第25話 跪かない戴冠式

エリザベスはロンドン塔を出発した。


ロンドン塔?


そう、第13話では1554年3月17日 

エリザベスが犯罪者として

謀反人の門から入獄した


ロンドン塔。


5年後の1559年1月14日

今度は、エリザベスはこの国の長として

正門から


戴冠式へ!


エリザベスは戴冠式を重視した。


というのもエリザベス女王は、

王位継承の正当性に疑いがある。


もともと反乱軍の長で、

そもそも卑しい母の子。


大勢の市民の目に直接晒される戴冠式は

そんなマイナスイメージを払拭する

チャンスなのだ。


エリザベスが枢密委員に要求したのは

以下の3点。

①戴冠式はカトリック方式とする事。

②(①と矛盾するが)メアリー色を払拭する事。

③世界に向けて、戴冠式を喧伝する事。


カトリックと大国スペインに配慮する一方で、


あのフランスの王太子妃、

正当チューダー家の血統である

メアリー・スチュアートよりも


エリザベスこそが英国女王に相応しいと

アピールする事。


エリザベスは戴冠式の前日に一世一代の

大仕掛けを命じた。


そのパフォーマンスのスタートは

ロンドン塔からでなくてはならない。


自身だけでなく、

卑しい出自の母アン・プーリンの

記憶を払拭する為に。


母アンの記憶?


遡る事26年前の1533年6月1日

エリザベスの母アンは新王妃の戴冠式で

ロンドン市民から大ブーイングされた。


「庶民如きが何故王妃に!」

「ヘンリー王を騙したな!魔女め!」


英国王ヘンリー8世を色香でたぶらかし

前王妃キャサリンを陥れた

と市民から不興を買っていたのだ。


その後、母アンはロンドン塔で首を切られる。


これから始まるエリザべスの大掛かりな仕掛けは母の無念を晴らすものでもあったのだ。

・・


午後3時。

粉雪が舞う中、


さあ、ここからが本番だ。

ロンドン塔からウェストミンスター宮殿までの

総距離5㎞の道程を寸劇をしながら進むのだ。


実はこの大仕掛け、5年前の1554年7月

第14話で 

メアリ女王が

市民のスペイン非難を躱す為に

考案された寸劇行進を参考にした。


この寸劇は市民から拍手喝采を浴び

“スペインと英国は一つの歴史”との

メッセージは浸透

大いに効果を挙げた。


今回のエリザベスの寸劇はどうであろうか?

出発してすぐに

道端の観衆の1人が大声で

「父ヘンリー8世を忘れるな!」と呼びかける。


すると行列が立ち止まり、

エリザベスは輿から降りて、

その者に笑顔で手を振った。


これが寸劇開始の合図。

呼びかけた観衆は仕込んだ役者だ。


さて、エリザベスが用意したのは計5幕。


第1幕 「偉大なるチューダー家」

メアリー女王が植え付けたプロパガンダ

“英国とスペインは同じ祖先”説を否定し、


ヨーク家とランカスター家の統合が

終にエリザベス女王によって完成した

と表現して見せた。


ランカスター家のヘンリー7世、

つまりヘンリー8世の父が、


ヨーク家のエリザベスと結婚し

チューダー朝が始まったが、


女王と同じ名前の祖母エリザベスが

70年の時代を経て

エリザベス女王に生まれ代わり、英国に平和をもたらすと印象付けた。


第2幕 「3つの美徳」

新しいエリザベスの宮廷は

①真の信仰

②国民への愛

③知恵

を備えていると演出し


第3幕 「8つの幸福」

イエスが山で8つの幸福を説教する

マタイによる福音書第5章を引用し、


最後の8番目の幸福


「義のために迫害される人々は、幸いである」


では

メアリーから迫害されたエリザベスは

神に祝福されていると演じた。


そして第4幕 「女王の時代」

ここがクライマックスである。


大勢の役者が出てきて、

メアリー時代の衰退した国家に続き、

エリザベスの栄える国家を表現した。


すると観衆の中からある少女が質問する


「何故エリザベス様が選ばれたの?」


エリザベスは答える


「時代です。

朕を必要とする時代が到来したのです。」


すると、

質問した少女が役者に導かれ、

エリザベスに駆け寄り聖書を渡した。


これはラテン語ではなく、英訳聖書。

カトリック禁ずるラテン語以外の聖書だ。


エリザベスはこの聖書を胸に抱き、

口づけすると、両手で高く持ち上げた。


最後の第5幕 「女王デボラ」


旧約聖書に登場する女王デボラ。

圧政からイスラエルを救い40年間カナンの地を治めた伝説の女王。


エリザベス女王の身に

デボラが降臨したと称える。


エリザベスを神格化したのだ。


こうして無事ウェストミンスター宮殿に到着すると、その日の内に寸劇の模様を活字にし

世界の宮廷に送り、世に知らしめた。

・・


次の日の戴冠式本番当日、


ウェストミンスター寺院に大勢の参列者が

静粛にエリザベス女王の登場を待つ。


さて、

この戴冠式の準備に枢密委員は苦労した。

神父が見つから無かったからだ。

もし神父による聖油の儀式がなくば、

英国統治の正当性は認められない。


見つからなかった理由は、

カンタベリー大主教のポール枢機卿を

エリザベスが命じて殺害したからで、


この殺害に

ヨーク主教以下大勢の神父が

エリザベスの関与を確信し、

この大役をボイコットしたからだ。


枢密委員は探しに探し、

下位の司教オグルソープ氏が、不承不承ながら引き受けたのが戴冠式の1週間前。


こうしてぎりぎり本番に間に合ったのだ。


さて戴冠式に戻る。

式次第は6年前の

メアリー前女王戴冠式に則り、

カトリック方式で進行する。


エリザベスの額に無事聖油を済ませ、

3種類の王冠を、次々に頭上に戴き、

(文字通り戴冠式)


着替えを何度かすると、

エリザベス女王は最終的に

全身黄金で覆われた衣服を身に纏う。


そして、最後の儀式だ。


オグルソープ司教が説教をする間、

エリザベスは一旦席を外し階上で待機する。


祭壇には

イエスの血とされるワインと、

イエスの肉とされるパンが用意された。


オグルソープ司教がエリザベス女王を呼ぶ。


「神の下僕しもべエリザベスよ、こちらへ!」


しかし反応が無い。


「ゴッホン、ああ、エリザベスよ降りなさい!

神の前に姿を現すのだ!」


本来なら、

祭壇の前でエリザベスは神父に跪き、

神父に促され

ワイングラスに口をつけ、

パンにキスをするのだ。


オグルソープ司教は大声を上げる。


「神の下僕エリザベスよ!」


しかし、エリザベス女王は姿を現さない。


参列している貴族もざわざわする。

すると外から歓声が聞こえてくる。


「エリザベス女王、万歳!万歳!」


教会の外では、

エリザベス女王が

右手に王笏、左手に“英訳”聖書を持ち、


大勢の寵臣達に囲まれて笑顔で応えていた。


プロテスタントでは

神が存在するのは聖書のみ。


ましてやワインやパンが

イエスの血肉とは認めていない。


なのにエリザベス女王はどうして

聖書でも

神でもない

“神父”に跪く事ができるだろう?


オグルソープ司教は、まさかエリザベスが最後の儀式をすっ飛ばすとは知らなかった。


教会の外で騒いで居るエリザベス女王を目の当たりにし、


・・なんだ、断れば良かった・・


と、オグルソープ司教はため息をつく。


あれだけ準備をして最後にすっぽかしたのは

誰にも知らせてない、エリザベス女王の独断。


教会に参列できず寒空の下で待っていた

大勢の庶民は

このサプライズに歓喜し、


その庶民とは、

これまでカトリックに弾圧され

愛する人や財産を失った

プロテスタントの民。


エリザベス女王は拍手喝采を浴び

大勢に祝福されて戴冠式は終えた。

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戦うエリザベス女王2 商社城 @shoushajoe

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