことを拒んで仕方なく統一者になることを選ぶはずだ。そして、巨悪と戦って死ぬかもしれないということに怯え、まともに明日を描けないだろう。
だが、俺は違う。むしろ俺は、これを待っていたのだ。この日のために俺は今日まで生きてきたと言っても過言ではない。
だって、妖精と吸血鬼を従えて、悪の魔法使いと戦い世界を守るなんて最っっ高じゃん!!やっと俺の時代が到来した。天にも昇る気持ちとは、こういうものなんだろうな。
俺が満足感に包まれていると、サリアーナは遠くを見つめて言った。
「統一者様、妖精のことで一つ申し上げたい儀がございます」
「何ですか?」俺は慌てて我に返った。
「妖精がその黒い箱をこのようなところに置き去りにしていることと、妖精の姿が見えないことを考えるに、妖精は現在とても危険な状況にあるとみて間違いないかと思われます」
「危険?危険ってどういうことですか?」
「何者かに追われている、何者かに怪我を負わされて動けない状況にある、または既に死亡しているなどの可能性が考えられます」
「いや、まさか……。どこか散歩でも行ってしまっているのでは?」
「妖精の性格は様々ですが、いずれの妖精も統一者のことに関しては最大の責任感を持っています。なので、コスチュームの箱を放置してどこかへ行くなどということは考えられません。ところで……」
サリアーナは俺の方に向き直ると、俺をじっと見つめた。それにしても、こんな美人に見つめられた経験がないから正直すごく照れる。
「統一者様は、妖精の位置を把握する能力を持っておられるのではないですか?」
「え?」
「明確なことが分からず、申し訳ありません。吸血鬼も妖精と同じように代替わりをしていて、統一者付の吸血鬼は私で六代目なのです。ですので、統一者のことについては伝聞や文献の情報を把握している程度なのです」サリアーナは深々と頭を下げた。
「いえ、サリアーナさんが謝ることはありません。実はあなたを召喚した魔法もまぐれで使えたようなもので、力の使い方がまったく分からないんです」
サリアーナは少し考え込んで言った。
「私が事前に学んだ内容によると、統一者はコスチュームを纏った時点から力を自由に行使できるようになっているはずなのです」
「具体的に、どんな力が使えるんですか?」
「そうですね……。統一者の魔力はどの魔法使いとも違う特殊な魔力であり、その行使する力は極めて強大であるという話です。また、統一者は付き従う妖精の位置を把握する能力があると存じ上げております」
てことは、俺は今の段階で力を自由に扱えるはずだよな。さっきの召喚魔法もまぐれとはいえ使えたし。もしかしたら何となくやってみればできるのかもしれない。
まずは、妖精の位置だ。もしほんとに妖精が危険に晒されているのなら、最優先でそれを確かめる必要がある。
俺は夜空に向かって目を凝らしてみた。妖精、妖精…どこだ?
俺ならきっとできる、自分を信じろ。世界を救うんだろ。
ん?何だ?なんか見えてきた。何だろう、あのエメラルド色の光の球は?
すごい速度で移動している。
まさか、あれはあの時の光の球か?もしかして、あの球が妖精なんじゃないか!?
「あの、妖精ってエメラルド色に光ることってありますか?」
「はい。妖精は通常の状態では光を放出することはありませんが、特別な時に光を放出するものらしいです」
「俺、見えたかもしれません。妖精の位置が」
「さすが統一者様です。して、妖精はどこにいますか?」
「そうですね……。南西の方向にすごい速度で移動しています」
「なるほど、まだ生きているということですか。それは良かった」
そう言うとサリアーナは南西の方角に体を向け、目を閉じた。
しばらくすると彼女は俺の方に向き直って、
「南西の方角に魔力を有するものが二体おります。魔力の形からいって、人ではなく魔獣のようなものだと思われます」
「どうして分かるんですか?」
「代々の吸血鬼はそれぞれ、特別な能力を有しています。私の能力は魔力感知です。一定距離の魔力を感知し、その魔力の性質から何者の魔力なのかを認識することができます」
すごい能力だ。索敵にかけては超一流の能力じゃないか?彼女の能力は必ず俺の役に立つ、そう確信できる。
「おそらく妖精はこの二体の魔獣に追われているのだと考えられます。二体の魔獣の移動速度はなかなかに速いので、我々がすぐに救出に行かなければ危ないかと」
「分かりました、すぐに行きましょう!」
俺は身を奮い立たせた。
初めての戦いの相手は魔獣か。相手にとって不足はない。
この俺のスーパー魔法で塵と化してやる。
サリアーナは近くのビルの屋上にジャンプして降り立った。
すごい跳躍力だ。あのビル、三十メートルはあるぞ。
魔力感知の能力だけじゃなく、身体能力もすごく高い。これは、戦闘能力の方も期待できるな。
それにしても俺、浮遊能力ってあるのかな?マント羽織ってるし。試してみるか。
試しにやってみると、俺の体は難なく宙に浮いた。
すごい、すごいすごい!俺、今空中に浮いてる!
