第31話 一人前

「クソじじい! そこは赤外線があるって言ったろうが⁉」

「すまん小僧、わしを置いて――」


 俺は両手の札束を投げ捨てる。そして謝るじじいを抱え、その家を全力で抜け出す。


「はぁはぁ。すまなんだな、小僧」

「ああ、おかげで今日の稼ぎがおじゃんだ」


 じじいと仕事を始めて半年。じじいのもうろくが進んでいるのか、俺が成長しているのか、じじいは仕事で毎回下手を打つようになった。


「わしもそろそろ潮時かのう」


 それは今まで見たことない顔だった。


「弱音吐いてんじゃねぇよ! まだまだ俺に仕事教えろよ! バカかよ、らしくねぇんだよ!」

「……そうじゃな。いや、すまなんだ。忘れてくれ」


 じじいは笑顔を見せるが、俺にはそれが作り笑いにしか見えなかった。


「あ、西川さん。お邪魔してます」

「彩会か、どうした今日は?」


 家に入るとゆきの幼馴染の彩会が来ていた。


「彩会ちゃんね、スイカ持ってきてくれたの」

「うちの畑で採れたやつなので、お口に合えば」

「お、サンキュー。飯でも食っていけよ」

「そうだよ、食べてから帰って」

「じゃあお言葉に甘えて」

「おぉ、彩会ちゃん、久しぶりじゃのう」

「おじいちゃん、昨日も来てくれたでしょ?」

「ボケちまったんだよ、このじじいは」

「黙れ小僧! ところで彩会ちゃん、こんなスイカのような乳をした友達おらんかね?」

「いない……です。おじいさん、元気ですね。いつもふんどし一丁だし……」

「そうなの、冬でもずっとそうなんだよ。もう、風邪ひかないか心配で」

「バカだから風邪ひかねぇよ、じじいは」

「ふん、小僧がうるさいからわしは先に寝るぞ」

「あ、おじい――」

「ほっとけ。もう年なんだから、眠いんだろう」


 西川裕季也としての生活を送って半年が過ぎた。

 忙しない毎日ではあったが、俺は満足していた。楽しかった。これがずっと続けばいいと、心底思った。

 ところは現実は残酷だった。


 その翌日。


「おい、ゆき、ゆき⁉」

「どうしたんじゃ?」

「ゆきが起きねぇんだ! なんも反応しねぇんだ!」

「なんじゃと⁉」


 ゆきはやっと息をしているだけの状態だった。熱もひどく、俺たちではどうにもならなかった。

 すぐに病院に連れて行く。緊急入院となり、数日かけて様々な検査をし、やっと出た答えは「原因不明」だった。

 ゆきはたくさんのチューブを繋がれ、どうにか生かされている状態。前日まで元気だったのに、毎日楽しく話して、いつも頑張って食事を用意してくれて、こんな俺をずっと心配してくれていた。


「あとは、あたしが付き添いますから。何かあったらすぐに連絡します」

「あぁ。悪いな、彩会」


 彩会がゆきの付き添いを買って出てくれた。本当なら俺がずっと一緒にいたかったが、入院費を稼がなければならない。夜、仕事に行かなければならなかった。

 仕事を終え、いつものように家に帰る。いや、一つ違った。ゆきがいない家に。


「すまなんだ。何も力になってやれず……」

「――じじいが謝ることじゃねぇ」

「けどな――」

「言っただろ⁉ あんたは十分してくれた! 頼むから、もう謝んじゃねぇよ……」


 じじいは、ゆきをどうすることもできないことを謝ってきた。

 怒りの矛先を向けられない無念さ、自分の非力さを嘆き、俺の目から涙が溢れた。


「なぁ小僧、わしは明日で仕事を引退しようと思う」

「え?」

「最近ずっと考えてたんじゃ。生涯現役でいたかったがの、寄る年波には勝てなんだ」

「おい、何言って――」

「実際このところ、わしは小僧の足を引っ張ってばかりじゃった」

「そんなことねぇよ! 俺はあんたがいたから――」

「もう、それで十分じゃ。その言葉が、わしは最高に嬉しい」

「今際の際みてぇなこと言ってんじゃねぇよ! ったく」

「明日仕事を終えたら、わしは出て行く」

「は? おい、急に何言い出すんだよ⁉」

「ゆきちゃんのこともあるし。小僧一人になったら、わしはごく潰しになってしまうからな、少しでも負担を――」

「ふざけんじゃねぇよ! それだけは何があっても許さねぇぞ! 俺の腕を舐めんじゃねぇ! 俺はもう一人前の義賊なんだよ! じじいが食う分も稼げねぇと思ってんのか⁉」

「だが……」

「黙れ! それ以上言うと今すぐ老人ホームに叩き込むぞ! じじい、あんたはもう俺たちの家族じゃねぇか!!」


 じじいは顔を伏せ、しばらく蹲ってから言った。


「さぁ、明日は最後の大一番じゃ。足を引っ張るんじゃねぇぞ小僧!」

「ああ! じじいこそ、ヘマしたら置いてくからな!」


 その晩、俺はじじいと明け方まで飲み明かした。メアなのに酔っぱらって、何を話したか覚えてないくらいに。




「で、ここはどこなんだよ? 民家じゃねぇよな」


 次の晩、俺たちは施設のような建物の屋根に来た。


「A.I.S.P.って言う、警察組織じゃ」

「警察? どうして?」

「今日の目的は金じゃない」

「どういうことだよ」

「ゆきちゃんの身体から、ちょっとだけ感じたんじゃ。化け物の残り香を」

「ん? それってどういう……」

「ゆきちゃんの体内には、もしかしたら化け物由来の何かが入り込んでいるかもしれん。簡単に言えば毒じゃな」

「毒だと⁉ じじい、あんた医者でもねぇのに」

「そうじゃよ。だからそれを確認するのに、ここを選んだんじゃ」

「警察から何を盗むってんだよ?」

「警察と言ってもここはちぃと特殊での。昨今の化け物の被害、世間には連続殺人と公表されているが、警察内部では犯人が人間でない、化け物だと言う見解を持つグループがおる」


 じじいはそのまま続ける。


「それが一定の勢力を持って、今はA.I.S.P.と言う組織になった。ここは対化け物に特化した組織じゃ」

「ってか、だったらなんで、公表しないで秘密警察みたいにしてるんだよ?」

「未知の部分が多すぎるんじゃよ。化け物が一体何者なのか、どこから来たのか。中途半端にそれを公表したら、大パニックになる。そうでなくとも、未確定の情報で組織を作ったとなれば税金泥棒など世間のバッシングがすごいじゃろうて」

「なんともめんどくせぇな」

「それが人間社会と言うものなんじゃよ」

「まぁ、それとしてよ。ここでどうするんだ?」

「水晶を盗む」

「水晶?」

「わしの持ってるようなやつじゃ。まぁ水晶じゃなく、全く違うものかもしれんが、化け物に似た特殊な臭いのするものじゃ」

「それが一体?」

「ゆきちゃんの寝込んだ原因が化け物由来なら、同じ臭いを纏ったもので直せるかもしれん。医者で分からんのじゃから、それしか思いつかん」

「なるほどな。それでここからその匂いが――」

「あぁ。ぷんぷんしおるわ」

「だいたいのことは分かった。じゃあ、じじいの千秋楽、派手に飾るとするか!」

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