最近間違い転生が増えて困っている

御湖面亭

間違い転移

 数々の争いが起こったこの世界で、平和な時が流れてはや数千年。僕は神として天宮からこの世界の行く末を見守りつつ、たまに現人神として下界に降り立ち、人々の営みを享受している。


「うーん、このスイーツいいね。どこの?」

「西の大陸にある港町【マキア】のポディングというスイーツです」

「今度行ってみよ」

「是非に」


 今日も今日とて、大好物のスイーツを付き人のアルテと共に賞味しながら下界の人々を観察する。いつも通り平和な世界。これだけが僕の幸せだ。


 だがここ最近、僕の幸福を妨げる悩みがひとつ……。


「神様。下界から連絡が」

「また?」


 ここ数年、僕たちはあることに頭を痛めている。この世界では度々不思議な事が起こっていた。異世界から来たと言いながらヘンテコな道具を振り回す者が現れたり、街の一角に誰も食べたことのない料理を提供する店が現れたり、産まれたての赤子が喋りだしたり。現実的にはありえない事件が世界中いたるところから報告が上がっている。しかもこれらは何十、何百回と数えきれないほど起こっており、安寧を脅かす悩みの種だ。


「またです」


 この世界は完全な一神教で、人間は皆、僕だけを神として崇めている。その為、世界中に教会があり何かあればそこからアルテへ連絡を取ることができる。勿論ただの願望は受け付けない。明らかに異質な出来事が起こった場合のみ交信を許可している。なぜそんな面倒なことをしているかというと、放っておくとより面倒な事件をいち早く見つけ、解決するためだ。


「勘弁してほしいねまったく」

「まぁまぁ。今回は東大陸の街【ロッテル】ですよ」

「あそこか。たしか、デーフクってスイーツが美味しかったよね」

「ええ。帰りに買われてはいかがでしょう」

「そうだね。そうでもしないと気が晴れないよ」


 アルテが指を鳴らすと目の前の空間に穴が空いた。いわゆる転移ゲートというやつだ。


 ゲートを通ると商店が並ぶ通りが現れ大きな人だかりができていた。


 天宮と任意の空間を直接繋げる。これによって僕達は好きな場所へ移動することができる。


 アルテまで届いた情報によると、変な格好をした若い男が町で暴れているらしい。自警団が取り押さえようとするも、女の子を人質に取っていて手がつけられないとか。


 それだけなら神である僕が出るまでもないのだが、その男、よりにもよって異物を持ち込んだらしい。


 人混みをかき分けて中心部へ入ると、若い男が娘の手を握って自警団と対峙している。片手に板のようなものを持って。


「か、神様とアルテ様!? 助けに来てくださったのですね」


自警団員の一人がこちらに気づき詰め寄ってくる。


「うむ。で、彼が?」


「はい。そこの路地裏であの娘が困っている様子でしたので声をかけていると、あの男が突然後ろから殴りかかってきまして、不覚にも遅れを取ってしまいました。こちらからの質問には一切答えず、突然見たこともない板を取り出したので、我々では手に余ると思い神様へお知らせした次第です」


 自警団の若い衆が悔しそうに語る。


「僕が来たからには安心しなよ。あの子もすぐに開放してあげるから」


 群衆から安堵と期待の念が伝わってくる。これはお土産が期待できそうだ。


「そこの君、君あれだろ。異世界から来たんじゃないの?」


【異世界】という聞きなれない単語に群衆がざわつく。


「そ、そうだ。俺はどこにでもいる平凡な高校生、御坂和己みさかかずき。車に轢かれそうだった子供を助けようとして死んでしまった」


 男は突然険しい顔で語り始めて衆目を集める。


「おい、誰かを助けようと車に轢かれてここへ来た奴何人目だ?」

「覚えておりません」

「しかもなんでその多くが、どこにでもいる平凡な高校生なんだ?」

「ニートも多いかと」


 こちらの会話には目もくれず、男の自分語りは加速する。


「だけどその子供は本来死ぬはずだった。代わりに俺が死んでしまうのは神様でも想定外だったらしく、因果律の調整のために神様は俺を異世界へ転生させることにしたらしい」

「人間たかが一人の生死で因果律云々とは、その神の程度が知れるな」

「まったくです」

「俺は神様にお願いして、異世界でもこのスマートフォンを使えるようにしてもらった。しかも、おまけで身体能力まで強化してもらったんだ」


 意気揚々と一人で語り散らかしてくれた結果、周囲の人間はドン引きしていた。

 これだけ荒唐無稽な話を展開されたら頭を心配されるのが普通だ。しかも彼の言う神様と僕は別物だという認識もこの世界の人間にはないわけだから、さらに話が伝わらないだろう。

