第21話 調査開始!
「うーん……ホント、誰なんだろ」
紅夜さんと和解することができてから数日、私は事務所で再び頭を悩ませていた。議題はもちろん、桃菜が誰と付き合っているかである。紅夜さんにもこの前やんわりと「松田さんと付き合ってる?」と尋ねてみたが、全力の否定が返ってきていた。正直、私に対して反抗的だった紅夜さんが最有力候補だったのだが……あの様子だと、本当に彼ではない気がする。
まさか、誰とも付き合ってない? そんなことが有り得るのだろうか。
ここはあくまでマツショクの世界で、MaTsurikaがいて桃菜がいる。それならば、恋が始まらないわけないのに……。いや、確かに恋愛にならないエンドも存在した。大団円エンドというものである。しかし、FDの世界線では大団円エンドなんてものは存在がなかったことにされていた。というよりも、どのルートに進んでも必ず桃菜は誰かと付き合っている状態から始まるのである。だから、恋の存在なしに時間が進んでいくとは思えない。
とはいえ……私がMaTsurikaに見つかり、宙くんがアイドルを辞めてしまう――そんなFDとは思えない出来事が現時点で連発しているのも事実だ。もしかすると、ここはゲームの筋から逸れた大団円エンド後の世界という可能性も捨てきれない。
「……あれ?」
ふと、疑問が浮かぶ。むしろ、前世で読んだ悪役令嬢転生モノで、原作通りに進む作品なんてあっただろうか? テンプレとして、悪役令嬢に転生した主人公が、処刑を免れるために原作と違う行動を取り、その結果メインヒーローの心を鷲掴みにする……というのが存在していたはずだ。ならば、ここがFDと違う流れでもおかしくない。でも、私原作通りに動いたよね? あれ?
結局、一人で考えても答えなんて出るわけがない。私はとりあえず、桃菜が誰かと付き合っている様子がないか調べることにした。もしもMaTsurikaの誰かと付き合っていたとしたら、宙くんとのライバルイベントが起きるようにやんわりその誰かを俳優路線へ誘導してあげよう。放置していたとしても別れるようなことはないと思うが、私のせいで未来を誓い合うきっかけが一つ潰れてしまうのは忍びない。
もしも誰とも付き合っていないようだったら……うん、それはまた考えよう。今は普通に、こなさなければならない事務仕事もあるのだし。私は気を取り直すため頬をパンと叩き、パソコンと向かい合った。
「ただいま戻りました〜」
桃菜のそんな声が聞こえてきたのは昼過ぎのこと。
「松田さんおかえりなさい」
MaTsurikaのツアー次の会場へと設営のサポートに行っていた桃菜が、事務所に戻ってきた。
「設営は順調ですか?」
「はい。午後は緑さんが指揮を取って下さるみたいなので、私は今からMaTsurikaのレッスン見てきますね」
事務所壁のホワイトボードをせかせかと書き換える桃菜に、慌てて声をかける。
「あの、私も! ついて行っていいですか?」
案外、MaTsurikaと桃菜の会話を私は見たことがない。彼女について行けば、何かのヒントが得られるかも。私の声掛けに、桃菜は笑顔で振り返った。
「もちろんです! あ、でも社長いま出かけてるんですね……さすがに事務所あけるわけにはいかないですし……」
「……あ〜」
廃寺社長は、タイミング悪く外出中である。桃菜が外に出る以上、私は待機すべきだろう。
大人しく事務仕事に戻ろうとすれば、 桃菜がホワイトボードの文字を消した。
「あの、ジャスティナさんが行ってください」
「えっ、で、でも」
正直、桃菜とMaTsurikaの会話を見れなければ、レッスンを見に行く意味は大してない。しかし、そんな邪な理由だったとは言い出せるはずもなく……桃菜は善意でプロデューサーとしての仕事を譲ってくれた。あくまで新参者の私にそんな大事な仕事を投げて大丈夫なのかと思うが、桃菜からすれば私はMaTsurikaを生み出した神様のようにも見えるらしい。事務の方を代わりにやってくれると言うので、簡単に引き継ぎを終え、私は事務所を後にする。マツショクでの桃菜の役割に入り込むのは不安だが、こうなったら仕方がない。きちんと、プロデューサーの役割を果たそうと思う。
……本音を言えば、久々にMaTsurikaのレッスンを見に行けることを、嬉しく思っているのだった。
「失礼しまーす……」
差し入れのシャーベットアイスを手に、レッスンスタジオを訪れる。NEXTプロダクションはまだまだ発展途上なため、自社のレッスンルームすらない。正直なところ、大手の設備を見てきた私からすれば、本当に、よくこんな環境からMaTsurikaはIDGPで優勝まで漕ぎ着けたな……と思う。絶え間ない自主練習と不滅の愛の賜物だ。あぁ、いや、愛の方は今から確かめるんだった。
予想外の来訪に、円を囲うように床に座り込んでいたMaTsurikaメンバーが各々の反応を見せてくれる。特に目立つのは、やはり以前と同じく、私を恐れるように後ろへ下がってしまった紫音くんだ。彼は「恐れ多かっただけ」と言っていたけど、やはり普通に怖がられている気がする。なるべく怖くないよ〜とアピールするために微笑みかければ、深々としたお辞儀を返されてしまった。む、難しい。
「ジャスティナ、早く入れよ!」
「あぁ、うん。休憩中?」
てっきりダンサーの先生と一緒に踊っているものだと思っていたのだが、この場には先生もいなかった。バタリ、とレッスンルームのドアを閉じる。
「んー、体は休憩? って感じやな。先生が今仕事の電話しとるみたいで、オレらは休憩になったけど、結局反省会しとって全然休まらんわぁ〜」
「あはは、熱心で素晴らしいですね。あっ、差し入れのアイスです〜」
「え! ほんま? おおきにジャスティナちゃん〜!」
「いえいえ。皆さんも――って、どうしました……?」
紅夜さんとやり取りをしていると、他のメンバーが訝しげにこちらを見つめていた。橙真くんに至っては、何故か涙目である。どうして、と思っている間に、橙真くんが紅夜さんに勢いよく抱きついた。とは言っても、隣合うように床に座っていたので、ほとんど倒れ込んだような感じだ。
「紅夜さん、ジャスティナ社長と仲直りしたんすねっ! 俺嬉しいです!」
その言葉でピンとくる。そういえば、MaTsurikaメンバーの前ではずっと紅夜さんと気まずい空気だった。彼と和解してからも、他メンバーの前で紅夜さんと会話したことはない。だから皆からすれば、突然昔のような関係性に戻ってびっくりしたのだろう。
「ははは……そこ突かれると痛いんやけど、自業自得やな。せや〜? ちょっと前にジャスティナちゃんが歩み寄ってくれてなぁ」
「和解……できたんですね。良かった……」
蒼も、心底安心したように息をついた。紫音くんも、嬉しそうに微笑んでいる。皆に凄く心配をかけてしまっていたのだと、改めて申し訳ない気持ちになった。
「和解も和解。むしろ、前より仲良うなったよなぁ?」
「えっ……そ、それは、どうでしょう……?」
正直、あれからそれほど日数も経っていないし、それほど顔を合わせた訳でもない。仲良くなれたのは間違いないが、一年半前よりも仲良くなったというのはイマイチピンとこなかった。
「なったて〜! ま、そういうことやから、幼なじみには負けへんで〜」
「……はっ?」
幼なじみ、というのは当然、蒼を指すのだろう。なぜここで、蒼に宣戦布告する必要が……? と不思議に思うが、蒼にはその言動の意味が分かるのかもしれない。衝撃を受けました、と言わんばかりの表情をしている。
「お、れも……負けませんので」
「ほんまかなぁ〜? ふふ、まぁお手柔らかに〜」
二人の間に謎の火花が飛び交った。アイス、溶けちゃいそうだな……なんてそんなことを思い、慌ててアイスをスプーンとともに配布する。
蒼と紅夜さんの対立は置いておくとして……ダンサーさんもいない今、彼らには桃菜との関係を聞くチャンスだろう。私は、ついに調査に動き出すことにした。
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