第42話 カルト教団(2)

「昔、西の小さな町で起きた奇妙な噂話だ。

 今から百年ほど前のことだけれど……」

 ロベルトはそう語り出した。


 内容は、瘴気の力を利用すること。

 つまり大魔王の力を利用して、魔族に対抗しようとしたのだ。

 正に蛇の道は蛇だ。

 そのことを思いついた司祭は、極秘に瘴気の関する実験を積み重ねたようだ。

 表向きは、聖水の効果を高める実験なのだと。


「呪いを力に変換する?」

「ああ。瘴気の力を味方にして、自分の魔力を増大しようってな。

 結構な人数の信徒が、その司祭が管轄する区域の教会に、鞍替えしたみたいだぜ」

「えっ、そんな胡散臭い話を誰が信じるんだい?」

 今しがた見た、あの魔剣に似た力のことだろうか。

 だけど、そんな簡単に信じるのだろうか。

(あの魔剣は、どうも欠陥品だと思えるんだけど……)


 あの傭兵たち、瘴気を浴びたから、ああなったのだろうか。

 それとも……。

 魔剣を手にしたから、彼らはアンデッドになったのかも知れない。

 濃度が薄いとはいえ、ベルたちも瘴気を浴びたのだ。

 だけど、あの子たちはケロリとしているのだから。

(まあ、亜人の方が瘴気に耐性が高いのかもしれないけど……)

 それに加え、ロベルトたちは聖水を持っていた。それらの相乗効果なのかもしれない。


 そんな風に、僕が思案していると、

「それが、結構な人数が信じたらしいですよ」と、クラークが言う。

 彼もこの「与太話」に加わるつもりだ。


 僕は、首をかしげてしおりさんを見やる。

「瘴気の制御に成功したのでしょうか。眉唾であり、信じがたい話ですね」

 しおりさんも僕と同意見のようだ。

「ですが魔力が低い、一般民衆の方々からすれば、魔力を高められるなんて魅力的な話ですからね。

 入会したとしても不思議ではないかと存じます」


ここで、しおりさんは僕だけに聞こえる声で喋る。

『マスターを例に出すのは不躾ですが、皇族の方々を筆頭にして、国の中枢にいる方々は強い魔力を持っています。

 皇族以外では、公爵等の大貴族たちですね。

 次いで高い爵位を持つ貴族の方々が続きます。

 彼ら貴族たちは、婚姻を駆使して血統の良さ、つまり魔力の高さを維持しています。

 それに比べて、一般民衆たちは、平均して魔力はさほど高くありません。

 稀に高い魔力の持ち主が生まれるのを期待するぐらいでしょうか』


「持って生まれた魔力の量か……」

「はい。魔力量を増加させるには、並大抵の努力ではどうにも出来ません。

 魔力量の増加さえも、素質が物を言うのですから」

「なるほどね」


 そう言えば、ディアナやアルヴィンの魔力量も相当な物なのだと、今は分かる。

 クラークには悪いけれど、ディアナの魔力量は、彼の五倍はあるだろう。

 恐らく、ディアナの魔力量は更に増える。そんな感じがするのだ。

  魔法が実際に存在する世界で、このことはかなり大きいだろう。


 それと、ロベルトが僕の魔力量で驚いたことも腑に落ちた。

 僕の魔力量は、ディアナよりも更に多いのだから。

 元の世界の記憶が蘇る前の僕も、自分自身の魔力量が相当多いとは気づいた。

 だけど、そんなことよりも、自由に動かせる身体の方が欲しかったのだ。

 生まれ持った魔力量が膨大であったとしても、それを使いこなせる身体が無ければ意味が無いのだから。


 だけど、現状は違う。

 以前の僕よりも相当身体の調子が良くなったのだ。

 体操選手みたいに、自由自在とまでは行かなくても、満足に身体は動いてくれるのだ。

 確かに動ける制限時間があるけれど、以前よりは遙かにマシだ。

(ああ、それでアーティファクトをこれだけ装備出来るのか)

 これは、見る人が見れば、僕の魔力量が尋常では無いと分かるだろう。

 以前町で行動したときは、幻影のアーティファクトの力を使っていた。

 人の多い場所、村や町に行くときは、魔力の隠蔽が必須みたいだ。


「まあ、その司祭が、自分の管轄した地域での信徒を増やしたのは理解出来た。

 けど、今はどうなっているんだい?」

 もし現存しているのなら、その教団の支部にでも行ってみたい。

 だけど、そんな危険な事をしでかしては、教会の本部に目を付けられるんじゃないのかな。


 ロベルトは僕の疑問を察したのだろう、

「今は無い」と、首を左右に振った。


「色々ときな臭い連中だったようですね。

 魔力の増大と引き換えに多額の寄付を要求したり、権力者と結託したりと……」

 やれやれという感じで、クラークが言った。

 


「はあ……」

 この世界も、前世の世界と同じように、胡散臭い宗教と同じことをしている。

 俗物の思考は世界を跨いでも変わらないようだ。

 クラークは話しを続ける。

「つまり、魔力の多さ強さが、権力者との横の繋がりとなっているのです。

 更に権力を嗅ぎつけたお金持ちたちも寄ってきます。

 一般民衆が、そんな「特権クラブ」に入るには、生まれてくる子供たちを「魔法学園」に入学させて、貴族たちとの交流に期待するのが常識となっているのですよ」


「上流階級への仲間入りか……」

まあ、子を持つ親ならば、子供の将来を考えるとそんなものかもしれない。

 日本でも良い大学、良い会社に入れるなら、色々な事をするだろう。


「だけど、そんなうまい話がそうそうあるわけ無い。

 そのカルト教団の行動が派手になると、ついには教会も堪忍袋の緒が切れた。

カルト教団の教祖は査問委員にかけられたのさ」と、ロベルトは言った。

「ああ、それで今は存在しないのか」

 そんな胡散臭い教団は、直ぐに潰すのが良いだろう。

 聞いていると、人々を助けるよりも金儲けの方を優先している気がする。


「そして、ここから先は胡散臭さが倍増する。

 まあ、酒場の話のネタ。そう思って聞いてくれ」

「ふうん」

「妙なクスリを使った儀式、そこで司祭は「何か」をやらかしたみたいだ。

 結果、信徒はもちろんのこと、肝心の司祭もアンデッドになったってさ」


「うわあ……」いかにもインチキ教団の最後、みたいなオチである。

「その際、アンデッド討伐なんだけどよ。

 どうも教会騎士団が出張ったそうだ」

「ええと教会騎士団って確か……」

「教会に使える高位の僧侶たちが、武装した組織ですね。

 その実力は非常に高くて、極一部の精鋭は、近衛騎士と渡り合える強さがある、と聞いております」と、しおりさんの補足が入る。


 近衛騎士は、ウイルバーン帝国の上位騎士を選別した騎士たちだ。

 皇帝の懐刀として常に戦場に出張り、死と恐怖を敵に与える存在だ。

 二年前の決戦で皇帝討ち死にと同時に壊滅しており、再建の目処は立っていない。

 もちろん、議長はわざと再建していない。僕に力を与えないためである。


 僕はロベルトとのやり取りへと、思考を元に戻す。

一部とはいえ教会騎士団の中には、近衛騎士と渡り合えるほどの猛者がいた。

 それは凄い話だ。

 ならばカルト教団は、教会騎士団に抗えるほど強かったことになる。

 別に教会騎士団が出張らなくとも、領主は騎士団を保有しているのだから。


「まあ、教会の面子に賭けて、さっさと潰したかったのかも知れねえ。

  一般人が多いとはいえ、下級貴族の騎士たちも信徒に多かったらしいから」

「それで教会騎士団の投入なのか……」

「そうだ。

 そして、教会騎士団が相手した連中は、軒並み凶悪な強さのアンデッドだったと言われているのさ」

「なるほど」


「それに加え……。

 随分と質の悪い冗談みたいに、町の住民全員が、いかがわしいクスリを、飲まされたと言われている。

 魔力の向上と引き換えに、ゴッソリと肉が腐り落ちる代物さ」

「それじゃあ、信徒や住民の人たちは……」

「ああ。ついさっき見た連中と同じ結果になったのだろう」


「……その話、本当なのかい?」

「おっと、真に受けるなよ。

 酒場の席、バード(吟遊詩人)が奏でる与太話だ。

 起きた出来事を、針小棒大にするのが、バードだからな。

 実際の所は、魔獣の大群が出没し、町が壊滅した。

 その魔物の大群を討伐するために、近くに出張っていた教会騎士団が出向いた。

 それが真相だろうよ」

ロベルトは肩をすくめて見せた。


 オチだけを聞けば、かつて起きた悲しい事件。

 もしかしたら、この世界ではありふれた話なのかもしれない。

 だが、僕には今の話は、過去に起こった話ではなくて、現実に起きた出来事ではないか、そう感じられたのだ。


「そう、なのかな……」

「なんせ百年も前の話だ。生きてるヤツは一人もいない。

 真実を話せる人間がいないのさ。

 それに教会も、魔物の仕業だと断定している。

 確かめる術は無い。

 後に残っているのは、こんな与太話だけなのさ」


「大魔王の呪いを、利用するか……」僕はチラリと隣のしおりさんを見やる。

『今の話以上の情報は?』

『髭ダルマが言ったこと以上の情報は、記録に残されてはいません。

 むしろ、今知り得た新しい情報もあるほどでした。

 もっとも、髭ダルマが言った通り、噂の域を出ないと思われますが……』

 しおりさんも知らない情報か。

 今言ったロベルトの話、元の世界風に言えば、「ネットの掲示板の書き込み」だろうか。まあ、その程度の信憑性しかないだろう。

 そんなことまで、城の守護者が記録しているとは思えない。

 しおりさんの知る情報も、城の守護者と共通した内容のはずだから。

「真相は藪の中、か……」



「参ったな。

 あの阿呆どもがやらかしたお陰で、予想よりも瘴気が濃くなっちまった。

 今から森の奥に進むのは厳しいか。

 ……仕方ねえ、依頼主に渡すのは日を改めてだな」

 とロベルトは忌々しげに呟いた。


「日を改めてって、まさかこの森に住んでいるのかい?」

 こんな危険な森で暮らすとは、一体どんな神経をしているのだろう。

「ああ、そうだ。気楽に暮らしているぜ」

「何というか……。その人は、相当変わり者だね」

「……そうだな。あのヒトは、相当な変わり者なのさ」

 ロベルトは少し言い淀んだ。

 守秘義務でもあるのだろう。尋ねようかと考えたけれど、止めることにした。


「まったくよ、とんだ道草食っちまったな。

 俺たちはベルたちの村へと向かう。ユリウスたちはどうする?」

「そうだねえ」

 僕は小首をかしげ思案する。

 ロベルトは冒険者らしく情報にも通じている。

 まだまだ面白そうな話を知っているだろう。

 それと、少し落ち着いた場所で、城と連絡を取りたいのだ。

『しおりさん、一緒にベルたちの村へ行こうか?』

『そうですね。あの髭ダルマと同行するのは、少々不本意ではあります。

 ですが、今の現状を知ることは大変有意義だと存じます』と不承不承納得したようだ。

「僕たちも付いていくよ」

「ああ、そうしてくれ」

 僕はチョコボもとい、ピラッチョの背に乗った。

 ロベルトの先導でベルたちの村に向かうことになったのだ。




★★今年もカクヨムコンが始まりました。僕も新作を応募したいと思います★★


 ですが、僕は遅筆なので、『ウイルバーン帝国~』と、新作の両方を同時に書き上げることは出来ません。

 今『ウイルバーン帝国~』読まれている読者の皆さまには申し訳ありませんが、しばらくカクヨムコン向けの作品を優先したいと思います。


 カクヨムコン向けの作品が仕上がったら、再び『ウイルバーン帝国』を再開しますので、暫しお待ち頂ければ嬉しく思います。


 この『ウイルバーン帝国』も、応募資格はあると思いますが、何せ同じタイトルの作品を連チャンで応募するのは気が引けます。

 審査員の方に『この作者、去年と同じもの送りつけて来やがって! ボツ!(Dr.マシリトの声)』と思われると困るので。


 ですので、頑張って新作を書いて投稿したいと思います。

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ウィルバーン帝国~悪役女帝と冷酷非道将軍の兄貴に転生しました。滅亡まっしぐらの帝国をどうにか建て直します さすらい人は東を目指す @073891527

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