第3話
急に首をぐるぐると振り回して、中橋は辺りを見渡した。
「今日は一段と派手だなぁ風紀」
「風紀って普通地味じゃないの」
頬杖をつきながら、なつぽんは答えた。
「うお、脱ぎ捨て?こりゃあ風紀のストリップショーに招待されてしまいましたね」
「一体お前には何が見えてんの?」
「なつぽん、さぁ…脱ぎなさい」
「気色悪ぃんだよ。命令してくんな」
老眼鏡を片付けて、中橋は彼女の手を取って、泣き顔になった。
「お願いします…!先生!息子は!息子はどうなるんですか!」
「拝むなし。うちはテメェ専属の医者じゃねぇんだよ。てか、いつ産んだんだよ息子。これ以上弟要らねぇわ」
それを遠くからクラスメイトは見ていた。特に仲は良くないが、この掛け合いが面白いのでよく見ていた。
「あの二人入学してからずっと仲良いよね、幼馴染かな?」
「いや、高校で会ったらしいよ」
「にしては内容ぶっ飛びすぎじゃね?」
「まぁー仕方ないっちゃないよね。2人の家庭事情、結構酷いし」
中橋となつぽん、本名は中橋大和と赤羽
なつぽんというあだ名は中橋が付けた。地味に彼女は気に入っている。
そもそも、自分の名前が
「そうなの?」
「うん。本人達が言ってた」
2人は疑わしい、とでも言いたげだった。
「それ信憑性がガクッと低くなったよね」
「本当だって。中橋ちゃんの所はお母さんが鬱で、おじいちゃんが認知症でおばあちゃんを殴ったりしてるとか…」
中橋の家は、父親のDVで離婚。その際に受けた精神的苦痛により母親は今も軽度の鬱である。
小さい頃は祖父母に育てられてきたが、それも段々と、彼女自身が祖父母を世話するようになってきた。
「なにそれ…おばあちゃんが可哀想…」
「それなー」
他人事だ。救済するほどこの子達は偉くない。
「おばあちゃんも認知症気味らしくて、それを介護してるのは中橋ちゃんだから本当に大変なんだって」
祖母も段々と認知症の症状が出ている。
だからこそ、祖父母の前で家電やら携帯を使うと怖がられたり怒られたりする。
「確か目の周りの鬱血とか腫れって…」
「その認知症のおじいちゃんに殴られたりしたんだっけ?」
「おばあちゃんにも殴るし、中橋ちゃんも殴るの?酷い話ね」
「介護してあげてるのにね」
段々と人格が変わっていく祖父母、家にほぼいない母。誰も中橋を構ってくれる人間はいない。
「ヤングケアラーってやつ?」
「そんな感じだと思う」
「なつぽんはアレか。お母さんが行方不明で、弟二人の世話してるんだっけ」
「あ、うちもそれ聞いた。大変だよね」
なつぽんの家は、母親が失踪した。原因は駆け落ちだと思われる。
その時に深い傷を心に受けた、元々作家である父親はずっと部屋に篭って、小説を書いている。
弟二人はそんな父親を邪険にして、姉の迷惑にならないようにと、あまり家にはいない。大方、部活で忙しいのだろう。
「なつぽんの所は暴力はないけど、お父さんが一日中ずっと部屋に篭って仕事するから、家事も全部やってるらしいよ」
「えー大変じゃん」
父親は小説家としては結構売れている方なので、金には困っていない。
しかし家が4人で住むのにはとても広いので、その掃除も全部、彼女一人でやっている。
弟2人も本当にたまに手伝ってくれるが、やっぱり部活や勉強の方が忙しいみたいだ。
「そりゃ、コスメも買えないよ。私だったら絶対に無理」
「てかなつぽんはよくメイク出来んね」
変な気を遣い、全く姉を頼ろうとしない弟二人、家族とコミュニケーションを取らない父親。誰もなつぽんを頼ってくれる人間はいない。
「お互い苦労してるんだね」
「だから、お互い一緒にいるんじゃない?お世話してもらえるから」
なつぽんは誰かに頼られて、中橋は誰かに構って、反応されたい。
「そんな不純な理由で?」
「えーそういうことじゃなくて。ちゃんと反応してくれるから好きなんじゃないのって、私は言ってんの」
二人は歪な家庭に居ても、一生懸命に生きている。
全く違うようで、本質は同じだ。同じ人間とこの苦労を分かち合いたいのだ。
「あーそういうこと。なつぽんも中橋ちゃんも、じゃあ幸せじゃん」
今日もなつぽんと中橋は家の事なんて忘れて、ずっとお互いを茶化しあっている。
「あ、明日さ生焼肉いかない?」
「食中毒になるからやめろよ」
2人は楽しい事を一緒に体験して、ハッピーエンド…多分ね。
人生ワンオペ侍 坊主方央 @seka8810
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