第33話 二代目
家に戻ると、誰もいなかった。そりゃそうだ、ゆきは病院。じじいは……。
一週間、飲まず食わずでずっとじじいを待った。でも、帰ってこなかった。
覚悟はしていた。分かってはいた。でも、どうしようもなく一人で泣き続けた。
やがて涙は枯れ果て、俺は起き上がり、外に出る。
そこら中にメアの臭いが溢れていた。こそこそ路地裏で死体を漁るハイエナのようなメア。人間社会に溶け込み、人間としての暮らしをするメア。
俺はそいつらが許せなかった。
なんで俺だけがこんな目に合わなきゃいけねぇんだ……。
俺のオヤが犬だからなのか、波だけでなく、匂いでもメアを識別することが出来た。そこへさらに犬のような縄張り意識が芽生え、範囲内にいるメアたちを片っ端から襲って、食った。
腹は満たされた。けど、全然美味くなかった。
このまま一人孤独に、まずい飯を食って生きながらえて、俺は一体どうするんだ?
自問自答する中、俺は思い出す。ゆきの料理の味を。
そうだ、俺は一人じゃない。家族がいるんだ。
そのまま夜の病院に向かう。ベッドの上のゆきは、変わらず眠り続けたままだ。繋がれていたコードなどを引きちぎって、強引に家に連れ戻した。
もう誰も信用出来なかったから。人間も、メアも。
家の、いつものゆきのベッドに寝かせた。だけど、俺がゆきを元に戻せるはずもない。弱弱しく、やっと息をしている。そんなゆきを見ながら途方に暮れていると、俺の目に、じじいのふんどしが映った。
そうだ、もう一人の家族。じじいは言ってた。これにゆきを救う方法が書いてあると。
俺は急いでふんどしを広げた。
救う方法なんてとんでもない。そこに書かれていたのは、ざっくりとした地図と「エデンに行け」の一言だけだった。
「……クソじじいが。なんも分からねぇよ……」
本当に、最後の最後までじじいらしかった。
俺は藁にも縋る思いで、エデンに忍び込んだ。
じじいの言っていた匂い。あの古びた剣からしたのと同じ匂いを感じ、夜中の博物館を俺は必死に探し回った。
そんな俺の前に、辰さんが立ちはだかる。それを払い退けるが、続けざまに涌さんと交戦した。神器を手に入れ、ゆきを助けるために。
結果はもう知っているだろう。俺の完敗だ。
「みんなはすぐにゆきに適切な処置をしてくれた。そして信じられないことに、こんな俺を受け入れてくれた。エデンで働かないかと……そして今、ゆきが目を覚ましたんだ。本当に、みんなのおかげで」
西川は感極まって涙を流す。それを見て俺ももらい泣きのように涙が出る……ゲコが体を使ってるから心の中で……。
「お兄ちゃん、なんかしゃべり方……普通?」
言われてみればそうだ。あんなにたどたどしく、やっとのことで声を出していた西川は、今は普通に話してる。
見ると、西川の体の傷口は塞がっているようだ。槍で突かれた腹部も、きれいに戻っている。
「あれ? 確かに、痛みが……」
西川自身も戸惑っている。
「おい、犬公! 俺様はとてつもなく感動した!」
ゲコは西川を両肩を掴み、激しく揺らしながら言う。その顔は涙でぐしゃぐしゃになり、鼻水も垂れ放題だ……一応、俺の身体なんで、少しは控えて欲しいのだが。
「い、犬公?」
「どうだ? 体は動くか? 俺様の濡れ濡れローションで毒も傷口も塞いでやったぞ」
俺の手のひらから粘着質の液体が出ている。それが西川の体を薄く包んでる。どうやら、前にも俺自身の体の傷を治したやつと同じみたいだ。
そしてゲコ、その名前はやめろ……。
「動く……動くぞ! 山根、お前が治してくれたのか?」
「へん、当たり前よ」
「本当にすまなかった! お前には償いきれないほど――」
「んなことより、いいのか? ひと暴れしなくてよ?」
「そうだな! 今までやられた分、何倍にもして返してやるぜ!」
「ゆきはあたいに任せな!」
ドアが開くと、明日香さんが入ってきた。話し方から、どうやらメア状態のようだ。そのほうが都合がいいし、ということは、博士も解放されたはずだ。
「頼む、天寺!」
「ゆきから目を離すなよ、明日香」
俺と西川は階段を全力で駆け上がる。里田はマスターと対峙していたはず。だと、もう勝負は決しているかもしれない。
「おお、カエルちゃんに……西川ちゃん、大丈夫?」
「山根のおかげでね。湧さん、まだ終わっちゃいないだろうね?」
「それどころじゃないのよ。さっちゃんがさ、この人間たちを標的にし始めちゃってさ」
見ると、里田は手あたり次第に自分が呼び出した人間たちに攻撃を仕掛けている。
マスターは人間の攻撃をかわしながら、里田に攻撃される人間を守っている。
「おっと、まただ」
そんな中、時折里田の矛先はマスターに向かう。
「なんだよこれ? 面白そうだな、おい!」
ゲコはなぜかテンションを上げて言う。
「よし、じゃあ代わろうか、カエルちゃん」
「待ってました! 俺様に任せろ!」
ゲコはマスターに代わって、人間たちを里田の攻撃から守り始める。
「西川ちゃんも加勢してやってくれる? その間に俺がさっちゃんを――」
「嫌だ」
「へ?」
「涌さんすまない。彩会は、里田の相手は俺に任せてもらえないか?」
「――そうだったね。妹ちゃんのことがあるんだから。ここは西川ちゃんに任せるよ。だから負けちゃだめだよ⁉」
「ありがとう、涌さん」
「じゃあカエルちゃん、一緒に人間たちを押さえるよ」
「おうよ! あれ? あっちやったほうが、主役っぽくねぇか?」
いいんだよ! ちゃんと言うこと聞いたら、人肉……ザクロバーガー奢ってやるから!
「よっしゃぁ! 最初から飛ばしていくぜ!」
飛ばすって……お前の役目は人間を守ることだからな……。
「なんだよ。あたしの相手はお前かよ? お前じゃ役不足なんだよ! クソ犬が!」
「言ってろ。ゆきをこんな目にあわせ、俺を騙し続けたお前に慈悲は掛けない」
「口だけは一人前になったようだね。でもお前には感謝もしてるんだよ。ゆきのこととなると、バカみたいに働いてくれたおかげで、こんなにメアーズを集めることが出来たから」
どういうことだ?
「あたしの血を浴びた人間たちは、あたしと同じ毒を持つ。忠実にあたしの命令を聞く働きバチ。ただ一つの難点は餌がメアに限られると言うこと」
つまり、ここにいる人間たちは里田の血を浴びて毒の力を手に入れた?
「一定数のメアの血と、神器があればゆきを治せると言うあたしの嘘を信じて、お前はあたしのかわいいメアーズの餌をたくさん用意してくれた」
建設現場の死体もメア? だと、そこに西川の姿を見たのも合点がいく。
「ただ一つ、神器を手に入れられなかったこと以外、お前は優秀な忠犬だったよ」
神器? それで神器展が里田をあぶり出す餌になったのか。
「やっぱりてめぇは何も分かってないな」
今度は西川が口を開いた。
「俺はずっと持ってたんだよ! これをな!」
「そ、それは⁉」
西川は懐から水晶のようなものを取り出す。
「鼻の利かないてめぇには分かるまい。じじいの言ってた神器の匂いがよ!」
「そ、それをよこせ! そうすれば、お前だけは生かしてやってもいい。このままあたしの忠犬にしてやるから」
「本当にクソだなてめぇ」
「なんだと⁉」
西川はその場に服を脱ぎ捨てる。ふんどし姿の西川は、水晶をふんどしの中に入れ、大見得を切る。
「俺が二代目裸ネズミ太郎吉! 西川裕季也だ!!」
「この、変態野良犬が!」
見た目はあれだが、西川の目からはものすごい風格が出ていた。
「おい、なんだよあれ。超イケてるじゃねぇか!」
ゲコ、あの恰好を真似るのだけは、絶対にやめてくれ……。
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