第14話 魔王、紹介する


 朝。俺は陽の光が出る前に起きる。


 別に太陽に焼かれるだとか、そう言った理由ではない。単純に朝日に照らされて起きるのが不快なだけだ。


 ぐっと背伸びをし、ささっと身支度を済ませる。最後に仮面を被って下の大広間へと降りる。階段も壁も、どれも冷たい表情をしている。だが、それが慣れた俺にとっては心地がいい。


 大広間の玉座に着き、しばらく座っていると、大広間の隣にある植樹園に温かな光が差しこみ始める。それと同時に城下町から朝を告げる鐘響き、本格的に町が目覚め始める。


 その鐘の音に起こされて、セイリンも眠たそうな眼をこすりながら、大広間へと降りてきた。


 ネグリジェではあったが、もう一枚上から薄ピンクのカーディガンを羽織っていた。


「おぁようごじゃいますぅ……わ」

「おはようセイリン。それと、降りてくるときはちゃんと身支度をして仮面をつけてこい」

「あー、そうでしたわね……でも面倒ですわぁーあ」


 欠伸をしながら緊張感のきの字も無い返事を返すセイリン。セイリンを住まわせていることがばれて首が飛ぶのは俺なんだぞ。

 まぁ、言ったところで聞いてくれそうにないから言わないけど。


「まぁいい。それじゃあ朝ごはんにしようか」

「えぇ。あ、それとボル様?」

「どうした?」

「昨日の約束……忘れてはいませんよね?」

「約束……あぁ、魔王城を案内してってやつか」

「はい……いい、ですわよね?」


 大きな瞳をウルウルと涙目にしながら、懇願するような表情のセイリン。朝一に見るべき光景じゃないなぁ……なんてことを思いつつ、返事をした。


「あぁ。だが、そこまで回る場所は無いぞ?」

「それでもかまいませんわっ!」

「わかった。とりあえず朝食を食べよう。今から準備するから」

「はいっ!」


―――――――――



 いつもの場所で朝食を取り、まずは俺たちの部屋がある三階へと向かった。俺の部屋と、セイリンの部屋。そして、残る二つの部屋は今は物置も同然だが、セイリンたっての願いなのだから、一応紹介することにした。


「まず、セイリンの隣の部屋。これは……うーん。一応、部屋の持ち主は居るにはいるが、ほとんど住んでない。というか、本人も物置としか認識していないのだと思う」

「ボル様の他にも魔王城に住んでいる方がいらっしゃったのですね。初耳ですわ」

「住んでいるという表現でいいのかと迷うほどだがな」

「どういう方なのですか……?」

「迷惑なババア、がしっくりくるな」

「迷惑おばあ様ですか……想像が付きませんけれど、きっと私が教会へと出向く度に執拗に嫌がらせをしてきた大司教夫人のような感じなのでしょうか……?」

「嫌がらせ……ではないんだが……。それよりも、セイリンは大丈夫だったのか、その嫌がらせとやらは」

「あ、はいっ! ここに来る途中ついでに教会をおぶち壊しましたので!」

「もしかして、言葉の最初に『お』ってつけたら上品になると思ってる? 大丈夫?」

「もーっ! ボル様何を言ってますの? 私は至って普通ですわっ♪」

「……そうだね」


 俺はこれ以上教会の悲惨な末路に触れないように、さっさと話題を切り替えることにした。


「あ、それと中を覗かない方が良い。きっとホコリだらけになっている」

「そうですか。わかりましたわ……では次はこちらの部屋は……?」


 一度頷いて、俺の方へと向き直ったセイリン。蒼いステンドグラスを孕んだ光が彼女の純金のような髪を滑る。その姿はいつの時代に出てくる女神のような美しさだった。


「ボル、様?」

「あぁ、すまない」


 いつの間にか視線を吸い寄せられていた彼女の不思議そうな声で、意識を取り戻す。


「その部屋は……俺の、お父さんの部屋だ」

「ボル様のお父様の部屋でしたのですね! あれ、でもここにきてまだ一度も……」

「とっくの昔に亡くなったよ。それに、お父さんと言っても、義理の、だがな」

「そうでしたの……なんだか申し訳ありません」

「いいさ。どうにも部屋を整理することも出来ずずるずると何年もそのままにしてしまっていた。そろそろ本格的に整理しなくてはいけない時期なのかもしれないな」

「ボル……様」


 魔族のくせに俺を拾い、魔族のくせに俺に魔法を教えて、魔族のくせに俺を家族だと言いやがった。そして最後には、俺を置いていきやがった。

 最後まで俺の都合なんて考えず自分勝手で、だけどどこまでも暖かかった。


 だからこそ、さっさと自分の心に決着を付けなくちゃいけなかった。部屋と一緒に整理をするべきだった。

 だから――

「っっ……どっ、どどっど、どうしたんだ急に」


 トスンッ。その僅かな衝撃と共に背中に感じるのは実りに実った二つの双眸の果実と、じんわりとした温かさ。そしていつの間にか自分の胸元では日本の腕が交差していた。


 恐る恐る後ろを見ると、そこには俺の背中に全身を密着させ、頬を蒸気させたセイリンの姿があった。

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魔王です。人間の王女を人質にしたら一目惚れしたとか言い出したので、無理やり帰したら何故か最強になって魔王城に単騎凸してきました() 和橋 @WabashiAsei

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