第34話 成長した姿

「くたばれ! このバカ犬が!」


 里田の両腕は無数の細い針のように伸び、西川を四方から襲う。


飛犬旋尾脚ひけんせんびきゃく


 西川は高くジャンプすると、身体を激しく回転させ、脚の先から伸びた爪で、里田の針をなぎ倒しながら折っていく。

 すると今度は背中から伸ばした触手が里田を捉える。体を縛り上げ、自由を奪ったまま、勢いよく空中から里田に膝蹴りを当てる。


「ぐはっ」


 吹き飛ばされた里田に向かって、着地と同時に大きく床を一蹴りし、その勢いで追いつき、里田の真上に被さる。

 両手を組んで頭上に掲げて力を溜め、そのまま渾身の一撃を里田に振り下ろす。

 床に打ち付けられた里田。舞い散る瓦礫の煙がその威力を見せつける。衝撃で床が少し陥没したようだ。生身の人間なら即死だろう。

 さすがの里田も動けないようで、その場に倒れたままだ。

 西川はそんな里田にも容赦せず、首を掴みその体を吊るし上げる。


「よぉ、てめぇのやってきたこと、よく思い出してみやがれ!」

「やってきた……こと?」

「どれだけの人を騙し、欺き、不幸にしたのか。ここにいる全員だ!!」

「ちょっと、待って……あたしは、あの方に命令され……」

「あ? あの方だと?」

「そうよ……全部、話すから……」

「本当だな? もし、嘘だったら――」


 西川の声が止まった。背中から、大きな槍が刺さっている。それは、里田の背中から伸びていた。


「う……て、てめぇ……」


 里田は西川の触手を振り払い、笑いながら言う。


「本当にバカ犬だよ、お前は」

「ここまで、きて……また、騙し……」

「妙な言いがかりはやめてくれないかい? 言ったことは事実さ。もちろん、全部話してやるよ。お前が生きていればねぇ!」


 里田の体は崩壊し、巨大な蜂の姿になる。


「あたしの本当の力を見せてやる。カグツチ様に頂いたこの力。八柱が一人、女王蜂クインビーの力を!」


 里田は羽を大きく羽ばたかせる。すると、無数の粉が西川に纏わりつく。


「う……」

「ふははは、苦しいだろう。微細な毒粉がお前の呼吸器はもちろん、肌を覆いつくして皮膚呼吸も出来なくなる。そんな無防備な姿のお前じゃ数分ともちやしないよ」


 西川はもがき苦しむ。ただでさえ、背中に槍を刺されたのだ。痛みと苦しみ、その両方一片に西川を蝕んでいく。


「くそ、この人間ども。もう、やっちまっていいんじゃねぇのか?」

「だめでしょ。操られてるんだからさ、さっちゃんに」

「つってもよ、おっちゃん。このまま助けに入らなきゃ、あの犬公殺されちまうぞ?」

「おっちゃん……そんな年いってないんだけどね……せめてマスターと呼んでくれる?」

「んじゃマスター。呼んでやるから、ここは任せるぜ。俺様は犬公を助けに行く!」

「お、おい」


 ゲコとマスターが抑え込んでいた人間たちが、一斉にみな倒れた。


「待ちなさい。山根君……のメアかな? 君は」

「なんだよ? 誰だよ爺さん」

「ボス、ようやく解放されたようだね」


 ゲコの目の前に館長が立っている。


「私はここの館長の星野ですよ。出来れば爺さんは……」

「じゃあじっちゃん、ここは任せたぜ!」

「任せる? 何を?」

「あれ?」


 人間たちは眠ったように、全く動かない。


「催眠を掛けたからね。しばらくは起きないよ」

「なら好都合だ、そんじゃ――」

「いや、ここは西川君一人に任せよう」

「は? なんでだよ? 見殺しにするのかよ⁉」

「まぁカエルちゃん、ボスも考えがあるんだろう。聞いてみようや」

「昔、ここに入った泥棒に頼まれたのでね」

「泥棒だぁ?」

「いつか自分の弟子がここに来たら、一人前になった姿を見届けてやってくれと」

「なんだよそれ、俺様はさっぱり分からねぇぞ」

「西川君! 太郎吉さんからの伝言ですよ! 「このバカもんが!」」


 正直、館長の言ってることは全く理解出来なかった。だけどその瞬間、あれだけ苦しんでいた西川の口元が緩んだように見えた。


「へっ」

「何をへらへらしてるんだい⁉ 苦しすぎて気がおかしくなったかい⁉」

「あぁ、ちゃんちゃらおかしいな」

「なんだと⁉」


 突然、ふんどしが光り始め、瞬く間にその光は西川の全身を包む。


「な、なんだ⁉ 一体どうなって――」


 その眩しさに、里田は耐えきれず、腕を目の前に運ぶ。


「おいおい、なんなんだ。あの光は? 随分イケてるじゃねぇか」

「あれはね、神器の力だよ」

「神器? すると、西川ちゃんもついに?」


 確か、波長? 神器と波が合うと……。


『バカもんが! 仕事がすんなり行くときほど用心する! 鉄則じゃろうが!』

「あぁその通りだ。背後を盗まれるとはな。俺も油断してたぜ」

『こんなんじゃ、二代目を名乗らせるなど到底出来んぞ!』

「け、確かにそれもいいかもしれねぇな。これからもじじいに世話やかせるのもよ」


 西川? 誰と話してるんだ?


「でもそれじゃ、じじいは安心して地獄に行けねぇよな⁉」

『当たり前じゃ! いつまでも面倒見てもらえると思うな!』

「分かってら。いつか俺が死んで地獄へ行ったとき、じじいがいねぇとつまらねぇからな」


 西川はぶつぶつと独り言を言いながら立ち上がる。その姿は犬、いや。まるで人狼だった。その体からは凄まじいオーラが出ている。歩くたびに風を巻き起こす。里田はその姿に怯えるように、後退りをする。


「いいのか? あたしを殺したら、分からなくなるぞ!」

「あ?」

「あたしの後ろにいる、神器を狙ってる組織を⁉」

「どうでもいい」

「え……」

「ここを襲撃しようもんなら、俺が片っ端から返り討ちにしてやる!」

「お前一人でどうこうできる相手じゃ――」

「さっちゃんよ、悪いけど西川ちゃん一人じゃないのよね。俺もいるんだわ」

「おうよ、最強の俺様を忘れんじゃねぇ!」

「里田君、西川君は一人じゃない。西川君はここの家族なんだよ」

「馬鹿どもが、いい年して家族ごっこなんかしてるんじゃないよ!」

「言いたいことはそれだけか?」

「へ? ちょっと待っ――」

「これで終わりだ! 餓狼崩壊牙がろうほうかいが!!」


 西川は右手を大きく後ろに振りかぶり、背中の触手を掴む。そのまま物凄いスピードで里田に突進し、鋭く尖った思い切り触手を突き刺す。

 里田は元の人間の姿になり、そのまま倒れる。


「よ、よくも……」

「安心しろ。きっちり止めを刺してやる」

「いや、西川君。その必要はなさそうだ」


 館長が言うと、里田の体は足元から塵となっていく。


「カ、カグツチ様、おやめくださ――」


 言い切る間もなく、里田の姿は消滅した。


「ん、何がどうなってやがるんだ?」

「ボス、これが前に言ってたあれ?」

「そうだよ。里田君はカグツチの養分にされたようだ」

「怖いねぇ」

「おい、さっぱり分からねぇぞ! もっと俺様に分かりやすく――」


 どうやら里田のバックには、とんでもない奴がいるようだ。館長は知ってる風だったけど。


『やったな、小僧!』

「当たりめぇだ! どうだ、見直したか⁉」

『あぁ。お前さんはもう、立派な裸ネズミじゃ。これで安心して成仏できるわい』

「じじい、柄にもねぇぞ。何辛気臭ぇこと――おい! じじい! どこに行くんだよ⁉」

『わしは地獄で美人の鬼でも見つけて、小僧のこと自慢して回るとするかの』

「おい、待てよ! まだ話したいことがあるんだよ! 言いたいことがあるんだよ! 待ってくれよ!」


 西川は上を向いて一人何かを叫んでいる。


『ゆきちゃんと仲良くな。達者で暮らせよ、裕季也』


 その向いてる先を見ると、ぼんやりと一人の老人が天井に消えて行くのが見えた……気がした。


「師匠! 今まで、本当にありがとうございました!」


 西川はその天井に向かって、止まらぬ涙を流しながら叫んだ。



 

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