使いかけの香水

月井 忠

第1話

 強烈な尿意に目が覚める。

 どうやら、リビングの机で寝てたみたいで、ところどころ痛い。


 とにかく立ち上がってトイレへ。


 昨夜の記憶がない。

 頭はガンガン痛くて、二日酔いなのはわかる。


 どうやら、またやってしまったみたい。

 起きたら知らない男が隣にいたって状況じゃないだけマシか。


 トイレのドアを開ける。


「うわっ」


 思わずのけぞった。


 トイレはちゃんとある。

 フタも閉められている。


 でも、そのフタの上になぜか使いかけの香水が一つ置いてあった。


「こわっ!」


 しかし、容赦なく尿意に責め立てらる。

 仕方なく、香水を床に置いてトイレを使う。


 床いおいた香水の瓶を見つめる。


「なぜ、ここに?」


 フタを閉め、床に置いていた香水をまた乗せてみる。


「なにかのまじない?」


 ふと、気になって玄関に行く。

 大丈夫、ドアには鍵がかかってる。


 誰かが入ってきて香水を置いたわけじゃない。

 まあ、それはそれでかなり怖いことではあるけど。


 ひとまず、香水を置いたのは私なんだと思う。


 証言者はいない。

 目撃者もいない。


「完全犯罪だ」

 なぜか探偵の気分になって、謎解きを開始する。


 犯人は自分だけど。


「その前に水」

 キッチンに行って、コップに水を入れ、ゴクゴクと飲み干す。


 頭はまだ痛い。


 どうせ今日は暇なので、朝食の前に頭の体操でもしてやろうという感じだった。

 とりあえず、香水の置いてあった洗面所へ。


 なるほど、使っていない香水が戸棚から取り出された理由はわかった。


 洗面所にはとっておきのシャンプーが置かれていた。

 以前、友達にプレゼントしてもらった物で、もともと量が少なく貴重。


 なので、むしゃくしゃした日だったり、機嫌のいい日だけ使うことにしてる。


 昨日の私は機嫌が良かったらしい。

 記憶ないけど。


 このシャンプーは戸棚の奥にあった、取るには使いかけの香水をどける必要がある。

 きっと香水を元の位置に戻さず、この辺りに置いたんだと思う。


 でも、これじゃあトイレに置く理由にはならない。


 トイレに戻って香水の置かれた状況を観察する。


 そうだ、トイレと言えば、どうして今朝は膀胱が破裂寸前の状態だったんだろう。


 寝る前にトイレに行くのが習慣だった。

 いつもは、あそこまでの尿意はない。


「昨日はトイレ行かなかったのかな?」


 香水がフタに置いてあるというのは、その結果のようにも思えた。

 じゃあ、どうしてトイレを使わなかったんだろう。


「いや、使えなかった?」


 香水を置くことに意味があり、それはトイレを使えない理由とつながりがあるように思えた。


 なぜか、背中がゾクッとする。

 この感覚には覚えがあった。


 昨夜の飲み会の断片的な記憶をたどる。

 確か、トイレから手が出てくるという怪談を聞いた気がする。


 思い出しただけで寒気がした。

 つまり、酔っているとはいえ怖くてトイレを使えなかったのだと思う。


「じゃあ、これは?」

 フタの上の香水を見る。


 そこで、ハッとした。

 香水の瓶はクリスタルみたいな感じで、結構かっこいい。


 まるで、ファンタジーに出てくる聖水みたいだ。

 私はゲームをよくやる。


 RPGの聖水と言ったら、こんな感じの瓶を想像する。


「つまり、お清めってこと?」

 それなら盛り塩だろうと思うが、即座に否定する。


 塩が床に落ちたら掃除が面倒。

 だから、手近にあった聖水っぽい香水の瓶を置いた。


 当分置いておき、しばらくしたらトイレを使うつもりだった。

 でも、机に突っ伏して待つ間に寝落ちした。


 納得はできた。

 でも、全然論理的じゃない。


 東洋のおばけに西洋の聖水は通じるのか?

 というか、そもそも聖水じゃなくて香水だし。


 フタの上にあった香水を手に取ってリビングに向かう。

 なんとなく物思いに浸りたかった。


 椅子に座って香水のフタを取る。

 宙に向かって一吹き。


「懐かし!」

 この香水は前彼のために買って、使っていた。


 使いかけで戸棚にしまわれていたということは、使っていない証拠。

 つまり、使う機会がないということ。


「ああ~! 恋したいんですけど!」


 これなら起きた時、隣に知らない男がいた方が、まだマシだったかもしれない。

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使いかけの香水 月井 忠 @TKTDS

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