第32話 裸ネズミの太郎吉
「なんか、期待外れだな」
「油断するな、最後まで集中を切らすんじゃない」
「へいへい」
屋上から、すんなり建物の中に入れた。要所に警備は配置されているものの、規模の割に死角が多く、楽々と奥へ進めた。
「で、臭いはどっちからだ?」
「こっちじゃ」
驚くほど順調だった。最終日だけあって、じじいも張り切ってるのか、動きがいい。
そして地下の倉庫のような部屋に着く。
中央に透明なケースに収められた、古びた剣のようなものがあった。
「あれじゃ! あの剣から匂いがするぞ!」
「なんだよ、まるでどうぞ持って言ってくださいと言わんばかり――」
二人でその剣に近付きながら、俺は言いかけ、そして思い出す。じじいの言葉を。仕事がすんなりいくときほど用心……。
天井から鉄格子が落ちてくる。瞬く間に、俺たちは鳥かごの中の鳥のように、その中に閉じ込められた。
「くそ、わしとしたことが……」
「じじいのせいじゃねぇ、俺も気づくのが遅かった」
「くくく、どんな大物かと思えば、ただの若造と変態爺さんですか」
倉庫の入口から、銃を構えた複数の護衛の中央にいる、痩せ気味の厚化粧男が口を開いた。
「わしらはただのコソ泥じゃ、さっさと留置所に送れ!」
その男に向かって、じじいが口を開く。
「この爺さんの言ってることは本当ですか?」
厚化粧男は周りの部下らしきやつらに聞く。
「老人のほうは人間です。が、若者のほうはヒトガタののようです」
ヒトガタ? 俺のことを言ってるのか?
「バカかお前らは! どう見てもわしらは人間じゃ!」
「黙らっしゃい! わたしたちには分かるのですよ。でもまぁ、確かに見た目では分からないものですねぇ。よほどこの爺さんのほうが人間離れした見た目をしているのに」
「さっきから聞いてりゃ、てめぇ。人のこと、何言いたい放題言ってやがるんだ⁉ じじいより、てめぇの見た目のほうが人間とは思えねぇんだよ!」
俺が大声で言い返すと、部下の一人が笑いを耐えきれず口を抑える。
こいつらも思ってたんじゃねぇか。この厚化粧男の見た目の異常さを。
「あら、なんですか? どうかしたのですか?」
「い、いえ……その、ぶっ……」
銃声とともに、部下たちは一斉に静まり返る。厚化粧男は躊躇なく、至近距離からこの部下の額を撃ち抜いた。
「あぁ、汚い。私に下品な血がかかってしまいましたよ。あなたたち、早くこのゴミを持って行きなさい」
「はっ!」
部下たちの二人が、撃たれた男の死体を倉庫から運び出していった。
「便利な世の中になったものですよ」
「あぁ?」
「ヒトガタにやられたと言えば、いくらでも殺人が出来るのです。おかげで私は引き金を引き放題。まったく、あなたたちのおかげですよ」
「てめぇ、終わってんな……」
「用心しろ、小僧。こやつ、人を殺めるのをヘとも思ってないぞ」
「さぁ、観念さない。ん? いや、あがいてくれたほうがいいですね。逃げ惑うゴミを撃ちまくる。これは、快感かもしれませんね」
「待て! 全部わしがやったことじゃ。この小僧は何かあったときの人質じゃ!」
そう言うと、じじいは背後から俺の首を絞める。そしてふんどしから小刀を取り出し、それを俺の首に当てる。
「わしが化け物、お前たちの探しているヒトガタじゃ!」
「おい、じじい、何言って――」
「黙れ!」
厚化粧男は一瞬、きょとんとした表情を見せると、今度は笑ながら言った。
「何を言い出すかと思えば。いいですか? そこの若者がヒトガタと言うのは分かってるのですよ。見せておあげなさい」
男がそう言うと、後ろの部下が探知機のような機会を出し、モニターを俺たちに見せ、ソナーを持つ。
「いいですか、これを人間に当てると」
ソナーをやつらに向けると、モニターはなんの反応も示さない。
「そしてそこの爺さん」
じじいに向けても同じだった。
「そして、あなたです」
それを俺に向けた途端、モニターのグラフは大きく動き、同時にビープ音が鳴り響く。
「これは一体……」
じじいは驚いた様子で言う。
「わたしたちの研究の結果、ヒトガタから特殊な電波のようなものが出ているのが分かりましてね。それを検出する装置を作ったのですよ」
「――難しくて、さっぱり分からんわい。さぁ、早くわしを留置所に送ってくれ。人質は解放して逃がす。その安全は保障しろ。わしはどんな罪でも認めてやるわい」
「何を言ってるのですか? あなたたち二人は、ここで死ぬのですよ」
男はそう言うと、じじいに向かって銃を放った。
俺はすかさず右手を肥大させ、弾丸を爪で切り裂いた。
「おやおや、なんですか、その右手は? ヒトガタが、ついに正体を現しましたか」
「小僧、早く手を引っ込めろ!」
「もう手遅れですよ。ここにいる全員見てますからね」
「クソが、俺の正体を晒すために、人間に銃を放つとか、てめぇら正気かよ⁉」
「あぁあぁ、ヒトガタが何かわめいてますよ。あなたたちは平気で人間を食うじゃないですか。それが、よくその口で言えたものですねぇ」
「ふざけんじゃねぇ! 俺はてめぇらみてぇなゴミを食うほど、味音痴じゃなえんだよ!」
「さぁ、射撃準備なさい」
部下たちは横一列となり、一斉に俺に銃口を向ける。
「さぁ、撃ちなさ――」
男は掲げた右手を降ろしながら命令する。
が、降ろし切る直前に鉄格子の中で爆発が起こる。
「逃げろ、小僧!」
じじいが水晶を叩きつけたのだ。それが、どういう訳か爆発を起こし、鉄格子の一部に隙間が出来た。
「よし、じじいナイスだ」
俺はじじいの手を取り、一緒に脱出を目論む。しかし、じじいは俺の手を振り払いやがった。
「おい、何してるんだよ⁉」
「小僧、お前一人で逃げろ」
「は? ざけんじゃねぇよ!」
「わしは満足に動けん」
じじいの足を見ると、血が出ていた。俺が切り裂いた弾丸の破片が、太ももに当たってしまったようだ。
「俺が担いでいくから、早く!」
「舐めるな小僧!」
じじいは大声で俺を怒鳴りつけた。
「お前、何様のつもりだ⁉ わしを誰だと思っとる⁉ 天下の義賊、裸ネズミの太郎吉様だ! こんな窮地、何度も経験しとるわ!」
「だけど……」
「これを持って行け!」
じじいはふんどしを外し、俺に投げつけた。
「ゆきちゃんを救う別の方法をそこに残した。早く行ってゆきちゃんを助けてやれ!」
「けど、じじいを置いていくなんて――」
「このバカもんが!」
じじいは俺の頭を思い切りはたいた。
「ってぇな、何すんだよじじい!」
「やかましいわ! 時間がないんじゃ! この煙が晴れたら二人ともハチの巣じゃ!」
爆発の煙は今にも晴れそうになっている。
「ここから見事逃げ切ってみせろ! 一人で出来るってことを見せてみろ! わしの一番弟子だと自信を持て! 裕季也ぁぁぁ!」
「ええい、構いません。この人間ごとハチの巣にしなさい!」
「じじい! 絶対死ぬなよ! 家で待ってるからな!」
「あぁ。愛弟子よ、我が孫よ、達者でな」
「もっと、全弾撃ち尽くしなさい!」
「さぁ、わしは逃げも隠れもせん! 裸ネズミの太郎吉、一世一代の大見得じゃ! 好きなだけ撃ち込め!!」
「そんな粗末なものをわたしに見せるなんて、許せません! やりなさい!」
俺はふんどしをしっかり握りしめ、煙のせいなのか涙のせいなのか、視界のない中、響き渡る銃声をかいくぐり、外の匂いを頼りに脱出した。
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