 つまりこの場においてあの男は、頭のいかれた可哀想な人というわけだ。


「ところで、彼はなんで急に自分語り始めちゃったの? 僕何も聞いてないよね」

「まったく、転生者は自分語りがお好きですね」

「それからこの世界へ来て街を探索していたら、この子が路地裏で襲われているのを発見して助けたわけだ」

「路地裏で女の子助ける奴多すぎない?」

「彼等の世界では路地裏=イベントホットスポットなのでしょう」

「えっと、御坂君だっけ。その娘は別に襲われていたわけじゃないらしいぞ」


 僕は御坂君へ説得しながら歩み寄った。

 御坂君はチラリと娘を見て言い放つ。


「どう見ても怯えているじゃないか」


 確かに怯えている。怯えているが、そうじゃない。間違っちゃいないが前提が間違っている。


「君に怯えてるんだよ。困っている所を助けてくれた人が目の間で暴漢に殴り倒され、しかもその暴漢に手を引かれて連れ去られそうになったんだから」


 さらに歩み寄ると、御坂君は黙って手に持っていたスマートフォンをこちらへ向けた。


「近づくな」


 急に口数が少なくなった。この手の輩は自分語り以外基本口数が少ない。しかもあれだけ周囲の人間が僕のことを神様と呼んでいたのに少しも耳に入っていない様子だし。


「僕はこの世界の神だ。こっちは付き人のアルテ」

「神様!? さっき会った神様とは全然違うけど……」

「そりゃあ世界軸が違うからね。君が会ったのは別の神だよ」


 それに僕は神として存在している以上、物質的な特徴はない。ほぼ概念に近いのだ。つまり、ビジュアルは見る人によって違うわけだ。子供に見える人もいれば、老人に見える人もいる。この世界の住人もそれを理解した上で祀ってくれているのだ。だから像もシンボルもない、あるのはただの象徴的概念とそれを維持するシステムだ。

 ちなみにアルテも同じだ。巷ではイケメンとの噂らしい。といっても僕らに性別は関係ないから美男であり美女でもあるね。それにわざわざブッサイクな人間にはならないよ。


「なるほど。でも神様、俺なら大丈夫だよ。この子はきっと助ける」


 すごくキリッとした真剣な顔で言ってくれちゃってるけど、周りか見たらただのイカれ誘拐犯だ。


「そもそも君はどこからきたの? もしかして日本からじゃないだろうね」

「なぜ俺が日本から来たと知っているんだ」

「多いんだよねー。 ていうか来る人ほぼ日本人なんだよ」


 なぜ日本という国は、それほど召喚が頻発に起こるのか。しかも数は少ないものの、定期的に間違ってここに送られてくる。迷惑極まりない。


「あー、君さ、最後どうなってここにきたの?」

「どう、というと?」

「いやね、君を送り戻すんだけど、君がもし悲惨な死に方をして召喚されたとからなら気の毒だなあと思って」

「送り戻すってなんだよ! お前が呼んだんだろ!」

「だからね、召喚したのは僕じゃなくて……。もういいやめんどうだ。アルテ、この量産型スマホ召喚者を送り返すよ」

「はっ」


 転送陣座標をスマホ君に固定。転送先を時系列から遡り特定。時間・場所・環境情報認証。


「転送」

「な!? おいま−−」


人質の娘だけが残り、スマホ君は光の中に消えていった。


「「うおおおおお!」」

「「ありがとうございます神様!」」


民衆からの黄色い声が体を叩く。


「うんうん。他愛もないよ。けれど神は甘味を所望だよ」

「神だけに、ですね」


 黄色い声がピタリと止み、筆舌に尽くし難い沈黙が流れる。


「……言わなくていいんだよそんなこと」

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