家族会議
三咲みき
家族会議
「母さん、行ったか?」
食卓で新聞を読むふりをしていたお父さんが言った。
弟の卓哉がそろりとリビングの扉を開ける。
「行った、行った」
「よし、じゃあ始めるぞ」
お父さんの号令で、私たちは食卓に集合した。
「今日こそ決めるぞ。母さんの還暦祝い」
来月に控えたお母さんの誕生日。いつもならお花をプレゼントするところだが、今回は還暦のお祝い。盛大にお祝いしたい。
「何がいいんだろうね。還暦のお祝いって言ったら、夫婦おそろいのお茶碗とか、お箸とかが定番かな」と私。
「でもそれ父さんのときにやったしな」と卓哉。
お父さんが誕生日のときは、日本酒とお母さんとおそろいのお茶碗をプレゼントした。日本酒好きのお父さんの誕生日は、何も悩まずに選べた。
「母さんの好きなものってなんだろうな」
一同、しんと静まりかえる。
「なんか、お母さんって趣味といえる趣味無いよね。私がハマっているものを勧めたら、一応やってはくれるけど、のめり込むとかではないし。お父さんさ、お母さんの好きなものとか、何か知らないわけ?」
「そうだよ。長年連れ添ってきたんだから」
「いや、えっと、まぁ……」と居心地が悪そうに口ごもるお父さん。
「もう、なんでわからないのよ」
「いやだって、映画とか誘っても、『お父さんと見るならなんでもいい』って言うし、誕生日に何がほしいか聞いても、『いらない』って言うし……。いっつも俺の好みでなんでも選んでたんだよな」
「母さんっていつもそうだよな。ホントは好きなものとかあるかもしれないのに、いっつも俺たちを優先させてさ」
一同、またしんと静まりかえる。
そう。なかなか誕生日プレゼントが決まらないのはこれが原因。母さんは自分の好きをあまり表に出さない。いつも自分の意見は後回しで、家族の意見を優先させる。
子どものころはお母さんのその優しさに気づかず、なんでも自分の好きなようにしていた。
しかし大人になって、いろんな立場で物事を考えられるようになると、お母さんはいつも私たちのことを一番に考えてくれていたんだなって思う。
「好きなものがわからないならさ、旅行とかは? 北海道とか。まだ行ったことないし」
「いやでも、それお金かかるじゃない。お金がかかること、たぶんお母さん喜ばないよ」
「確かにな」
「お金をかけるのではなくて、手間をかけるのはどう?」
これは私が密かに考えていたことだ。既製品をプレゼントするのではなくて、手作りの何かをプレゼントする。
「えーでも、手作りってさ、ちょっとしょぼくない?還暦祝いだぜ?父さんのときと同じように、パーッとしたいんだけど」
「確かに物によってはあんまりインパクトはないかもしれない。でも3人それぞれが手作りを持ち寄るのはどう?」
「数で勝負するってこと?」
「そう」
卓哉とお父さんが「うーん」と唸っている。
「卓哉は用意できるでしょ?今こそ、得意なあれを発揮するときよ」
「まあ………、俺はたぶん用意できるよ。お安い御用ってかんじ。問題は姉ちゃんと父さんだろ。何やるの?」
「お父さんだって大丈夫よ。毎週末やってくれることがあるじゃない」
「あんなんでいいのか?」
「言っとくけど、お父さんが毎週やってくれて一番喜んでいるのは母さんなんだから。私たちはとっくに飽きてるのにさ。私も卓哉も、お母さんが喜んでるのを知ってるから、文句言わないんだよ」
「えっ、お前たちいやだったのか………」
少し傷ついた顔をするお父さん。ごめん。
「まあ、それでいくとして、姉ちゃんは何するの?」
「私はもう、決まっているから」
***
迎えたお母さんの誕生日。部屋には香ばしい匂いが漂っている。テーブルに置かれた鉄板には、ジュージューとおいしそうな音を立てているお好み焼きが。
小さいころから幾度となく食べてきたお好み焼き。お父さんが毎週焼いてくれるお好み焼き。正直、飽きてはいる。でもお父さんのお好み焼きは、その辺の店のよりもはるかにおいしい。
「わぁ、いい匂い」
お母さんがリビングに入ってくるなり、顔を綻ばせた。
お母さんの笑顔を見て、お父さんも嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ食べるか」
みんなが席についた。卓哉と私の足元には、お母さんに渡すプレゼントが置かれている。
「お母さん、誕生日おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
私に続いて、卓哉が、お父さんが、グラスを前にかかげた。中には昨日お父さんがこっそり買ってきたシャンパンが注がれている。
お好み焼きにシャンパンなんて、アンバランスだけれど、そういうお父さんの不器用なところも、きっとお母さんは好きなんだと思う。
卓哉は面と向かって「おめでとう」と言うのが恥ずかしいのか、頬を染めてわざと視線を外している。
「ありがとう」
お母さんがうれしそうにグラスを傾けた。
みんながお好み焼きに手を付ける前に口を開く。
「お母さんにプレゼントを用意したの。まず、お父さんからはお好み焼き」
「あとシャンパンね」と卓哉。
「それで卓哉は………」
卓哉が足元に置いていたそれを、お母さんに渡した。それをお母さんが見て、「あっ」と声を出した。何も包装していないそのままの状態で渡しているのが、卓哉らしい。
それは額に入れられた絵。鉛筆で描かれた家族4人の絵。
「美大に通っているのに、家族の絵とか、まともに描いたことなかったから」
私はそこではじめて完成された絵を見た。4人が横一列に並んでいるのだが、それぞれがお母さんの方を向いて、微笑みを浮かべている。
「うわぁ」とお母さんが感嘆の声をもらした。
「こんなにうまくなったのね………」と、遠い昔、まだ卓哉が幼稚園くらいのときに描いた拙い家族の似顔絵に想いを馳せているようだった。
「これ本当にお前が描いたのか」
お父さんがお母さんの隣から、覗き込むように絵を見た。
「俺以外、誰が描けるんだよ」
卓哉はうれしさを隠すように、シャンパンをグイッと飲んだ。
お母さんが、愛おしそうに絵を撫でた。
「卓哉の後で出しにくいんだけど、私も一応用意したの」
足元に置いていた、ピンクのプレゼント袋を手に取った。そのままお母さんに渡す。
「私は、卓哉みたいな特技なんてないから、こういうものしか用意できないんだけど………」
お母さんが袋を開けて取り出したもの。私がお母さんのために用意したのは、アルバムだった。
ポストカードくらいの小さいアルバム。中ページには、私のスマホに保存されていた家族写真をたくさん貼り付けた。シールやマスキングテープ、手書きのメッセージを添えて、かわいくして。
どの写真も特別なものではなくて、日常の些細な一コマを切り取ったもの。
「え、待って。こんなのいつ撮ったの?」
そういって卓哉が指さしたのは、リビングで必死で課題の絵を描いている、卓哉の後ろ姿だった。
「まあ、盗撮したものも何枚か………。ごめん」
でもお母さんはきっと喜んでくれると思った。お母さんが大切に思っている家族の、アルバムだから。
卓哉もお母さんが家族を大切にしていると知っているから、お母さんだけの似顔絵を描くのではなくて、敢えて家族4人を描いたんだと思う。
お母さんが、「みんなありがとう」と小さく言いながら、何度もページをめくった。
「あの、邪魔して悪いんだが………」
お父さんがチラチラと鉄板を見た。
「焦げてきたぞ」
見るとお好み焼きの端っこの方が黒くなってきている。
「ちょっ、これ保温状態にしてなかったの!?先に言ってよ!」
「食べよ食べよ!」
みんな一斉にお好み焼きに箸を伸ばした。
視界の端で、お母さんがそっと目元をぬぐったのが見えた。
散々悩んだ還暦祝いだけど、なんだかんだ言って成功したんじゃないかと思う。
家族会議 三咲みき @misakimaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
これが私の秘密/三咲みき
★38 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます