第2話 かわいい子にメスガキは上等すぎる

 放課後は喫茶店でバイト。

 店内には店長の他に、バイト店員である私とタケルがいた。

 だけれどはっきり言って、ヒマすぎるこの店に店員はふたりもいらない。


 そうだとしても、タケルがシフトを入れた時には私も一緒に入ることになっている。

 この子をひとりにするなんてありえない。


 ピロリとスマホでタケルを撮る。

 テーブルを一生懸命拭いている姿があまりにもかわいいからだ。


 特に汚れているわけでもなく、私なら五秒で終わらせるような作業を、タケルはたっぷり三十秒以上かけてやる。


 それほどきれい好きだから? 丁寧な仕事を心がけているから?


 そうではない。

 単に鈍くさいのだ。


 またピロリ。

 鈍くさいくせに馬鹿真面目な仕事ぶりがかわいすぎる。


 とはいえ、放っておいたら永遠の時が必要だ。

 今日の分の画像は十分確保できたので、そろそろ疲れが見える幼馴染みに声をかける。


「タケル、もう十分だろ。それくらいにしておけ」


 言われたタケルは手を止めて、上目遣いの媚びを寄こしてきた。


「きれいになったかな?」

「ああ、なった。よくやったな」


 ぱちぱちとするまばたきがかわいすぎる。

 テーブルなんか見る暇はあるわけがなかった。


 タケルが達成感ににこにこしながら小走りで側までくる。

 思わず抱きしめたくなるが、カウンターの中にいる店長の存在が邪魔すぎた。

 

 

 

 我らが「純喫茶ふたかみ」は、基本ヒマなくせに店員が四人もいる。


 近藤夏希こんどうなつきさんは二十六歳のフリーター。

 癖毛を金色に染めて言動は雑。オフの日は、オイルで汚れたツナギを着てデカいバイクをバラしている。

 どう見てもヤンキーだ。

 故に、ワンチャンヤレそうとサカった男子中高生どもに狙われている。

 ご本人、下い話が大の苦手のウブな処女なのに。


 坂之下結子さかのしたゆいこさんは二十歳。四年制の大学でバリバリの理系をやっている。

 黒髪ロングで整った顔立ちな上に清楚系のファッション。

 お家柄のよろしさが、そのイカれた金銭感覚からにじみ出ていた。

 県境をまたいだ大学から、わざわざ男どもがやってくるほどの人気ぶり。

 近所のオジサマ、オジイサマたちからもたいそう好かれていらっしゃる。

 ご本人、男が蟲より嫌いなのに(なんで男ばっかりな理系に進んだ?)


 そして私、寒林碧かんばやしみどりは十五才の高校一年生。家から歩いて行けるそんなに頭のよくない県立高校でヒマを潰している。

 背が高くてショートヘア。別に狙っている訳ではないけれど、自然体で生きていたら周りからイケメン王子と呼ばれるようになっていた。

 この喫茶店では、オバサマ方から舐めるような視線をよく受けている。

 私は幼馴染みにしか興味がないのに。


 そんな女衆を差し置いて、我らが喫茶店の看板娘は高校生男子・大石武おおいしたけるくん十六才だった。私の幼馴染み兼クラスメイトでもある。

 ちっこくってひょろくってお目々ぱっちりで、男子にしては長めの髪はさらっさら。

 そこらへの小動物よりよっぽど小動物だ。

 かわいいくせに自分のこと「俺」とか言っちゃうところがまたかわいい。

 看板娘たるタケルは、幼稚園児から後期高齢者まで、老若男女問わず愛されてリピーターを獲得しつづける稼ぎ頭だ(店長いわく)


 タケルがバイトをしたがった時、私は断固反対の立場だった。

 この子のかわいさは私だけが知っていればよく、接客なんてものをさせて他人の目に晒すなんてあるまじきこと。

 そのことを、私の煩悩を隠しつつ幼馴染みに伝えたが、ついに届かず、必ず私も付き添う条件で渋々妥協した。


 そういう条件付きなので、タケルと私は常に同じシフトなのである。

 不埒なお客が現れないか、見張っていないといけない。


 不思議なことに、キレイどころ三人と圧倒的看板娘をもってしても、「純喫茶ふたかみ」はヒマであり続けた。

 言い換えると、どれだけメンツが揃っていようとも、こんな田舎では、今時「純喫茶」などとこだわるお高い値段設定で、お値頃価格で親しまれるコーヒーショップのチェーン店の向かい側で商売するのはキツいのだ。


 それは私にとっては好都合で、タケルが好色な視線の餌食になることは危惧したほどではなかった(あるのはある)




 店員のうち、結子さんとタケルは料理も皿洗いも任せられない、接客と掃除しかできない無能だ。

 今日のシフトはタケルと私、それと店長。よって、キッチンはすべて私の領分である。


 シフトの終わりまでヒマだと思っていたら、夕方になる前にお客が何人か現れるという面倒が。

 店長がコーヒーを淹れている横でナポリタンを仕上げる。視界の端にいる看板娘が気になって仕方がない。


 どうにか盛り付けたナポリタンを、お客のトドロキさん(平日の昼間から喫茶店に入り浸っているナゾの中年男性)のテーブルの上に置く。


 その足で、幼馴染みがいるテーブルまで素早く移動。

 もう十五分以上、看板娘を釘付けにし続けているのは三匹のメスガキどもだ。


「タケルく~ん、勉強教えてよ~」

「あたし、ここ分かんな~い」

「バイトなんてほっといてさ~」


 近所の中学校の制服を着たメスガキどもは、三匹とも顔も髪型もまったく同じだった。

 つまり、三つ子である。


 もう何回もやってきてはタケルに絡んでいるのだが、私は未だにこの三匹の区別がつかない。

 茶色がかったセミロングも校則ギリセーフの制服の着崩し方も、カバンにぶら下げるぶさいくなタヌキのマスコット人形までもが同じ。

 こいつら自身、お互いの区別が付いているのか怪しいと私は思っていた。


 本当は今すぐ首根っこ引っ掴んで外へ放り出したいのだけれど、いちおう客商売なのでまずは営業スマイルで話しかける。


「お客様、なにかお困りでしょうか?」


 とたんにメスガキどもは猫なで声をやめて毒づく。


「ちっ!」

「うっざ!」

「呼んでねー」


 これだけでギルティだけれど、私は忍耐強くウェイトレスを続ける。


「うちの店員がなにかやらかしたのでしょうか? ずいぶんとしつっこく! 絡んでいらっしゃるようですが?」


 目はすでに笑っていない。


 威嚇は成功したようで、メスガキの顔に焦りがにじみ始める。

 本気を出せば、中学生ごとき何匹いようが私の敵ではない。こと、タケルが関係していれば。


「ちょっと勉強教えてもらうだけだし~」

「タケルくん、別に嫌がってないし~」

「かわいい後輩、助けるの当たり前だし~」


 別にかわいくねーよ。


 タケルを見ると、どう対応したものか分からず困っていた。

 オンナには優しくすべきと、父親の太一さんに吹き込まれているせいに違いなかった。


 よけいに困らせると分かってはいるが、図々しいメスガキどもにタケルの意志を示さないといけないだろう。


「タケル、ホントにイヤじゃなかったか? メスガキどもに絡まれて、ウザかったろ? こんな奴ら、一秒たりとも相手にしたくないよな?」

「い、いや……そこまで酷いことは……」


 しまった、有無を言わさずをやろうとして失敗した。


 メスガキごときの気を遣ってしまうタケルは本当、かわいい。

 そのせいで面倒なことになってきたけれど、すべての責はタケルの心優しさを見誤った私にあった。


 すぐさま図に乗ったメスガキどもが舐めたことを言い始める。


「やっぱタケルくん、勉強教えてくれるんだ?」

「ホント、やっさしい~」

「どっかの自称イケメンは見習えよな~」


 自称なんてしてねーよ。


「勝手にしゃしゃり出てきて、あたしたちとタケルくんのトーク邪魔してさぁ」

「勘違いしたテキトーなこと言って、タケルくん困らせてるんだから」

「ほ~んと、はっずかし~。何しにきたんだよってかんじ~」

「ザ~コ。カレシづらして恥かいてやんの。ホント、ザ~コ」

「ザ~コ。こっちが恥ずかしくなるよ。ザ~コ、涙目でウケる」

「ザ~コ。みじめに失敗して顔マッカだよ? ザ~コ、生きてて恥ずかしくない?」


 世のメスガキの例に漏れず、こいつらは調子に乗ると好き勝手に罵ってくる。

 私のイライラは、自分の失敗を棚に上げてかなり限界に近付いていた。


 それでも極めて冷静な態度で言い返す。


「ま、いいけど。どーせ、お店は私と店長で回せるし、タケルは貸してやる」

「え? ミドリが決めるの?」


 タケルが不安そうに見上げてくるけれど、ここでメスガキどもから目を逸らしてはならない。


「来ました、敗北せ~んげ~ん!」

「悔しい? 自称イケメン王子、ザコすぎて草っ」

「泣きそう? 泣いちゃう? 年下に負けて泣いちゃう?」


 私はすべての戯れ言を聞き流し、メスガキへの反撃を開始する。


