ウイルス少女・パンデミック
サンカラメリべ
ウイルス少女との出会い
夕刻。その日の僕は、高熱を出して寝込んでいた。だから、その日の夢もまた、熱に浮かされた悪い夢なのだと思っていた。
「あ・・・あ・・・」
夢の中で僕は、不思議な少女たちに囲まれていた。まるで彼らは量産されたアンドロイドのように何か殻に包まれたような同じ姿をしていて、一人一人がふらふらと彷徨いながら、時折巨大な不定形な物体に侵入したり、その膜を破いて仲間をそこから解放していたりしていた。
「ひ・・・ひと・・・」
振り向くと、こちらを興味深そうに観察する個体がいた。彼女も他の少女たちと同様の姿をしていたが、どうも他の個体よりも知性があるようだった。
「こんにちは」
何を言えばいいかお互いにわからない感じで、何時まで経っても進みそうになかったので、こちらから挨拶した。なおも彼女はその返答に迷っているようで、僕はじぃっと彼女のことを見つめていた。
「こん・・・こんにちは・・・」
ようやく彼女が口を開く。非常に小さく聞き取りにくい声だったけれども、透き通るような綺麗な声で、どこかボカロ染みた調子をしていた。やはり彼女はアンドロイドで、ここは彼女たちを生産する工場なのだろうか。それにしてはこの場所は生物的な感じがする。ドクンドクンと鼓動のような音が響き、液体が流れる音も聞こえてくる。まるで人間の体内みたいだ。
「あなたが・・・この身体の主?」
「え? うん。たぶん」
よく考えずに、僕はそう答えた。なぜかそんな気がしたからだ。すると、目の前の少女は機械的ながら口角を上げて、にこりと笑った。
「取引・・・取引しましょう」
「取引? 君たちは悪魔か何か?」
「そう・・・かも。わたしは生物と非生物の狭間にいる存在」
それは確かに悪魔らしいかもしれない。夢に出る女性型の悪魔といえばサキュバスだ。でも、アンドロイド型のサキュバスなんていう性癖の衝突事故みたいな存在がいるのだろうか。夢の中の僕は妙なところで冷静だった。
「内容は?」
「わたしはあなたの体内環境に適応し、共存する。代わりに、あなたはわたしを広めてほしい」
「どうやって?」
「ただ外を歩けばいい。それでわたしはわたしを広められる」
まるで感染症のようだ、と思った。それなら、さしずめ彼女はウイルスだろうか。ウイルスだとすれば、あそこで彼女のクローンが生産されているのは僕の細胞であるわけで、彼女は僕に「寄生していたがこれ以上傷つけない。代わりにわたしに協力しろ」と言っているのである。しかも、傷つけないと言いながら僕の細胞はきっと彼女の苗床として使われ続ける。殆ど奴隷だ。
「脅しだ。君は僕を自分を増殖するための苗床としてしか見てないんだろう」
「取引。確かに、あなたの身体をほんの少し削るけど、それはあなたの身体の一部が毎日自然死する数から比べれば僅かでしかない。それに、あなたにもメリットはある」
「何?」
「わたしがあなたの体内環境に適応する為に、あなたのDNAを取り込む。そして生まれたわたしのクローンたちは、わたしとあなたの子と言っても相違ない」
「・・・え?」
言っている意味がわからなかった。僕の遺伝子を利用してクローンを作るから、それは実質二人の子?
「生物の目的は繁栄でしょ? わたしと取引すれば、あなたの遺伝子は世界中に広まる」
そうなのか? 生物の目的の一つとして、確かに種の繁栄というものは挙げられるだろう。でも、これが子作りと言えるのか? それは繁栄と呼べるのか? 僕にはもう全くわからなかった。それにしても、彼女は美人だ。人ではないから、ただ美しいと表現するべきか。こんなにも美しい存在と共にいられるのは、十分価値があることなのでは?
