半ば者・吉岡冬色(最終話)

冬色としきが自分の特殊な能力に気が付いたのは、物心がついてすぐの頃。

本人が自覚するよりも先に、父親が気付いていた。


吉岡よしおか家では、能力を持つ子供が生まれる可能性を代々語り継いでおり、冬色としきの父親である秋史あきふみが文書も管理している。


絆師きずなしが生まれる家と確認された段階で、公苑くおんが各家の代表へ代々引き継ぐように伝えて渡した文書だ。


内容は、絆師きずなしについて、桃院とうのいん家と公苑くおん家について。

糸かがり綴じの冊子3冊分。

新しいものを公苑くおん家に求めても、昔ながらの糸かがり綴じの冊子を渡される。

秘匿事項を守るため、印刷所に依頼することが不可能。

だから、公苑くおんの者が必要になった時に原本をコピーし、製本している。


男子全員が引き継ぐことになっており、秋史あきふみは長男だから昔から引き継いだものを受け継いだ。

秋史あきふみのただ一人の弟は、公苑くおんに申請して新しく冊子をもらっている。


生まれて間もないころから、まだ目が見えないだろうに何もないはずの宙へと頻繁に手を伸ばして何かを掴もうとする動作を繰り返す冬色としき


赤ちゃんの行動としてはよく見られる行動だが、それにしても多いのではないかと秋史あきふみは違和感を覚えた。

その時は、しばらく様子を見ることにした。


月齢が進むにつれ異様さは顕著になる。

冬色としきが1歳になったころ、疑念を解消する手段として絆師きずなしの文書を手に取った。

書き記された絆師きずなしの特徴と照らし合わせながら、見守る日々。

確信は得られないまま、冬色としきが間もなく3歳になる頃。

それまでは見ていなかった絆師きずなしの歴史の項に。

絆師きずなしは、糸へんの漢字から糸へんを省いた文字を使用した名を持つ者が多い。』

という一文を見つけ、並々ならぬ因縁に気付き愕然とした。


秋史あきふみはその時点で、殆ど確信した。

冬色としき絆師きずなしに違いない、と。


絆師きずなしの生まれる家の苗字は、糸へんの付く文字が存在する漢字で構成されている。

吉岡よしおかという名字は、吉は糸へんをつけると『結』、岡は糸へんをつけると『綱』。

他に代表的な家として挙げられていた苗字も、全て糸へんが付く漢字が存在している文字で構成された苗字だ。


もちろん、その苗字だから即ち絆師きずなしの生まれる家というわけではない。

その辺りは、絆師きずなしを管理している桃院とうのいん家が把握している。


絆師きずなしが生まれる家の中には、意図して糸へんのつく漢字が存在している文字を使って名づける事を習わしとしている場合がある。

そうして生まれるのならば、名前がそうであっても不思議ではない。


あるいは、絆師きずなしの歴史を知り絆師きずなしが生まれる事を願って名付けたとしても、絆師きずなしが生まれるとは限らない。

親は、生まれてくる子が絆師きずなしだとはわからないのだから。


ましてや意図せずに名付けたとなれば、いよいよ絆師きずなし本人がその名を引き寄せているという説を信じたくなる。


冬という字に糸へんをつければ『終』、色は『絶』だ。

名付けた時の妻とのやりとりを、秋史あきふみは鮮明に覚えている。


妊娠20週の頃。


秋史あきふみの妻:いずみは、白が好きだから子供の名前に白を入れたかった。


「白い夜でびゃくや、真っ白でましろ…とか。」


いずみは目を輝かせ、楽しそうに話している。


「そのまま白という表現は、少し安直過ぎないか?」


秋史あきふみは困惑した表情を浮かべた。


「良いじゃないの、結構かっこいい漫画のキャラクターに、白の字が使われていたりするのよ。」


目をキラキラさせて話すいずみ

漫画やアニメが大好きなのだ。

ソファでくつろいでいる今も、手の届く範囲に漫画を山積みにしている。

テーブルにはDVDやBlu-rayが積まれ、それらが再生可能なゲーム機本体も。


「アニメのキャラクラーと、全く同じ名前でなければ、良いんじゃないかな。」


アニメのキャラクターの名前そのままなんて、安直すぎる。

ゲームは夫婦の趣味。

元はテレビ台に置いていた本体を、少なくとも安定期に入るまでは動き回らず済むよう秋史あきふみが移動させていた。


「同じ名前でも良いじゃない!」


秋史あきふみとしては、それだけは絶対に避けたかった。

漫画やアニメのキャラクターでかっこよかったり強そうな名前だと、名前負けなどとからかわれたりしそうだ。

もし自分が、スーパーヒーローと同じ名前を付けられたら萎縮してしまう。

と、思っていた。


「うーん…

ほら、名前って親が子供に最初にする贈り物っていうだろ?」


自分が思い入れのあるキャラクターの名前を付けるのも、一つの愛情表現だろう。

理解は出来るのだ。


「なんていうか、時間をかけて考えたという意気込みを感じられるような、捻りみたいなものが欲しいんだよ。」


何よりも、既にある名前をそのまま付けるというのがどうにも安直に思えた。


「捻りねぇ。」


思い入れは間違いなく強いだろうけれど、自分がその立場ならもうちょっと何かなかったのだろうかと考えてしまうだろう。


「自分のために、色々と一生懸命に考えてくれたんだなぁっ、てさ。

子供が実感できるような。」


人それぞれ考えはあるし、生まれてくる子がどう感じるのかはわからない。

それでも。

「なんでこの名前にしたの?」

と、聞かれた時に、それなりの物語を話したい。


まず第一歩として。

名付けた理由を聞きたくなるような名前にしたい。


「連想して白に辿り着くような名前にすればいいってこと?

白といえば、連想するものって何かしら?」


そんな会話から、辿り着いた名前。

すぐに冬色としきという名にたどり着いたわけではない。


「雲とか、雪とか。

あ!!清廉潔白の清、廉、潔はそれぞれ名前に使えるよね。」


最終的にアニメのキャラクターをそのまま付けることになったとしても、この話し合いが行われたという事実があればそれだけでも良いのかもしれない。

秋史あきふみはそんな風に思い始めた。


そこから先は、いずみの方がこだわりを見せ始め。

数日後に、冬色としきという名を提案した。


秋史あきふみさんの名前とも繋がりがある雰囲気になるし、春生まれだけど冬という字が使われていたら、意味深で興味を引くでしょ!?」


冬の色と言われたら、白をイメージする人は多いだろう。

トシキという響きもとても気に入って、秋史あきふみは同意した。


その時、秋史あきふみいずみは、糸へんと絆師きずなしの因縁など、まだ知らなかった。

語り継がれている内容に糸へんのことなどなかったし、引き継いだ文書は読むことを義務付けられているものではない。

必要になった時に読む事を目的とされているから、受け取ったきり初めて開いたのは生まれた後の冬色としきに対して疑念を抱いてからだ。


秋史あきふみは確信すると同時に、妻の泉(いずみ)へ吉岡よしおか家に伝わる絆師きずなしの事を話した。

確信に至った理由や、どう考えているのかも全て。


すると、いずみ冬色としきが能力を持ったのは、自分のせいかも知れないと言う。

泉という漢字は、糸へんを付ければ『線』となるからだ。


絆師きずなしについての文書には、親に関する記述はないよ。」


文書は、時折公苑くおんが追記をする。

既に配布済みの家へは、追記内容を記した案内が送付されることになっており、内容を各々の家で追記する決まりだ。

追記する為の白紙ページも、十分に設けられている。


「仮にそうだとしても、それこそが縁なんじゃないかな。」


古より連綿と繋がる絆師きずなしの歴史。

その一部にいずみの存在が含まれているのは確かだ。

それは同時に秋史あきふみをも含まれる事を意味するのだから、いずみが責任を感じる必要などない。

元より因縁があるのは吉岡の家なのだから。


秋史あきふみとて知らない事は多い。

大切なのは、自分を責めることではなく子供と向き合う事なのではないか。

秋史あきふみの話に、いずみは納得した。


納得したいずみに、絆師きずなしの事を予め伝えておかなかった点を、秋史あきふみは詫びた。

特異な能力で、少なからず苦労するだろう。

親がいかに苦労しようとも構わないが、我が子が宿命を負って生まれてきた事は如何にしても心が痛む。


可能性があると最初からわかっていたのなら、覚悟しておくこともできたはず。

結果として親が子供にすることは何も変わらないが、生まれて実際に判明してから知らされるのとでは大きな差がある。


いずみは、秋史あきふみの謝罪を受け入れ。


「多分、知っていても同じだったと思う。

違う事があるとすれば、最初に気づくのが秋史あきふみさんじゃなくて私だったかもしれない。

ただ、それだけな気がする。」


その後、文書に記されていた公苑くおんの連絡先として掲載されていた住所へ、手紙で連絡。

絆師きずなしには生まれた時から、絆で結ばれた師が存在すると文書に記載があったから、冬色としきと繋がった師である方の訪問をいつでも歓迎する旨を書いた。


以降、みかどが訪ねてくるまでの3年間。

秋史あきふみいずみは、冬色としきへ伝えるべきことを日々伝えた。

吉岡家に伝わる文書でわかることと、みかどが寄越した指南書を頼りに。


秋史あきふみいずみは、みかどの助言もあり、徐々に冬色としきがどのような世界を目にしているのか努めて知ろうとした。

能力がない両親が、少しでも理解しようとしてくれたことは、冬色としきにとってとても大きいことだった。


3歳の頃には、コミュニケーションをとる時に絆師きずなしであるという事を考慮して接するにとどめていた。

だが、そのおかげで冬色としきは早いうちから自分にだけ見えていて、両親や他の人には見えていないものなのだという認識が出来た。


両親が、冬色としきに能力の話をしたのは4歳の時。

それから少しずつ、小学校の生活でなるべく困らないようにペース配分しつつ、必要な知識や考え方を学ぶよう手助けした。


絆が視界を遮って困惑したり、泣いたり、癇癪を起す冬色としきには両親も一緒になって困惑し、泣いたり、癇癪を起した。


外に出すまでには大分苦労をしたが、出られるようになってからは幼稚園に通わない分を補えるよう、可能な限り他の子供とコミュニケーションをとれる機会を設けた。


そんな両親のもとで、冬色としきは先入観なく自分以外の人がどんなことで苦しんでいるのか。

どんな世界を見て何を感じているのかを考え、わからないことは直接訊ね、寄り添えるようになった。


冬色としきは、こんな変な能力を持って生まれてこなければ良かったなどと思った事はない。

きっと、スタート地点が違うだけ。

何にせよ、自分と他人が違うことは、大なり小なりある。

そんな風に考えている。


桃院とうのいん家と公苑くおん家は地下で繋がっているが、両家の敷地内で可能な限りの面積に書庫がある。

絆師きずなしの活動記録と思しき記述がある古文書を含め、管理している文書量は膨大。

その中には、絆師きずなしが産まれる家の戸籍謄本も含まれる。


日本の戸籍制度は歴史が短い。

絆師きずなしの家に限って言えば、桃院とうのいんが管理している家系図の情報量はかなり多いと言える。

300年程の期間中に新たに確認した家もあるから全部が全部ではないけれど、最長で300年近くの系譜をたどれる家が複数ある。


情報が集まるにつれ、徐々に新たに確認される家は減った。

それで、絆師きずなしが特定の家にだけ生まれる存在だと判明した経緯がある。


絆師きずなしが産まれる家で文書を男子全員が引き継ぐのは、絆師きずなしが苗字に縛られて産まれてくることが確認されているからだ。

もちろん苗字が変わらなければ、女性が文書を引き継ぐこともある。

昔からの慣習による表現というだけで、実際には苗字の問題だ。


海外生活が長くなると絆師きずなしが産まれなくなるのは、漢字で表記をすることがなくなるからという説が濃厚。

女性が結婚して姓を変えれば、その子孫には絆師きずなしが産まれない。

絆師きずなしが限られた苗字、限られた家に産まれてくるのは、一種の呪いと考えられている。


公苑くおん家が諸々研究を進めているが、まだ解明されていない事は多い。


絆師きずなしは、いつからそうなのかは不明だが、絆のイメージから糸へんの漢字を名前に使用していた。

昔は苗字に寄らず、絆師きずなしとわかれば名を変えた。

と、言うより絆師きずなしとしての名前を、糸へんの漢字を用いて付けたと言う方が正しいだろう。


名を変えるのは、今の時代に比べると当時はあまりに容易い。

元服の際に名を変える慣習ができた時代には、既に絆師きずなしは存在していたと言われている。


歴史の中で暗躍するようになった絆師きずなしは、それと判れば命を狙われた。

当時は絆師きずなし同士での殺し合いも少なくなかったらしい。

だから、絆師きずなしとわかりづらく、しかし重要な共通項を設けようと考えた。


そうして、糸へんの漢字から敢えて糸へんを省いた文字を使用する事にした、と言うのが有力な説だ。

戦乱の時代にそうした変化があったと考えられており、桃院とうのいん家が絆師きずなしを管理するようになった頃には、既に糸へんは省かれていた。


冬色としきの名前が、絆師きずなしに縁の深い名だと言われたのは。


『結』は、ぶ。

『綱』は、命

『終』は、結。

『色』は、つ。


絆師きずなしと特に関わりの深い漢字が並んでいるから。


更に、絆師きずなしは「結び師」とか「絶ち師」とも呼ばれた時代があるから、冬色としきの名前が縁深いと言われるのはこの為だ。


「半ば者」


一部の者が知るその呼び名は、絆師きずなし絆師きずなしを守るため、「いとへん」を覆い隠したことに由来している。


半ば者・吉岡冬色


第一部完

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半ば者・吉岡冬色 しろがね みゆ @shiroganemiyu

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