#2 健忘
え。貴方も、Tに会ったの?
うん。私も、つい最近に。
どう……だった? 元気そう、だったでしょ?
そうだよね。ちょっと、不自然なくらいに。
彼氏の話、してたでしょ。それも自分から。
どんな内容だった? ざっくりでいいから、教えて?
……うん。……うん。……ああ、うん。
……そっかぁ。私も、同じ話を聞いたよ。
どんな反応した? というより、話を合わせた?
あ、そうだよね。やっぱ、本当のこと、言えないよね。
でも、良い傾向だと思うよ。
彼の自殺のことを、忘れているなんて。
自殺のこと、どこまで知ってる? あー、そう、簡単な話だけ。
じゃあ、彼氏がTの目の前で死んだことも、知らないんだ。
……二人で、駅のホームに立っていたんだって。
電車が来るってアナウンスがして、実際に近付いているのも見えてた時に、彼が、「ごめん」ってだけ言って、線路に飛び込んで、そこに電車が……。
彼女も、すぐ線路に飛び降りようとしたの。周りの人が抑えてくれたんだけれど。
それは、後を追うためじゃなくて、彼を助けなきゃ! って思ったからで……。
――ごめんね、ちょっと涙が……。彼女から、その瞬間の話を聞いたからね。
あの時の彼女、酷い様子だった。ショックが強くて、心が止まってしまったみたいで。逆に、淡々とあの瞬間を話せるくらいで。
そんなにひどい状態だったから、殆ど着の身着のままで、実家に帰ることになったの。
その後、どうなったのかはよく知らないけれど、だんだん元気になっていったみたいでね。最初は既読スルーされていたメッセージも、返信してくれるようになって。ほっとしたなぁ。
それで、たまに家族が掃除しに来る以外は、ほとんどそのままだったこっちのマンションに帰ってきてね。住み始めたのが、本当にここ最近のことで。
だから、私も再会したのは、ちょっと前だったの。仕事も無理なくこなせるくらいって聞いていたから、大丈夫とは知ってたけれど、思った以上に元気で。
まあ、元気なのはいいことだけど、ちょっと違和感があるっていうか。それで、話を聞いてみたら、彼の自殺のことをすっぽり忘れてて、普通に別れたのだと思い込んでて。
びっくりしたよ。声が出なかったくらいだもん。でも、そのおかげで、彼女の話に合わせることが出来て、むしろ助かったけど。
何で、彼女がそうなったのかは分からない。あまりにショックなことが起きて、自分の心を守ろうと、そんな記憶を作ったのかな?
まあ、理由や手段はともあれ、彼女が普通の子に戻れて、良かったって、心底思っているよ。たとえ、彼の存在すら、忘れ去ろうとしていてもね。
私、彼に何があったのかは、よく分からないし、自殺をするくらい追い詰められていたことには、同情するよ。
でも、彼女の目の前で死んだこと、それは絶対に許せない。
愛する人のトラウマになりたいって、心に永遠に刻まれてほしいっていう人いるけれど、彼もそんな気持ちだったのかな?
なんで自分勝手なんだろうって、単純に思うけれどね。本当に好きな人のことを、苦しめるようなことしてさ、何言ってんのよって。
だから、あの子には、彼のことを、さっさと忘れてほしいって、いつも願っているよ。
その事が、彼にとっての罰なんだと思うから。
忘失と健忘 夢月七海 @yumetuki-773
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
箇条書き日記/夢月七海
★31 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1,628話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます