第22話 私からは見えない私

 さて、桃菜のいない今、一体どうやって調査するのかというところだが……蒼と紅夜さんは、二人きりで話す機会があったことから「桃菜と付き合ってないだろう」と判断することができた。ならば、残りの二人とも個別で話し合えばいいのだ。そうすれば、消去法で桃菜の彼氏が浮かび上がってくるはずである。若干杜撰な計画な気もしてしまうが、現状でできることと言えばそれくらいなのだから仕方がない。

 橙真くんと、紫音くんのどちらから声をかけようかな、と彼らの様子を眺める。橙真くんはアイスを幸せそうに口に運んでいて、紫音くんはアイスの表面を綺麗に削り取ることに精を出しているようだ。

「……紫音くん、ちょっといいですか」

 私は、少し迷って紫音くんに声をかける。橙真くんは、確か高校時代から桃菜を少し意識していたから、マツショク序盤でも既に片想いのような反応が多かった。今橙真くんに声をかけたとしても、恋する瞳が片思いか両思いかを見分けられない気がする。それなら、紫音くんで判断した方が良さそうだと思った。

 私に呼び出された紫音くんは、え、あ、と声を漏らしてドギマギしながらもアイスに蓋をし、蒼の後ろを通って私の元にやってくる。他メンバーも興味深そうにこちらを見ていた。

「ソロの仕事のことで話したいことがあるだけなので、皆は気にしないでください」

 そう言って、紫音くんと部屋の隅へ移動する。なぜか三人からの視線は逸らされないままだったが、念の為用意していた「松田さんからの伝言なんですけど――」という事務的な報告をいくつか前口上として使った。その間に三人の興味は多少削がれたようで、ようやく私と紫音くんだけの時間が訪れる。

「……あの、紫音くん。別件でちょっと、聞きたいことがあるんですが……」

「は、はい、なんでしょう」

 こちらの緊張が伝わってしまったのか、先程まで至って普通に話を聞いていた紫音くんの表情が強ばった。

「これは、その、あくまで、否定するためではなく、応援するためなんですが」

「……? はい……」

「えっとぉ……ま、松田さんと、付き合って、ます?」

「えっ……!」

 馬鹿ァ! ド直球に質問するしかできないとは情けない。社長時代はもう少し上手く誘導できてた気がするのに……。前世の記憶に引っ張られて、無能さも前世に寄ってしまったのだろうか。前世の私はさぞ無能だったのだろう。いや、むしろそうだと信じたい。

 ちらりと紫音くんの方を見れば、彼は困ったような表情をしていた。

「……付き合って、いません」

「……本当に?」

「はい……付き合えるわけが、ないじゃないですか……」

 紫音くんがまつ毛を悲しそうに伏せる。

 ――「付き合えるわけがない」?

 当然、それはアイドルとしてのプロ意識を示した発言という線もある。しかし、マツショクにおいて紫音くんの障害は「臆病さ」だった。臆病が故にアイドルと恋愛の両立をできる自信がなく、桃菜に中々思いを伝えることが出来ないのだ。そんな紫音くんが悲しそうに「付き合えるわけがない」と呟く。

 つまりそれは、紫音くんは桃菜に好意を持ちつつも告白できていない=現状紫音くんFDルートではない、ということになるわけだ。

「何で、そんなこと聞くんですか……?」

「ご、ごめんなさい! そんな噂を、聞いたと、いうか」

「それは……一体どこで?」

「えっ! えーっと、風の噂……」

  確認が出来たことは良かったが、紫音くんにとんでもなく怪しまれている。いつもは私を怖がるような様子を見せる紫音くんが、ここまで真っ直ぐ私を見つめるのは初めてかもしれない。よほどこの話題が地雷だったようだ。いや、そりゃそうか、好きな子と付き合えていないのに、付き合ってるの? なんて質問されたら誰だって嫌だろう。

「本当にすみませんでした、紫音くん。ただ、もし本当なら応援したいと思ったんです」

「……ジャスティナ社長は、アイドルの恋愛に、厳しかった記憶があるんですが……」

 怒ったような声色に若干焦る。紫音くんの知らない一面が見えているような感覚が、私をそわそわさせた。

「え、っと……恋愛に厳しいというか……私は、相手側の売名だったり、承認欲求のためにアイドルが傷つくことのないように気を配っていただけで……恋愛自体を規制するつもりはそんなになかったですよ」

「そう……なんですか? なら、どうして……」

「紫音くん?」

 何かを考え込むように俯いてしまう紫音くんに、不安な気持ちになる。恋愛に関して、彼は深い問題を抱えていたりしたのだろうか。いやでも、マツショクのストーリーとしても、彼のルートでは、往来自己肯定感の低い紫音くんを桃菜が全肯定することで徐々に信頼と愛が芽生えていたはず。桃菜と出会うまで、誰かと交際したこともなかったはずだし……。

 紫音くんが何かを考え込み、それに対して考え込んでしまう私たちは、二人でいるのにお互いに相手の方を一切見ないという奇妙な状況になっている。その気まずささえも感じないほど二人とも集中しており、ダンサーの先生が電話から戻ってきたことでようやく意識が現実に戻ってきた。紫音くんをはじめ、MaTsurikaメンバーは集合し、改めてダンスレッスンを再開する。

 キュッキュッと、靴底が床に響く音が心地よい。一年半ぶりに眺めるダンスレッスンはなんだか懐かしくて、ほろりと来てしまいそうだった。

「……作った甲斐があったなぁ……」

 無意識に、そんな言葉が漏れる。

「……あれ……?」

 しかし、それを発したのは間違いなく自分の口なのに……言葉の意味が分からずに眉をひそめてしまった。

 

 作った、って、何を? MaTsurikaを結成させたこと……? いや、違う。今のは、きっと、私じゃなく……前世の私、『佐藤茉莉』として発した言葉だ。


 前世のことを思い出したあとも、私は『加藤ジャスティナ』としての自我をそれなりに保ってきている。それなのに、今は突然体を乗っ取られたようだった。不思議に思って前世について考えようとしてみても、やはりマツショクでオタ活をしていた頃のこと以外は、何も思い出せなくて……自分の知らない自分がいたことに、恐怖を覚えるのだった。

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人気乙女ゲームの悪役女社長になったので悪役のままファンディスク世界に進みます 來栖 @sushiko

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