しかも…飛べる!すごいぞ、最高だ!!こんなに飛ぶのが気持ちいいなんて知らなかった。普通に生きてたら、とても経験できることじゃない。
「ヒャッハーーー!!!」
俺はサリアーナがいるビルの屋上まで飛び、彼女の隣に降り立った。
「魔法を自在に扱えるようになってきたみたいですね。お見事です」
「いえ、サリアーナさんの情報のおかげです」
「私はあなた様に従属しており、主人はあなた様です。なので、『サリアーナ』とお呼びください。それと、敬語も不要です」
「分かりました。えっと…じゃあ行こうか、サリアーナ」
「はっ。承知致しました、統一者様」
すごい魔法に優れた吸血鬼付属。なんか、らしくなってきたじゃん。
俺は今、建物と建物の間を高速で飛んでいる。時速何キロくらい出てるんだろう。けっこう速い。
サリアーナは建物から建物に飛び移りながら、俺について来ている。
人通りがまったくなくて良かった。俺たちを見たら腰を抜かすのは必定だから。
「サリアーナ、魔獣まであとどのくらい?」
「あと少しです。おそらく、あのオフィスの角を曲がればすぐかと」
俺はオフィスの角を曲がると、一旦止まって前を見渡してみた。
一つ、何やら黒くて少し大きいものが闇夜の中を高速で動いているのが見えた。
たぶん、あれが魔獣だろう。さて、もう一体は……。
もう一体の姿を認識した時、俺は咄嗟にその方向へ飛んでいった。
今にもその魔獣がエメラルド色に光る妖精にたどり着き、襲いかかろうとしていたからだ。
近くにいくと、魔獣の姿形がよく見えた。
大きい犬のような見た目をしていて、全身の毛は黒く尖っており、目はギロリと鋭くて鼻息が荒い。
振り下ろそうとしたその手は分厚く、爪は大きくて硬そうだ。普通の人間があんな爪で引き裂かれたら、即死は免れない。
ドガッ!
俺は飛んでいった勢いで、魔獣の体に渾身のキックをくらわせた。
魔獣は近くの建物に吹っ飛ばされた。
我ながらすごい蹴りだったな。身体能力もかなり強化されているみたいだ。
俺が自分のキックに酔いしれていると、目の前に妖精が飛んできて思いもよらない言葉を浴びせかけた。
「誰よあんた!私はまだ統一者を選んでないんだけど!?ちょっとどういうこと!?しかもカッコつけて登場して何自分に酔いしれてんのよ気持ち悪い!」
「いや、混乱する気持ちは分かるけどちょっと落ち着けよ。後で説明するから」
「落ち着けるわけないでしょ!?あんたみたいな気持ち悪い奴に拾われていい災難だわ!」
「はぁ!?確かに俺は正当にこのコスチュームを継承したわけじゃないけど、助けてもらったんだからまずはお礼だろ?」
「何でどこの馬の骨かも分からないあんたなんかに感謝しなきゃいけないのよ!大体、あんたなんか来なくても一人で何とかできたんだからね、べー!」
「ふん、半ベソかいてる奴がずいぶん頼もしいこと言ってくれるじゃないか」
「なっ…。泣いてないわよ、暗いから分からないでしょ!?」
「お前の周りはずっと光が放たれてるからよく見えるんだよ。お気の毒さま」
妖精は悔しそうに唇を噛み締めた。
きれいな金髪と、ヒラヒラしたピンクの羽。
まさにファンタジーの世界に出てくるような典型的な見た目をしているが、性格は真逆だ。普通、もっとおしとやかなはずだ。
「統一者様、左横から敵が!」
サリアーナの声がすると同時に横腹に痛みが走り、数秒後には地面に叩きつけられた。
もう一体の魔獣が俺を攻撃したようだ。やばいな、肋がイッたかもしれない。
ん?何だろう。思っていたほど痛みがない。
もしかしたら、身体能力の強化に伴って防御能力も上がっているのかもしれない。
立ち上がると、その魔獣が俺を目掛けて降って来た。
もう一体の魔獣もビルの壁から復活し、俺を目掛けて突進してくる。なかなかタフだ。
「統一者様、私が一体倒しますので統一者様はもう一体を!」
サリアーナは何やら懐に手をやりながら叫んだ。
「いや、構わない。俺が二体とも片づける」
俺は向かってくる二体に向かって、魔法を使った。
地面から太い鎖を出し、地面を支点として二体の首や体を固定して動けないようにした。
「よし、これでいいだろう」
「お見事です、統一者様」
俺が鎖から抜けようと暴れる二体に近寄ると、妖精もヒラヒラと俺の近くに来た。
俺は今までの経緯を妖精に説明した。
「ほんとはあんたなんかに譲渡したくなかったけど、今となっては仕方ないわね。まあ、死んでくれても全然構わないんだけど」
まったくこいつは。まあいいや、めんどくさいから聞き流そう。
「ところでお前、何でこいつらに追われてたんだ?」
妖精は少し黙っていると、意を決したように話し始めた。
「実は今、この世界は大変な危機に瀕してるのよ」
「危機?」
「そうよ。最近、身近でなんかおかしなことが起きたりとかしてない?」
「あー……、そうだな。身近では特に何もないかな。あっ、ただ半年くらい前から異常な事件が起きたっていうニュースをよく見るぞ。例えば琵琶湖の水が空中を浮遊したりとか。今日だって東京タワーが変な曲がり方をしてるってニュースがあったな」
「それは、魔法使いの仕業よ」
やっぱりそうか。とても人間ができるレベルじゃないもんな。
「実は最近、たくさんの悪の魔法使いが未だかつてないほど繁栄しているの。何で急に彼らが勢力を伸ばしたのかは不明なんだけど、とにかくこのままじゃ人間は滅亡するわ」
「ニュースを見る限り、そんなに緊急事態には思えないんだけどな。人が死んでるわけじゃないし」
「まったく、ほんとにあんたは脳天気なんてもんじゃないわね。仕方なかったとはいえあんたなんかに譲渡してしまったことは私の一生の汚点ね」
何もそこまで言わなくてもな。この妖精はほんとに口が悪い。
「隠蔽されてるニュースもあるのよ。ほんとはもっとヤバいことがたくさん起きてるし、人も死んでる」
「それはかなりまずい状況だな」
「私は新しい統一者を探していたのだけど、突然この魔獣に襲われてね。おそらく私の動きを察知した魔法使いが魔獣を差し向けたのよ」
なるほど。情報を得るために拘束しておいて正解だったな。
「それで魔獣から逃げてるうちにコスチュームが封印された箱を落としてしまって、あんたがそれを偶然拾ったってわけ」
「魔獣が倒されたとなれば、敵はさらに刺客を送り込んでくる可能性がある。妖精、この魔獣から敵の情報を得ることはできないか?」
サリアーナが聞くと同時に、妖精は一体の魔獣の近くまで飛んで暴れる魔獣の頭に手を置いた。
すると魔獣は一声叫ぶと気を失って倒れた。その直後、魔獣の頭上にピンク色の煙が立ち昇り、映像が出現した。
「な、何だこれは!?」
「私は人や動物の記憶を映し出すことができるのよ。黙って見てなさい」
映像の中は闇に包まれていて暗く、数分経っても何も起きなかった。だが、しばらく経つとカツ、カツという靴の音がして、その音が近づいてくるのが分かった。
「我が愛しき魔獣よ。頼みたいことがある」
暗く重みのある声がしたかと思うと、全身に黒いローブを纏った人物が現れた。声からして男だということは分かるが、ローブと暗闇のせいで顔はよく見えない。彼の横には、もう一体の魔獣が控えている。
「近々、あの忌々しき統一者が復活する。妖精が新たな継承者を探しているのだ。私はそれを何としても阻止せねばならない」
彼はもう一体の魔獣を撫でながら続けた。
「今からお前たちはその妖精を殺し、統一者のコスチュームを奪い取るのだ。そして、必ず三十日には戻って来い。都市壊滅の準備をする必要がある」
都市壊滅?どこの都市を狙ってるんだ?
彼は一度言葉を切ると、肩を震わせて笑い出した。
「フフフ、笑いが止まらないよ。この日は大勢人が集まるのでな、人もたくさん死ぬぞ。憎き人間どもの滅亡の狼煙を上げるのだ」
彼はしばらく薄気味悪く笑い続けると、
「ゆけ、我が魔獣たちよ!我らの安寧のあらんことを!」と叫んだ。
すると魔獣は彼に背を向けて走り出したようで、景色が変わった。
今までいた場所は廃墟のような所であり、目の前には大きく穴が空いた壁があった。その穴を抜けると、古代の遺跡のような風景を一望できた。
この場所がどこなのかは見当もつかない。
すると、映像はプツッと消えた。
「ここまでで十分よ。敵が何者なのかまでは分からなかったけど、近々恐ろしいことが計画されていることは分かったわ」
「そうだな」
「とにかく彼の計画を阻止することが最優先よ。今日は十月三十日だから、魔獣は今日私を殺して帰る予定だったのね」
十月三十日から都市壊滅の準備に取り掛かるってことは、何日か日にちを要するだろう。てことは、十一月に入ってから何かを実行するってことなのか?
いやでも待てよ、世界で事件が多発してるってことは、日本の中で実行するとは限らないんじゃないか?大体、魔獣は何日かけてここまで辿り着いたんだ?準備って何をするんだ?
魔法使いのことを知らないからか、訳が分からないことだらけだ。
「近々、人が大勢集まる場所を特定すべきではないでしょうか?」
人が大勢集まる場所か……。そんなのあったっけ?
大体、世界のどこで人がたくさん集まるかなんて分からない。
「私が見た魔獣の記憶は二日前の記憶よ。二日前から私を探して移動していたことを考えると、敵は日本国内にいるはずだわ。ということは、次の計画は日本で実行される可能性が高いんじゃない?」
「一理あるな。して、日本のどこで実行されると思う?」
「そこまではまだ……」
日本で近々、人が大勢集まる場所か……。ん!?もしかして……。
「明日、渋谷で決行されるんじゃないか?」
「渋谷?どういうこと?」
「明日は十月三十一日のハロウィンの日だ。その日、日本の渋谷ではたくさんの人が仮装して集まるんだ。毎年すごい人数集まるらしいから大虐殺も可能だし、都市壊滅っていうのも渋谷を壊滅させるって意味なんじゃないか?」
「なるほど、それでしたら確かに辻褄が合いますね。妖精を殺して統一者を消滅させれば悪の天下です。妖精が日本にいることを敵が知っていて魔獣を放ったのだとしたら、すぐに日本で活動するのは自然だと思われます」
「決まりね。じゃあ明日、渋谷に行くわよ」
「何時頃行けばいいんだ?」
「時間なんか分かるわけないじゃない。早朝から張り込むのよ」
マジか。大抵アニメだと夜に敵が現れるものなんだけどな。まあいいか、悪の魔法使いと戦うの楽しみだし。
「そう言えばお前、名前は?」
俺はふと気になって妖精に聞いてみた。
「そう言えばまだ教えてなかったわね。リリィよ」
「リリィか、可愛い名前だな」
「何よそれ、気持ち悪いわね!ナンパでもする気!?」
ほんと、可愛い名前だよ。性格とは違って。
「統一者様、それでは明日になったらまたお呼びください。今日はそろそろ失礼させていただきます」
「今日はほんとに助かったよ。ありがとう、サリアーナ」
サリアーナは深々とお辞儀をすると、一瞬で消えた。
さて、俺もそろそろ帰るか。あれ?
「お前は帰らないのか?」
「妖精は常に統一者に付き従うことになってるのよ」
「えーー?」
「仕方ないでしょ!?私だってあんたみたいな変態男と一緒に居たくないけど、決まりだから居てあげるのよ!」
「だけどお前、人に存在をバレちゃいけないんじゃないのか?まあお前小さいから普通にバレることはないだろうけど、そんなに光出してたら否が応でも気付くぞ」
「ああ、これね」
リリィがパチンと指を鳴らすと、そのエメラルド色の光は消えた。
「これは緊急時に光るようになってるのよ」
「まあとにかく、バレないように頼むぞ」
「そんなのあんたに言われなくても分かってるわよ。そんなことより明日のために心の準備でもしておくことね」
「大丈夫だろ。だって俺にはめちゃくちゃ強い魔法があるし、仲間だっているんだから」
「あんた、なんか楽しんでない?」
「そう見えるか?実はこういうの、子供の頃からの夢なんだよ。ほらリアルってさ、めちゃくちゃつまらないだろ?素晴らしい能力を持ち、頼れる仲間と一緒に世界を救うために悪と戦う、こんな異世界ファンタジーみたいな展開を俺はずっと待ってたんだよ。話すと長くなるが、アニメの世界でも魔法や特殊能力を行使して戦う英雄がいてだな。勇者とか魔道士とかエルフとか色んな奴らがいてさ、冒険して魔物を倒しながら魔王城を目指すんだ。それで魔王っていうのはアニメによって色んな種類がいてさ……」
リリィが汚物を見るような目で俺を見ているのに気付いて、俺は話を中断した。
リリィの話によると、コスチュームを着る前に俺が着ていた服は「ザ・ブラック・ボックス」の中に入っているということだった。念のためマントの下にしまっていたので、俺はすぐに着替えると箱をコートのポケットの中にしまい、家に向かって走り出した。
すっかり遅くなってしまった。チラリと腕時計に目をやると、二十時半を過ぎていた。
それにしても今日はすごい日だった。偶然、世界を救うために戦う統一者を継承して、特殊な魔法を使い、妖精や吸血鬼の仲間ができて、魔獣と戦闘して……。
これぞ、俺が夢見た世界!ありがとう神様、天はまだ俺を見捨てていなかった!
まだまだこれからさ。そうだ、俺のストーリーはここから始まるんだ!
俺が家に着いてドアを開けると、母親が慌てて走ってきた。
「ずいぶん遅かったじゃない。お母さん心配したのよ」
「ごめん、夜景が綺麗だったからちょっと眺めてたんだ」
「そうだったんだ。ん?なんか上機嫌みたいだけど、何かあった?」
「何でもないよ」
今日は本当に最高の日だった。でも、秘密秘密。
「あれ?お味噌は?」
「あ」
ああ、眠い。俺は今、渋谷のビルの屋上に座ってスクランブル交差点を眺めている。
結局昨日は興奮してしまってほとんど寝られなかった。
それに、朝の五時に叩き起こされて即渋谷だもんな。
もうそろそろ十八時になる。
魔女や吸血鬼、ミイラ男など様々なコスチュームに身を包んだ人が交差点に溢れかえっている。それどころか、店の前などの混雑もハンパじゃない。つまり、街全体が人と一体化しているような状況だ。
都心に全然来たことがない俺が驚いたのは、ウサギの着ぐるみなどハロウィンと関係のないものを着た人がいたり、仮装していない人もたくさんいることだ。俺はてっきりハロウィン仮装の人たちだけなのだと思っていた。
また、ネットで調べたところによると、渋谷のハロウィンは十月二十九日から三十一日にかけて行われるらしい。当日だけだと思っていた俺にはこれも一つのびっくりポイントだった。まあ幸い、リリィの映像のお陰で決行日が三十一日に絞り込めたのだが。
それにしてもネットには二十時あたりが混雑のピークだって書いてあったのに、朝の五時過ぎから張り込む必要があったのだろうか。
まったく、この仕事も楽じゃない。
「サリアーナ、敵はまだ?」
「はい。まだ魔力を持った者は現れていません」
「そろそろ疲れたから、寝ていい?ピークの時間帯になるまで来ないんじゃないか?」
「バカ言ってんじゃないわよ!いつ来るかなんて分かんないのよ、それにそんなたるんだ姿勢じゃすぐ死ぬわよ!」
「へいへい、分かりましたよ。死なないように頑張りまーす」
リリィはムッとして何か言おうとしている様子だったが、その時サリアーナが叫んだ。
「統一者様!禍々しい魔力が向こう側に!」
慌てて彼女が指差した先を見たが、何も見えなかった。一体何がいるというのだろう。
その瞬間、その方向から紫色の光が空に放たれ、おそらく渋谷全体の空間を覆った。
「え?何だこれ!?」
「魔法結界です」
「魔法結界?」
「結界を破壊しない限り、結界に包まれた空間から出ることができません。ただ、結界にも様々な種類があります。見立てによれば今回張られた結界はとても高度なもので、一部を破壊しても破壊した穴がすぐに塞がってしまいます。よって、我々は出ることができても渋谷にいる人々は出ることができません」
「敵を倒したら結界も消えるってやつ?」
「その通りです」
俺のアニメの知識が役に立った。出だしはともかく、案外アニメの世界と変わらないのかもしれない。
「とにかく敵を倒すことが最優先ね」
「よし、じゃあ行くか。場所を教えてくれ、サリアーナ」
俺はマントを翻らせ、ようやく歩き始めた。長時間座っていたせいか、身体の動きが鈍い。まあ、空を飛べば柔らかくなるか。
「統一者様、敵に動きが!」
「どうした?」
「敵の数が増えました。十、二十……、二十四ほどです。魔力の性質からいって、小悪魔かと」
「小悪魔?」
「はい、敵は小悪魔を召喚した模様です。魔獣ほどの強さはありませんが、集団戦を得意としており数も多いため厄介です」
「一般人が襲われるかもしれないわ、すぐに行くわよ!」
リリィはそう言うと、サリアーナが指し示した方向に向かって飛び出した。俺もその後に続く。
俺たちが現場に辿り着くと、既に一般人が襲われ始めていた。
血を流して倒れている人もいれば、パニックになって逃げ回っている人もいる。
アニメでよく見る光景とはいえ、リアルで見るには堪え難い。
「た、た、助けてくれ!誰か…」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
サラリーマン風の男性が逃げ回っている。仕事帰りだろうか。
こんなことに巻き込まれて、いい災難だ。
俺が助けようとしたのも束の間、小悪魔の弓矢が容赦なくその男性の脇腹を射抜いた。男性はバタっと倒れるとピクリとも動かなくなった。
「何ボーッとしてんのよ!さっさと戦いなさいよ!」
「戦えっていったって、どうやって……」
俺は気付いていた。
確かにサリアーナの言った通り、個々の戦闘能力は高くない。弓矢を使っているのは自分の力や能力がない証拠だ。
たまにただの弓矢を強化する能力があるが、今回の場合あの弓矢に問題がありそうだ。
さっきの男性は脇腹を射抜かれたが、的が外れている。
普通の弓矢ならあんなに完璧に射抜くことはできないし、あの程度で人を即死させることはできないはずだ。
それに、小悪魔たちの敏捷性にも目を見張るものがある。空を飛び回ってあっちに行ったかと思えば別の位置に移動しており、その間も攻撃を絶やさない。
サリアーナの言った通り、集団戦も上手い。互いの連携がしっかりしているばかりか、動きに無駄がない。
人間は仕事上でも互いの足を踏んづけ合ったり、人間関係で揉める人は腐るほどいる。みんな、あのチームワークを見習うべきなのかもしれない。
「お気付きのようですね、統一者様」
振り返ると、サリアーナが剣を手に立っていた。
「あなた様もまだ魔法を使い慣れておられませんし、これだけの数を残らず仕留めるには私だけの手には余ります」
「じゃあどうすれば……。そうだ、こういう戦闘に適した奴を召喚できないか?」
「まさにそれです。今こそ狼男を召喚すべきです」
狼男だって?圧倒的にパワータイプのイメージしかない。
俺が求めているのは素早く繊細な戦いができるタイプだ。
俺が不思議そうな顔をしているのを見ると、サリアーナは続けて言った。
「狼男は私より身体能力が高い上に、繊細な攻撃を仕掛けることを得意としております。この場面では最適かと」
「分かった。召喚してみる」
俺は早速、さっきと同じように召喚魔法を使った。
すると即座に目の前の地面に魔法陣が出現し、紫色の光が溢れ出した。
気が付いた時には目の前に一人の長身の男が立っていた。
燃えるような赤い髪を後ろで束ね、ガッチリとした身体を紺のスーツで包んでいる。
目つきは獣のように鋭く、気性が荒そうだ。
彼はしばらく周囲の状況を見渡していると、俺を睨んだ。
「おい、呼び出したのはてめえか?」
矛先がこちらに来たかと、俺は少したじろいだ。
「そうだけど……」
「ふーん」
彼は俺をジロジロと睨みまわすと、鼻で笑った。
「フッ、てめえが新しい統一者か。威厳のカケラもねぇショボい奴だな」
言葉がキツい。リリィといいこいつといい、サリアーナの言動を見習ってほしいものだ。
「統一者様に対して失礼だろう、ゲルベルース。言葉を慎め」
「よぉ、サリアーナ。お前本気でこんな奴に仕える気でいんのかよ?」
「それが私、いや我々の役目だろう」
「クックックッ、役目ねぇ」
狼男、いやゲルベルースはもう一度周囲に目をやって言った。
「しかしとんでもねえことになってんなあ。で、何だ?俺を呼び出したのはこいつらを始末させるためか?」
「そうだ。頼めないか?」
「まあいいぜ。俺もちょうど暇してたところだ」
そう言うと、ゲルベルースは腕をまくって腕時計を掴んだ。
すると腕時計が銀色に光り、それと同時にゲルベルースの見た目がみるみるうちに変化していった。
ただ、大きさは変化しないようでスーツが破けることはなかった。
気付いた時には、彼は銀色の狼に変貌を遂げていた。
「さて、ゴミ共を片付けるとしようか」
彼はペロリと唇を舐めると、大きくジャンプした。
そして近くにいた小悪魔二匹を鋭い爪で裂き、瞬殺した。
「すごい……」
彼はビルの壁に一時停車すると、またその側の小悪魔を瞬殺した。
俺が呆気に取られているうちに、ゲルベルースは無双しまくっていく。
圧倒的なスピードと、一撃で仕留め切る攻撃力。それにさっきの跳躍力から察するに、確かにサリアーナより身体能力が高いかもしれない。
親しみにくい性格をしているが、俺はまた一人すごい味方を手に入れたようだ。
そんなことを考えていると、耳元に軽いキックを食らった。
「何してんのよ、さっさと敵の親玉を倒すわよ!」
「ああ、そうだった」
俺はサリアーナの指し示した場所に向かって、すぐに飛んでいった。
「統一者様、前方より魔獣らしきものが接近!お気をつけください!」
後ろからついてきたサリアーナが叫ぶと同時に、ビルとビルの合間から何体もの魔獣が飛んできた。
しかも何だこの魔獣は?昨日会った魔獣とは違い、羽をつけている。
「ハイクラス魔獣よ!戦闘能力は格段に上がるわ…きゃっ!」
一体の魔獣がすごい勢いで突進してきた。
「うわっ、ぷっ!」
ギリギリかわしたものの、あまりにすごい風圧に俺は少しよろけた。
その瞬間腹にすごい一撃を食らい、俺は地面に叩きつけられた。
「くっ……!何だコイツら?」
確かに昨日の魔獣とは戦闘能力が桁違いだ。
「リリィ、大丈夫か?」
「私は大丈夫よ、それより自分の心配をした方がいいんじゃない?」
その通りだった。リリィの言葉が終わるか終わらないかのうちに、三体の魔獣が俺を目がけてすごい勢いで飛んできた。
鼻息は荒く、目は光り輝いている。
やばい、殺られる。何とかしなくては。
そうだ!これを使おう。
「はああっ!!」
俺は魔獣たちに右手を向けて、新しい魔法を使った。
その途端、魔獣たちの周囲に円陣が出現した。
そして俺が手をぎゅっと握ると、円陣が収縮して魔獣たちを握りつぶした。
「よっしゃ、倒した!」
だんだん魔法に慣れてきたかもしれない。
待てよ、こんな時にアニメだったら技名を叫ぶよな。
なんて技名にするか、えーっと……。ぶっ!
俺はまたすごい一撃を食らって吹っ飛んだ。
まだ魔獣が残っていたらしい。
「ボーッとしてるからよ、さっさと倒しなさい!」
まったく勝手な奴だ、自分は戦ってないくせに。
俺は同じ魔法を使ってその魔獣を仕留めると、空に浮遊した。
「お見事です、統一者様。後は敵の魔法使いを討つのみです」
「そうだな、行こう!」
俺たちは魔法使いに向かってまっすぐ飛んでいった。
そこに辿り着いた瞬間、俺は唖然とした。
「ここは、本当に渋谷なのか……?」
つい二十分前のうるさいくらいに賑わっていた渋谷の街は、廃墟と化していた。
店や会社、イベント会場は全壊して見る影もない。
それにすごく静かだ。人の声がしない。
どころか、虫一匹鳴いていない。
ある人は瓦礫の下に埋もれ、ある人は血を流して倒れている。
あまりの凄惨さに、さすがの俺も顔をひきつらせた。
それを察してリリィは言った。
「こんなのばっかりよ。そのうち慣れるわ」
俺はしばらく歩いてみた。洋服店は潰れ、看板がへし折られている。
その横には何人もの人が倒れている。そんな風景がずっと続いていた。
ああ、あれは書店か。その書店は俺もよく知っていた。
渋谷で一番大きな書店。よくテレビ番組で取り上げられてたっけ。
待てよ、書店……!?書店だって!?
その瞬間、顔が青ざめるのを感じた。なぜなら、俺は思い出してしまったからだ。
俺の大切な幼馴染、南川ゆみが今日マンガを買うために渋谷に来ているはずだということを。
いや、落ち着け。きっとあいつは混雑を避けて朝か昼のうちに買いに来ているはずだ。そして、もうとっくに帰っているはずだ。きっと今頃は温かいココアでも飲んで家でくつろいでいるはずだ。
それに書店だってこことは限らない。渋谷にはたくさんの書店があるはずだし。
次の瞬間、俺の希望は簡単に潰えた。
目の前の瓦礫の上。そこに横たわっているのは、どんなに否定的に見ても彼女に間違いなかったのだ。
俺は膝から崩れ落ちた。
嘘であってくれ、誰か嘘だと言ってくれよ。
こんなのあんまりじゃないか。俺が求めていたのは、こんな世界じゃない。
俺が追い求めていたものが自分の一番大切な人を殺したんだ。
いや、違う。アニメの世界だっていやというほど人が死ぬ。彼らには大切な友人や恋人、家族がいる。今ここで同じことが起きてるんだ。
俺は今まで周りのことなんか考えてやしなかったんだ。いつも自分の世界に閉じこもって自分の理想、つまり自分のことしか考えてなかった。
俺がゆみを殺したんだ。
俺はカボチャを頭から取ると、地面に投げ捨てた。
「どうしたのよ?敵を倒さなくちゃ…」
「うるさい、放っといてくれよ!もう俺にはそんなことどうだっていいんだ!」
「どうだっていいですって!?たくさん人が死んでるし、こうしてるうちに失われている命もあるのよ!?あんた、意味分かって言って…」
「俺には統一者の資格なんかない。俺みたいな人の気持ちも分からないような奴が世界を救うなんてできるわけないんだよ。まったくバカだよな、俺って。自分の一番大事な人が死ななきゃ気付かないなんてさ」
リリィは口をつぐんで、目の前のゆみを見た。
「俺、死ぬよ。そしたら他の人が統一者を継げるだろ?それでオールクリアだ」
その途端、リリィは目の前に飛んできて俺を正面から見つめた。
「いいえ、今のあなたは統一者。それは紛れもない事実。あなたは統一者としてこの状況を打破する義務があるのよ」
「それは分かってる。だけど、俺みたいな奴じゃこの状況を何とかできるかすら分からないんだ」
リリィはハァ、とため息をついた。
「あなたは確かに変な妄想ばっかりしてて気持ち悪いわよ」
「フッ、だよな」
「でも、それの何が悪いの?」
意外な言葉に、俺は思わずリリィを凝視した。
「歴代の統一者は苦しみを絶えず背負っていたと聞いているわ。彼らでも救えなかった命もあれば、自分の大切な人を犠牲にすることもあった。そんな日々を続けているとね、常に苦痛に苛まれるのよ」
リリィは、言葉を続けた。
「中には、始めから責任感や重圧に押しつぶされそうになった人もいる。でも、あなたは違うでしょ?」
彼女はさらに真っ直ぐに俺を見つめた。
「あなたには理想があって、あなたはそれを楽しく追いかける。決して苦しみながらじゃない。それは普通とは違って少しおかしなことのように感じるわ。でも、それでいいじゃない」
彼女は言葉を切り、俺に背を向けた。
「ヒーローは苦しみながら人を救わない。本当のヒーローっていうのは、いつも笑ってるものでしょ?苦しみなんか吹き飛ばして笑ってられる人こそ、世界を救える本当のヒーローだと私は思うのよ」
俺の中で何かが弾け飛んだ気がした。
そうか、俺は俺のままでいいんだ。ゆみのことは辛いけど、ここで終わってしまったらもうそれは俺じゃない。
うまく説明できないけど、なんか分かったような気がする。
俺は地面に転がっているカボチャを被ると、叫んだ。
「行こう、リリィ!敵のところへ!」
もう一度、俺は立ち上がるよ。いや、この先何度でも。
サリアーナが示した位置まで歩いていくと、小学生くらいの一人の女の子が泣き叫びながら走っていた。
その背後から容赦なく紫色の閃光が襲おうとしていた。
俺は手に魔力を込め、寸前でそれをカットして再び地に降り立った。
「え……?誰…?」
少女は地面に尻餅をついて問いかけた。
そういえばまだ、名前ってなかったな。
「リリィ、統一者の名前って何?」
「そんなの自分で勝手に名乗るに決まってるじゃない」
そっか、じゃあ何にするかな。
やばい、不審者を見るような目で見られてる。早く答えなきゃ。よし、変声魔法を使って……。
おっと、威厳を忘れないようにしよう。ゲルベルースにも指摘されたが、きっと統一者にはある程度の風格が必要なはずだ。
「我が名は、メラゾワール。世界の闇を統べる者」
何となく思いついた名前を言ってみた。ちょっとカッコよくないか?
少女はペコリと頭を下げると、背を向けて走っていった。
何とか通じたみたいで良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、背後に悍ましい気配を感じた。
振り返ると、そこにはリリィの映像で見た魔法使いが立っていた。
「あれを防ぐとは、中々やるようだ。貴様が新しい統一者だな?」
相変わらず全身に黒いローブを纏っていて、顔はよく見えない。
「お前は一体何の目的でこのようなことをしているのだ?」
俺の問いかけに彼はフフフ、と笑った。
「なぜ私がこのようなことをするのか、と言ったな。しかし我々からしてみればなぜ人間を滅ぼさないのか、ということの方が疑問でならない」
何を言ってるんだこいつは?魔法使いの中では、人間を憎んでいる人が多数派ってことか?
「この手の奴に話し合いは無駄よ。さっさとやっつけてしまいなさい」
「そうだな」
魔法使いは、さらに高らかに笑い始めた。
「この私を倒す、だと?それは無理というものだ。いくら統一者の能力が優れているとはいっても、ある程度の鍛錬が必要だ。力のコントロールを習得し、あらゆる魔法使いと戦って実戦経験を積む。それが基本だ。だが…」
彼は言葉を切ると、俺に向かって右手を振り上げた。
「何か来るわよ!気をつけて!!」
「私が初めての相手だったというのは、極めて不運なことだ」
その瞬間、俺の全身にとてつもない震動が上下にかかり、空中に弾き飛ばされた。
「うわっ!」
何かを考えている余裕はなかった。
弾き飛ばされた俺に向かって、巨大なエネルギー弾のようなものが二発放たれた。
俺はギリギリでこれをかわすと、敵に向かって閃光を放った。
敵はその閃光を軽くガードした。そして、俺が体勢を崩しながら地に降り立つと薄ら笑った。
「これで分かっただろう。私と貴様では格が違うのだ」
確かにこいつの言う通りだ。
魔法を放つ速度やその正確性、魔力量や魔法のレパートリーの豊富さなど、何から何まで別格だ。
さっき言ってたことから察するに、かなりの実戦経験も積んでいるのだろう。
「さて、そろそろ終わりにしようか」
敵はそう言うと、空に向かってゆっくりと浮遊した。
そしてかなりの高さまで浮かび上がると、下に向かって両手を突き出した。
「ヤバい!あいつ、この街ごと消し去る気よ!」
だろうな。でも、俺にはどうすることもできないんじゃないか?
それを防ぐのに有効な魔法がない。
「どうしたらいいんだ?」
「そんなこと私に聞かれたって分かるわけないでしょ!?なんかやりなさいよ!」
「なんかって言われてもな……」
俺たちが考え込んでいるうちに、敵はとんでもない魔力量を凝縮した球を放ってきた。
まだ直撃してないのにその衝撃で大地は揺れ、ビルなんかは崩れ始めている。
あれが落ちたら、渋谷どころか他の街も甚大な被害を受けるだろう。
その時、リリィが何か閃いたように叫んだ。
「そうだわ!魔力の質で勝負しなさいよ!」
「魔力の質?何だそれ?」
「確かにあんたは魔力量じゃ彼には到底及ばない。でも、魔力にはそれぞれ質ってものがあるのよ。つまり魔力量が劣っていても質の高い球なら魔力量をカバーできるのよ」
「そんな魔力、俺にあるのか?」
「統一者はとても特殊で質の高い魔力を有していると聞いているわ。まだ魔力を込めた球を使ったことないでしょ?やってみなさいよ!」
俺は試しに魔力を使って球を形成してみた。
すると、黒と白が半々くらいに混ざった手に乗るサイズの球ができた。
確かに見た目は珍しい。でも……。
「こんなんでホントに勝てんの?」
「うっさいわね!やってみなきゃ分かんないでしょ!?ほら、さっさと撃つ!」
俺は言われるがままにその球を敵が放った球にぶつけてみた。
するとその白黒の球は、白黒の光を発して敵の球に影響した。
その瞬間、すごい轟音と眩しい光が街全体を包み込み、俺たちは手で顔を覆った。
光が消えて空を見ると、空には敵の魔法使いが相変わらず浮遊していた。
街も無事で、敵の球と俺の球は消滅していた。
「やったか……」
「まあ、中々の出来ね」
地に敵の纏っていた黒いベールが落ちていた。
今は顔がよく見える。
思っていたより若い。三十代前半くらいの年齢に見える。
黒い長髪に切長の目。高い品格と落ち着きを持ち合わせているが、今となってはそれも形無しだ。
すごく動揺しているのがよく分かる。その見開いた目は俺をしっかりと捉え、驚きを隠せないといった様子だ。
リリィはふふん、と得意そうに鼻で笑った。
「かなり驚いてるようね。統一者をナメすぎじゃない?」
俺は敵のいるところまで飛んでいくと、相対した。
「なんだその魔力は……?統一者の魔力は特殊だと聞いていたが、ここまでとは聞いていないぞ」
「楽観視も甚だしいわね。あんた、見た目に反してけっこう抜けてるんじゃないの?」
「楽観視だと?どんなに魔力の質が高かろうが、あれだけの魔力量をぶつけていればこちらが勝っていたはず。つまり魔力の質が異次元だということだ。妖精よ、貴様統一者の魔力についてどこまで知っている?」
「特殊だってことしか知らないわよ。それが何?」
「私は伝統的な魔法使いの一族だ。私の家系の代々の魔法使いは統一者と戦ってきている。それゆえ、統一者について分析した書が多く残っている。妖精、貴様の言う通り確かに統一者の魔力は特殊だ。しかし、そのような白黒の魔力とは全く異なるもののはずだ」
それって、つまり……。
「勘づいたようだな、統一者よ。そう、貴様独自の魔力だということだ。貴様は統一者の魔力を受け継いだ。だが、貴様はその魔力を自分のものに変えてしまったのだ」
「まさか、そんなことが……」
リリィがびっくりした目で俺を見ると、敵は続けた。
「貴様は統一者の能力以前に異常なまでに高い素質を持っているということだ」
そうだったのか。それはすごい。
でもさ、なんでだろうな。今はそれを喜ぶ気分にはどうしてもなれない。
すごく、つまらないんだ。
「よく分かった、魔法使いよ。ところで、お前はもうこれで終わりだということだな?」
敵はその言葉を聞くや否や、高らかに笑い出した。
「貴様は面白いな。人間とは、こういうものなのか?いや、違うな。私が今まで会ってきた人間とは全く別物だ。貴様は完全に狂っている。しかし、それでいい。それだからこそ高い素質を持ち、誰よりも強くあれるのだ。世界を救うことは貴様のような異常人でなければ到底叶わんだろう」
敵の言う通りだ。
俺は苦痛に耐え続けて世界を救うことはない。リリィには悪いけど、笑って人を救えるようなヒーローでもない。
あるのはただ自分自身、それだけだ。
俺は右手に魔力の球を形成した。
そういえばまだ、技名つけてなかったな。
「デス・ワールド」
閃いた。カッコいいだろ?
白と黒の光が溢れ出し、俺の背には一滴の血も流れなかった。
あれから二日。世の中は渋谷での事件で持ちきりだ。
生存者は思っていたより多かった。
きっとゲルベルースが小悪魔を速やかに掃討したり、俺がさっさと魔獣を倒したお陰だろう。
俺が助けた少女もその中には含まれていた。
生存者は口々に「悪魔」だとか「魔法使い」だとか騒いでいるが、「精神的ショック状態」として片付けられている。
少女は「メラゾワール」という人に助けてもらったと語っていた。
ようやく俺の名前が世間に出てきたわけだ。
ニュースではまたしても「現在調査中」という言葉を連呼している。
どんなに調査したって分かるわけがないのに。
それにしても、サリアーナの話。
途中から姿が見えないと思っていたら、彼女はゆみを自分の世界の博士のところに連れて行っていたらしい。
彼女が言うには、こうだ。
「あなた様の幼馴染、南川ゆみは蘇生できる可能性があります」
「え!?それは本当か?」
「はい、私が初めて彼女を見た時に、妙な違和感を感じました。他の人間は魔力によって完全に魂を滅されているのに対し、彼女の魂は消えかかっているものの何かに守られているように感じたのです」
「そんなことがどうして分かったんだ?」
「既に述べたように私の能力は魔力感知。魔力は魂に宿るものであり、私は魂を通して魔力を見ているのです。つまり、私は人の魂の状態を見ることが可能です」
「それで?ゆみはいつ生き返るんだ?」
「そこまでは何とも。私は今、我が世界の医学の権威である博士に治療を依頼しております。その博士が言うことには、まずはなぜ彼女だけが無事だったのか、その原因を突き止めない限り蘇生はできないということでした。現在彼女の体は魂が滅びないように保存している状態です」
「そうか、博士にも治すのは難しいのかな……」
「博士にとっても前代未聞の事例でありますゆえ、ご理解のほどを。ただ、博士は原因を突き止める方法以外にもう一つ方法があるのではないかと言っておりました」
「え?何?」
「これはあくまで希望的観測ですが……。自然治癒です。保存状態の中で、魂が自然に元の形を取り戻す可能性を考えています。私は医学のことはよく分かりませんが、博士の知見に基づいた可能性です」
「その場合だと、どのくらいかかるんだ?」
「絶対的な予測はできませんが、おそらく年単位かと……」
原因の追求。それはきっと俺なんかより専門的な博士の方がよっぽど適任だろう。
俺ができることは、何年、何十年先にお前が目覚めた時に、明るい世界で迎えてやることだ。
俺はビルの階段を上りきり、屋上に達した。
「遅ぇぞ、敵さんが待ちくたびれちまうぜ」
「お待ちしておりました、メラゾワール様」
「ちょっと目を離すとすぐこれなんだから!ちょっとあんた、聞いてんの!?」
大丈夫だよ、ゆみ。何も心配しなくていい。
俺には頼れる仲間がいる。
それに俺は今、最高に楽しいから。
アンパラレルド・パンプキン 天之川 テン @SaikousugiruRanobe
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