第16話 本当の恋人として
「さて、今日も手伝ってくれてありがとう、総一」
「いえ、これくらいお安い御用ですよ」
生徒会の手伝いが終わってから、俺は夜空先輩とそのような会話を交わした。
夜空先輩は、少しぎこちないような気がする。それはきっと、あの時の件が解決していないからなのだろう。
俺は話してくれるまで待つ覚悟を決めている。だけど、彼女の方は俺に隠し事をしているという罪悪感があるため、中々いつも通りの態度ではいられないのかもしれない。
「俺達も帰りましょうか?」
「あ、いや、少し待ってくれ」
「何かあるんですか?」
「……君と話がしたいんだ」
帰ろうと提案した俺を、夜空先輩は引き止めてきた。
その顔から、決意のようなものが伺える。恐らく、事情を話すつもりなのだろう。
俺は一度深呼吸をしてから、夜空先輩と向き合って座る。
「……結論から言おうか。私の父と君は会ったことがある。君がまだ小さい頃にね」
「やっぱり、そうだったんですね」
「ああ、そして私も君と会ったことがあるんだ。私の父と君の父は友達でね。その縁で私達も会っていたという訳さ」
「俺達も……」
夜空先輩から教えてもらった情報は、初耳だった。
しかし、それ程驚きがある訳ではない。その可能性も考えていたからだ。
「幼少期、私と君は姉弟のように遊んでいた。まあ、その時の記憶は私もほとんどない。楽しかったことはぼんやりと覚えているんだけどね」
「俺はまったく覚えていません」
「そうだろうね。私がぼんやりと覚えているだけのことだ。一歳とはいえ年下の君が覚えていなくてもおかしくはない」
夜空先輩に会ったことを俺はまったく覚えていない。父さんからもそういう話は聞いていないし、俺側はまったく彼女のことを知らなかった。
しかし、先輩の方はそうではなかった。それはきっと重要なことであるはずだ。
「私は一年の後期から生徒会長になっていた。まあ、生徒会長をやっているとある程度全校生徒の情報が入ってくるものなんだ。それで知ったんだ。かつて遊んでいた子が入学してきたことを……」
「夜空先輩は、一年の時から俺のことを知っていたんですか?」
「ああ、知っていた。そして時々様子を見たりもしていた。気になったんだ。あの楽しい思い出を作ってくれた男の子のことが」
夜空先輩は笑っていた。彼女にとっては、俺との思い出は本当に楽しいものだったのだろう。それが伝わってきた。
それを俺は覚えていないというのは、少しもどかしい。楽しい思い出であるなら、俺も覚えていたかった。
「そんな君を見ている内に、私はある想いを抱いていた。つまり私は、君に恋をしてしまったんだよ」
「……え?」
夜空先輩の突然の言葉に、俺は思わず固まっていた。まったく予想していなかった事実に、頭が真っ白になる。
だがそれではいけない。その言葉に対して何も言わないなんて駄目だ。俺は先輩の想いにきちんと向き合わなければならない。
「先輩、それは……告白ということですよね?」
「ああ、愛の告白ということになるのかな……ふむ、恥ずかしいね」
「どうして俺なんかに?」
「それは私にもよくわかっていなかったけれど、こういう関係になって改めてわかったよ。私は君の変に真面目で一直線な性格を好ましいと思ったのだと思う。まあ、そういう所は感覚だからね。上手く言語化はできないよ」
「……そうですよね」
夜空先輩が、俺に想いを寄せてくれていた。それはとても嬉しい事実だ。
ただそうなると少し気になってくる。あの時の俺の叫びを、夜空先輩はどう思ったのかを。
「俺の叫びにあんな提案をしたのはどうしてなんですか?」
「君と付き合って、君を私に惚れさせようと思ったんだ。彼女が欲しいという抽象的な気持ちなら、ああいう提案にも乗ってくれると思ったからね」
「……俺はまんまとその策略に乗った訳ですね」
「乗ってくれたのだろう? それはなんとなくわかっていたよ」
「そうでしたか……お見通しだったんですね」
夜空先輩が提案をした時に縋るような目をしていたのは、彼女にとってあれも一世一代の提案だったからだったのだろう。彼女にとってあの提案は俺にしかできない提案で、断れたらそれで全てが終わることだったのだ。
「……さて、これが私が抱えていた秘密だよ。それで総一は、どうしたいのかな?」
「どうしたいとは?」
「このまま私と関係を続けるか、それとも関係を続けないかということさ……」
夜空先輩の声は、段々と小さくなっていった。
俺はそんな先輩との距離を少しだけ詰める。彼女の問いに答えを返すために、俺はゆっくりと口を開く。
「夜空先輩、俺も先輩のことが好きです」
「……え?」
俺の言葉に、先輩は目を丸めている。この返答は、予想していなかったのだろうか。明らかに驚いているといった感じだ。
「付き合っていく中で、俺は先輩に惹かれていました。あなたを楽しませたいと俺はいつも思っていました。大切にしたいと思っていたんです。その気持ちがどうしてなのかが、今はわかりました」
「そ、総一……」
「本当に俺と付き合ってください。恋人になってください。俺は夜空先輩に彼氏になってもらいたいと思っています」
俺は夜空先輩が平静になるのも待たずに言葉を発した。自分の今の気持ちをありのままに吐き出してたのだ。
「……もちろん。もちろん、私は君の彼女になりたい。君がそれを望んでくれるなら、喜んで本当の彼女になろう」
「ありがとうございます、夜空先輩」
「……ふふ、嬉しいね。想いが叶うというのは、こんなにも嬉しいものなんだね」
夜空先輩の笑顔に、俺も安心していた。そうやって先輩に笑ってもらえると、俺としても嬉しい限りだ。これからもその笑顔が見られるように、頑張っていこう。
「……総一」
「夜空先輩……はい」
夜空先輩の呼びかけに、俺はゆっくりと頷く。そしてそのまま、俺達は唇を重ねた。晴れて本当に付き合った俺達は、それを証明するキスを交わしたのだ。
彼女が欲しいと叫んだ時は、こんなことになるなんて思っていなかった。あの誰に向けたものでもない叫びが先輩に届き、こうして素敵な恋人を得られた俺は、本当に幸運だったといえるだろう。
これからも先輩を大切にして幸せにしよう。彼女の確かな温もりを感じながら、俺はそれを誓うのだった。
彼女が欲しいと叫んだら、何故か学校一の美少女と付き合うことになりました。 木山楽斗 @N420
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