第30話 初仕事
「化け物?」
「あぁ、小僧。お前さんと同じような、な」
じじいは、俺がメアと言うことも最初から分かっていた風だった。
「わしは昔、ちょっと変わった子供でな」
今でも十分変わってるぞ。
「人に見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりした。それで嘘つきだの、ペテン師だの、さんざん言われ放題じゃった」
まず、じじいの外見のほうが問題だと思うがな。
「特にな、人の姿をした化け物はすぐに分かった。独特の匂いと言うかの。ただ、他の人にはそれがまるで分からんのよ」
「俺からもするのか?」
「もちろんじゃ。ただな、化け物にもいい匂いと嫌な臭いがあるんじゃ」
「なんだそりゃ」
「化け物の中にも、人間社会に適応して、共存しようとするものいる。それはいい香りを放つんじゃよ」
「嫌な臭いってのは?」
「人間を餌としか捉えない。敵対する存在じゃな。これはもう、ドブ川のようなひどい悪臭じゃよ」
「んじゃ俺はドブ川だな」
「いんや。小僧、お前さんは大丈夫じゃ」
「調子に乗るんじゃねぇよ! たかが人間がよ! 実際俺は昨日、父親ってのを食ったばかりだ。人間は餌なんだよ!」
メアとしては、生まれたての赤ん坊のようなものだった。まだ右も左も分からない。そんな俺はただ、自分を否定された気がして、じじいに怒鳴りつけた。
「お前さんが食ったのは、人間じゃない」
「はぁ?」
「化け物になった、元父親じゃよ」
「化け物、だと?」
「あぁ。わしは化け物を専門とした義賊でな。そこから金品を頂いて、化け物の被害にあった人たちに配ってるんじゃよ。もちろん、最低限の生活費はそこから抜かせてもらうがな」
「じゃあ、この家に入ったのは――」
「さっき言った、嫌な臭いがぷんぷんしてきてな。いつもはそこの家族はみんな食われちまって、化け物しかいないが、どうやら化け物になりたてみたいでの」
じじいは一呼吸置いてから続ける。
「わしが入ったとき、母親は既に食われ、今にも嬢ちゃんが食われるとこじゃった」
「それが、父親か」
「すると突然となりの部屋からお前さんがやってきてな、あっという間に父親を抑え込み、食い始めたんじゃよ」
それが、俺のメアとしての記憶の始まりか。
「わしはその瞬間を見るのは初めてじゃったから、余りにむごい惨状で見ておれんかった。幸い、嬢ちゃんは目が不自由みたいで、直接目の当たりにすることはなかった」
「なら、俺の寝込みを襲えばよかったじゃねぇか」
「このバカもんが!」
「ってぇな! 食い殺すぞ、じじい!」
また、思い切り俺の頭をはたきやがった。
「言ったじゃろ! お前さんからは悪い臭いはせんと」
このじじいは、そこまで自分の嗅覚を信じ切ってるのか?
