放置厳禁

増田朋美

放置厳禁

ある日、杉ちゃんとジョチさんは、用事があってショッピングモールにでかけたのだった。その日は、小薗さんが、実家に用事があって運転できなかったため、仕方なくバスに乗って、ショッピングモールにでかけた。二人が買い物をし終わって、バス乗り場でバスの来るのを待っていると、6人の小さな子どもたちと、二人のエプロンをした女性が、バス乗り場にやってきた。子どもたちは、皆紺色の制服を着ていたので、

「あの制服って、小手毬保育園ですね。あの保育園は、社会科見学が多いことで有名なんですよ。」

と、ジョチさんがそれを見て言った。小手毬保育園は、富士市内でも有数の私立保育園であり、そこへ入ることはある種のスタータスの様なところがあった。その保育園にはいったら、一目置かれて当たり前と言えるほど、定着していた。

杉ちゃんたちは、バス停から動くわけには行かないので、そこで待っていると、杉ちゃんたちが狙っていた路線バスではなくて、小手毬保育園とかかれているマイクロバスがやってきた。バスの中には保育士と思われる女性がいた。多分偉い地位にある先生だろう。

マイクロバスは、バス停の前で止まった。先程の偉い保育士と思われる女性がバスから降りてきた。子どもたちは、それを見て丁寧に先生に頭を下げて、一人ひとりバスに乗っていく。とても子どもたちが乗る姿とは思わない。子どもたちは、ワイワイと騒ぎながら我先にと乗車するのが、当たり前なのに。

「随分堅苦しい保育園だなあ。なんか保育園っていうより、軍隊みたいだな。」

杉ちゃんが思わずつぶやく。

「さあみなさん、これから園に帰りますが、くれぐれも無駄話はだめですからね。静かに帰りましょうね。」

保育士の先生の声がやけに大きかった。

杉ちゃんたちがぼんやりと眺めているのをよそに、小手毬保育園のバスは走っていってしまった。

「どうもわからんな。子供が静かにしているなんて、ありえない話だと思うけど。子供ってのはさ、ワーワー騒いで、大人に迷惑をかけて当たり前なんだぜ。」

「そうですね。保育士の言葉に、素直に従っているのもおかしいと思います。」

杉ちゃんとジョチさんは、顔を見合わせた。

「それなのに、なんであんなに静かにしていられるのかな?」

「そうですね。確かに、杉ちゃんの言うとおりですね。」

二人は、なんだか変だと思った。とりあえず、そのあとすぐにやってきた路線バスに乗って、製鉄所に帰ったが、どうもなにかおかしな光景を見てしまったぜ、と杉ちゃんたちは言い合っていた。なので、いつもとは違うけしきが見られるバスの旅も、あまり楽しいものではなかった。ジョチさんがスマートフォンで、小手毬保育園のウェブサイトを開いてみたが、何もおかしなところはなく、子供は笑顔で写っていたのに?

その数日後。何気なくコンビニに置かれていた夕刊を広げたジョチさんは、目を疑う程に驚いてしまった。

「小手毬保育園で園児がバスに置き去りにされた可能性あり。管理不行き届きか?」

という記事が乗っていたからである。

「どうしたんだよ。」

買い物を済ませた杉ちゃんがそうきくと、

「いやこれを見てください。小手毬保育園ってあの子供がうるさくないところですよね?」

ジョチさんは記事を杉ちゃんに見せた。

「はい、僕読めないから読んでくれ。」

杉ちゃんがそういうと、

「だから、小手毬保育園の送迎バスの中に子供が閉じ込められたという疑惑が発生しているようなんです。その時は、季節は夏で、放置された子供さんは、熱中症で救急搬送されたようですが、なんであれほどきちんとしすぎているほどの保育園で、この様な事件が起きるんでしょうかね?」

ジョチさんは、変な顔をして言った。

「そうだよな。それに、子供を送迎バスに置きっぱなしにしたという精神がわからん。」

杉ちゃんもそれに合わせた。

「あれほど、しつけに厳しくしておきながら、子供をバスの中に放置したりするでしょうか?」

それと同時に、

「保育園は子供を預かるところで、熱中症にかかる事はありませんよね。」

という疑惑も湧いた。

二人はコンビニを出て、今度は小薗さんの車で製鉄所へ帰った。製鉄所の食堂に置かれているテレビも、子供が、バスに置き去りにされた疑惑のニュースばかりやっていた。それではきっとあの保育園は、報道陣で大変なことになると、利用者たちが噂していた。それほど、その保育園は有名であったのである。

