最終話 二人の場所


 ──トールがティナに告白し、ティナがトールの思いを受けとめた後。


 すっかり夜も更け、アウルムはルシオラと一緒にテントの中で眠っていた。

 ちなみにルシオラはまだ人型のままなので、小さい女の子と子狼が寄り添って眠る姿はとても愛らしくて微笑ましい。


「今日は色んなことがあったから、アウルムも疲れちゃったんだろうね」


「聖獣とは言ってもまだ子供だしね。それなのに俺がいない間ずっとティナを守ってくれて、本当に助かったよ。また明日にでもお礼を言わないとね」


「あ、じゃあ私もお礼を兼ねて、明日はアウルムが好きなものを作ってあげようかな」


 トールが言うように、アウルムはずっとティナのそばにいてくれて守ってくれた。

 それにアウルムのおかげで大変だったはずの旅が随分楽だったのだと、トールの話を聞いて実感したのだ。


「いいな。俺もティナの手料理が食べたい。ノアさんにもたくさん作っただろ? 俺、自慢されて悔しかったし、羨ましかった」


「えっ! トールもノアさんに会ったの?!」


「うん。ルシオラが人の気配がするって言うから、ティナかと思って近づいてみたら……大魔導士デュノアイエ様だったんで、すごく驚いたよ」


 それからティナはトールからノアの話を聞き、またティナもノアと過ごした日々をトールに話した。


「あー、くそ! ティナと一ヶ月も一緒に暮らすなんて! なんか先を越されたみたいですっごく悔しい!」


 いつも飄々としていたトールがヤキモチを焼いている姿は少し子供っぽくて、そのギャップにティナの胸が不覚にもときめいてしまう。


「え、えっと……! トールにももちろん作ってあげるよ!」


「本当? やった! 俺、ティナが俺だけのために作ってくれた料理が食べたい」


「う、うん……! トールの口に合うかわからないけど……」


 ティナが一日かけて作った料理は精霊たちとアウルムに食べられてしまい、結局トールの口には入らなかった。

 だからトールのティナの料理に対する執着はますます募っているようだ。


 ティナはトールのためにも、これからはたくさん、飽きるぐらい料理を作ってあげようと思う。

 きっとトールなら、ティナが作った料理はなんでも美味しいと言ってくれるだろう。


「あ、そうだ。これ、ノアさんから預かってきた。ティナにって」


 トールはそう言うと、魔石が付いたメダルのようなものを取り出した。


「え、ノアさんから? これは……魔道具?」


 魔石の周りにはまるで細工のように綿密に刻まれた術式が刻まれている。おそらく、何かの魔道具だとティナは予想する。


「うん、そう。魔石に魔力を流したらノアさんの小屋に転移出来るんだって」


「えぇっ?! すごいっ! ノアさんってそんな魔道具も作れるの?!」


 ティナはノアのことをすごい人だと思っていたが、彼はさらにすごかった。

 この魔道具のおかげで、これからはいつでもノアの小屋に遊びにいけると思うと、とても嬉しくなる。


「……俺、ノアさんに時空間魔法を教えてもらおうかな」


 ノアの魔道具に喜ぶティナを見たトールが、拗ねた口調で呟いた。


「え? トールが?」


「うん。そうすれば、俺もティナに転移の魔道具を作ってあげられるかなって」


 何故かトールはノアにライバル心を持っているらしい。

 ティナからすれば、ノアは優しいお爺ちゃん的存在で、家族のように想っているだけなのだが。


「俺はティナから離れるつもりはないけど、それでも不測の事態に備えておいた方がいいと思う。だからティナがいつでも俺のところに帰って来られるように、魔道具を作ってあげたいんだ」


