私の幼馴染み《オトコ》がかわいすぎる

いなばー

第1話 かわいい子には女装をさせろ

 私、寒林碧かんばやしみどりには生まれた時からの幼馴染みがいる。

 親より顔を見慣れているその大石武おおいしたけるには大きな問題があった。


 あまりにかわいすぎるのだ。男のくせに。


 これは私一個人の感想ではない。

 ほら、今も……


「タケルくん、フリフリ着ましょう? 絶対似合うから!」

「俺、女装なんて絶対ぜぇ~ったい!しませんから!!」

「キミほどの逸材、女装しない方がおかしいんだってばさ!」


 バイト先のヒマな喫茶店内で、同僚たる結子ゆいこさん(二十才大学生)と夏希なつきさん(二十六才フリーター)に詰め寄られているタケル(一六才高校生)。


 あんなに顔を赤くして、年上のお姉様方を相手に照れているようにしか見えない。本気でイヤなのに。


 ああ……なんてかわいそかわいいんだろう。

 スマホで撮る手が止まらない。


 タケルは目をうるうるさせて私に助けを求めている。

 自分ではお姉様方に太刀打ちできないと知っているのだ。今までの経験から。


 幼馴染みとしては助けるべきなんだろう。

 あの子が困っている時、いつもさっそうと現れるのが、この私・寒林碧なのだし。


 だけれど、さっそうと現れはするものの、いつもタケルを助けるとは限らないのが、この私・寒林碧なのだ。


 だって、困ってるタケルって、すっっっっごいっっ!! かわいいんだよっ!!


 今もかわいい。かわいすぎる。

 お姉様方に赤面しながらおおきなお目々を潤ませて。

 同い年の女の子たる私にすがる他ない男子高校生。


 なんて不憫!

 なんて情けない!

 おまたにタマタマ付いてるの!?(付いていると、何度も確認済みである)


 かわいい……ずっと見ていたい。かわいすぎる。


 ついにタケルは男のプライドを捨て、女の私にすがるような声を発した。


「み、ミドリ……たすけ……」


 なんて弱々しい声!

 今、この子の尊厳はイロイロ垂れ流しの赤ん坊以下と言えよう。


 私はかわいいタケルが好きなのであって、惨めなタケルはそれほど好きな訳ではない(嫌いでもないが)。

 そろそろ助け船を出そうではないか。


「ふたりとも、これ以上タケルを困らせるのはやめてください」


 年上のバイト仲間に向かって諭すように言う私。

 ショートにしている自分の黒髪を、軽く片手で撫で上げる。


 この場の四人の中で一番背が高い私は、それなりの威圧感というものを演出できた。

 元より、男子より女子に告白される方が多いくらい男っぽいのだし。


「そんなこと言って、そもそもわたしたちに火を付けたのはミドリくんよ?」


 黒髪ロングの美女、結子さんが上目遣いで訴えてくる。

 さすが大学の準ミス、多くの男子を惑わせるのもうなずけるくらいかわいい。


 タケルほどじゃないけど。


「なんの話です?」


 心当たりはあるけど、すっとぼける私。


「これだよ、これっ!!」


 マッキンキンの癖毛の見た目ヤンキーな夏希さんがスマホを突き出す。


 そこに写っているのはとんでもない美少女の画像だった。

 赤ずきんの衣装を着て半泣きになっている八歳のタケル。

 撮ったのもコスプレを強要したのも私だ。


「こんな画像送り付けられて、黙っていられる訳ないよね?」


 結子さん、涙目の訴え。


 バイトメンバーのグループチャットに、その画像を貼り付けたのは明らかに失敗だった。

 昨日、タケルがナマイキな口を利いたので、イジワルして貼り付けてやったのだ。


 正確に言うと、送り付けるフリだけのつもりだったのに、阻止しようとしたタケルが抱きついてきたので送信してしまっていた。

 タケルってば、オトコなのになんであんないい匂いがするんだろう? 本当、ナゾである。


 いや、タケルの体臭の話は長くなるからやめよう。


 とにかくこの場を収めるために、私は深くうなずいて年上ふたりに理解を示す。


「おふたりの気持ち、よく分かります」

「分かってくれた?」


 ふたりの顔がパッと輝く。


「年下のオトコノコに性欲をたぎらせる。それも同僚に。それほどまでに、お二方はヨッキューフマンであらせられる。性欲が発散できないのはツラいですよね。私は経験がないので知りませんが」

