第6話 「魔物と因縁」

「ルイン様…?あの老人は何者なのでしょうか?」


 恐る恐る、といったようにウノが俺に問いかける。


「あの爺さんは俺に呪いを掛けた奴らの中の1人の家系だ。俺が呪いに掛けられたのはあの爺さんからでも何代も前だろう。俺はあの爺さんとは面識は無かった。」


 俺は淡々とそう問いに答える。


「そうでしたか………」


 ウノがその言葉を紡いだ後、しばらく静寂な空気が俺たちを包んでいた。


「ルイン様、この辺りから弱いですが魔物が出ます。」


 静かにそう俺に言ったのはトレスだった。その瞬間、俺は〈総創〉の魔眼でシャープペンシル程の大きさの釘を創り、トレスの右足スレスレの所に釘を操り思い切りソレを貫いた。


「………これは…」


 釘が貫いたソレを見ると、小さい毒蛇のような生き物が居た。


「ひっ………し…………死神蛇……」


「死神蛇?」


 初めて聞いたな。少しどす黒い色をしたただの毒蛇に見えるが…


「……噛まれたら即死する毒や再起不能になって死ぬ毒や二度と治らない毒を持ってる蛇の魔物です……」


 トレスが少し怯えた様子でそう説明する。


「なるほどな。」


 いくら魔物と言っても二度と治らない毒なんて大層なものはあるのか?


「なあ、さっきは弱い魔物が出るって言ってたが、これも弱い部類って認識で良いのか?」


 話を聞いている限りだとちっとも弱いようには聞こえないが。まあ、釘を刺した程度で簡単に死ぬ魔物だし、毒が強力な点を除けば弱い魔物と言えるな。


「いえ……この魔物はここから西の方にある迷宮の森という所にしか生息していない上級魔物のはずです...」


「迷宮の森?」


 大層な名前をしているが…それに上級魔物?この世界の価値観はおかしくなってしまったのか?


「迷宮の森は、その名の通り、迷宮の様に広く入り組んだ作りになっている森のもとです。迷いの森とも呼ばれますね。」


「なるほどな。方向感覚がおかしくなると二度と出られないかもしれないと。」


「はい。実際に迷宮の森にいる魔物の力で幻覚を見せられ、気付かぬうちに死んでしまったり迷っていたりという事が多いようです。」


 ふむ。幻覚を見せる魔物まで居るのか…厄介だな…


「この辺りまでその死神蛇とやらが来ている理由が知りたいが、準備の整っていない今迷宮の森に向かう訳にも行かないか。」


「はい、少なくとも今向かわれたとしても、迷って永遠に森を彷徨う事になりかねないかと。」


 そう言うトレスの言葉に、俺は少し考える素振りを見せたあと、言った。


「分かった。トレス、お前は近くに死神蛇やらほかの魔物やらが居ないかに細心の注意を払っておけ。」


「御意。」


 俺への忠誠を示すが如く跪き、そう言う。


「それと、ウノ。」


「は。」


「お前は俺以外の4人をお前の呪いで強化してやってくれ。勿論ウノ、お前もだ。」


「御意。ルイン様は宜しいのですか?」


 跪きながら俺に訊いてくるウノ。その言葉に対し、俺は


「俺は死なないからな。」


 と、言葉を返す。


「とりあえず、俺が先行する。お前達は俺に着いてこい。」


「分かりました。」


 その言葉と同時にウノは俺以外の者に自身の呪いで強化していく。


「……早速来たようだな。」


 俺がそう言った瞬間、ウノ達は身構える。そして、ソレは姿を表した。


「オマエタチハ、ダレダ?」


 ソレは大きな熊の姿をした魔物だった。知性があるようだ。片言だが確かに「お前達は誰だ?」と言葉を発した。本能に従ってすぐに襲ってこないあたり、そこらの魔物よりよっぽど理性が強いようだな。ならば、俺がやる事は1つだろう。