それからまた数日たって、テレビのニュースでこんなことをいい始めた。

「静岡県富士市の小手毬保育園で園児に対し、保育士が殴る蹴るなどの暴行を加えている疑惑が浮上しました。この疑惑がありますのは、小手毬保育園の主任保育士のA保育士と、一般保育士のB保育士の二人です。」

「呆れたあ。」

杉ちゃんはテレビのリモコンをテーブルに置いていった。

「そんなに子供をおもちゃにして何が面白いのかな。そもそも保育園で暴行するなんてありえない話だよ。」

それと同時に製鉄所の玄関の扉がガラッと開いた。そこには、一人の若い女性と、五歳くらいの小さな男の子がそこに立っていた。

「あの、一体なんの御用でこちらに来たのでしょうか?」

ジョチさんは、二人を見ていった。

「あの、こちらで人を預かってくれると聞いたものですからこさせていただきました。」

女性は変なことをいい始めた。

「預かるって何をですか?」

ジョチさんが言うと、

「はい。どうしても切れない仕事がありまして、この子を預かっていただきたいんです。お願いできませんか?」

と若い女性は言った。

「そうだけど、ここは、子供さんを預かるところじゃないんだよな。子供さんを預かるんだったら、保育園とか、そういうところに預けるべきじゃないのかな?」

と、杉ちゃんが言うと、

「はい。保育園にあずけていたんですけど、それがいま休園してしまいまして。それで代理の託児所も何も無いので、こちらで預かってもらいたいと思い、こさせていただきました。」

と、若い女性は言った。

「はあ、お前さんどこの保育園に行ってたの?」

杉ちゃんいうと、

「はい。小手毬保育園です。」

と若い女性は言うのだった。

「なにか代用の保育園とか、そういうところを探すわけにはいなかったのでしょうか?」

ジョチさんがそう言うと、

「もちろん探しましたよ。どの保育園も定員が一杯で入れなかったのです。それに4月から出ないと、新規園児の募集はしないと言われてしまいまして。」

杉ちゃんとジョチさんは女性の言うことに顔を見合わせた。

「まあ仕方ありませんね。それでは、彼女の言うとおりにしてあげましょか。数日でよろしければここで預かって差し上げましょう。」

ジョチさんがそう言うと、

「ありがとうございます。いつまでも仕事に穴を開けるわけには行きません。ぜひお願いします。数日だけでも構いません。」

女性はとてもうれしそうだった。

「そうですけど、本当に数日しか預かれませんからね。その間に必ず、新しい保育園を見つけてくださいよ。」

「はいわかりました。必ず見つけますから、今日だけ預かってください。それでは、よろしくおねがいします。」

と、若い女性はそう言って、深々と頭を下げた。

「よろしくおねがいします。」

小さな男の子も、そう言うので、ジョチさんは仕方ありませんねと言って、男の子を製鉄所で預かることにした。

「じゃあね。」

お母さんとの別れもその子は平気であった。

「とりあえず、幼児用のものは何もありませんが、こっちへ着ていただきましょうか。まずはじめに、あなたのお名前は何ですか?」

「はい、僕の名前は杉浦宏と言います。」

子供らしくない言い方だった。

「わかりました。杉浦宏くん。今日はどちらからお見えになりましたか?」

「お見えになったってなんですか?」

宏くんは、よく理解出来なかったようだ。

「はい、どこに住んでいらっしゃるのかを聞いているんです。あなたのお家はどこですか?」

「はい、森島です。」

宏くんはしっかり答えた。

「わかりました。どうも五歳なのに敬語を使っているところが不自然のように見えますが、とりあえずもうお昼なので、食堂へ行きましょう。」

ジョチさんは、彼を食堂へ連れて行った。食堂へ行くと、利用者の女性が、

「かわいい子だね。テレビゲームも何も無いところだけど、一緒にお弾きしない?」

と、宏くんに声をかけた。

「可愛い子じゃありません。僕は、ただの子供です。それに、ご飯はパンにバターだけつけてください。」

「はあ。」

と、杉ちゃんがあまりにも大人びた発言に、驚いて言った。

「パンにバターだけだったら、栄養バランス悪すぎだぜ。ちゃんと野菜も肉も食べないとな。それはちゃんと食べようね。カレーを作って上げるから、たくさん食べていいよ。」

杉ちゃんが、台所に行くと、

「大丈夫です。カレーなんてそんなに贅沢なものではなく、パンとバターだけで十分でございます。」

と宏くんは言った。

「何を言ってるの。子供がワーワー騒がないで、パンとバターだけで十分なんて言うのがおかしいんだぜ。ちゃんとカレーを食べてくれなくちゃ。遠慮しなくていいから、一緒にカレーを食べよう。」