「いやいや、そーゆー言い方はよくないぞ!?」


 夏希さんが顔を真っ赤にして否定する。

 見た目ヤンキーのくせにウブな処女。下ネタを出されるとグダグダになるのだ。


「いいえ、分かってます分かってますから。女装しようなどと言いくるめ、かわいい高校生男子を裸にひん剥く。ふたりは成人女性ですから、思いっきり条例とかに引っかかるでしょうが、そんなのお構いなし。それほどまでに、おふたりの性欲は、今、ドエゲツナイことになっているんですよね?」

「違うわ! 性欲なんてあんまりよ!」


 潔癖な結子さんが濡れ衣を着せられて大粒の涙をこぼす。


 さすがにやり方がエグかったかもしれないが、とにかくふたりの心を折ることに成功した。

 これで私のかわいいタケルは救われたのだ。


 私がにこやかにタケルを見ると、だけど向こうは顔をしかめていた。


「ミドリ、下品」


 タケルは、夏希さんよりも結子さんよりも下ネタが苦手である。

 知らない私ではないが、顔を赤らめる程度だろうと高をくくっていた。


 なのに、虫を見るみたいな顔で罵倒!?


 いやいや、あなたの為なのですが?


「下品ってなんだよ、タケル。私は事実を述べただけだ」

「事実じゃないもんっ!」


 結子さん、ハタチにもなって「もん」はなかろう。


「でも下品。ミドリがそんな下品な話をうれしそうに喋る子だなんて知らなかったよ」

「うれしそう? うれしそうにはしていないぞ?」

「ううん、うれしそうだった。ミドリって、そんな子だったんだ? 知らなかった」


 タケルは虫を見る目をやめない。


 私はうれしそうに下ネタを口走っていた?

 そんなまさか!


 ……いや、そうかもしれない。

 年上ふたりの心を折る作業は、まぁまぁ楽しかった。

 とっくに知っていたが、私は割とSである。


 そんな自分のSっ気を再認識した私は、今目の前にナマイキな少年がいることに気付いた。


「タケル。私にそんな口を利いてもいいのか? もし私が助けなかったら、今頃このふたりのオモチャにされていたんだぞ? 性的な意味で」

「性的じゃないってば!」


 夏希さんが両手で顔を覆いながら叫ぶ。

 いや、下ネタ弱すぎなんでは、二十六歳?


「また下品なこと言う。もういいよ、ミドリとはしばらく口利かない」


 ほっぺを片方ぷっくり膨らませ、タケルがそっぽを向いてしまう。

 長いまつげが際立つその横顔もまたかわいらしい。


「へぇ、私と口利かないんだ? そんなことできるつもりなのか、タケル?」

「え、どゆこと?」


 驚いた顔で私を見るタケル。

 口利かない宣言から一分も経っていない。


「朝、誰に起こしてもらうんだ? アラームで起きられるのか? あの優しすぎる知美さん(タケルの母君だ)が起こせたことがあった?」

「う……そんな……」


 うるうるお目々のタケルは本当にかわいい。

 私の中のSっ気が雄叫びを上げている。


「もし、タケルの隣に私がいないとしよう。学校の連中はそんな隙見逃さないぞ? 女子も男子も獰猛な狼になって襲いかかるからな。私がインフルで休んだ中二の冬の惨劇は覚えているか?」

「お、覚えてる……」


 ガクガクと震え始めるタケル。

 一緒に休めと言ったのに、クソ真面目にひとりで学校に行ったらえらい目に遭った。


 あまりにかわいすぎるタケルは、女子どころか男子の心をも鷲づかみにしているのだ。


 中学時代の闇ランキング「お嫁さんにしたい女子」三年連続ブッチギリナンバーワンを達成したのは冗談でもなんでもない。

 卒業式のタケル争奪戦を勝ち抜くのは、さすがの私でも骨が折れた(物理的に)。


「謝るなら、早い方がいいかもなぁ」


 私はあえて傲慢に言ってやった。

 忘れっぽいタケルは定期的に「わからせる」必要がある。


「ご、ゴメン……許して、みーちゃん……」


 その呼び方を人がいるところでするな。


 とにかく、タケルは白い旗をフリフリ降伏した。

 寛大な私はにっこり笑顔を見せる。


「分かった。許そう、タケル」

「みーちゃんっ!」

「ただし、女装しろ」

「ええっ!!」


 私以外の三人が声を挙げた。

 うちふたりは早くもケダモノの眼だ。


「助けてもらっておきながらナマイキ言ったんだし、罰は必要だろう?」

「それは……そう、かも……だけど……」


 人差し指の先同士をくっつけ、いじいじしているタケル。

 他のオンナがこんな媚びたマネをしていたら顔面を蹴りたくなるけれど、タケルがすると事情がまるで違ってくる。


 今すぐぎゅってして頬ずりしたい。


 いやいや、いかん。

 今は心を鬼にして罰を与える時なのだ。


「そんなにエグいことはしないから。今から私の部屋に来な」

「う、うん」


 諦めたタケルがこくこくと何度もうなずく。

 こういう仕草がなぁ~いちいちなぁ~


 クッソかわいい!!


「き~まり。じゃ、みなさん、お先に失礼します」


 さっと左手をバイトの同僚たちに向けると、右手でタケルの左手を掴む。


「ちょっと待って、ミドリくん!」


 私の左腕にしがみ付いてきたのは結子さん。


「なんですか、結子さん。画像は何枚か共有しますよ?」

「えっ、そうなの!?」


 タケルが驚いた声を挙げるけどスルーだ。


「共有は大変ありがたいです。いえ、そうじゃなくて」


 結子さんが力の入った眼を向け、深刻そうに言う。


「ミドリくんって、かわいい服持ってるの?」


 私はすぐに言葉を返せなかった。


 たとえば、私とタケルがカフェに入ったとしよう。

 店員には普通にカップルとして認識される。ここまではいい。

 だけれど、常にタケルがカノジョで私がカレシとして認識される。常にだ。


 背が高くて濃いめの顔立ち。肩幅もまぁまぁ広い。

 ケツはでかいがチチはささやか。

 癖のある黒髪は、ショートが一番しっくりくる。


 見た目だけでなく、性格も好みもかわいいの正反対。

 中高とも制服はスカートなのに、学校どころか近所でもイケメン王子で通っている。


 そんな自分に似合う格好をしていたら、自然と持っている服は男みたいなのばっかりになるというもの。


 オシャレ女子大生・結子さんの指摘は、実に的確だった。


 のけぞるみたいに立つ結子さんが、片手を自分の胸に当てて宣言する。


「わたしなら、タケルくんにぴったりなフリフリを貸し出せるっ!」

「む、むむぅ……」


 確かに、私の手持ちではタケルのかわいさを引き出せる女装は難しいかもしれない。

 自信満々なのが腹立つが、結子さんの提案に乗るべき?


「ていうか、ユイちゃんもフリフリなんて着てこないじゃん?」


 夏希さんの指摘。

 言われてみれば、バイトに来る結子さんが着ているのは、オトコが好きそうな清楚系の服ばかりだ。


「ふふ……オンナに歴史あり。高校時代のわたしは、一時期ロリィタにドハマりしてたの。ピンクもゴシックもあるわよ」

「黒歴史的な?」

「いいえ、夏希さん。あの頃のわたしを、そんな言葉で否定なんてしないわっ」

「おみそれしやした」


 ロリィタファッションか。

 結子さんなら難なく着こなせたであろう。


 そして、タケルならもっと着こなせるはずだ。


「というわけで、みんなでわたしの家に来ない? ちょっと探さないとだけど、かわいいフリフリが売るほどあるわよ」


 うーむ、いい話ではある。いい話のはずだ。

 なのに、どこか引っかかる。


 どこが?


「結子さん、その服って自分で着ていたものですよね?」

「ええ、そうよ。どれも何度も着てるわ。あ、でも、マメにクリーニングに出してたから清潔よ」


 結子さんが着たことのある服か……

 それをタケルが着る?


 斜め下を見下ろすとタケルも見上げてきた。

 あいかわらずのかわいい顔立ち。


 私の心は決まった。

 顔を上げると非情に告げる。


「やっぱ、この話はナシで」

「なんでっ!」

「いまさらっ!!」


 男子高校生の女装に欲情している成人女性ふたりが私にしがみ付く。

 私はそいつらを「ええいっ」と蹴散らし、タケルの手を引っ張ってバイト先の喫茶店を出た。


 タケルと並んで家路につく。いつも通り、手を繋いで。


 おどおどと幼馴染みが訊いてくる。


「女装はもういいの?」

「ああ。たけちーも反省しているみたいだしね」

「なんで? みーちゃん、俺の女装は見たくないの?」

「え? たけちー、女装したかったのか?」


 意外なことを言い出した。


「そんなことない! そんなことないよ!」


 あわあわと両手を振るタケル。私の片手も振り回し。


 しばらくして落ち着いたらしいタケルが言う。


「みーちゃん、急に態度変わったのが不思議で」

「私はいつだって気まぐれだよ」

「みーちゃんじゃない女の人の服を着るのがイヤだったの?」


 時々鋭いな、こいつ。


「うん。なんかヤだった」


 私がブーたれ気味に言うと、タケルが手を握る力をぎゅっと強くした。

 こっちからも握り返す。


「ふふ、みーちゃんってば」

「うるさい」


 隣でにこにこしてる幼馴染み《オトコ》がかわいすぎる。

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