「わかった。取引成立だ」
「よかった」
彼女がはじめて感情のこもった声で喜んだのを聞いた辺りから、だんだんと意識が上層へ登っていき、そこで僕は目が覚めた。
目が覚めると、朝だった。夜を待たずに眠ってしまったようだ。熱は下がっていて、体調も良好だったが、今朝見た夢の内容が脳をぐるぐる回っていた。覚えている限りの内容をメモる。残念ながら絵心は皆無なので、夢に出てきた少女の姿を書いたら正義の巨人が主人公の特撮番組に出てくる宇宙人みたいなのになった。
高熱は出したものの、病院での検査の結果ではただの風邪でインフルエンザなどの学校で自宅待機を求められる類の感染症ではなかった。なので体調が回復したら自分の通う高校に行かなければならない。その登校中も僕の頭の中ではあのアンドロイド風の少女がにこにこと笑っていた。
それからしばらくして、学校で熱を出して休む人が増えてきた。どうも学校だけではなく僕の住む地域全体で熱病が流行っているらしい。不思議と僕の家族は何ともないが、僕のクラスの半分は熱を出して休んでいるような状況で、両親の職場でも似たような状況らしかった。
原因として考えられるのはあの夢しかない。僕の体内環境に適応したのなら、似たような体内環境であろう僕の家族に症状が出てこなくてもおかしくはなかった。とはいえ、あの夢のことを誰かに話すことなどで考えられなかった。あまりにも荒唐無稽で、証明も不可能だ。
未知の感染症はその間も確実に勢力図を広めていた。
「変異が起きたみたい」
例の彼女と再会したのは、だいたい一か月後のことだった。僕の住む街から広がり始めた感染症は留まるところを知らず、遂には全国ニュースで報道されるまでになっていた。
「変異? もしかして、君のクローンが反乱を起こした、とか?」
「わたしとあなたの子が、また別の人と子を為した。環境が変わる。わたしたちに家族の情なんてないから、生き残るためには対処しなければいけない」
彼女は少し焦っていたようだった。それがほとほと奇妙に感じられた。勿論、はじめから奇妙ではあった。ただ、僕は彼女と僕の子たちが増えていけば、親と同様のことをしだす個体が生まれることは想像に難くなかったし、それもまた繁栄の必要経費であると思ったのだ。
「じゃあ僕らは僕たちの子と戦うんだね」
「そうなる」
「何をすればいい?」
「体調を崩さないようにしてほしい。あなたが健康であれば、この肉体は強固な城になる」
病原から健康でいろと要請されるとは。
「了解。あのさ、もっと会うことはできないのかな?」
「それは・・・難しい。こうやって話すだけでもかなり力を使う」
「そうなんだ。あ、じゃあ、名前! 名前を教えてよ」
「名前? そんなものはない。勝手に呼んで」
そこで夢は終わった。
布団から出て、軽く夢の内容をメモ書きし、テレビを見ると遂に感染症に名前がついていた。Zivio-Virus(ジビオウイルス)というそうだ。なので、彼女のことはジビと呼ぶことにした。
ジビオ感染症はなおも拡大していた。船や飛行機に乗って世界デビューを果たしたようだ。それに伴い、重病者が死亡したケースも増えていた。なぜか感染が広まり始めた僕の住む街では高熱を出しても死亡するほどの重病者はでなかった。ジビが配慮してくれたのだろうか。それとも、毒性の高いものはジビから変異した第二世代以降のジビたちなのかもしれない。幸い、現状ではまだ再感染の例は見られないので、この街の住民は暫くは安泰だろう。
テレビではジビオウイルスの電子顕微鏡写真が公開されていた。僕の知っているジビたちとは全く異なる、ウイルスらしい姿をしていた。専門家の話によると、人間のDNAに近いものがジビオウイルスから検出されていて、感染した相手のDNAを略奪している可能性がある。まったくその通りなので、人間の科学がそこまで解明できることに驚いた。
2年経過した。ジビオウイルスは世界的なパンデミックを引き起こし、人々の生活様式を一変させた。きっと未来の文化史では、ジビオウイルス・パンデミック以前と以後とにわけられるだろう。ジビも姿を現さなくなった。僕の両親はジビオウイルスに感染した。症状は軽い咳と発熱。そして、僕は何ともなかった。もしかしたら、ジビたちが話し合いか何かで穏便に済ませてくれたのかもしれなかったが、偶々であることも否定できない。けれど、彼女はきっとまだ僕の中にいて、僕との子を作り続けているのだと信じている。
ウイルス少女・パンデミック サンカラメリべ @nyankotamukiti
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます