第8話 雪乃の過去


「まず君が魂ってものについてどれだけ知っているかなんだが、人間の魂は循環するっていう話は知っているか?」



 流石にカミロを家に上げるのは躊躇われたから、閉店後の店内にスペースを作って二人で腰掛けた。彼が買ってきてくれたコーヒーを啜りながら、私は首を横に振る。



「ほとんどの場合、人の魂は循環して新たに生まれ変わる。まあいわゆる前世ってやつが存在するって話だな。生まれ変わるサイクルは人によって違うが、絶対数は変わらない。だから死神は人の生死を上手く調節して、魂が余ったり足りなくなることを防がないといけないんだ」


「それも死神が人の運命を変えちゃいけないっていうことに繋がってるんですね……でもほとんどっていうことは違う場合もあるんですか?」


「俺やシエナみたいなパターンだ。何かの理由で死神が足りなくなった場合、死者の中から選ばれて新たな死神が生まれる。まあ生きていた頃の記憶を持ったまま永遠によく分かんねえ仕事をさせられるか、記憶を消されて新たに一から人生を歩むか、どっちの方がいいって話でもないが」


カミロはそう言って苦笑いすると、私に向かって手を伸ばしてきた。思わずびくりと身体を引くと、彼は気にせずにその手を私の頭に乗せてきた。その瞬間、頭の中で何人もの人が叫んでいるような声が聞こえて思わず飛び上がる。そんな私を見てカミロは笑うでもなく、淡々と言葉を続けた。


「君はもう既に……何回かは分からないが死んだ魂だ。そして新しい命を得て再びこの世に生を受けた。つまり君の中に下手すりゃ何十人もの人間の記録がある。そしてその記録は生まれ変わるときに完全に消されることはない。今みたいに君の魂の奥深くで眠っている」


もちろん君に限らず、この世界に生きる全ての人間がそうだ。カミロが語る話は、昔雪乃に初めて死神の話をされた時よりも一層迷信めいていて、信じたくもないと思ってしまう。けれど状況証拠的に信じざるを得なかった。


「……それは分かりました。でもそれと雪乃に何の関係があるんですか」


「さて、ここからはシエナの――いや雪乃の話だ。あいつが死神になったのは俺より全然後の話で、今から100年前くらいだな。つまりあいつが死んだのが、って話だが。生前のあいつの名前は東堂雪乃、大正時代に生きていた華族のお嬢様だよ」


華族のお嬢様……口の中で呟いて、今の雪乃からは想像ができないとくすりと笑ってしまった。雪乃と言えば生意気で自分勝手で、でも言われてみれば所々の所作は上品だったりするかもしれない。カミロはお嬢様に見えないところは賛同するよ、と笑って続けた。


「まああいつ自身は上流階級のお嬢様だったが、そんな雪乃お嬢様は庭師の男に恋をした。相手の名前までは知らないが、花をこよなく愛する好青年だったそうだ」


カミロはここで言葉を切ると、私の様子を見てにやりと笑った。私は平常心を保っているふりをしながらぎゅっと手を握り締めて、無言で話の続きを急かした。


「ただ時代は大正、事情も色々あったんだろうがその青年は東堂家の庭師を辞職し、陸軍に入隊した。それから間もなくシベリアの前線に派遣されたらしい。そして、そこで戦死した」


「えっ」


唐突に出てきた人の死に動揺してカップを落としそうになる。けれど何とかそれを堪えると、カミロは少しだけ目を細めて話を再開した。


「庭師を辞めてからも雪乃とは連絡を取っていたそうだから、もちろん彼女にも彼の死が伝えられた。それからはまるで生きる気力を無くしたかのように、雪乃は次第に弱っていった。それでも雪乃は何とか生きていたが、それからすぐの関東大震災の混乱の中で、彼女は死んだそうだ」


ここまではシエナが教えてくれた話だ、とカミロは口を休めてコーヒーを一口飲んだ。私はというと、雪乃に想い人がいたと聞いて平然としてはいられなかった。流石に態度には出さなかったけれど、口にした言葉は沈んでいたと思う。


「……まさか私の魂って」


「俺はシエナが死神に選ばれてからしばらくは、指導員として一緒に働いていたんだが、俺の目を盗んではあいつはその庭師の魂の行方を探し続けていた。生まれ変わったら記憶は無くなるってのに、そんなのは関係ないって言ってな。不幸なことに、その魂は80年近くも生まれ変わることはなかった」


もうカミロの話を聞きたくはなかった。これで分かってしまったからだ。雪乃が私を見つけたのは、彼女が愛する人の魂の持ち主だから。雪乃が愛しているのは私じゃなくて、その庭師の男なのだ。


「おい、早まるなよ。だからと言ってシエナが君のことを全く愛していないとか言うつもりはない。今のシエナは確かに池田唯奈という人間のことを愛していると思う。ただ、あいつが君の人生を狂わせたのは、のことを愛していたからじゃない。を愛していたからだ」


カミロはそう言ってコーヒーを飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。


「あとは自分で決めろ。もし君がシエナに振り回されずもっと生きたいと言うのなら、俺の名前を呼べ。そうしたらもう一度シエナから君の魂の管理権を奪い返してやる」


その言葉を最後に、カミロは跡形もなく消えた。残されのは、コーヒーを片手に涙を流す私だけだった。

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初めまして、死神です 凪都 @natsu37

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