「俺達はこの平原を抜けた先にある街に行きたいんだ。無駄な殺生はしたくない。できれば引いて欲しいのだが?」


 落ち着いた口調で、ソレを刺激しないように殺意を出さずに俺は言った。

 ソレは少し考えた後、表情を険しくし、殺意を剥き出しにして言った。


「オレノジンチ二シンニュウシテキタヤツハニガサナイ。」


 殺意を剥き出しにしているソレは何処か怯えた様子が伺えた。何故そう言った?俺の言う通り引いていれば命を奪うことは無かったというのに。操られているということか?


「なあ、お前、誰かに操られているんじゃないのか?」


 俺に怯えて居るやつが、俺の実力をある程度見極められる魔物が、俺に敵対する理由が分からない。ということは、誰かから俺達を始末するように操られているのでは無いかと俺は考えた。そもそも、この平原にこんなでかい熊の魔物がポツンといる事がおかしいのだ。


「ソウ………ジャナイ………」


 そうだ。と言いたげな表情をして言葉を発したソレは、途中で言葉が変わった。

 妙だな。このレベルの魔物をここまで使役するにはかなり高度な魔法技術か呪術が必要なはずだ。


「そうか。分かった。ならば、お前を使役した奴を言え。お前を楽にした後俺が其奴を殺してやる。」


「イエナイ………」


 ふむ。かなり俺に対して怯えた様子だが、俺がここまで言っても黒幕を言わないのはおかしい。知性があるやつは大抵格上には従ってしまうものだ。そういう場面を何度も見てきた。


「そうか。分かった。」


 そう静かに言い放ち、俺は漆黒の禍々しい槍を取り出す。


「呪槍ロンギヌス。この槍で突き刺した生物を殺すと云われる、かつて神槍と謳われた代物だ。」


 そう軽く説明をし、俺は槍の柄の先を地面に突き立てるようにしていた状態から投擲する構えへと移り、ソレへ向かって投擲する。

 俺の怪力によって投擲された槍は、目にも止まらぬ異次元の速度でソレへ突き進み、ソレをいとも容易く貫き、独りでに俺の元へ戻ってくる。


「ウ………グゥ………」


 そう唸り声を上げながら前のめりに倒れるソレ。死んだ。俺はそう確信した。だが__


『いやぁ、驚いたねぇ!まさかこの龍陣熊を一瞬で殺して退けるとは!!』


 先程の熊とは全くの別人…いや、人間と思しき者がソレに乗り移ったかのようにソレの死体がひとりでに起き上がり、陽気な口調で喋りだした。だが、声に若干のノイズが混じっているな。思念体とか言うやつだろうか?魔法や呪法にも確かこういう類のものがあったはずだ。


「お前、人間だな?」


 俺はそう短く質問する。


『その通りだよ。いや、正確には〈魔人〉と言うべきかな?』


 陽気な口調を崩さずにその〈魔人〉と名乗る奴は話した。

 〈魔人〉とは何だ?俺は聞いたことがないが…

 そう思いウノ達の方を少し振り向けば、ウノ達は酷く怯えた様な表情をしており、心做しか少し震えているようだった。


「〈魔人〉?」


 俺は率直にそう問いかける。


『あれ、知らない?じゃあ教えてあげよう。〈魔人〉って言うのはね、魔の道を極めた人間の事だよ。だから、自らの強さに応じて、そして自らが受けている魔の加護の強さに応じて、寿命が延びるし、寿命が尽きるまで老いもしないんだよ。』


 得意げに奴は話す。


「………なるほどな。〈魔人〉については分かった。お前、名はなんと言う?」


 俺は多少の怒りを押さえ込みながら奴に向かって話す。


『あ、そうだね〜。こっちだけ君の事知ってるんじゃ、不公平だもんね〜』


 俺の事を知ってる?………なら、あの爺さんと同じで、俺に呪いを掛けた一族の末裔とかか?