「それにな、お前さんまでいなくなったら、あの嬢ちゃんはどうなる?」
「あぁ? 知るかよ、そんなの」
「あの娘は一晩中ずっと、タオルを絞ってはお前さんの額に当て、汗を拭き、献身的に看病しとったんじゃ!」
そう言えば、食事のあと一気に熱くなったな。
「そして一睡もしないまま、お前さんの為に朝飯を作ったんじゃ! 旨かったろうが⁉」
「……まぁ」
「あれが愛情ってやつじゃ」
「愛情?」
「相手を思いやる気持ち。これは人間も化け物も関係ない!」
それは弱い人間が、集団で身を守る口実だろう。ばかばかしい。
「いいか、今夜からわしが仕事を教えてやる」
「仕事?」
「両親がいないんじゃ、稼がにゃ飯が食えんじゃろうが」
「別に、腹が減ったらそこらの人間を捕まえて食えば――」
「お兄ちゃん、ここにいたの?」
ゆきがやってきた。
「ほら、まだ熱が引いてないんでから、横になってないと」
そのまま俺の手を引き、家の中に連れて行く。
「いいか、夜じゃぞ」
じじいはまだ言ってる。
「ところで嬢ちゃん、夜までわしも休みたいんじゃが、開いてる部屋を使ってもいいかね?」
「あ、はい……」
ゆきは歯切れの悪い返事をする。そりゃそうだろう、知らないじじいが朝飯食って家の中で寝るんだ。まだ姿が見えてないのが救いか。にしても、ふてぶてしいじじいだ。
「ほれ、起きんか!」
夜中、俺はじじいに叩き起こされた。
「小僧、遅いぞ! このくらいのスピードも着いて来れんのか?」
外に出ると、住宅街の屋根から屋根へと、じじいとは思えない身軽さで飛び移って行く。
「ざけんな、じじいなんかに負けるかよ!」
じじいに煽られ、俺も負けじと追いかける。
「ここじゃ」
少し大きめの一軒家だった。
「どこから入るんだよ?」
「待っとれ、今ここを……」
じじいは窓の鍵近くにテープを貼り、ハンマーでたたき割る。
ガチャンと大きな音が響く。
「おい、じじい! ぜんぜん違う場所叩いてるじゃねぇか⁉」
「おかしいのう、夜だから見えづらいんじゃ」
「もうろくしてるだけだろうが、クソじじいが!」
「黙れ! 気付かれてないじゃろうが! わしがちゃんと寝室から一番遠い窓を選んだおかげじゃ」
「てめぇの失敗だろうが!」
中に入ると、じじいの手引きで書斎らしき部屋に来る。
「あれ、金庫か?」
「ダイヤル式じゃな、待っとれ」
そう言って、じじいは金庫に耳を当てながら慎重にダイヤルを回す。
「ほれ、開いたぞ」
得意げな顔をして、じじいは金庫を開ける。
「へぇ、これがお宝ってやつか」
中には札束がパンパンに入っていた。俺はそれを掴み出そうとした。
「あ、バカ。待て!」
札束を引き抜くと、家中にけたたましいサイレンの音が響き渡る。
「二重ロックじゃ! 仕事がすんなり行くときほど用心する。小僧、これが鉄則じゃ」
くそ、金庫の扉の裏側に、さらにセキュリティのボタンがあったようだ。ここの家主、メアのくせにこんなに金に執着するなんて、まるで人間だな。
「誰だぁぁぁ⁉」
二階から大声をあげて家主が下りてくる。
「小僧、それだけ持ってずらかるぞ!」
俺は手に持った札束を握りしめ、じじいのあとを走る。
家主のメアは俺たちに向け、触手を伸ばし攻撃を仕掛ける。俺は背中から触手を出し、それを振り払う。が、やたらと多い家主の触手は全部払いきれず、その数本が俺の先を走るじじいに向かっていく。
「じじい! 後ろ! 危ない!」
俺は必死に叫んだ。すると、じじいの体は光に包まれ、家主の触手を弾いていく。
そのまま外に逃げ切り、最初のように屋根を飛び移りながら家に戻った。
家の屋根の上で、俺たちは座り込んだ。
「はぁはぁ。初仕事にしては上出来だな、小僧」
「うるせぇ、息切れしてるじゃねぇか、死にぞこないが」
「……ありがとうな」
「は?」
じじいは俺の目を見て、にっこりして言う。
「お前さんが叫ばなかったら、わしはやられていたかもしれん。助かったよ」
「やめろよ、調子狂うから。ってか、あの光はなんだよ?」
「あぁ、これじゃ」
そう言って例の水晶を俺に見せる。
「いつ、誰が作ったものかは知らんが。不思議な力があってな。わしのお守りじゃ」
「へん、盗んだものだろうが。だいたいそのふんどしどうなってんだよ? テープもハンマーも水晶も、どうやって収納してんだよ?」
「これはな、こうやって――」
じじいはふんどしをめくって俺に全部見せようとする。
「やめろ! 俺が悪かった。気にしないことにする……」
「ん? いいのか?」
じじいは少し寂しそうな顔を見せる。
「どうだ、小僧。仕事、楽しかったろう?」
「ん? あれは仕事と言わねぇだろうが……まぁ、スリルはあったな」
じじいは今度、満足そうな笑顔を見せる。
それが俺とじじいの最初の仕事だった。
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