第35話 西川ゆき
「お兄ちゃん!」
「ゆき!」
明日香さんに付き添われ、ゆきちゃんがやってきた。西川はすぐにゆきちゃんのところへ駆け寄り、両肩をしっかりと掴む。
「よかった、お兄ちゃん。無事なのね」
「あぁ、当たり前だろ!」
すると西川を包んでいた光が、今度はゆきちゃんを包み込む。
その光が徐々に消えて行くと、ゆきちゃんはゆっくりと目を開いた。
「ゆき⁉ お前、目が……」
「うん、ぼんやりだけど……見える。見えるよ!」
「おい、マジかよ⁉ やったじゃねぇか!」
ゲコを始め、エデンのみんながそれぞれ、最大限の賛辞を贈る。
「まだ、輪郭程度だけど、お兄ちゃんの顔の形」
「うんうん」
西川は興奮を隠さず聞き入る。
「顔と同じ色。肌色って言うんだっけ? 肌色のその服も分かるよ」
「……」
「服? おい、これ服って言うのか? ただ――」
「尊!」
明日香さんは俺……ゲコに強烈な右ストレートを見舞う。
さすがに、ゆきちゃんが初めて見る兄の姿がふんどし一丁と言う訳にもいくまい。
「ってぇな! 何すんだよ⁉ クソ女!」
「あんたデリカシーなさすぎでしょ! ほら西川、早く着替えてきな」
「あ、あぁ。悪い、天寺……だよな?」
「何当たり前のこと言ってるんだ! さっさと行きな!」
西川は首を傾げながらも、服を着替えに行く。
「万事うまくいったガニね!」
双子と共に博士がやってきた。そういえばどこに行ってたんだ? そうだ、俺戻りたいんだけど、アプリをインストールしたって言ってたじゃん。博士、戻してよ!
「ぎゃぁぎゃぁうるせぇな。少し黙ってろ! 俺様がこの場をきちんとまとめてやるから」
「あれ? 山根氏、まだ戻ってないガニか?」
だから、戻れないんだよ! 遠隔操作やってよ!
「変身の呪文ガニよ。ほら、魔法少女ガニ」
え? あの変な奴? 確か、ヘペトスヘペトス、ペロロロロ……? あんなもの覚えられるか!
「あれ?」
俺の身体は元に戻った。つまり俺は、あの呪文を覚えてしまっていたようだ。
「戻ったガニね」
「変態が呪文唱えた」
「変態魔法少女」
「……」
双子の毒舌が響く。心の中の詠唱でまだよかった……。
「そんで、博士は今までどこに行ってたのさ?」
「わいは研究室にいたガニ」
「なんで?」
「逆探知してたガニよ。里田氏の波を」
「里田さんの?」
「ここの展示物を回収しなきゃいけないガニ。彼女のアジトを掴んだガニ」
「……へぇ」
「戦闘の場にわいがいても仕方ないガニ。わいは頭を使うのが仕事ガニよ」
「で、博士。分かったの?」
マスターが博士に聞く。
「もちろんガニ。そろそろ――」
突然フロアにつむじ風が起こる。中からは、もちろんプロが出てきた。
「全部、地下倉庫、置いてきた」
「辰己氏、ご苦労様ガニ」
「なんだ、俺たちの出番はないのね?」
どうやらプロが全部回収してきたようだ。それを聞いたマスターはやや残念そうに言う。
すると今度は眠っていた人々が目覚め始める。俺はゲコを呼べるように、いつでも勾玉に手を添えられる体勢を作る。
「山根ちゃん、もう大丈夫だって」
マスターの言葉通り、目覚めた人々はそれぞれ、なぜ自分たちがここにいるのだろうと疑問を持った様子を見せる。そんな具合のまま博士や双子、プロによって、全員出口に案内されていく。
「みんな、よくやってくれたね。ご苦労様」
フロアにエデンのメンバーだけになると、館長はみんなに向かって口を開く。
「今日はもう閉館だよ。出前を取ったから、食堂で一緒に食べましょう」
「お、いいねぇ。ボス」
「わいはコーラがあれば何でもいいガニ」
みんなの顔から緊張感が消え、安堵の表情を浮かべる。
「あれ? どうしたの? 何かのパーティ?」
明日香さんが館長の言葉と、そんなみんなを見て疑問を投げかける。どうやら、元の明日香さんになったようだ。
「館長、ゆきは部外者だし。俺はみんなに迷惑を掛けた。気持ちだけありがたく頂い――」
そこへ、服を着た西川が戻ってくる。
「何言ってるの、西川ちゃん」
「そうだよ。君は大切なエデンの仲間。それに、里田さんの抜けたカフェの人員も探さないといけないしね」
そう言いながら、館長はゆきちゃんににっこりと視線を送る。
「え? 私は……」
「ゆきちゃん⁉ え⁉ 目が覚めたの⁉」
ゆきちゃんを見た明日香さんは、驚きの余り大声を出す。そうか、メアになってたからその間の記憶がないんだな。
「あ、はい。えぇと……」
「明日香。私は天寺明日香。初めまして! で、いいんだよね?」
「初めまして、明日香さん。西川ゆきです」
明日香さんとゆきちゃんの自己紹介が始まる。それにしても、明日香さんに里田さんの件や、今の状況。メアのことを伏せてどうやって説明すれば……。
「天寺氏! ちょっと研究室に来るガニ」
「え? 博士? どうして?」
「アップデートするガニ!」
「明日香、一緒に来る」
「明日香、早く早く」
双子に連れられ、明日香さんは博士と共に半ば強引に階段を下りていく。変なことにならなければいいが……。
「館長、話はとてもありがたいけど、ゆきは人間なんだ。メアばかりのここで働くのは――」
そうだ、ゆきちゃんは人間だ。里田さんのこともどう言えばいい? ましてや、西川が、自分の兄がメアだと知ったら……。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「全部知ってたよ。私」
「は? 何を?」
「お兄ちゃんが私たちとは少し違う、人間を超越した何かだってこと」
「はは。ゆき、一体何言って――」
「彩会ちゃんもそうだった。そしてここにいるみなさんも」
え? どうして分かるの? ゆきちゃんはメアの波を感じることができるの?
「おじいさんが教えてくれたの」
「じじいが……?」
「化け物になったお父さんがお母さんを殺して、私も殺されそうになったところをお兄ちゃんが助けてくれた。でも、そのお兄ちゃんもお父さんと同じように人間でなくなってるって」
「お、お前。まさか、そんなの信じてないよな?」
「最初はね。私も信じられなかったよ」
「最初?」
「だって、いきなり家の中にいる知らないおじいさんが、そんなこと言ってくるんだもん。逆に心配しちゃったくらい。おじいさん大丈夫? って」
「ははは。あのじじいらしいな」
西川は笑いながら言う。
「だから、どうしてそんなことが分かるのって聞いたの。そしたら、臭いで分かるって。お嬢ちゃんも目が不自由な分、鼻が利くはずだから、よく嗅いでごらんって」
「臭い……」
「きつい血の臭いが部屋中からした……そんな中、寝ているお兄ちゃんからはどこか獣のような、でも嫌な香りじゃない。すごく優しい、いい匂いがした」
「……」
「それをおじいさんに伝えたら、その匂いだって言われた。そして、結果的に私を助ける形になったけど、お兄ちゃんはいつ私を襲うか分からない。お兄ちゃんはもう、人間じゃないからと」
「……そうだな」
「寝ている今なら始末できる、どうするって。おじいさんが私に聞いた。そんなの、答えるまでもなかった。だってお兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
ゆきちゃんに目に涙が浮かぶ。周りのみんなは黙って話を見守る。
「するとおじいさんは大声で笑ったの。そして私に話をしてくれた。おじいさんの家族の話を」
Eden of the inhuman たなかし @tanakashi
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