給食当番のリアル

ちびまるフォイ

その当番を経験すれば無傷で帰れない。

すでに人生遊んで暮らせるだけの財産を築いた。


毎日、派手なパーティを開いては業界有名人と飲み歩く日々。

美女に囲まれて、札束の風呂に入るのも最初は楽しかった。


けれど最近。


どうにも毎日が退屈でつまらない。


テレビを見ていると有名人が自分の正体を偽り、

一般人になりすまして驚かせる企画をやっていた。


「ほう。これは面白そうだな」


自分を知らない人、自分の知らないことに挑戦する。

それは退屈な日常を打破できるいい作戦だと思った。


数日後、俺は給食当番となった。


さびれた学校と汚い床。

まさに自分の人生から遠い存在の異国そのもの。


死にかけたじいさんとすれ違うと、挨拶してきやがった


「おはよぉ」


声はかすれて今にも死にそうだ。

無視して給食配膳場所へと急ぐ。


「遅いぞ新人! なにしてたんだ!」


怒られるのも久しぶり。

IT会社のときはいくら遅刻しても怒られることはなかった。


「さあいくぞ新人!! 給食当番はこれからだ!」


「ああはい」


怪獣のような声が聞こえる教室へと給食を持っていく。

汁物の容器が異常に重いうえ、廊下は誰かのこぼした水で今にもコケそう。


給食当番におけるタブーのひとつが輸送中の転倒。

まるで麻薬の輸送でもしているかのように丁重かつ慎重に運ぶ。


「はぁ……はぁ、教室につき、ましたっ……」


「何をへばっている新人!! 給食当番はこれからだ!!」


休むまもなく台車を開いて、簡易的な給食配膳所へとトランスフォームを進める。

お腹をすかせた生徒たちが列を作り始める。


「早くしろ!! 少しでも遅れたら、食われるのはこっちだぞ!!!」


「ひえええ!!」


容器すべての蓋を取ったとき、待ちきれんとばかりに生徒がおぼんを持って突撃してくる。


「いいか!! 少しでも軽量をミスったら終わりだぞ!!」


「いっぺんに全部言わないでくださいよ!!」


「同じ量、同じ盛り付けだ!! 忘れるな!!」


「んな余裕ないですって!!」


生徒はどんどん来るのに、求められる精密な作業。

もし、ひとりでも多く盛ってしまえば後半の生徒が食べれなくなってしまう。


かといって少なく盛ってしまえば、

今度は給食終盤におかわり戦争の火種となり死傷者は避けられない。


必死に完璧な目分量をはかっては皿によそっていく。

そのとき。


「俺おおもりで!!!」


「えっ!?」


まさかのイレギュラーな展開に手が止まる。


「新人、うろたえるな! はねつけろ!! 列が止まるぞ!!」


「し、しかし……!」


「あとでおかわりするの面倒なんだよ!

 それに俺は体も大きいし、人と同じじゃ足りないんだ!」


「それはわかるが……!」


「新人はやくしろ! 列が止まってる!!

 凶暴化した生徒に襲われるぞ!!」


量はそのままに、ちょっと盛り方を工夫して多く見えるようにしその場をしのいだ。

その後もさまざまなリクエストが飛んでくる。


「私、トマト苦手だから抜いて!!」

「パンいらない!」

「もっと入れてくれよ!」


ときに対応し、ときに無視する。

給食当番が終わると、もう体は動かなくなっていた。


「つ……疲れた……。これを毎日……?」


「今日はまだ楽なほうだった。揚げパンの日だったら死んでいたぞ」


「これ以上があるんですか……」


その日は泥のように眠り、翌日は見事に寝坊した。


起きたときにはすでに給食当番に間に合わず、

行ったところで力になれないと自分を正当化してずる休みした。


その次の日、考えてきた言い訳を披露するために給食当番へと向かった。


「おはようございます。昨日はすみません。

 実は危篤状態だった父親が急に目をさまし……あれ?」


給食当番の配膳所に先輩の姿はなかった。


「すみません。先輩は?」


「ああ、あの人? 昨日いなかったのかい?」


「はい」


給食のおばちゃんは気の毒そうな顔をした。


「昨日はひとりで給食当番になったからね。

 ABCスープを運んでいる途中に……転んで全部こぼしちゃったのよ」


「そっ……それで……?」


「給食が足りなくなった怒り狂った生徒から袋だたきにされて死んでしまったわ」


ひっ、と声にならない声が出てしまった。


「あんたも今日はひとりかい? 覚悟しておくといいよ。

 殺された給食当番は今月で5人目だから」


「む、無理ですよ! 昨日来たばかりで……。

 それにこの量をひとりで持って行くなんてできません!」


「知らないよそんなこと」


給食のおばちゃんは、防弾シャッターを下ろして給食センターを閉めた。

こうしないと腹をすかせた生徒が突撃してくるのだろう。


外へ追い出された自分の前には給食の台車だけが取り残されていた。


「うそだろ……」


かぼちゃ型の給食帽子を叩きつけて逃げようとしたとき。

玄関から同じ帽子をかぶったおじいさんがやってきた。


「こんにちは。今日ヘルプでやってきた給食当番です」


「あんたは……!」


いつか挨拶をしてきたヨボヨボのじいさんだった。


「行きましょう。子どもたちが待ってますよ」


そのジジイの後ろ姿は、背中押すだけで骨折しそうなほど弱々しい。

こんな死にぞこないにハードな給食当番がこなせるのか。


むしろ、俺がカバーに入ることで負担が増えるんじゃないのか。


あらゆる不安を抱えながら給食当番が始まる。


「はい次。はい次。はい次」


「じ、じいさん……!!! なんて早さだ……!!」


おじいさんは機械のような性格さと、

機械以上の柔軟さで生徒たちのあらゆるニーズに答えていく。


苦手なものを外しつつ、均等に持って行く。

その手さばきはとてもまねできるものではなかった。


給食当番をこなすと、もう神にしか見えない。


「先ほどは失礼なことを!! これからは師匠と呼ばせてください!!」


「ほほ。師匠だなんてそんな立派なもんじゃないですよ」


聞くと師匠は、あの過酷な給食当番を何十年もしていたベテランだった。


「ワシの時代はまだ給食当番が整備されてない時代でね。

 先割れスプーンでよく給食当番が刺し殺されてたよ」


「そんな無法地帯で……辞めようとは思わなかったんですか?」


「自分のために辞めるのはいつでもできるからねぇ。

 でも、辞めないことで、子どもたちが給食に配膳できると思うと辞めれなかったんだ」


「師匠……!!」


俺は自分の人生がはずかしかった。


効果が出ない。結果が出ない。コスパが悪い。

そうやって短期的なスパンで経営判断を行ってきた。


継続して努力することもせずに、うまくいった前例を模倣し

ときに騙すこともしながらただ結果を追い求めていた。


そんな自分では師匠のような思いやりと精密さをかねそなえた

"完全な給食当番"としての仕事はできないだろう。


「師匠……俺も……俺もあなたのような人になりたいです……!!」


「いいえ、あなたは私にはなれません」


「そんな! 見捨てないでください!!」


「そうじゃない。あなたにはあなたの良さがあります。

 それをこれからの給食当番で磨いていけば良いのです」


「はい! 師匠!! 俺は立派な給食当番になります!!」


その後の給食当番は初日よりも辛く厳しい道のりだった。


完璧な配膳をするために山へこもって修行することもあった。

大盛り要求にNOといえる精神力を養うために滝へ打たれることもあった。


気づいたときには、もう給食当番を始める前とは別人の心と身体になっていた。


「今日はプリンが出る日です。心していきましょう」


「はい師匠!!」


プリンが出る日は生徒は殺気立っている。

さらに4時間目は体育でプールの授業。

油断すればこっちが食われてしまう。


案の定、給食がはじまるや暴動のような勢いで生徒が押し寄せる。


「フルーツポンチの白玉多くして!!」

「揚げパンのジャリジャリ多いやつ!」

「あいつのほうが唐揚げデカい!!」


これまで培ったすべての経験を駆使して給食をさばいていく。

濁流のような列が去ったあとには、からっぽになった給食の容器だけが残った。


「し、師匠……!」


「やりましたね。初めてですよ、プリンの日に誰も死ななかったのは」


給食当番をやりきったことも嬉しかったが、

なにより師匠に褒めてもらったことが嬉しかった。


「あなたなら、この先も目指せるかもしれませんね」


「この先……?」


「給食当番のさらに上の仕事があるんですよ。

 給食当番よりもずっと複雑でやることも多い。

 でも、あなたならきっとこなせるでしょう」


「これよりも上の仕事が……!」


考えたこともなかった。

けれどもっと成長できるものがあると知ると、

心の中のチャレンジャー精神がぐぐっと盛り上がってくる。


「ぜひ挑戦したいです!」


「あなたならそう言うと思っていましたよ」


「でも……師匠はやらないんですか?

 ぶっちゃけ、俺よりもずっと優秀じゃないですか」


「昔に私も挑戦したんですよ。

 でもその当番の挑戦中に膝をケガしてしまってね」


「そんな……!」


「それにもう体力もないのでできません。

 だから、あなたに私の夢を託したのです」


「師匠! 俺はきっとこの上の当番もこなしてみせます!」


「ありがとう……。あなたに出会えて本当によかった」


給食当番の師匠から紹介状を手に入れた。

そして、その先に待つ給食当番のその上の当番へと立ち向かった。


頑丈な扉の前にそそり立つ黒い板。


そこに、白い文字で新しい上位職の当番が書かれていた。



《 日直当番 》

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