杉ちゃんが、冷蔵庫から肉や野菜などを取り出してカレーを作り始めた。カレーのにおいというものはとても美味しそうなにおいで、誰が見ても食べたいという気にさせる食べ物なのであるが、宏くんはそれも反応しなかった。それどころか、カレーを器に盛り付けているのを眺めても、嫌そうな顔をしているのだった。

「ほら食べろ。カレーは好きじゃないの?」

杉ちゃんに言われて宏くんは、ちょっとカレーを食べたそうな目つきをしてくれていたけれど、すぐカレーと反対の方を向いてしまった。

「そうだけど。」

「なにかそうだけどなんですか?カレーを食べて嬉しくないという子供さんは、そうはいませんよ。子供さんであればみんな好きなのに、なぜカレーを召し上がれないのですか?」

ジョチさんがそう言うと、

「食べちゃいけんないんです。保育園の先生が、宏くんは行けない子だからカレーを食べてはいけないと言っていました。」

宏くんは小さな声で言った。

「それでは、食べては行けないと言われるようなことをしたんですか?」

ジョチさんがそうきくと、

「はいだって僕は、先生の言うことを聞かなかったので。」

と宏くんはいう。

「じゃあ、宏くんは、先生の言うことを聞かないで何をしたんですか?なにか反抗的な態度を取ったりしましたか?それとも保育園の器物を破損したということですか?」

ジョチさんがそう言うと、宏くんは、

「わかりません。僕は保育園の先生が嫌いです。いつも先生だから何でも命令に従わないと行けないって怒られるんです。」

と答えた。

「聞き方が悪いんだ。それよりももっと簡潔に聞けよ。お前さんは先生に最後に叱られたのはいつだった?」

杉ちゃんに言われて宏くんは、

「先週の月曜です。」

と、小さい声で答えた。

「その日、なんで宏くんは先生に叱られなければならなかったんだ?なにか行けないことをしたのか?そこを詳しく教えてくれるか?」

杉ちゃんがそう言うと、宏くんは小さくなって、

「はい、その日は、保育園で水遊びをしていて、嬉しくて眠れなかったんです。そうしたら、先生が早く寝なさいって大きな声で怒りました。」

と答えた。

「それで、先生がお前さんのことをひっぱたいたのか?」

「はい。どうしても眠れなかったから、本でも読もうかなと思ったんですけど、それは行けないからって言われて、先生に雑巾で叩かれました。」

「はあ、なるほど。」

杉ちゃんとジョチさんは顔を見合わせた。

「じゃあ、そういう事は、日常的にあるって言うことなんですか。叩かれるとか叱られるとか、そういう事は毎日行われていると言うことですね?」

「はい、そうです。」

宏くんはしっかり頷いた。

「わかりました。それでは、小手毬保育園では、日常的に虐待があるということになりますね。これはもしかしたら、単に教育不能ということだけではなく、刑事事件として取り扱ってもいいかもしれません。」

ジョチさんは、すぐにスマートフォンを出した。ダイヤルしようと思ったら、

「ちょっとまって!待ってください!」

と宏くんが言った。ジョチさんは変な顔で宏くんを見る。

「僕達は、先生に面倒を見てもらわないと、どこにも行くところが無いんだって、保育園の先生が言ってました!」

「つまり、洗脳か。」

と、杉ちゃんが言った。

「だって僕達は、子供だから大人の言うことを聞いてきちんとそれに従わないと、社会から 捨てられてしまうって先生が。僕らのことを見てくれているのは、この保育園だけだって。そんな事しては行けないのかもしれなけど、僕らは小手毬保育園しか行くところが無いって言ってたから、だから先生のいう通りにしなければだめなんです。」

「そうなんだけどね。お前さんみたいに、子供のくせに敬語を使ったり、カレーをたべては行けないと指示をされたりするのは、立派な虐待という犯罪になるんだよ。それは警察で調べてもらって、ちゃんと悪いことをしたって罰してもらわないと。その保育園でずっとお前さんのような被害者を出し続けることになるだろう。それでは行けないから、通報するんだろうが。」

