第74話 月の光の下で


 満月の光が降り注ぐ中、月下草を咲かすことに成功したティナの前に、彼女を追いかけて来たトールが現れた。


 そうして、お互いの想いを伝え合って落ち着いてみると、ずっと二人を見守っていたルーアシェイアと精霊たちの視線に気がついた。


「うぁっ! ル、ルーアシェイア様……っ! す、すみません……! その……っ!」


 ルーアシェイアたちの存在をすっかり忘れ、未だ抱き合ったままだったティナは、慌ててトールの腕から離れた。


《うむうむ……。人間の愛情とは素晴らしいな。久しぶりにイイものを見せて貰ったぞ》


「えぇっ! い、良いもの……っ!?」


 ティナは恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。精霊と人間とでは感じ方に違いがあるだろうが、それでも恥ずかしいのだ。

 そんなティナとは対照的に、トールはいつも通り平然としている。そしてルーアシェイアの前に出ると、深々と頭を下げて挨拶した。


「初めまして、精霊王ルーアシェイア様。俺はトールヴァルド・ビョルク・クロンクヴィストと申します」


《ああ、久しい気配を感じるな。……よく顔を見せてくれないか》


「はい」


 トールの了承を得たルーアシェイアは、彼の顔を覗き込み、じっとその瞳を見つめている。


《エーレンフリートと同じ金色の瞳だな。姿形は違えども、確かに彼の血脈だ》


 トールにエーレンフリートの面影を見たルーアシェイアは、何かを思い出すように、懐かしさを噛み締めるように微笑んだ。


 トールの祖先であるエーレンフリートとルーアシェイアがどのように絆を深めていったのか、詳しいことはわかっていない。

 ただ、エーレンフリートを気に入ったルーアシェイアが彼に祝福──金眼を与えたとだけ、記述が残されている。


 だけどエーレンフリートはルーアシェイアにとって、本に書かれている以上に特別な存在だったのではないか、とティナは思う。


 それはきっと、誰も知ることが出来ない、二人だけの物語なのだろう。


 ルーアシェイアとトールの邂逅を見守っていたティナは、トールのそばにいる精霊に気がついた。

 その精霊は小さい女の子の姿の精霊で、青い髪色をしている。

 初めて見る精霊だったが、よく話す三人の精霊と同じ雰囲気を持っていた。


(……あれ? もしかして……)


 以前、アウルムはトールのそばに精霊がいると言っていた。きっと、あの青い精霊がそうなのだろう。


 ティナが色々推測していると、青い精霊とばちっと目が合った。

 すると、青い精霊が嬉しそうにティナへと突進し、頭にしがみついてきた。


《ティナー! 私がわかる? ずっとティナたちと一緒にいたんだよ!!》


「うわっ! あ、うん! アウルムから聞いたよ。トールと仲良しの精霊さんだよね?」


《そうそう! トールとは昔からの付き合いで……あ! アウルム! 久しぶりー!》


 青い精霊はティナに飛びついた後、今度はアウルムに向かって突進した。

 三人の精霊と同じように、青い精霊もずっとアウルムをモフりたかったのかもしれない。


《おや、あの子は……ああ、エーレンフリートの守護精霊だな》


 ルーアシェイアがアウルムと戯れていた青い精霊を見て呟いた。


《まあ! 久しぶりね! 何年振りかしら?》


《あらあら! 懐かしい気配がすると思ったらあなただったのね!》


《無事帰って来たのね! おかえりなさい!》


 三人の精霊たちも青い精霊に気づき、久しぶりの再会を喜んでいる。

 本来は四人一緒にいたのだろう、揃った姿を見ると妙な安定感があった。


《元々上級精霊はここに四人いたのだよ。だけどあの子はエーレンフリートと共にいることを選んだんだ》


 まるでティナの心の中を読み取ったかのように、ルーアシェイアが教えてくれた。

 三人の精霊が人の形を象っているのも、上位の精霊だからだそうだ。


《其方のおかげで私の力が戻ったからな。これからは精霊たちも力を取り戻し成長していくだろう》


「本当ですか?! 良かったです……!」


 精霊たちが幼かったのは、その存在が消えないように、成長を止め現状維持にリソースを割り振っていたからだ、とルーアシェイアが言う。


 だけどこれからは憂なく、のびのびと成長していけるだろう。


「ティナ」


 微笑ましく精霊たちを眺めていたティナのもとに、トールがやって来た。

 

「あ、トール……えっと……っ、さっきはごめんね」


 改めてトールと対面したティナは、さっきまで泣きじゃくってた自分を思い出し、恥ずかしくなる。


「ううん。俺はティナの気持ちがわかって嬉しかったし、ティナは泣き顔も可愛いなぁって思っていたよ」


「かっ! かわ……っ!!」


 羞恥心で赤くなっていた顔が、トールの一言でさらに真っ赤になった。


 トールと久しぶりにしたこんなやりとりに、ティナはモルガン一家と旅をしていた頃に戻ったような気分になる。


「……トール、あのね。私、ルーアシェイア様に月下草の種を咲かせる方法を教えてもらったんだ」


「えっ?! 本当? それはすごい! 良かったね、ティナ!」


 ティナの話を聞いたトールは、自分のことのように喜んでくれた。


「うん……でも、咲かせることが出来る場所の条件が難しいんだよね……。トールは清浄で聖気に満ちている場所って知ってる……?」


 ティナはルーアシェイアから教えられた条件をトールに伝えた。それに栽培場所はトールに聞いた方が良いと言ったのもルーアシェイアだ。

 それはきっと何かしらの理由があるのだと、ティナは思っている。


「……なるほどね。ちなみにティナは希望する場所があるの?」


「えっ? えっと、この森の近くの街の外れとか良いと思っているけど……。そんな場所ないよね?」


「そうだなぁ。場所はともかく、その条件で考えると神殿が当てはまるんじゃないかな、って思うんだけど」


「──あ!」


 清浄で聖気が溢れるような地は、人の手が入っていない秘境のような場所だとティナは思い込んでいた。しかしよく考えてみると、トールが言うように神殿なら月下草の栽培に適していることに気がついたのだ。


「た、確かに……! いや、でも神殿は……っ」


 確かに神殿なら月下草の栽培にうってつけかもしれない。

 だけどティナは神殿と関わりたくないと今だに思っている。だから無意識に候補から神殿を排除していたのだろう。


「ごめん、ティナにそんな顔させるつもりはなかったんだ。神殿じゃなくても育つ場所はあるから大丈夫だよ。意地悪を言ってごめんね?」


「ほ、本当……? 神殿以外にもあるの?」


「うん、もちろん。それはティナ──君がいる場所だよ」


「え? それってどう言う意味?」


 ティナはトールが言った答えの意味がわからなかった。またトールが意地悪を言っているのかとも思ったけれど、トールの表情を見るに、本気でそう思っているようだ。


「そのままの意味だよ。ティナがいる場所ならどこでも月下草を咲かせることが出来るんだ。例えばそう……小さい植木鉢でも王宮の庭園でも、それこそ冒険者ギルドのギルド長室でも、どこでもね」


「え、嘘……っ」


「嘘じゃないよ。ティナは瘴気を浄化できるだろう? それに神聖力を使って結界も作れる。それって、月下草の栽培条件にぴったり当てはまるんじゃないかな?」


「──っ!?」


 ティナはトールの言葉に絶句する。

 確かに、トールの言う通りティナが神聖力で浄化した後結界を張れば、ティナが許可した者しか結界の中に入ることは出来ないし、瘴気に侵されることなく清浄な空間が維持されるだろう。


「ティナが望むなら、ビュシエールの外れの土地を買うよ。そこで月下草を育てながら俺と一緒に暮らそう?」


「えっ?! はっ?! え、えぇ〜〜?! な、何を……っ!! え? い、一緒に? 私と……っ?!」


 トールの盛大な爆弾発言に、ティナは頭の中がパニックになる。


 ──その言葉はまるで、プロポーズのようではないか……と。


「……あ。ごめん。つい本音が」


「本音? え?」


 トールは「……しまった」と呟いて手で顔を覆うと、すぐさま気を取り直すかのように、真剣な表情でティナの前に立った。


「──好きだ、ティナ。ずっと前から君だけが好きだった。順番を間違ってしまったけれど、これからもずっと俺と一緒にいてほしい」


「……っ!!」


 夜空に浮かぶ金色の月と同じ色をした瞳が、じっとティナを見つめている。


 ──それは、ティナを逃さないというトールの強い意志が籠っているようで。


 きっと、トールはティナが逃げ出したとしても、全てを見渡す月のようにティナを見つけ、追いかけてくるのだろう──何度も何度も。


 そんなトールの強い想いと、ずっと聞きたかった言葉が聞けた嬉しさで、ティナの胸が歓喜に震える。


 トールが昔からティナだけを想い続けてくれていたことを、誰よりも知っていたのは自分自身なのだから。


「──うん……っ! 私もトールが好き……っ! ずっと好きだったの……っ!」


 だからティナも、心からの想いをトールに伝えた。

 記憶を失くす前も、失くした後も、ティナはトールが、トールだけが好きだったのだ。


 この先何があってもその想いだけはずっと、ティナの胸に残り続けるだろう。


「ティナ……っ!!」


 ティナの返事に感極まったトールがティナを抱きしめた。

 ティナもトールの背中に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめ返す。


 ようやくお互いの想いを伝え合うことが出来た二人を、光を満たした月が照らしていた。

 そして月を司る大精霊ルーアシェイアが、そんな二人に祝福を贈る。


《──我らの友に、光あれ》


 ルーアシェイアの祝福は聖なる光となり、ティナとトールの周りを明るく照らし出す。

 すると、光を浴びた土から芽が顔を出し、あっという間に成長して次々と蕾を開いていく。


「わぁ……っ!!」


 気がつけば、月下草があたり一面に咲き乱れていた。

 それはティナがずっと思い描いていた風景そのもので──。


 夜空を見上げれば、光を纏った精霊たちが嬉しそうに空を舞い、月下草の香りを運ぶ風が、いたわるように二人の頬を撫でていく。そして大地が二人を、月下草の淡い光で優しく包み込んでいる。


 まるで世界の全てが、祝福してくれているような光景に、ティナとトールは笑い合い、喜びながら、永遠を誓うのだった。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回最終話です。


最後までお付き合いの程、どうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ


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