『ボクの名前は、エルドラ・ガルゼ。君なら、聞き覚えあるんじゃないかな?』


 少し笑みを浮かべたような口調だった。


「聞き覚えはあるな。お前、俺に呪いを掛けた奴だろう?」


 俺は苛立つ気を抑える様に深呼吸をしながらそう言った。


『当ったり〜!』


 まるで俺を煽るように奴はそう言う。


「そして、お前は俺に少なくとも、〈五つの禁戒〉は絶対に掛けている。そうだな?」


 俺は続けてそう質問をする。


『またまた当ったり〜!』


 やっぱりな。俺はソレが起き上がった瞬間から、〈五つの禁戒〉という呪いを発動していた。だが、奴は死ぬどころか呪いの効果を一切受けていないようだった。そんな事は呪いの内容を理解していないと不可能だ。


『そうだよ。ボクが君に〈五つの禁戒〉の呪いを掛けた。だから君が〈五つの禁戒〉を発動してもボクが呪いの影響を受けることは無かった。』


 奴は先程迄の様な陽気な口調ではなく、真剣そのものの口調だった。

 〈五つの禁戒〉、『敬神・真実・慈愛・無欲・信仰』の五つをルインに当てはめたもの。『敬神』はルインに恐れや恐怖の感情を抱いた者を一生服従、もしくは一瞬で命を刈り取る。『真実』はルインの目の前で嘘を吐くと、魔法、魔眼、呪法をルインが解くまで封印され、身体能力も幼子並になる。『慈愛』ルインに敵対的な感情を持っている者の記憶、攻撃する力全てを奪われる。『無欲』ルインの前で本心から強情、強欲な発言をすると感情を奪われる。『信仰』ルインの前で不信を抱くと一生視力を奪われる。

つまり、奴は熊の魔物を従え、熊の魔物を使って俺を殺させようとした。俺が熊を殺さなかったとしても、どっちみち奴は熊を殺し、自らの思念体を使って俺の死を確認するか俺と対話する予定だった。そして、自らが俺に掛けた呪いを熟知しているが故に、自らの敵意は熊の物として熊に付与し、思念体と熊の死体を利用して俺と対話をした。勿論対話をしている間も、俺に対して一切の恐怖を抱かず、俺に対して嘘を付かず、俺に敵対的な感情を持たず、本心からの強情、強欲な発言をせず、俺の前で不信を抱かなかった。


「なるほどな。本当にお前は俺の呪いを全て理解しているらしい。」


 そう言うと俺の眼は紫の光を放ちながら〈真実〉の魔眼を発動し、奴を睨めつけ、居場所を探る。


『おお、怖い怖い。』


 奴は俺の魔眼には気づかなかったのか、何の言及もしなかった。


「そうか。お前はそこに居るんだな。首を洗って待っていろ。俺はお前を確実に殺す。」


 〈真実〉の魔眼によって奴の居場所が分かった。奴は俺達が向かっていた街に居る。魔眼で見た時、奴の思念体を通じて俺の魔力を僅かに奴本体に目印として付けた。これで奴の細かい居場所が分かる。


『そう。じゃ、待ってるよ。〈常闇の滅魔〉。』


 そう口にした瞬間、熊が同じように前のめりに倒れる。奴の思念体が熊の死体から消えたんだろう。


「ちっ……あいつ俺の名前じゃなくて二つ名の方を言っていきやがった……」


 〈常闇の滅魔〉。それは、俺の、所謂二つ名と呼ばれるものだ。この時代の御伽噺なんかで語られる邪忌人の二つ名。御伽噺には紆余曲折あるが、語られているのは俺の事だ。ただ、俺の名前で語られているのは、あの爺さんや奴のような、本当に俺の事を知っている奴らだけだろうな。

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呪いを掛けられた魔眼使い 星月 @erutya

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