ラスト6 ピースはそろった
「なにを言っても無駄だ。娘をマンガ家などにさせるつもりはない」
「そういうこと。大切な娘を将来、なんの保証もない職業につかせるわけにはいかないものね」
ある日、突然、どこの馬の骨ともわからない男が仲間を引き連れてやってきて『娘さんを僕のペンにください!』などと言ってきたのだ。いくら、当の娘から事前に話を聞いているとは言ってもやはり、不愉快だし、警戒するのが当たり前。門前払いにせず、とにかく話を聞くだけは聞いている分、礼儀正しく、親切と言える。
もっとも、両親の表情を見ていると『思いきり怒鳴りつけてやらなければ気がすまない!』という思いで面会を認めたのでは、と言う気はどうしてもしてしまうのだが。
――これは、なつみのときよりずっと難しそうね。
一般人アピールのために連れてこられているさくらは、内心でそう呟いた。
なつみの両親と会ったときも『どこの馬の骨ともわからない』相手であったことは同じ。しかし、なつみはすでにバレエダンサーとして多くの実績を残していたし、両親も応援していた。人生をバレエに
――できることなら、もう一度、思いきりバレエをやらせてやりたい。
――自分の足と取り替えてすむものなら……。
そう思い、心のどこかで『ありもしないのに……』と思いつつ、奇跡が起こり、娘がバレエダンサーとして復活できることを望んでもいた。その思いの前には多少の――多少どころではない、と言う噂もあるが――胡散臭さなど問題にもならない。大切な娘を預ける気になるのもわかる。
だが、今回は事情がちがう。
――兄さん、どうやって説得するんだろう?
さくらはそう思い興味と期待はもったが、心配はしなかった。
――まあ、兄さんならなんとかするだろうし。
さくらはすでに、自分の兄が説得力の化け物だと言うことを知っていた。
その説得力の化け物は相手の非友好的な態度にもめげず、穏やかな態度で答えた。
「お気持ちはわかります。いきなり現れたどこの馬の骨ともわからない男のことなど信用できない。マンガ家などと言う何の保証もない職業に、大切な娘を付けるわけにはいかない。どちらもごもっともです。
ですが、私の身分に関してはこちらのふたり、
「うむ。そのとおり!」
と、
「こやつの人格と熱意に関してはわたしが保証する。ご
あきらは自信満々にそう言ったのだが――。
あきらを見る
――マンガ家というのがこんな
と、思いを新たにするだろう。
そんなときのための常識人代表、
「わたしは
ヒロはそう言い切った。
こちらはあきらとは対照的に無難なビジネススーツに、真面目なキャリアウーマン風の顔立ち。あきらとは見た目の説得力がちがうので、ヒロの言葉には
「二番目のご
「マンガ家は将来になんの保証もない。もっともな
そして、マンガ界は常にアシスタント不足に悩まされています。いま、こうしている間にも日本中で何百というマンガ家がアシスタントを募集しているのです。
「そのとおり! ご
「わたしも保証します。娘さんの画力であれば、いますぐにでも紹介できるアシスタント先は五カ所はあります」
あきらがそう主張し、ヒロも付け加えた。
「聞いての通りです。
「アシスタントなんて……そんな、いくらにもならない仕事」
「こちらの
「……二〇万ぐらいか?」
――アシスタントなんてどうせ、いくらにもなるわけがない。おまけに目の前の娘はどうにも頭が軽そうで、信用ならない。まともな月給など稼いでいるわけがない。どうせ、マンガ家気取りで親に頼って生活しているのだろう。月一〇万も稼いでいないにちがいない。しかし、本人を前にしてそこまで言うのはさすがに……。
そんな
「一二〇万です」
「ひゃく……⁉」
「まちがいありません。売れっ子マンガ家のチーフアシスタントとなれば『月一〇〇万』はめずらしい数字ではありません」
……月一〇〇万がめずらしくない。
自分たちの常識に打ち込まれた重々しい一撃。ふたりの精神の甲冑にヒビが入った。
「その他にもアニメ・映画・ゲームになった際の印税の分配もあります。これは年間で何千万という規模になることもあります。
「それに……」
「私と組むと言うことは、この
要するに、社会的地位も、コネもあるやつだ。仲良くしておいて損はないぞ。
とは、さすがに口には出さず、視線だけで知らせる。
「
「
「父さん、母さん」
それまで黙っていた
「反対しても無駄だよ。一度、家出した以上、帰ってくる気なんてなかった。
「……そこまで思っているのか」
「そうだよ」
父親の問いに――。
「ボクは
その一言で――。
すべては決まった。
その後、しばらく話をして、大学だけは卒業すること、一日の間にマンガを描く時間を制限すること、成績がさがるようなら契約を見直すこと……等々が決められ、交渉は成立した。
「ま、まあ、なんだ……」
コホン、と、わざとらしく咳払いなどしながら
「正直、まだ早いとは思うが、少なくとも心配していたような、いい加減な人間ではないようだ。身分を保障してくれる友人もいることだし、まあ、そう悪くはないと言うか……」
「そうね。結局は本人の人生なんだし……」
母親も
「なんの話?」
と言う、
クリエイターズカフェの休憩室。
「親の許可も得たし、これでお前は正式に
「はい! ありがとうございます、
――結局、この子はこれが素なわけね。最初、会ったときにおとなしく見えたのは他人に避けられていたから、自分からも避けるようになっちゃっていたからで……本当はかなり人懐っこくて行動的なタイプなんだわ。
兄さん相手なら素の自分を出せる。そういうことね。
そう思い、ちょっぴり焼き餅を焼くさくらであった。
「『先生』は禁止だ。おれの柄でもないし、
「じゃあ、
「『さん』も別にいらないんだが……まあ、そこまで強制するのもどうかと思うしな。とにかく、『先生』なんて社会的な上下関係を強いるような言葉を使わなければなんでもいい。自分の呼びやすい呼び方をすればいい」
「はい!」
「それと、いくつか注意しておくことがある。『注意』と言うより『徹底』と言うべきか」
「なに?」
「お前の親との取り決めだ。実際、おれにも『おとなとしての責任』があるんでな。高校生の将来を無視するわけにはいかない。と言うわけでまずは、大学までは卒業する。これはお前の親との約束でもあるし、今回の契約の大前提だ」
「わかってる」
大学どころか、高校さえも卒業していない
「それと、成績の維持。もちろん、数字に上下の変動はつきものだが、はっきりした下落傾向がつづくようならマンガは禁止とする。例え、連載中であろうともな。いいな?」
「はい!」
「そのために、マンガを描く時間と場所に制限を設ける。平日は三時間。休日でも五時間。つまり、一般的な部活の時間が上限というわけだ」
「一日三時間? マンガってその程度の時間で描けるの?」
「描けるようにスケジュールを組む。よその雑誌に連載するのとはちがって、分量も自分たちで決められるし、打ち切りを心配する必要もないからな。それと、マンガを描くのは、このカフェに限る」
「おれは『学生という安全な立場に身を置いて、好き勝手なことをする』キャラはきらいだからな。授業中にマンガを描くぐらいなら、学校などさっさとやめてアシスタントでもなんでもなればいい。学校に通う以上はそこのルールに従うのが筋。お前にも
「わかりました!」
と、
「それと最後に、伝えておくことがある」
「な、なに……?」
ただならぬ雰囲気な
「おれのマンガと出会えたから生きてこられた。そう言ってくれたときは嬉しかった。そう言ってもらえるほどの作品を描けたこと、誇りに思う。ありがとう」
他の仕事をするために部屋を出た。
残された
「ちょ、ちょっと! いまのなに⁉ 胸にいきなり突き刺さったんだけど⁉」
「あ~、なんか、ゴメン……」
と、
「……兄さん、自覚もないくせに乙女心に不意打ちするのが得意だから」
『文明ハッカーズ』完
『滅ぼされる側から一言』につづく
文明ハッカーズ2 〜智慧の使い手と夢追う少女たち〜 藍条森也 @1316826612
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