私の運命は誰のもの?

第7話 カミロとシエナ

「あれ、唯奈さん今日は一人なんだ」


「そうなんです。雪乃はなんか用事があるみたいで」



常連さんの一人が、店内に雪乃がいないことに気付いて声を掛けてきた。いつも通り水替えの作業をしながら平然と答えたけれど、頭の中は雪乃が何をしているんだろうという不安でいっぱいだった。


別に行き先も何をしに行くかも聞いている。謹慎処分の関係の話で上に呼び出されたから行ってくると出掛けたのは昨日のことだ。謹慎が終わったらもう会えなくなるんじゃないかとか、そんなにすぐ死ぬ覚悟は出来ていないとか不安がる私に、別に謹慎が解かれても会えるしすぐ死ぬわけでもないと安心させるように雪乃は笑っていた。それでも全く知らない世界の話だけに、安心することは出来なくて結局昨日は一睡もできずに今日を迎えている。



「お姉さん、この花を一輪くれる?」


ぼんやりとしていたところに突然声をかけられ、思わず肩を跳ねさせてしまった。顔を上げるとそこに立っていたのは初めて見るお客さんで、余計に申し訳ない気持ちになる。



「あ、はい。すみません、ぼーっとしてて……」



慌ててレジに向かい、お会計をする。その間、なぜか彼の目はずっと私の顔を見ていて、何か付いているのかと不安になるほどだった。


「ありがとうございました」

お金を受け取り、品物を手渡す。彼はじっと私を見つめたまま、表情を変えずに尋ねてきた。


「ここ、雪乃ってやついるだろ?」


「……雪乃のことを知ってるんですか?」


初対面で雪乃のことを知っている人なんていない。不審に思って尋ねた私の質問には答えずに、彼は一つ頷くと手をひらひらと振りながら店を出て行った。


もしかして死神とか何か関係のある人なんだろうか。それにしてもどうしてわざわざ雪乃のいない時に?疑問が湧いてきてもそれをぶつける相手もなく、悶々としたままその日の営業を終えた。



次の日になっても、まだ雪乃は帰って来ない。そして代わりと言うべきか、あの男性は再び店にやって来た。


「お姉さん、この花を一輪くれる?」


昨日と全く同じセリフ、そして手に取った花も同じ花。雪乃のこともあり気味が悪くて、私は手渡された花を片手に動けなくなってしまった。


 

「どうかした?」


「……あなたは、誰ですか」


やっと絞り出した言葉に、男性は一瞬だけ驚いた顔をしてすぐに笑顔に戻った。


「ああ、自己紹介するべきだったな。俺はカミロ。シエナの――あー、えっと、雪乃の同業者だよ」


「え、じゃああなたも死神……というかシエナって?」


「死神になる人間には、死んだときに名前が与えられるんだ。雪乃ってのはあいつが人間だった頃の名前だよ。俺も生きていたころは二郎って名前だったしな」

「そう、なんですね」



カミロさんの話をどこまで信じていいか分からなかったけれど、とりあえず今は目の前の彼を警戒しておくべきだと判断した私は、そのまま黙って作業を続けた。そんな私の姿を見ながら、カミロさんは楽しそうに口を開いた。


「それにしても随分と美人に成長したな。シエナも面倒臭いことしやがってって思ってたけど、そこだけは褒めてやるとするか」


「なんなんですか、急に」


「え、あいつから聞いてないのか?シエナが君に惚れたせいで、俺から君の魂の管理権を奪ったって話」



藪から棒になんだと顔を顰めながらも頷く。奪った相手がこの男だってのは初耳だけど、なんて言ったってそのお陰で雪乃が謹慎処分になって、私たちは出会ったんだから。



「ふっ、否定しないってことはあいつに惚れられても満更でもないってことか」


「それがあなたに何か関係あるんですか。私たちのことを邪魔しないでくださいよ」


「邪魔するも何も、あいつは今呼び出されてお説教中だろ?君みたいな純粋な人間がシエナに騙される前に、あいつの本性を教えておいてやろうと思ってさ」


カミロは私の手から花を取り上げると、私の顎を掬い上げるように指を這わせてきた。それが不快で手を払うと、何がおかしいのか低い声で笑った。



「俺の話を聞いておくべきだと思うけどな、お嬢さん。シエナは自分の謹慎が終わったら一番に君の魂を連れて行くつもりだ。ただ、あいつが運命を変えたせいで、君はそれよりもう少し長生きできることになった。俺は君がシエナに騙されたまま人生を短く終えるくらいなら、もう一度君の管理権を取り戻して長生きさせてあげたいと思っている」


「結構です。雪乃のいない人生なんてもう考えたくもないので」


「おいおい、まだ君たちが出会ってから二か月かそこらだろ?あいつに入れ込み過ぎじゃないか?」


まだ食い下がるカミロを思い切り睨み付ける。時間の長さなんて関係ない。それほどまでに、私が雪乃のことを愛してしまったというだけなんだから。もう出て行ってくださいと店員失格な態度で出口を指差す私に対して、まだカミロは余裕そうな表情で返してきた。


「これを聞いてもまだそんな強気なことが言えるかい?」


「……もうあんたの話なんて聞きたくなんか、」


が愛してるのは君じゃない。君の魂の、前の所有者さ」



***


業務妨害だとカミロを追い返した。また営業が終わったら戻ってくるよと彼は出て行ったけれど、できればもう二度と顔も見たくない。雪乃は私のことを愛してるって言ってくれているし、彼女の言葉よりも正体のよく分からないカミロなんかの言葉を信じるほど、私は馬鹿じゃない。けれども嫌に最後の言葉が頭をぐるぐるしてしまって、集中できないまま時間が過ぎていった。



「お疲れ様。コーヒー買ってきたけどいる?」



closedの看板を下げたところで、忘れようと努めていた声がした。振り返らずにいりませんとだけ返して、店の扉を閉めようとする。けれど私が男性の力に敵うわけもなく、あっけなくカミロは店の中に入ってきた。



「無視するなんてひどいじゃないか」


「もう来ないでって私は言いましたよね」


「……俺は100%の善意で君に話をしに来たんだ。最終的に君がシエナを愛し続けるって言うんならどうぞご勝手に。それでも君はシエナの過去を知っておく必要があると俺は思う。あいつは絶対に君に話さないだろうしね」


ちらりと彼の顔を見上げる。さっきみたいに人を馬鹿にしたような顔をしているのかと思いきや、思いの外真剣な表情を浮かべていて驚いた。どうする?尋ねられて今度は微かに迷いが生じた。


確かに私は雪乃のことをほとんど知らない。人間だった時にどんな人だったのか、どんな時代を生きていたのか……誰を愛していたのか。本当ならば本人に尋ねるのが正しいんだろう。けれど、私の過去をいくら話しても、決して雪乃は自分のことを話そうとはしなかった。改めて聞いたところで教えてくれることはあるんだろうか?


「池田唯奈、君の人生に関わる話だ。自分で決めろ」


カミロの声が耳に刺さる。まるで催眠にかけられたかのように、私は自然に頷いていた。

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