跳び出す絵本 🍋

上月くるを

跳び出す絵本 🍋





 ある高原都市の郊外の森の奥のそのまた奥に、一軒の小さなカフェがあります。

 といっても、だれにも見えるわけではなく、ある瞬間、ひゅらりと立ち昇る……。


 そうです、ここは学校や職場や、ときには家庭に疲れた人たちがやって来る場所。

 自分の心と大多数の人たちの心にあまりに大きな隔たりがあり、へとへとになり。


 みんな楽しそうにやっているのに自分だけ馴染めないのは、自分がいけないから。

 思いこんでいる人たちは一所懸命に自分を修正しようとしますが……無理で。💦


 どうしようもなくなった人たちに、ふっと囁きかけて来る、なにかがあるのです。

 ねえ、きみ、ちょっと別の場所の空気を吸ってみないかい? ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

 

 


      ☕🥤




 そのカフェは変わっていて、店長さんも店員さんも、スタッフはだれもいません。

 オーダーも、珈琲や紅茶を煎れるのも、片づけもすべてセルフサービスなのです。


 あ、でもセルフはお客自身のことではなくて、人の形をした電子知能なんですが。

 性差とか年齢とかのシバリを感じさせない、ふしぎなやさしい雰囲気のAIさん。


 なにかに導かれてやって来た人たちは、深く悩んでいたことをたちまち忘れます。

 とても満たされた幸せな気分になって、久しく失っていた自分をとりもどします。


 肩を丸め、老人のような足取りでやって来た若者の顔には生きる喜びが輝きます。

 夫や上司とのパワーバランスに病む女性たちは、本来の美しさをとりもどします。


 


      🌟🐦




 好みの飲み物でひと息ついたお客さんたちの目は小さな書棚に吸い寄せられます。

 やわらかなパステルカラーの絵本が何十冊か置かれていて、自然に手が伸び……。


 たいていのお客さんは最初のページをめくった瞬間に「あっ!」と声を放ちます。

 きれいなターコイズブルーの空から真っ白な小鳥が勢いよく跳び出して来るので。


 ああ、びっくりした~と思いながら、つぎのページをめくると霧にかすむ街……。

 すぐ先も見えないような濃霧が動いたかと思うと、その隙間から小鹿がピョン!!


 愛らしさに微笑みながらページを繰ると、今度はびっしりと星が並んだ冬の夜空。

 その星座のひとつが優雅な女神のかたちになって、ポロンと竪琴を奏で始めます。


 


      🪗🥝🍓🫒



 

 メロディに聴き惚れつつページを繰ると、おや、なんだか見覚えのある風景……。

 眩い陽光に照らされた街、ビルや駅や電車や民家が個々の影を長く連れています。


 それぞれの窓には見覚えのある人たちが、座ったり立ったり歩いたりしています。

 その表情がいずれも幼児のように素直であどけないことといったらどうでしょう。


 そうか、いつも叱ったり怒ったりしていた人も、本当はこんな顔をしていたのか。

 自分の前ではいつも強がっていたけど、怖がりでさびしがりで泣き虫だったのか。


 そして、気づくのですね、あんなに重かった心がすっかり軽くなっていることに。

 やさしい眸のAIに送られて押す木の扉の向こうには、別の世界が広がっています。




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