杉ちゃんは宏くんにそういったのであるが、宏くんはワーンと泣き出してしまった。ジョチさんが腕組みをして、

「洗脳から解放されて、子供らしくなるには、時間がかかりそうですね。もしかしたら、精神科とか、そういうところに通院する必要があるかもしれません。それはもう仕方ないでは片付かないかもしれませんよ。」

と改めてスマートフォンを取ろうとしたところ、

「おじさんやめて!」

と宏くんは、更に子供らしく泣き出した。

「ほう。これでやっとこともらしい喋り方になったなあ。」

杉ちゃんが思わず言った。

「でも宏くん、これからもあなたのような被害者を出さないためにも、警察に通報する必要があるんですよ。小手毬保育園は、保育園として、適切な場所ではありません。だから法律で罰せられる必要があるんです。小手毬保育園がしていることは、保育園として許されることではありません。誰かが通報しなければ、虐待の被害者はこれからも増えるでしょう。あなたのような辛い思いをしている人を増やすのを阻止するためにも、通報しなければならないんですよ。」

ジョチさんは宏くんを諭すように言った。

「でも、でも、でも。」

泣きながら宏くんはいう。

「そうしたら、パパやママが安心してお仕事できなくなる。僕はパパやママに迷惑かけている邪魔な存在だから、保育園に言って良い子にならなきゃいけない。それができない子は悪い子だって、いけない子だって先生が!」

こうなってしまうと洗脳を解くのは難しそうだった。

「そうでうすね。そうかも知れないですね。でも宏くん、それは間違いです。この世に愛されないで生きられる子供さんなていませんよ。みんな宏くんのことを愛してくれています。だから宏くんも泣いたり喚いたり、子供らしくならないと。できれば今のところではなく、保育園を変わったほうが、いいのではないでしょうか?もっと宏くんのことを大事にしてくれる保育園に。もし、お母様一人では難しいのであれば、僕達も協力して差し上げますし、どうでしょう?」

ジョチさんは優しくそう言うと、

「結局の所子供を施設に閉じ込めておくとそうなっちまうよ。多かれ少なかれ、自分はこの施設の中でしか愛されていないって、思うんじゃないのかな。閉じ込められると、他に受け皿があるって知らされないからな。」

と、杉ちゃんが言った。確かにそうかも知れなかった。保育園はどうしても子供ではなく働くお母さんが主役になる場所である。

「そうかも知れないけど、将来を担っていきますのは、僕らではなく、宏くんたちです。子供の頃、邪険に扱われていたら、子供を邪険に扱う大人にしかなれないですよ。他人を大事にできる人になるには、子供の頃どれだけ手厚く保護されたのかが大切です。だからそのためにも僕達は、行動しなければならないでしょう。」

ジョチさんはそう言って食堂から中庭に出ていった。そしてスマートフォンを出して、警察に電話をかけ始めた。

「ええ、間違いありません。あの保育施設は、恒常的に虐待が行われて居ると思われます。通園している園児の一人から話を聞いたところ、日常的に暴力的な事が行われていたようです。心理的な虐待もあり、保育園だけが自分を愛してくれている、それをしているのはここだけなので、言うことを聞くようにと脅迫をしていたようです。」

と、ジョチさんはそう言っていた。果たしてそれがどの様な捜査に発展していくがよくわからないけれど、宏くんが通っている小手毬保育園はもうなくなってしまうかもしれなかった。そういう事でまた問題が置きてしまうのだろう。でも、子供はその事で傷ついてしまうかもしれないが、大事なことは宏くんのような、子供をどうやって守るかだけではなく、どうやって彼を洗脳からときはなってやれるか、どうやって元の世界に戻して上げるのかということであった。それはやっぱり一人ひとりの大人が、子供のことを思って接しなければならない事かもしれなかった。

「はい。確かに、有名な保育園ではありますが、報道されている様に、あの保育園は子供に暴言を吐いたり、子供に手を出したりしているのかもしれません。そのあたりは、捜査しなければわからない事かもしれませんが、いずれにしても、法的な処置が必要かもしれません。それは、お願いします。」

宏くんは、泣きじゃくっている。

「泣かなくてもいいんだよ。それより、今度こそお前さんが子供らしくちゃんと過ごせる保育園を探してもらうんだな。」

杉ちゃんは、宏くんの顔を手ぬぐいでそっと拭いてあげた。

「ほら、カレーを食べな。」

杉ちゃんに言われて、宏くんはやっとカレーを口にしてくれた。そして小さな声で、

「美味しい。」

と言った。


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放置厳禁 増田朋美 @masubuchi4996

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