二十七歳で異世界トリップして魔法学校一年生になりました(クラスメイトはみんなローティーンです)

遊森謡子

本編

 魔法学校。

 イギリスの某有名ファンタジー小説がきっかけで、私は自分がそんな学校に通うところを想像し、憧れたものだった。

 私は通うつもりがなかったのに、運命的に選ばれて入学。魔力が強くて大活躍。いじめっ子にいじめられても魔法でやりこめて、ついには学校で起きた事件を友達と一緒に解決! なーんて。


 そんな私が、魔法学校のリアルを味わうことになりました。


(どうせ魔法学校に入学するなら、せめてあと十年早く、異世界トリップしたかった……)

 教室の椅子に座り、教科書を読むフリをしながら、私はちらちらと周囲に視線を走らせる。

 右隣を見ても、左隣を見ても、大きめの制服も初々しいローティーンの少年少女ばかりだ。ま、まぶしい。


 ここ、旧王都ガーデール魔法学校一年クラスで、二十七歳などという年齢なのは……私、日比野ひびの映見えみだけである。


 半年前まで、私は日本で平凡な会社員をやっていた。

 仕事は不動産会社の営業だったのだけれど、部屋を探しに来店したお客さんに、どうやら興味を持たれてしまったらしい。

 その日の仕事を終えて、夜の八時に会社を出たところで、突然声をかけられた。待ち伏せされていたのだ。

 飲みに行こうとしつこいのをどうにかかわし、私は相手をまくために、ある一軒家に入り込んだ。最近、空き家になったばかりだということを、仕事がら知っていたのだ。普通に人が住んでいそうに見えるので、相手もここまでは探さないだろう。

 庭の植え込みにしばらく潜み、もう大丈夫だろうと立ち上がった時、ずっとしゃがんでいたので痺れた足がもつれた。

 目の前には、小さな池。満月が映ってまぶしいそこへ、スローモーションのように飛び込んでいく光景を、覚えている。


 気がついたときには、ベッドに寝かされていた。

 熱っぽいわ、頭は痛いわ、吐き気はするわで、私は朦朧としながら思った。

(ついてないな。ストーカーに追いかけられて、池に落ちて風邪を引くなんて)

 ところが、具合が悪いのは風邪のせいではなかった。

 私が目覚めたのは日本、ではなく、トリップした先のいわゆる異世界。その世界の、警察のような施設で保護されていたのだ。


 しかもその世界には、魔法の元になる力・魔力が満ちていた。世の中には魔力を身体に取り込める人と取り込めない人がいて、取り込める人であれば、魔法を使うことが可能なのだという。

 私は、取り込める人、だった。しかし、生まれた時からここに住んでいるならともかく、二十七歳のみぎりに突然転移して魔力を取り込んでしまったため、身体が大混乱して体調を崩していたのだ。

(あー、はい……大人になってから初めてインフルエンザにかかると、症状が重いっていうアレな)

 ……たぶん違うけど。

 

 ようやく回復し、過去の例から元の世界に戻るのは難しいとわかり。

 私は、この世界のこの国──シャスティ王国で生きていくことになる。


 幸い、魔力を利用して知らない言語を理解しやすくする方法を、真っ先に教えてもらえた。

『魔力を取り込めるのは、シャスティ国民の約百人に一人。あなたは運がいい』

 役人さんに言われ、

(百人に一人なら、そこまでレアでもないんだな……)

 と思った私。

 難民のような扱いになる私に、国が住むところや仕事を世話してくれることにもなった。

『まずは、寮に入ってもらいます』

 そう言われた時は、てっきり社員寮のことだと思った。

 ところが、それは何と、学生寮のことだったのだ。

『シャスティ王国では、魔力持ちの人は最低三年間、魔法学校に通う義務があるんですよ。魔法を悪用されたら困るので、基礎的な魔法を学ぶのと同時にルールも学んでもらうんです。試験に合格すれば、魔法免許証がもらえます。免許を取らずに魔法を使うと、懲役もしくは罰金ですから、気をつけて下さいね』

 要するに、車を運転する能力があっても、事故を起こしたら元も子もない。自動車教習所なり何なりで勉強して試験を受け、運転免許を取り、正しく運転できることを証明せよ……というのと同じだろう。

 私は納得しつつ──

 ──魔法学校、という憧れの響きに、ときめいた。

(小説みたい! どんな生活が待っているんだろう!) 


「ノエミ!」

 高い声で話しかけられて、私は我に返った。

「あっ、なーに? アンナ」

「なーにじゃないよ、次の授業にいこう!」

 同じ一年生のアンナ(十さい)が、くいくいと私の袖を引っ張る。反対側にいたマリー(十さい)も、「行こ、ノエミ!」と手招きしていた。

『ヒビノ・エミ』の『ヒビ』が、こちらの人には発音しにくいらしく、私は『ノエミ』で通っている。

「う、うん。私、ロッカーに寄ってから行くから、先に行ってて!」

「わかったー!」

 アンナとマリーは、パタパタと走っていった。


(いつも元気いっぱいだなー)

 私は廊下のロッカーに向かいながら、小さくため息をつく。

 魔法学校は、普通、十歳から十二歳くらいで入学するのだそうだ。魔力を取り込めるかどうかは、その年齢くらいでわかるものだとか。

(第二次成長期に、そういう能力が表に出てくるのかな。私も、せめて十代の頃だったら体力には自信あったのに。次、飛行の授業なんだよね)

 ホウキなり何なり、とにかく長い棒状のものにまたがって飛ぶ訓練だ。飛ぶこと自体はすぐにできるようになったんだけど、棒状のものは左右に回転しやすい。

 若いクラスメイトたちは柔軟で、あっという間に覚えて難なくこなすのに、私は身体をまっすぐしておくのに力が入ってしまい、いつも筋肉痛になる。


(はー。日本では、就職してから運動らしい運動してこなかったもんな。ヨガにでも通ってればよかった)

 ロッカーからホウキを取り出しつつ、またもやため息をついていると、声がした。

「ノエミ、一緒に行こ」

「あっ、シルヴィア!」

 振り向くと、背の高い美少女が、涼やかな笑みを浮かべている。無造作に束ねた長い銀髪が、さらりと揺れた。

 同じ一年生の中で、私以外にもう一人だけ、年齢が行っている子がいたのだ。それが、このシルヴィアである。

 ……といっても、私よりはうんと若くて、十八歳なんだけど。 

「今日、試験だよね。ノエミ、練習してきた?」

「してきたけど、飛行高度は自信ない」

「高く飛べなくたって、まっすぐ飛べれば合格するから大丈夫だよ」

 励ましてくれるシルヴィアは、優しくて中性的な魅力のある子で、優等生だ。


 彼女は、一年ほど前に突然魔力を取り込めるようになったらしく、この年齢で魔法学校に入学した。ごくたまに、そういう遅咲き? な人もいるらしい。

 入学式の日、浮いている者同士だからか、彼女は私に話しかけてくれた。

「世界を超えちゃったなんて、大変だね。私もさー、もう働き始めてたんだよ? 魔法が使えるってわかってたら、それ前提で生き方も考えたのに、今さらだよ。何でもっと早く取り込めるようにならなかったかなー」

「わかるー!」

 私たちはすっかり意気投合し、それ以来、親友の仲である。この国では十六歳から飲酒OKなので、時々、旧市街に出てお酒を飲んだりもする(さすがに寮内は禁酒)。


 並んで歩きながら、シルヴィアは教えてくれた。

「ぐらつかずに飛ぶコツはね、人形劇の人形みたいに、頭の天辺に糸がついてるって想像すること。上から引っ張られてる感じ」

「なるほど! 意識してみるよ、ありがとシルヴィア!」

「どういたしまして。その代わり、数学……」

 背が高いくせに、うつむいて上目遣いになるシルヴィアに、私は笑いかけた。

「あはは、了解。寮の夕食の後、自習室で一緒に勉強しよ」

「やった、ありがと! 大好き、ノエミ」 

 シルヴィアは嬉しそうに、私と手を繋いだ。

(はー、可愛いなー! 妹がいたらこんな感じかな!)

 一人っ子の私はキュンキュンしてしまう。

 大げさかもしれないけど、異邦人である私にとって、シルヴィアの存在は心の支えだった。


 シルヴィア、アンナ、マリーとは女子寮の同室で、毎日賑やかにやっている。

 アンナに、

「ノエミ、私の母さんと同じ年だー!」

 と言われてひっくり返ったけど、学校の子たちはみんな、年齢のことなど気にせず私と仲良くしてくれた。

 魔法、という、日本にはなかった技というか概念も、勉強しているうちにかなりわかるようになったと思う。


 入学して一ヶ月目、寮で秘密のパーティがあった。

 旧王都は陸の孤島のような場所にあって、十歳で寮生活を始めた子たちは今くらいのタイミングでホームシックになる。冬休暇までは家に帰れないので、ここらで寮生同士の団結を深める楽しいイベントを、という、寮の伝統行事らしい。

