第43話 十二時間④


「お久しぶりですね。航輔さん」


「え?」


 俺の背中に柔らかい物体が押し付けられていた。

 この感触はもしかして胸?


「ちょっと」と、ベッドから起き上がろうとしたが、彼女の力は強く押さえつけられていた。


「おっと。いきなり起き上がったら危ないじゃないですか」


「君は一体、誰なんだ」


「当てて下さい。顔を見なくても分かっているんでしょ?」


 相手は俺のことを知っている。

 つまり俺も彼女のことを知っているはずなのだ。

 すずちゃん? いや。声が違う。そもそもこんなところにいるはずがない。

 この甘い声に耳元に囁く吐息。


「もしかして君は早乙女留美奈さおとめるみなさん?」


「はい。答え合わせ。振り向いていいですよ」


 振り向くと爆乳金髪美少女の早乙女留美奈の姿があった。

 この人はいつかの一流ホテルに不法侵入した人だ。


「正解です。お久しぶりですね。航輔さん」


「どうして君がここに? もしかして待ち伏せをしていたとか?」


「やだなぁ。いくら私でもそこまでしませんよ。偶然。偶然ですよ」


「偶然? じゃ、君はここで働いているってこと?」


「はい。まぁ、アルバイトですけどまさかこんな再会ってあるんですね」


「まさかマッサージをしているとは思わなかったよ」


「あれからマッサージをするようになって人に触れるのが楽しくなっちゃったんです。だからこの仕事は私の天職かもしれません」


「そうか。まぁ、元気そうでなによりだよ」


「隣の子は彼女ですか?」


「いや、ちょっと訳ありで今日一日だけ遊ぶことになっただけだよ。彼女なら別にいる」


「そうですか。モテモテですね。まぁ、元がイケメンさんだから仕方ありませんね」


「マッサージありがとう。俺は別の施設も体験してくるよ」


「待ってください。最後までさせて下さいよ。それにもう少し会話を楽しみましょうよ」


「それは早乙女さんの願望でしょ」


「ダメですか?」


 急に目をキラキラ輝かせながら小動物のように振る舞う。

 断ったら泣かれそうな状況だ。


「んん。瑠衣をほっておけないし、起きるまでなら」と俺はマッサージを受ける体勢に戻した。


 それから早乙女さんは変なことをするわけではなく真っ当なマッサージをしてくれた。以前、受けたよりも格段に腕が上がっている。


「はい。一通り終わりました」


「ありがとう。凄く良かったです」


「それはどうも。そうだ。航輔さん。今度、私と遊びませんか? 勿論、プライベートで素晴らしいマッサージをしてあげますよ」


「いえ、またここに来ますよ。その時に指名させて下さい」


「もう。全然、心が揺るがないですね。こんな美少女からの誘いなのに」


「俺は心に決めた人がいます。その人を裏切れません」


「カッコイイことを言っているようで申し訳ないですけど、その心に決めた人以外と遊んでいる時点で説得力ありませんよ」


「こ、これは訳ありです。おい、瑠衣。いつまで寝ているんだ。行くぞ」


「むにゃ?」


 瑠衣は寝ぼけながらもベッドから起き上がってマッサージルームを飛び出した。


「また接触して心を奪いますからね」と早乙女さんはボソッと呟いたが、俺は返事をしなかった。


「マッサージ良かったですね。航輔」


「そうだな」


「次は岩盤浴に行きましょう。先に部屋を出た方が罰ゲームです」


「もうその手には乗らないぞ。また変なことになったら面倒だからな」


「変なことって何ですか。変な意味に捉えないで下さい」


「別にそんなつもりはない」


「とにかく勝負しましょうよ」


「勝負、勝負って何でそんな勝負したがるんだよ」


「二人でいるから勝負した方が面白いじゃないですか」


「面白いって」


「買ったら今日の約束時間を三時間短縮する権利を与えます」


「何? 俺が負けたら?」


「三時間延長です。これでどうだ!」


「よし。いいだろう。その勝負、乗った」


 こうして岩盤浴我慢比べの勝負が成立する。

 岩盤浴の室内に入るとモワッと熱気が立ち込めた。


「いいですね。先に部屋から出た方が負けです」


「了解した」


 バスタオルを床に敷いて隣同士で俺と瑠衣は横になった。

 最初の五分は心地いいものだった。

 だが、時間が経つにつれてそれは苦痛に変わる。

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海で溺れていた美少女を人工呼吸で助けたらファーストキスを奪われたと求婚される。その後、人助けが趣味の俺は次々と美少女を助けた結果、結婚を求められて困っています。じゃ、助けるなよってそれは無理な話だ。 タキテル @takiteru

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