第5話 「因縁の家系」

 翌朝。集合場所にあいつらは集まっていた。


「お前ら、随分と早いな。」


 俺がそう言いながらその場所へ行くと、〈実力限界突破〉の呪いを持つ男が取り巻き達を代表して話し始めた。


「おはようございます、ルイン様。本日は、我らの屋敷へご案内致します。」


「ああ。頼む。それと、お前達の名前はなんと言う?」


 やはり名前を知っておかないと不便だ。


「俺達の名前……ですか。」


 そう言って少し悩む素振りを見せ、男は言った。


「本当の名前は俺達にはありませんが、今までの名前でよければ。」


「ああ、それで良い。」


「俺はウノ。そこの闇の呪いの男はドス。植物の呪いの女はトレス。〈憎悪の炎〉の呪いの男はクワトロ。そして最後に、電気の呪いを持つ女はコンスィ。」


 ……なるほどな。確かにちゃんとした名前では無いな。


「分かった。ウノ、ドス、トレス、クワトロ、コンスィ、お前達を仲間として改めて迎え入れる。」


 俺がそう言うと、5人は少し涙目になりなから跪いた。


「さて、出発しよう。その街へ。」


 俺がそう言うと、5人は立ちあがり、ウノが先導し、俺達は城塞都市を出発した。


「確かに、聞いていた通り何も無いな。」


 地平線の向こうまでずっと草原が広がっていた。所々に木が1本、2本生えている程度で、他には砂利道しかない。


「ルイン様、見通しも良いので大した問題ではありませんが、念の為魔物にお気をつけを。」


 魔物か。俺の知っている魔物は弱いものばかりだからな。正直、どれ程の魔物が出るかは未知数だ。それに、こいつらのような仮にも常識のある奴らにとっての強い魔物というのがどれ程なのかは知っておきたい。


「分かった。俺からも気をつけておこう。」


 俺がそう言葉を紡いだ瞬間、俺の腹部に強烈な痛みが迸った。


「……俺の体を貫けるほどの武器か。中々良い物を持っているじゃないか。」


「ルイン様!!」


 ウノが俺の言葉とほぼ同時にそう叫びながら此方へ向かってくるが、俺はそれよりも早く、俺の目の前でもたついているであろうソイツを〈真相〉の魔眼で睨みつける。そして透明化を解かれ、姿を現したのは、10歳程度の見た目をした少年だった。


「俺の体から武器が抜けないと焦っているのが丸分かりだぞ?」


 そう嘲るように言うと、ソイツはもう一度透明化して俺から距離を取っていた。

 1度〈真相〉の魔眼で見てしまえば、魔眼で見なくとも居場所くらいは分かるのだがな。


「貴様、何者だ!!」


 不思議な声だ。透明化しているからだろうが、何処から声が聞こえるのか分からないような細工がしてあるな。


「俺はただの莫大な魔力を持ったただの人間だ。」


 そう言葉を淡々と返しながら、俺は腹部に突き刺さったままの小刀を引き抜き、ゴミのようにぽいっと捨てた。傷がある筈の腹部には傷どころか服にすら穴はなく、血の跡も無い。


「なっ……普通の人間にそんなことが出来るわけがっ…」


 少年は驚きと恐怖の表情を浮かべながら俺を睨む。


「なんだ?あの小刀には何か特性でもあったのか?」


 特性があるならば俺の腹部を貫けたのも頷けるが、特性持ちの武器など滅多に無い。


「あの小刀は……魔法使いだろうと邪忌人だろうとその力を一時的に無力化する特性がある!!いくら貴様が莫大な魔力を持っていようとも、絶対に無力化できるはずだ!!」


「なるほどな、そんな特性があったのか。だが、その程度の特性では、俺には効かないぞ。」


 俺はニヤリと笑いながら少年に向かって言う。


「なあ、少年。1つ良いことを教えてやろう。いいか?この世に絶対なんてそんな幻想のようなものは無い。絶対というものを生み出せるのは、神という存在だけだ。」


 絶対という幻想に縋る目の前の少年に対し、俺は哀れみの目を向けながらそう現実を突きつける。


「……おじいちゃんは言ってた。人が願えば、必ずその願いは叶うって。」


 絞り出すようにそう言う少年に、俺は哀れみの目を向けたまま言った。


「そうか。なら、その幻想を信じ続け、そのまま死ぬといい。」


 そして、俺は〈歪曲〉の魔眼を発動し、少年の足を一瞬睨みつける。すると、少年の足が捻れ、あらぬ方向に曲がる。


「ぐっ、があああぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


 咆哮の様に、ただひたすらに、痛みに苦しみ少年は叫ぶ。声とはとても思えないような悲痛な叫びを。


「さっさとその幻想を証明して見せろ。願いは必ず叶うのだろう?さっさと『足を治してください』とでも願うのだな。尤も、現実とは残酷なものだ。結果は分かりきっているがな。」


 俺は魔眼を消し、骨が粉々に砕けた少年の足を見ながらそう言う。


「痛いよぉ……痛いよぉ………助けて……」


 心の底からの、願い。俺はその言葉を聞き、いくら助けを呼ぼうとも現実は残酷ということが十分理解出来ただろうと思い、一思いに殺そうと俺が身体強化を施した拳を振り下ろした瞬間だった。