 パーティは秘密裏にやるものなので、大人数では無理だ。部屋ごとにこっそり行われる。今日は私たちの番だ。


 夜中に、私たち四人と、お世話係の六年生の先輩二人で、こっそり寮の厨房に忍び込んだ。先輩たちが音を消す魔法を使ってくれているので、足音はそこまで気にしなくて大丈夫だ。

 魔法の小さな灯りは、私たちの足元しか照らさない。闇に取り巻かれながら、素早く廊下を進む。

(秘密を共有するのって、楽しいし団結するよね)

 私も年甲斐もなくワクワクして、ひそひそとシルヴィアに話しかける。

「元の世界で学生だった時、忘れ物をしちゃって、夜中に学校に忍び込んだことがあるんだ。警備員さんをやり過ごしてさー。思い出すなぁ」

「そうなの? 私、こういうのホント初めてなんだ。ドキドキする」

 ごくっ、と喉を鳴らすシルヴィア。彼女はどうやら、ちょっといい家の出身らしく、あまりハメを外したことがないらしい。


 やがて、私たちは厨房にたどり着いた。先輩たちが、持ってきたカゴを取り出す。

「寮内は基本的に火魔法を封じられてるけど、厨房だけは使えるんだ。石造りだしね」

「ソーセージ焼いて食べよう。マシュマロも。ソーダ水もあるよ! 購買の人にこっそり取り寄せてもらったの」

 アンナ、マリー、それにシルヴィアも、目を輝かせた。先輩たちの指導で、アンナが火魔法を使い、空中に火の玉を出現させる。

 他の人々は、火の玉で棒に刺したソーセージを炙った。

「いい匂い! ……あつっ」

「ふーふー、美味しーい」

 みんなでアツアツのソーセージを頬張った。

「アンナ、交代するよ」

 今度はシルヴィアが、火の玉を作った。私はアンナにソーセージを渡す。

「キャンプとか、お祭りみたいだね!」

 すると、不意にマリーが表情を陰らせて、ポツリと言った。

「……ジャガイモのオムレツ、食べたいな」

「好きなの?」

 シルヴィアが尋ねると、マリーは元気なく「うん……」とうなずく。

 何でも、マリーの故郷のお祭りでは、薄切りにしたジャガイモを山ほど入れた分厚いオムレツが、必ず売られているんだそうだ。

「父さんや母さん、弟たち、オムレツ食べてるかな……」

 マリーは寂しそうに目を潤ませる。


(スペインオムレツみたいなやつかな)

 思いながら、私は立ち上がった。

「材料、探してみよっか」

 アンナが目を丸くした。

「ノエミ、作れるの?」

「そっくり同じにはできないと思うけど、それでよければ」

 そこは年の功というか、経験がものを言う。一人暮らし歴の長かった私は、それなりに料理ができるのだ。

 厨房の隅に、ジャガイモがぎっしり入った袋があるのに、私は気づいていた。

(二、三個、失敬しちゃえ。親元を離れて寂しい思いをしてる友達のためだ、バレたらおとなしく叱られよう! あ、山盛り卵もはっけーん)

 魔法で調理することはまだできないので、私は普通に料理を始めた。

 ジャガイモを薄く輪切りにして、多めの油で揚げ焼きにしていく。そこへ、ハーブと塩胡椒を混ぜた溶き卵をたっぷり投入。フライパンの縁まで一杯に、美味しそうな黄色がみっしり。油をじゅわじゅわ言わせている。

 しばらくしてから、フライ返しで縁をぐるっとはがし、お皿を使ってひっくり返した。

「よっ」

 黄色とキツネ色の、つやつやした表面が現れる。

「わぁ」

 一年生たちばかりでなく、先輩たちまで覗いている。

「……そろそろいいかな。はいっ、できあがり! 切るよー」

 お皿の上で、ナイフを使ってケーキのように切り分ける。表面はカリッとしていて、中はジャガイモがほくほく。緑のハーブも食欲をそそった。 

「おいも、美味しい!」

 おちびさんたちは大喜びだ。先輩たちもシルヴィアも食べている。

「すっごく美味しいよ」

 目をキラキラさせているシルヴィアは、年齢より幼く見えた。可愛い。

 先輩たちが身を乗り出す。

「ノエミ、今度六年生でもパーティやったら作りに来てくれる!?」

「ちょ先輩、そんなにしょっちゅうやってたらバレません!?」

 わいわいやっているうちに、シルヴィアがパッと振り向いた。

「誰か来る」

 瞬時に、先輩たちが食べ物の匂いを消し、全員で厨房の片隅に集まった。そして、姿隠しの魔法。

(手慣れてるー。あぁ、楽しいなぁこういうの!)

