拝啓、異世界のあなたへ

カガワ

拝啓、異世界のあなたへ

 目を覚ましたのは早朝だった。

 ?年?月?日 5時43分。

 カレンダーはボロボロに破り捨てられて、コードが抜かれたPCはその真っ黒な画面にそれでもわかる程の大きなひびが入っている。

 それでも唯一手の届かない壁掛けの時計、それだけが時間の流れを感じさせ続けた。


 まあ、なんでこんなことになっているかって俺が学校に行きたくないからだ。

 いわゆる不登校ってやつで、そんな劣等感から自分を解放したかった、

もしくは単にむしゃくしゃしていただけかもしれないが、気づいたら大部分が機能を失ったゴミばかりの部屋に住み続けている。


 こんな時間に起きてしまうのは久しぶりだ。

 単に、寝たい時間に寝るという野性的なサイクルを続けていただけだったのだが体内時計を少しずつずらしていくには十分だったらしい。

 たくさん寝るだけならまだしも、普段からエネルギーを最低限に抑える生活をしている。

 二度寝する選択肢すら俺にはなくて、何度も読み返してボロボロになった小説をまた開く。


ピンポーン


チャイムを鳴らす音に、一瞬体が反応を見せるがすぐさま部屋を出て階段を降りる。

 ほとんどの関わりを断ち切った俺にとって、むしろこんな時間のチャイムは安心できる。

 …もちろん時間的に非常識ではあるため、普通に怖い部分はあるが。

 わざわざ家族が対応するまでもないだろう。

 

 扉を開ける、少し重くて自分の身体が衰えたことに驚く。

 しかし、それを超える恐怖がものの数秒後に押し寄せてきた。

 扉の前に立っていたのは奇妙な男。

 長身で、ガタイも良くそれでいて真っ黒いコートに身を包む。

 黒いのはコートだけではない。

眼球だけがしっかりと見える仮面、手袋、ブーツ、とにかく身に着けているもの全てだ。


 だが、そんなことより言葉にできないほどの恐ろしい空気。

 その男を見た瞬間に、強制的に死を意識させられる。

 本能的に自分が殺されてしまう可能性を考えさせられる。

 俺は、ドアを勢いよく閉めた。


 鍵がかかっていることをよく確認する。

 だが人間、案外単純なものでこんなことでも安心感が押し寄せてくる。

 いつの間にか勢いよく扉を閉めたことで家族が起きてしまったのではないかという方に意識が向く。

 寝室を周ってみて、家族が良く寝ていることを確認するとホッと胸をなでおろす。

 わざわざこんなことで迷惑はかけたくない。


 とりあえず、やらなければいけないことは一通り終わったため部屋に戻る。

 しかし、どんなに鈍感でも気づけるほどの大きな違和感に再び身を震わせる。

 俺のベッドの上には先程の男が座っていた。

 

 「失礼、お話がしたかっただけなのです。

  どうか、そこにお座りください。」


 俺は閉めてしまった部屋のドアノブに手を掛けようとするが何度も位置を間違えコッだったり、トンッだったり、腑抜けた音がこだまする。

 男もそれを困ったように眺めていたが、いずれ口を開いた。


 「別に迷惑を掛けようと思ったわけではございません。

  結果的にマイナスになることはあるかもしれませんが。

  今日はあなたの過去について、しっかりお話ししようと思ったのです。」


 それを聞いてようやく俺は座り込んだ。

 結局、時間帯に関わらず俺に用事のある者は俺自身を苦しめる刺客でしかない。

 俺は、過去を見ずして先に進むことを何故か許されはしない。

 …未だに先に進めてはいないが。


 「和人のことですよね。」


 「ええ、もちろん。

  私は和人様の、関係者でございます。

  まあ、そこまで深い関係ではございませんが。」


 一度、ちゃんと話しておかなければならない。

 俺の大親友、徳井和人とくいかずとについて。


 俺も、昔は当たり前のように学校に通っていた。

 友達だっていたし、成績もそんなに悪くなかったし、やんちゃなことだって多少した。

 悩みだってたくさんあったけど、今思えばそれさえくだらないものだったと思える。


 俺がそうやってなんだかんだ楽しく生活を送れていた理由として、和人という人物の存在は欠かすことができない。

 最初はただのクラスメイト。

 気づけば近くに誰かがいて、根っからのいい奴。

 これといって特徴もない俺と、気づけば親友という立ち位置になっていた。

 それが何故なのかと言われると運が良かったと言わざるを得ないだろう。

 いつの間にか話していて、いつの間にか一緒に行動していて、いつの間にか素を見せてくれるようになっていた。

 だからこそ、そんな瞬間に感謝もしていたしあいつのために生きていこうと思っていた。

 少なくとも、死んでしまうとは考えていなかった。


 「おっと、暗い表情をしているようですね。」


 「悪態をつきたいわけではないんですが、分かってください。」


 「いえ失礼、単に気になってしまっただけです。」


 今でも覚えている。

 俺たちの間では、あんまりなかった普通のケンカ。

 俺が誕生日プレゼントに何が欲しいかを聞いて、和人が何でもいいよと答えた。

 それに怒った俺が、期限を損ねてそれを態度に出す。

 和人は苦笑いしながら悲しそうな声でとりあえず電話を切る。

 それだけ。


 次会ったときには和人は死んでしまっていた。

 車に引かれそうになった、クラスの女生徒を助けた代わりに自分が直接車と衝突した。

 和人らしい死に方だ、クラスの皆も俺もそう思った。

 

 ただ、何であの時だったのだろう。

 何で、自分の命を顧みず助けることができてしまったのだろう。


 表面だけを見れば、他人を助けたというこれまでにないような美徳だ。

 でも、友達がいた。

 家族がいた。

 彼女がいた。


                俺がいた。


 そういった理屈で比較して命を見てしまうのが恐ろしく気持ちの悪いことだと言うのは分かるけれど。

 それでも、俺は死より恐ろしい何かに囚われてしまっている。


 そこまでで、ようやく顔を上げた。


 「脳の整理は出来ましたでしょうか。」


 「分かんないですけど、とりあえず話してください。」


 「了解しました、あなたは和人様の死を悲しんでいらっしゃる。

  そこは合っていますよね?」


 「はい。」


 「なら、ご安心ください。

  和人様は、別の場所で生きているので。」


 「は?」


 意味が分からない。

 いや、言葉として意味は分かっているのだがこの生態系の常識がそれを許さない。

 和人の死体は何人にも目撃されている。

 トラウマとして、忘れたくても頭にこびりついて離れない奴が何人もいる。

 それは和人が死んだという動かない証拠たりえるものである。


 「異世界転生というやつですよ、何かで聞いたことはあるでしょう。

  死んで間もなく、その魂は他の世界に飛ばされたというわけです。

  今では、その世界の英雄として人生を謳歌しているようです。」


 いつの間にか、視界から消えた男は俺の肩を後ろから叩く。

 

 「信じていただきました?」


 「…質問させてください。

  あなたはいったいどういう存在なんですか。」


 「私は、その。

  何となくわかりませんかね。

  この世界で言うのなら。」


 「死神とか、悪魔とかですかね。」


 「死神、なるほどしっくりくる感じがあります。

  死神としてとらえて頂いて結構です。

  他に質問はございますか?」


 「その異世界に俺が行くことは可能なんですか?」


 「ええ、もちろん可能でしょう。

  なんとか私もお手伝いさせていただきます。

  行く条件は、何となく分かっている事でしょう。」


 「…」


 「では、早朝にすいませんでした。

  私は真実を知っていただきたかっただけですので。

  これにて、失礼いたします。」


 瞬きを終えたころには死神の姿は消えていた。

 詳しく聞いたわけではないため、その呼び名が正確かどうかは分からないが。

 色んな情報や可能性が頭をぐるぐると回る。

 さっきまでの話の真偽は分からないが、あの男の異質な雰囲気は少なくともこの世界のものではなかったと言わざるをえない。


 「ご飯出来たわよ。」


 ふと、そんな母の言葉が聞こえてくる。

 時間を見てみれば、すでに7時を越していた。

 さっきまでの出来事、それに頭の整理。

 とにかく、意外にも時間が経っていたようだった。


 食卓に行けば、いつもと同じ食事風景があった。

 我が家は、母のパン好きも相まってたまに目玉焼きが出たりすることもあるが基本的には焼いた食パンだけが並んで、自由に食べる。

 父は、仕事の都合上帰ってくるのが遅くてまだ寝ている。

 だから、朝起きてきた時の様子は特に変わらない。

 そのことが、イレギュラーから戻ってきたことへの証明となり安心する。

 

 俺は、俯きながらご飯を口に運ぶ。

 テレビや、家族の声は気を逸らそうと思えば案外入ってこない。

 今日もまた、そうやって何も考えないように食事だけを済ます。


 はずだったのに。


 「…あのさ、今日出かけてくる。」


 「え?」


 母の唖然としたような声が聞こえる。

 しかし、すぐに調子を取り戻し続ける。


 「そっか、気を付けていっておいでよ。

  夜までには帰っておいで。」


 優しくそう語る、母の声に俺は思わず顔を上げた。

 その表情を見たからか、母は俺のことを抱きしめていた。


 「あのね、あんたがどう思ってるか分からないけど私はあんたのこと愛してる。

  嫌だったら、嫌だって言ってもいいんだよ。

  無理だったら、無理しなくていいんだよ。

  こうやって生きてくれているだけで私たちは幸せをもらってるんだから。」


 そんなの嘘だって言いたくなる。

 俺は、気づいたら自分で何かをやることも出来なくなって家族に負担をかけて。

 いつの間にか、顔すら直接見れなくなってしまって。

 感謝や、好意すら伝えられなくなって。

 最低の親不孝者なのに。


 長年の付き合いからかこの言葉が、嘘じゃないってことが分かってしまう。

 本当に愛してくれていたという事実に気付いてしまう。

 でも、母の肩を持って一旦距離を取る。


 「心配させてごめん。

  でも、大丈夫だから。」


 母が、学校に行って欲しいって思っていたことも知っている。

 父が、俺の部屋の前に何回も来ていたことも知っている。


 今が、親友が死んで一年たった2月4日なのも知っている。

 ただ見ていない、聞こえていないふりをしていただけだ。


 俺はそのまま二階にあがって制服に腕を通す。

 一年も経ってしまっているから、俺の部屋の匂いが染みついている。

 あの頃は、服に消臭剤を掛けたりとか髪に気を遣ってみたりとか。

 そんなことをしていたけど、今では気にしなくなってしまう程には関係を失っていた。

 今の姿を見られたなら、笑われてしまうかもしれない。

 それなら、まだマシか。


 そこら辺に投げ捨てられていたコートを着込む。

 リュックは、今日はだけなら必要ないと判断して財布だけポケットに入れる。

 スマホが充電されているか確認、の前に見つからない。

 しかし、これも必要ないだろう。


 こんな一工程一工程を前の自分は考えもせず、自然にこなしていた。

 そんなことに少し感心するが、当たり前かと思い直した。

 

 「行ってきます!」


 親に出ていることを伝えるだけでなく、自分を奮い立たせるためにも大きな声で言った。


 「行ってらっしゃい!」


 親も止めてしまうのが怖いのか、声だけを返してくれた。

 俺は今日二回目、玄関のドアノブに手をかけて思いっ切り押し出した。


 物凄く寒いし、足もとられる。

 靴が夏用なのが、見切り発車で出てきてしまった自分の詰めの甘さを強調する。

 こんなに理由があれば、家に戻れるだろうか。

 すぐさま首を横に振って、そんな考えを消し飛ばす。


 そうやって一歩一歩どんどん止まることなく進んでいく。

 こんなに歩くことすら一年ぶりだ。


 やがて足が止まった。

 ただの道路の目の前、しかし俺にとっては大きな意味を持つ。

 こんなに時間が経ったのにここに立ってみれば、場所が分かってしまう。

 いわゆる事件現場だった。


 思ったより体は拒否反応を見せない。

 今日でもう嫌な記憶の全てが掘り起こされていたからかもしれない。

 むしろ、考えてしまうことがある。


 それは、和人のいる別世界のことである。

 今、どんな世界にいるのか。

 こことはどれだけ文化が違うのか。

 本当に和人は幸せにやれているのか。

 俺たち、前の世界のことを覚えてくれているのか。


 この世界がどんな場所で、どれくらい生きるのが辛くて。

 そんなの誰も知る術を持たない。 

 ただ、せめて見える範囲は知っておかないといけない。

 見ないままにしておくことはもうできない。

 だからこそ、行かなければいけない場所があった。


 門を潜る。

 この時間だったらとっくに遅刻だろうか。

 俺は普段学校に来るまでに、30分はかかってしまう。

 それも、今日はゆっくり来たはずだからもう9時を過ぎてしまっているかもしれない。


 防犯対策で締められている、正門ではなく裏口に回る。

 ここが必ず開いていることは昔の記憶で覚えていた。

 高揚感と、緊張感が押し寄せる中で静かに中に入っていく。

 上靴も、忘れてきていて、スリッパも音がして嫌だったため靴下のまま歩みを進めていく。

 わざわざ自分が避けてきた場所に乗り込んでしまっているため、正直かなりメンタルは来ていた。

 誰かに会うのが怖くて一度、トイレの中に隠れてみる。

 

 ここでよく、和人と話したものだ。

 スマホは連絡用の手段で、教室や廊下で使うのは基本駄目とされていた。

 だから、こういう教師の入ってこない場所でスマホをいじったり悪い噂話をしたりしたものだ。

 そういえば、と掃除用具が入ったロッカーと壁の隙間をのぞき込む。


 ずっと友達、と油性のマッキーペンで書きこまれている。

 これは俺と和人の二人だけの秘密だった、この場所は意識しなければ見つけられない。

 自然と笑みが零れ落ちてしまう。


 ここだけじゃなくて、どこを周ってもストーリーが確かにある。

 俺にとってはそれだけ、重厚な高校生活だったのだ。

 