「トール……っ」


 ティナはトールの言葉を聞いて、自分が如何に彼に大事にされ、愛されているのかを実感した。


 たとえ遠い場所で二人が離れ離れになったとしても、その魔道具さえあれば迷うことなく、二人は再会を果たすことが出来るだろう。


 帰る場所があると思うだけで、ティナの心の中に勇気が湧いてくる。

 それがトールの腕の中なら、こんなに嬉しいことはない。


「うん、楽しみにしてる……!」


 ティナはトールをまるで月の光のような存在だな、と思う。

 闇に覆い隠された未来でも暗闇を照らし、明るい道を示してくれるような、そんな光だ。


「有り難う、トール。大好き……!」


 自分がトールにしてあげられることはほとんどない。けれど、せめてトールを想う気持ちだけは、伝え続けたい、とティナは思う。


「えっ、ちょ……っ! ティナ……っ、それ、反則だから……っ」


 ティナの綺麗な微笑みと告白のダブル攻撃に、トールはあっけなく撃沈する。

 顔と耳を真っ赤にして狼狽えるトールはかなり珍しい。


 いつも飄々としているトールの牙城を崩すことが出来て、ティナはやっと一矢報いたと満足する。いつも自分ばっかりが照れさせられていて悔しかったのだ。


「……っ、俺も……っ、俺もティナが大好きだよ」


 顔を赤くして照れながらも、トールはティナの想いに答えてくれた。

 いつだってトールは真摯に向き合ってくれる。それがティナはすごく嬉しいのだ。




 精霊たちが眠りについた湖の周りは静まり返っていて、世界中で目を覚ましているのは二人だけのような、凛とした静寂の中。


 月明かりの下、ティナとトールは見つめあった後、そっと触れるだけのキスを交わす。


 ただそれだけで、お互いの想いが伝わるような、そんな優しいキスだった。





 * * * * * *





 次の日の朝、トールとティナは旅に出る準備を進めていた。


《もう行っちゃうの?》


《ずっとここにいていいのよ?》


《寂しくなっちゃうわ》


 荷造りをしているティナたちに、精霊たちが寂しそうに言う。

 ちなみにルーアシェイアが力を取り戻したからか、夜が明けても精霊たちは人の姿を保っている。


《アウルムもルシオラも行っちゃうなんて》


《まだモフり足りないのに!》


《久しぶりに会えたのに、本当に行っちゃうの?》


『ぼくはティナと一緒なのねー。ティナを守るからー』


《私もトールを守らなきゃいけないからね!》


 精霊たちはせめてアウルムとルシオラだけでも残って欲しい、と思っていたみたいだが、二人ともティナたちと一緒に行くと言う。


 ティナはその気持ちが嬉しくて、思わずアウルムとルシオラを抱き上げて頬をすり寄せる。

 さりげなくもふもふを堪能しているティナとルシオラを、精霊たちが羨ましそうに見ているけれど、二人は気づかないフリをした。


「あ、えっと、またみんなで遊びに来ますから。その時は珍しい料理を作りますね」


《本当?》


《どんな料理かしら!》


《約束よ! 楽しみだわ!》


 味わうことを経験した精霊たちは、ティナの料理をすっかりお気に召したらしく、ティナの言葉に目をキラキラと輝かせている。


 昨日の夜、ティナとトールは相談し合い、今までお世話になった人たちに挨拶をするため、会いに行くことにした。


 その中には大魔導士のノアに、魔道具店店主のアデラ、そしてモルガン一家が含まれている。そしてベルトルドを始めとした冒険者たちと──大神官も。


 ティナはイロナと再会したら、彼女の国の料理を教えて欲しいとお願いするつもりだ。

 そしてノアや精霊たちに、覚えた料理を振る舞いたいと思っている。


 次の満月が訪れるまでに、それらのことをこなそうと思ったら、早く行動に移さねばならない。


 ──豊かな実りと富を意味する<フェイヒュー>と、積極的な行動全般を意味する<ライドゥホ>。


 ティナはお世話になった人たちと会った後、すぐに月下草の栽培を始めようと思っている。


 きっと、両親から受け継いだ小さい希望の種は、大きな希望となってこの世界で芽吹くだろう。


 イロナの占いは、まさに未来を暗示し、行くべき道を指し示してくれていたのだ。


 ティナはノアからもらった転移の魔道具を取り出した。

 この魔道具があれば、一ヶ月以上かかる道のりもかなり短縮されるはずだ。


《おや。珍しい魔道具を持っているな》


 二人を見送るために、わざわざ起きて来てくれたルーアシェイアが、ティナが持つ魔道具に反応した。


「あ、これ、任意の場所に転移出来る魔道具なんだそうです」


