終 不透明なる今後
1956年10月、ヨシエが謀略工作を行なったハンガリーにて、大規模な反ソ暴動が発生した。時のハンガリー首相・ナジ=イムレは、ハンガリー人民、すなわち、ハンガリーの
「社会」
から押される形で
・ハンガリーのワルシャワ条約機構からの脱退
・東西両陣営からの中立化
等を宣言、しかし、ソ連がそれを許すわけもなく、上記の動きはソ連の戦車の力によって、否定された。この時、介入したソ連陸軍の主力を担っていたのが、T54、T55型戦車だった。結果として、ナジ=イムレは処刑され、ハンガリーはソ連圏の衛星国にとどまることになった。
日本では、政府が、この事件を反ソ反共宣伝のため、NHK等のラジオが、盛んに同事件を放送した。電力そのものが不足しているにもかかわらず、特集番組さえ組まれる始末であった。
ヨシエにとっては、ハンガリーのワルシャワ条約機構からの脱退、中立化の動きは、心中、ある種の懸念を掻き立てるものがあった。当初、同事件は、結果として、ソ連の影響の下、ハンガリー人民共和国警察によって、
「運転手として大使館職員に雇われた地元運転手による事故」
として、片づけられていたものの、ハンガリーがソ連から離脱した場合、
「再調査」
等が云々される可能性なし、とは言い切れないからである。場合によっては、ヨシエの周辺にも、外交ルートを通して、何等かの追及の手が及んでくるかもしれない、と思われたのである。しかし、ソ連陸軍新鋭戦車・T54、T55は、その懸念を、現時点において、とりあえず、打ち消したのであった。
そして、ヨシエによって、反ソ親米政権のための蜂起拠点というべきものが潰されていたことは、ソ連側にとって、やはり、有利に機能したとも言えるかもしれない。
1956年現在、やはり、更なる親ソ国ができる可能性があるのは、やはり、
・「非常時」=「常時」
という、本来、成立するはずのない恒等式を構成し、それによって、貧窮にあえぐ
「日本」
本土そのもの、又、その日本の支配権にある
「大東亜共栄圏」
下の各国、地域であると言えた。
ヨシエはKGB少佐として、ソ連側が傍受したNHKの、ハンガリーでの反ソ暴動についてラジオ番組の放送の分析等を任務として課せられていた。
放送を聞きつつ、ヨシエは思った。
「日本の人達、今、こういう放送を聞きつつ、どのように思っているかしら?」
どのように思っているかについては、いくつかの想像ができた。
① こうした放送を聞いて、それでも、天皇(制)をいただく大日本帝国、大東亜共
栄圏といった現行の体制をあくまで守りたいと思う。
② 或いは、暴動という形とはいえ、反権力を主張できるだけ、それこそ「大日本帝
国」よりはマシと思い、日本本土等での「社会」からの反体制化が進み、現行体
制にとって、その維持に対する逆効果となる。
③ あるいは、「常時」と化した「非常時」体制の下で、ある種の無気力、無関心状
態になる。
既に、日本を棄てたヨシエにとっては、想像の域を出ないものではあるものの、巨大な、そして、基本的に見えない
「巨大な歯車」
が改めて、回転し出したことは、事実のようであった。ヨシエにも今後、改めて新たな
「任務遂行」
が課せられるであることは明らかであった。
(完)
もう1つの東西冷戦―KGB少佐・ヨシエ=クツーゾネフ編 阿月礼 @yoritaka
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