第8話 固溶

「結婚するまでの人生で、色々あったんだよ。実家の人たちとは分かり合えないことを悟るのに十分な、本当に色々なことが」

 リビングに三人が揃うと、パパはそう話し始めた。

「たぶん要素要素はあの本の中に書かれているんだろうから、いちいち聞かないけど……ママは知ってたの? かつてパパがそういう経験をしてきたことを」

「ええ、全て知ってたわ。知った上で結婚したの」

「だとしても、こんなの変だよ。普通、親が死んだら帰るもんじゃないの? いくら過去に色々あったって言っても、血のつながった親子なんでしょ」

 その言葉に、パパは困った顔をした。

「一般常識で言えば、真海まみの言う通りだ。普通ならすぐに帰って弔いをするもんだ、普通ならね。だけどパパの実家の人たちは普通じゃないからね……恐らくパパもそうだ」

「だから実家の人に普通じゃないことをやっても許されるってこと!? 訳分かんないよ、それ」

 パパは「そうだろうな」という顔をした。

「ママはどう思ってるの? こんなの変だよね!?」

 すがるような気持ちでママの方を見た。木のテーブルは今日は冷たかった。だから私はテーブルから手を引っ込めた。

「普通ではないわね、これは」

 困ったように笑いながら、ママは答えた。

「だけど、この人が普通じゃないのは付き合っていた当時から分かっていたことだし、そこに私は惹かれたの。さすがに親が亡くなっても帰らないのは正直よく理解できないけれど、そういう親子も世の中にはあるっていうことよ。私はそういう風に解釈してる」

「なに、それ……」


 この家は、普通じゃなくなってしまった。昨日までみんな普通だと思ってた。あまりしゃべらないけど、その代わり干渉もしないパパ。いつも笑顔で優しいママ。そしてごく普通の私。とても平凡な、でも幸せな家庭だと思ってた。そう信じて疑わなかった。けれどそれは、パパが自分を隠してきたから成り立っていたに過ぎないことが明らかになってしまった。どんな確執があったのか知らないけど、私のパパは実の親の葬式に出ないような非常識な人だったのだ。ママも、それを容認してしまう人だった。非常識な人と知りながら、その変なところに惹かれて結婚するママもママだ。よく分からない。だけどこの家が気持ち悪いことだけは分かった。ここにいたくない。私は席を立とうとした。


 椅子を戻そうとした私に、パパがこう言った。

「真海。君は……普通に育ってくれたね。パパはとても嬉しい。普通じゃないパパの家系から生まれた君は、全うな感覚を持って育ってくれたんだ。ママのおかげだろうな。君とママは……どうかこの先も清らかな人々であってほしい。心からそう願う。そのためにはパパは何でもする」

 言い終わると、パパは微笑んだ。卑怯だ。

「……何でもする、って言ったよね?」

 パパが一瞬ひるんだ。

「ああ……ただ葬儀への参列は無理だ。もうやってしまったはずだから」

「分かってる。そうじゃなくて、せめて自分が思ってることをもっと言ってほしいってこと。予め仕組まれたプログラムに基づく答えなんかじゃなくってね」

 パパの表情は、適切な答えが分からなくて狼狽している様子を明らかに示していた。

「……分かったよ。フィードバック制御になるから、適切な答えにたどり着くまでに時間がかかるかもしれないけれど」


 私の家庭は、昨日まではごく普通の平凡な家庭だった。だけどそれは打ち砕かれてしまった。

 そして今、ちょっといびつな家庭になり始めた。


「固溶強化した合金みたいに……なれると良いな」

 家族会議の最後に、パパはそう言った。言ってる意味は分からないけれど、たぶん変なマニアックなことを言ったんだろうなと想像がつく。でも今までのパパはそんなことすらも言ってくれなかった。

「何だか知らないけど、そういうの止めた方が良いよ」

 そう言って、私はリビングを後にした。

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ホーリー・ファミリー べてぃ @he_tasu_dakuten

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