 ティナはルーアシェイアに魔道具を渡して見せた。

 ルーアシェイアは魔道具を色んな角度から見た後、刻まれている術式をじっくりと見ている。


《ふむ……。座標が森の入り口近くに指定されているな。私の結界に干渉する術式まで……。これはデュノアイエが作った魔道具だな》


「えぇっ?! ルーアシェイア様はノアさんを知っているんですか?!」


 ルーアシェイアが術式を解読したのにも驚いたが、ティナはそれよりもルーアシェイアがノアのことを知っていることの方に驚いた。


《うむ。奴とはまぁ、その……因縁があってな。もう何百年か前の話だが》


 ノアは精霊を実験しようとして、精霊に嫌われたと言っていた。珍しくルーアシェイアが渋い表情をしているから、その時のことを思い出したのかもしれない。


《礼も兼ねてこの魔道具にここの座標を追加しよう》


「え?」


 ティナが気づいた時にはもう、魔道具はルーアシェイアの手の中で光に包まれていた。


「……すごい。術式が書き変わっていってる……こんなことが可能だなんて……!」


 魔道具の変化にトールが驚愕している。

 ティナには何が起こっているのかわからないが、どうやらルーアシェイアがノアの刻んだ術式を改変しているらしい。


《奴にできて私に出来ないはずはないからな》


 ルーアシェイアはノアと張り合っているのか、何故か勝ち誇った顔をしている。


《ほら、完成だ。思い浮かべれば、どちらかに転移出来るようにしておいたぞ》


「えっ?! 本当ですか?! うわぁ……! 有り難うございます!!」


 ティナは大喜びでルーアシェイアにお礼を言った。

 この大精霊の湖までは遠すぎて、なかなか訪れることが出来ないことを残念に思っていたのだ。


《またいつでも遊びにおいで》


 ルーアシェイアの声はどこまでも優しくて、まるで母親のようだ、とティナは思う。

 またいつでも会えるとわかっていても、寂しさが一筋の風のように、ティナの胸を通り抜けていく。


 そんなティナの寂しく思う気持ちを感じ取ったのか、トールがぎゅっとティナの手を握りしめてくれた。

 その手の温もりと感触にティナの心から、寂しいと思う気持ちがすぅっと消えていく。

 

「──っ、はい! 必ず!!」


 ティナは満面の笑みで、ルーアシェイアと再会の約束を交わす。

 屈託ないティナの笑顔は太陽が落とした光のように、キラキラと輝いていた。


「じゃあ、そろそろ行きますね。皆さん、今まで有り難うございました!」


 手を振るティナの横で、トールがぺこりと頭を下げる。


 精霊王ルーアシェイアと精霊たちに見送られながら、二人は湖を後にした。


 ルーアシェイアは、彼らが歩む道に幸あれ、と祝福を贈る。

 二人は自分が祝福した人間なのだ。幸せになってもらわないと困るし、精霊たちも悲しむだろう。


 けれど、微笑みを浮かべ、手を繋ぎながら旅立つ二人の姿は、強い絆で結ばれているかに見えて、そんな心配は杞憂だったか、とルーアシェイアは思う。


 まるで二人一緒なら、どんな困難も乗り越えていける──という確かな自信が、二人から伝わってくるようだ。


 そうして、二人はこれからも繋いだ手を離さずに、お互いを支え合いながら生きていくのだろう──たとえそこが、誰も辿り着くことが出来ない、この世界の果てだとしても。










 終












 * * * * * *



これにて、「月下の聖女」は完結となります。


予定より随分と長いお話になってしまい、作者もびっくりです。


長らくお付き合いいただいた皆様、本当に有り難うございました!


読んでくださる方がいてくれるおかげで、最後まで書ききれたのだと思います。


このお話は一旦ここで終わりですが、まだアレコレと伏線が残っていますので、


(あの国とかあの人のその後とか……)


作者に元気があれば、続編として投稿するかもしれません。


予定は未定ですし、先のことはわかりませんが、


もし見かけましたらお付き合いいただけたら嬉しいです。


この度は貴重な時間をいただき有り難うございました。


また次回作や既存作品もどうぞよろしくお願いいたします。

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月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。 デコスケ @krukru

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