かつて七草

村上ꓘ(ムラカミトーレプーキ)

かつて七草

 かつて七草粥というものがこの国にはあった。伝承によるとセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七つに定まったのが江戸時代の頃である。

 人日の節句、一月七日に一年の無病息災を祈り、これらを粥に供して食すということだ。元々は大陸から奈良時代ごろに伝来し、春菜摘みの行事と混淆して土着したと伝えられている。

 かつてと書くと、今は残っていないのかと誤解を生むかもしれないが、そういう訳では無い。伝統というものはそこまで弱くはなく、歴史によってのみ得る連綿たる強かさを備えている。——少しばかりその様相を変えてはいくが。


 そもそも七草のような葉物野菜は実は消化に良くは無い。食物繊維の摂取が有用であるのは、腸内の正常細菌叢がある程度良好に保たれ、食物繊維を原料としたビフィズス菌を始めとした各種善玉菌による腸内発酵、それによる短鎖脂肪酸の産生への寄与を目的とした場合である。消化不良を起こしている際には逆効果だ。

 加えて七草とは七種(ななくさ)から転じて後世に春の野草の中から季節物が選出されただけである事を初めに記そう。成立当時と今とでは植生や食文化も変化しているという事実を、私達は良く考える必要がある。


 さて、先ずはセリについて触れよう。これは今や七草の中から除外されている。

 セリは七草に加えられた由来が宜しくなかった。【競り勝つ】の言葉から転じた縁起物、言葉遊びを揶揄する訳ではないが、競り勝つのでは接戦の末の辛勝である。縁起物ならば完勝を求められるのが筋ではないかと、とある筋から議論が出るのはそこまで筋違いな話ではない。

 勝ちに因む、のであれば古来より武士が好んだ勝色、即ち藍染の原料であるアイこそが七草としてふさわしいだろうという論争が起こる。その頃、アイの食用利用が進められており、この動向には一種のプロパガンダ要素があるのではないかと訝しむ声もあった。ただ、そういった目論見を含んでいても、食用のタデアイが食あたりにも効果があり、セリの座を奪うに十分な格があった。彩りとしても、藍染で思い浮かぶような濃い青ではなく、グリーンスムージーを思わせる緑に食品を色づける。

 これにより現在の七草粥は過去のそれと比べて、目に鮮やかな健康食となっており、若者からも多くの支持を得ている。


 続いて、邪気を撫で祓うとの由来があるナズナ。こちらは今も七草の一角である。

 しかしながら地位盤石とはいかず、近年の異常気象や環境汚染による自生種の減少から食用利用の継続が難しいと危ぶまれている。かつて食用とされてきた野草の多くがこのような問題に直面している。

 持続可能性を考慮し、ナズナに替わる菜草の検討が識者により進められている。現在、有力候補に挙げられるのが、野菜の王様モロヘイヤだ。栄養素としても問題がなく、出世を祈願できるとしている。


 ゴギョウを語る場合に、どうしても切り離せないのがホトケノザだ。

 ゴギョウ自体は今も現役の七草ではあるがホトケノザは現在七草に入っていない。ホトケノザの除名理由は二つある。

 一つは同名の毒草が存在し、誤食による事故が相次いだ為だ。食用植物の画像データベースが2030年代に起きた太陽風電磁パルスの影響で3割破損し、以降、毒草の誤食事例が増加しているのはご存知の通りである。

 またゴギョウは仏教における信仰対象である仏の姿を、ホトケノザはその仏の鎮座する場所を想起させると、オカルティックな形象学的発想を基としているのがよくなかった。

 まず理由が被っている。縁起がいいとは言え、捻りと工夫は必要だ。アカレンジャーは二人もいらないのである。そして現代において宗教問題を取り扱うのはとてもセンシティブだ。そういった宗教的中庸を取る配慮から、ホトケノザは、古くからキリストの身体と形容される麺麭(パン)に変更されることになった。パン粥として古くから粥との好相性が知られているのも強かった。

 この問題はまだ未解決な部分を残している。昨今人口に占めるイスラームの比率を考慮し、偶像崇拝となるような宗教的具物の除外が検討されている。ゴギョウとパンも遠くない未来に七草の地位を失うことは想像に難くない。


 前項でも述べたが、被りというのはよろしくない。七種という限定された中で同種のものが占めるというのは要素の無駄遣いである。プロダクトとして精査が足りていないという謗りは免れようがない。

 この指摘が、スズナ(俗に蕪)、スズシロ(俗に大根)に波及するのは当然の帰結である。ともにアブラナ科で外観も非常に似ている。縁起物の由来としてスズナは神を呼ぶ鈴、スズシロは清白など色の白さの清らかな為とされている。

 さぁどちらを残すかという議論において後塵を拝したのはスズシロであった。

 問題となったのはレイシズムである。日本古来の穢れなさ、白への信仰心を否定するわけではないが過度に白さを礼賛するのは多様な人種への配慮が欠けているという意見が出たのだ。修正主義的だという反論も多くあったが、スズナがスズシロの要素を包含しているということもあり、スズシロ擁護派もトーンダウンせざるを得なかった。

 スズシロに代わって七草に加えられたのは甘藍、キャベツである。キャベツにはビタミンUとしても知られるキャベジンが含まれており、消化を助ける。安価で市場に流通しており、加熱した場合の食味も良い。

 甘藍はその表記に前述したアイを含む他、玉菜の別名があり、宝石や財物を表す文字を含んでいる点を評価する声が選出の理由である。欧米においても葉の形状から紙幣を想起するフォーチュンフードとして認知されていることも後押しになった。


 ハコベラについては、その座を誰にも譲ることがない。名は体を表し、七草界隈でもきっちり繁栄し蔓延っているので、ますます説得力を増している。


 以上が2036年現在の七草の現状である。

 結びに代えて、今一度まとめてみよう。語呂が良いことも肝要である。

 アイ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、コムギパン、スズナ、キャベツ、これぞ七草。


      特定社団法人日本七草認定協会


                   了

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かつて七草 村上ꓘ(ムラカミトーレプーキ) @etalpyek_mrkm

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