「で、オマエらはいつまでこの店にいられるんだ? お塾に行くんじゃないのか?」


 三つ子どもが顔を見合わせる。

 脳が軽いので、そんな当たり前のことすら忘れていたのだ。


「まだ一時間あるよ。みんな、いつも五時にお店出るもんね」


 そう言ったのは優しすぎるタケル。

 そんな優しさは私だけに向けたらいいものを。


「タケルくん、あたしたちのスケジュール覚えてくれてるんだ?」

「愛されてるよ、あたしたち」

「あたしも愛してる、タケルくんっ!」


 勝手にサカるメスガキどもに、しらーっとした顔を作りつつ言う。


「で、それまでタケルは勉強見てやると。そこのシートに座るわけだ?」


 こいつらは三人組で、今いるテーブル席は二人がけのシートが向かい合わせにある四人席。

 つまり、片側にひとり座れるスペースがある。当たり前だ。


「そうそう! 早くこっち来てよ、タケルくんっ!」


 メスガキのひとりがケツを奥へやり、空いた場所をバシバシ叩く。

 タケルが流されるまま座ろうとするので、その肩を掴んで止める。


「え、なにミドリ?」


 振り返った我が守るべき相手の顔は見ず、駆逐すべき敵にあえて優しく言う。


「オマエ、ラッキーだな。隣にタケルが座るなんて、オマエだけラッキーだ」

「え!?」


 声を出したのは並んで座っているふたり。


「ちょ、まっ! ミカちゃん、ズルくない?」

「抜け駆けじゃんっ!」

「し、しかたないし。こっちしか空いてないし」


 一瞬で崩壊する姉妹の絆。

 もうこのまま放置でいいだろう。


 だけれど、我がかわいい幼馴染みは優しすぎた。


「ケ、ケンカしないで、三人とも」


 醜い骨肉の争いを仲裁しようとしている。

 これ以上よけいなことを言う前に……と、間に合わない。


「さ、三人で交代交代しよう?」


 その妥協案は、フツーなら誰だって思い付く。

 欲にまみれたメスガキどもなら、そんなありきたりの案すら頭に浮かばなかったのに。


「そ、そっか、そうすればいいんだ!」

「ええっ? それって面倒じゃない?」

「ミカちゃんの意見は却下っ!」


 二対一の多数決で争いは収まるのか?

 そんなこと、この私がさせる訳がなかった。


「三等分か~。つまり、ひとり二十分?」

「そうなるね」


 うなずくタケルに顔を向け、わざとらしくメスガキどもに聞こえるように言う。


「たったの二十分か~。こんなにかわいいタケルが隣に来てくれても、たったの二十分しかいてくれないのか~」

「な、何が言いたいん?」


 頭の悪いメスガキどもの方を見ると、これから起こる事態を想像できずに思いっきり焦っていた。


「いや、フツー裏切るだろ? 馬鹿正直に席替えしたら、このかわいいタケルから離れないとなんだぞ? テキトーにごねまくれば、少なくともその間はタケルが隣にいる。最初に隣を確保できた奴が優勝だ」

「ミ、ミカちゃんっ!?」

「あ、あたしそんなことしないし~」

「じゃんけんしよ! 順番はじゃんけんで決めよ!」


 姉妹の絆は再び散り散りに。

 私はさらにかき乱す。


「じゃんけんか~、頑張れよ~。勝った奴がタケルを独り占め。もし、そいつが裏切らなくても二番目の奴が裏切らないとは限らない。最後の奴まで回ってくるかな~」

「ぐ、ぐむむむ……ミキちゃん、ミカちゃん、裏切りはなしだよ!?」

「そーゆーミナちゃんも裏切らない? この前、ひとりだけプリン食べたよね?」

「あ、あれは……ママが一個しか持って帰らなかったからっ!」

「ミキちゃんは前に『たぬのしん』のグッズのシークレット当てたから遠慮しなよっ!」

「あんなの三週間も前じゃん!? それ言うなら、ミカちゃんは昨日の唐揚げ最後の一個食べたよね?」

「あ、あの……みんな、仲よく……」


 オロオロしているタケルの肩を引っ張りよせる。


「ほっとけ、タケル。姉妹の仲むつまじい会話の邪魔するな」

「仲むつまじいの、あれ? ケンカしてるみたいに……」

「じゃれ合ってるだけだって。カウンター行くぞ、タケル」


 そうして一時間十五分が過ぎ去り、欲深きメスガキどもは何も得ることなく塾に遅刻した。


 ザ~~~コ!

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私の幼馴染み《オトコ》がかわいすぎる いなばー @inaber

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