「………《多重防御結界》に、〈反射魔法〉か。随分とやるじゃないか、爺さん。」


 少年を庇うように俺と少年の間に割って入り、〈防御魔法〉の中でも特に物理防御に特化した《多重防御結界》と魔法や呪いによる攻撃をある程度跳ね返すことが出来る〈反射魔法〉を同時展開して俺の拳を防御していた。


「舐めるなよ、小童。儂は城塞都市ギルファスに我が家を構えているこの国の貴族じゃぞ?」


 貴族、か。それならばこの高度な魔法を同時展開し、尚且つ俺の拳を防御できた理由としては十分か。


「それで?その貴族様がなぜその少年を庇う?」


 皮肉混じりでそう言うと、爺さんは言った。


「儂の孫だからじゃ。この子は将来我が家の跡継ぎとなる。そうじゃなくとも、儂はこの子が大好きじゃ。」


 なるほど、貴族家の人間だった訳か。


「そうか。なら、爺さん諸共その少年と一緒に死ぬといい。」


「ほざけ、小童めが。口の利き方には気をつけよ。」


「小童?この俺が?」


 俺が思わず笑ってしまった。


「何を笑っておる。どう見てもお主はまだ17歳だのそこらじゃろう。」


 イライラしたような声を出す爺さんに、俺は言った。


「……ふむ、どうやら頭の回らない爺さんらしいな。」


「………なに?」


「これを見て尚、まだそんな舐めた口を利けるのなら、その時はその少年と同じようにゆっくりと殺してやろう。」


 そして俺は見せつける様に発動する。この世で俺だけが持つ、禁忌と呼ばれる最強の魔眼を。魔眼を発動した瞬間、俺の角膜に不気味な模様が浮かぶ。瞳孔は赤黒く変化し、虹彩は瞳孔をぴったりと囲む様に日輪が浮かぶ。


「………それは…〈総滅〉……!?」


「……この魔眼を知っているのか?」


 驚いたな。まさか一目見ただけで〈総滅〉と分かるとは…この爺さん、もしかすると公爵の位じゃないのか?それ程高い位の家系でない限り俺の見た目程度しか知らないはずだ。


「その眼に…その見た目……まさか…お前がルイン・べ……」


 この爺さんが俺のファミリーネームを口にしかけた瞬間、俺は〈総滅〉を消し、魔眼の力でとある短剣を別空間から取り出し、爺さんの舌を軽く貫く形で爺さんの口に刃を突き立てた。


「なぁ、爺さん。この世には『触らぬ神に祟りなし』ってことわざがあるだろ?それ以上喋ってみろ、あんたの喉は魔力の源と一緒に魔力ですら一生使えなくなるぞ。」


 爺さんの耳元でそう脅しを掛けると、爺さんは俺の手首に魔力を通して有線での《思念通信》を行える魔力の糸を巻き付け、俺に話しかけてきた。


『___分かった。この事は絶対に他言しないと誓おう。』


 その言葉に、俺はこう言葉を返した。


『俺に誓いを立てるということは_』


『分かっている。お前の持つ呪いの中に、嘘を吐けばお前がその呪いの効力を解くまで魔力、魔法、呪力、呪法を絶対に解けぬ封印を施され、この身の身体能力も赤子のように貧弱な身体能力へと変わることも。』


 俺の言葉に被せ、爺さんはそう言った。


『本当に、俺の全てを知っているようだな。あんたは。』


『当たり前じゃ。儂は、お前の事を知っておるからの。』


『……は?』


『儂の先祖はお前にその忌々しい呪いを施した者の中の1人だったからの。お前の持つ呪いの内、2つは儂の先祖が施した。だから知っておるのだ。』


『成程な。それで?あんたが知ってる俺の呪いのあと1つは何だ?』


『言わない、と言えば?』


『殺す。そのガキ諸共な。』


 そう言葉を返すと、爺さんはゆっくりと目を閉じ、先程と変わらず、《思念通信》で俺にだけ話始めた。


『〈殺戮暴走〉じゃ。この呪いを正しく認識せねば呪いに意識を奪われ、体の主導権を奪われ、呪いが満足するまで生物を殺し続ける呪い。普通なら、気づく前に呪いに呑み込まれて二度と意識が戻ることは無いのじゃがな。』


『俺は今までに何度もそれを経験した。だが、ある日突然、俺はその呪いを正しく理解した。差程気にはしなかったが、あんたなら何か知っているんだろう?』


『ああ。儂の先祖がお前に施した呪いの内容とともに、お前をその呪いから守る為に〈殺戮暴走〉の呪いの内容を頭に付与したと書いておった。ただ、お前の記憶容量が十分に成長するまで、その内容を知ることが出来ないとも。』


 確かに、膨大な情報量だったな。それを知った瞬間は脳が情報の整理をする為に俺は動けなくなっていた。俺が何も言わず爺さんの話を聞いていると、爺さんは話は終わったと言わんばかりに俺の手首に巻き付けた魔力の糸を消していた。


「分かった。もう良い。そのガキはあんたに免じて殺さないでおいてやる。ただ、次は無い。」


 そう言いながら俺は突き立てた短剣を爺さんの口の中から引き抜き、刃に付いた血を振り払い、魔眼によって別空間に収納する。


「分かっておる。この子はキツく叱っておく。」


「さよならだ。爺さん。二度と会わないことを願ってるぞ。」


 そう言いながら俺は歩き始める。ウノ達は呆気に取られながらも急いで俺の後ろを着いてきている。

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