 だからこそ、壊れてしまったその生活に向き合う勇気が出なかった。

 今日ここまで来たことですら、本当に奇跡のように思ってしまう。


 気を取り直して、目的地を目指す。

 階段を上へ上へと昇っていく。

 今は、もっともっと考え事がしたい気分だ。


 4階の、廊下を目いっぱい進んだ先。

 端っこの方に、ポツリと気配の薄い教室がある。

 ここは、さっきのトイレに比べて本当に人の出入りが少ない。

 いわゆる、穴場という奴だ。


 教室に入り、窓の方へ向かう。

 そして、窓枠に肘をかけてグラウンドを眺めてみる。


 「何してるの?」


 急に声を掛けられて、凄い勢いで体の向きを変える。

 そこには、一人の女性が立っていた。

 どうやら、ドア側の壁に寄りかかっていたようで気づけなかった。


 「久しぶり。

  私だよ、吉田美香よしだみか。」


 黒髪のロングに化粧っ気のない清楚な感じ。

 昔とは大分印象が違うが、それでも分かる。

 それほどまでに関わりが深かった人物だった。


 「分かるよ、久しぶり。」


 「こんな時間にここにいるってことは。

  サボり?」


 「そっちこそ。」


 「…うん、本当は分かってる。

  お互い同じ状況なんだよね。

  私も学校へ行けるようになったの、つい最近。」


 俺と彼女は似た者同士だった。

 和人にとって、俺が親友なら彼女は恋人。

 あの事件から俺は、誰と連絡を取るわけでもなく引きこもっていたから詳しい事情までは分からないが、彼女も同じく学校に行けなくなってしまったらしい。


 「ちょっとした愚痴なんだけど、学校に行ってみたら私の関係無くなってた。

  友達も、心配する素振りは見せてくれるんだけどなるべく関わろうとしない。

  流行りや、学校でのエピソードにもついていけない。

  結局、学校に足は運べても未だに教室には入れない。」


 「うん。」


 「でもさ、まだ諦めたくないな。

  そう思い始めたのも急だったんだけど、負けたくないな。

  学校だけが道じゃないことも分かるけど、私それ以外に道が分かんない。

  私、馬鹿だから。」


 「うん。」


 俺も何度も動こうと思った。

 本を読んでいるときも、風呂に入っているときも、寝る前に目を閉じているときも頭の中ではスーパーヒーローになっている自分を思い描いた。

 でも、結局それが思考という範囲から出ることはなくて。

 何かのきっかけを延々と待ち続けていた。

 だからこうして、ここまで来ている彼女は凄いと素直に思う。


 「なーんて、ただの私のつまんなくて最悪な話。

  聞かせるつもりなんて、なかったんだけどなあ。

  でも良かった、お話しできて。

  もうこういう機会なんて二度と来ないと思ってたから。」


 「俺も嬉しいよ。」


 「ねえ、凄い自分勝手なこと言っちゃうんだけどさ。

  改めて、私たち友達にならない?

  嫌だったら、もちろん拒否してくれてもいいんだよ。」


 「…もちろん、俺も友達でいたい。」


 「そっか、ありがとう。

  私もまだ立ち直れてない。

  でも、それでも相談に乗って一緒に泣くくらいはできるからさ。

  連絡先変えてないから、気軽にメッセージちょうだい。」


 そう言うと、そのままいなくなってしまう。

 先程まで、彼女が板壁に手をあててみれば暖かい。

 俺にも、まだ友達はいたようだ。


 

 俺はもう一度、窓枠に肘を掛ける。

 体育なのか、遊んでいるのか楽しそうな声に合わせて活発に人が動いている。

 

 この場所からは、サッカーをしている様子がよく見えた。

 俺はそれを見るのが昔から好きだった。

 屋上の方がよく見えそうだが、案外立ち入り禁止の場所が多い。

 

 和人もサッカー部で、よくここで帰りを待ったりしたものだ。

 この場所を知っているのはそれこそ俺以外だと、美香くらいか。


 今日は一日色々あった。

 こんなに気持ちが揺れ動いたのは初めてかもしれない。

 たくさんのことを考えたし、人とも話した。


 結論から言えば、結局分からない。

 俺がどうしたいのかも、どうするのが正解なのかも。

 時間が経てば、解決の糸口が見えてくるとそう思っていた。

 そして、昔よく考え事をしていたここに来れば考えもまとまるとも思っていた。

 

 今まで、和人という存在しか見ていなかった。

 実際に俺にとって今までで一番大きい存在であることには間違いない。

 それでも、家族だって美香だって他の友達だって俺の人生には確かにいた。

 少なくとも今、確かに味方でいてくれる人たちはいる。


 結局は寂しい、寂しい。

 子供みたいな主張だけど、何で死んでしまったのだろう。

 俺には、和人を救って死ぬことは出来たかもしれないけど他の誰かをかばうことはできない。

 それが出来てしまった和人のことが分からない。

 俺たちを捨てられた理由が分からない。

 異世界に行けると分かっていたのかな。


 喧嘩で終わりたくなんかなかった。

 本気で、和人のために生きようと思っていた。

 楽しいことも、苦しいことも全部教えてくれた。


 今となっては戻ってこない。

 今となっては和人がいなくても生きていけるという事が分かってしまっている。

 何度も、心は俺自身を説得している。


 けど、弱かった。

 絶対に離れなかった。

 忘れずに、人生を謳歌できるほど器用ではなかった。


 ストレスは許容量を超えて、何度も涙で危険信号を出す。

 こんな絶望から救い出してくれるスーパーヒーローを俺は知らない。

 それこそ、こんな世界にはいないだろう。

 

 今日の記憶が対立するように、頭の中を反復する。


 和人様は、別の場所で生きているので。

 ずっと友達


 こうやって生きてくれているだけで私たちは幸せをもらってるんだから。

 それでも相談に乗って一緒に泣くくらいはできるからさ。


 気づいたら、自分の影が濃くなっていることに気付く。

 外を見れば、日が暮れて雪が強くなっていた。

 もう少ししたら、暗くなりすぎて帰るのも大変だろう。

 一言、ぼそりと声が出る。


 「そろそろ、行くか。」

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