 暗闇の中、見回りをやり過ごしながら、私はまた皆と視線を合わせて、クスッと笑った。


 ちなみにその翌日、私は寮母さんに呼び出されてこってり叱られ(食材の方に何か探知系の魔法がかかっていたらしい)、がっつり反省文を書かされたのだった。

 他の子たちには、秘密である。


 それ以来、アンナとマリーとはもっと仲良くなった。

 アンナは水魔法、マリーは土魔法が得意だ。人より覚えるのに時間がかかる私に、特訓を施してくれた。

 魔法を使って、寮の庭に階段状の足場を作る練習をする。

「違うよノエミン、土に水を少し入れてギュッとすると、固まるじゃん。あれをイメージして、魔法で固めるんだよ」

「ノエミン、泥団子、作ったことないの?」

(なんかあだ名ができとるー!)

 私は思いながらも、あたふたと杖を構える。

「あるけど! 二十年以上前で記憶の彼方なんだってば!」

 結局失敗して地割れを作ってしまい、またもや寮母さんに怒られたのも、いい思い出だ。


 おかげで二年生に上がった時には、土・水・火・風と天の五属性の、一番基礎の魔法は使いこなせるようになっていた。試験の点数は、筆記は上位に入っていたけれど、実技は学年で真ん中よりちょっと下あたり。

 まあ、シルヴィアはいつも、総合三位以内を争っていたけれど。

「ノエミが数学を教えてくれてるおかげだよ」

「私も、シルヴィアたちが実技のアドバイスをくれるから、真ん中ら辺にとどまっていられるわー」

 私たちは相変わらず、仲がいい。


 三年生になった時、シルヴィアは寮長になった。

 魔法学校に通う義務は、『最低で』三年。その間は国費で通えるので、農村出身の子などは家の仕事を手伝うために基礎だけ学んで、三年で免許を取って卒業していく。

 四年生以上は、援助金が出るとはいえ授業料がかかるので中流階級以上の家の子が多く、寮長には最高学年の六年生がなることが多い。

 そんな中、三年生で寮長に選ばれたシルヴィアは、何かカリスマのようなものがあった。


「おめでとう、シルヴィア! 乾杯!」

 旧市街の酒場で乾杯すると、二十歳になったシルヴィアは微笑んだ。

「ありがとー。ね、三年目が終わったら、ノエミはどうするの?」

「今年二十九歳だよ、働くよ! たとえ授業料が無料でも、このトシで魔法学校には居座れないわー。異世界人には、国が仕事を世話してくれるって聞いてるし。シルヴィアは?」

「できれば、もうちょっと勉強したいんだ。でも元の職場から、早く戻ってこいって言われてて、迷ってる」

「え、それすごいじゃん! 望まれて行くなんて幸せだよ。職場って、場所はどこ?」

「王都。あ、ええと、ここが旧王都でしょ。職場は新王都」

「新王都か、行ったことないけど国の中心でしょ、かっこいい。やっぱり有能な人は違うなー」

「…………」

 一度、うつむいたシルヴィアは、やがて顔を上げて私を見つめた。

「あのさ……私、ノエミと過ごす時間が好きだ。卒業してからも、ノエミと一緒にいたい」

 酔いが回って、いい気分の私は大きくうなずく。

「私もー! シルヴィアといると楽しいもん。ちょっと役所に聞いてみようかな、新王都で働けないかって。私なんかでもできる仕事があればだけどね。そしたらちょくちょく会えるでしょ」

「本当? じゃあさ、私の職場にちょっと聞いてみる」

「え? 何を?」

「私の職場でノエミを雇ってもらえないか、聞いてみるよ」

 シルヴィアは、ぽん、と右手で自分の胸を叩いた。

「任せといて。ノエミのいいところ、私はいっぱい知ってるから。秘密のパーティの罪を一人でかぶったのも知ってるよ」

「うっそ、バレてるー。あははは、わかった。期待しないで待ってるよ」

 私は笑顔でうなずく。

(どうかなぁ。シルヴィアの職場がどんな場所かは知らないけど、異世界人を受け入れるのってなかなか難しいんじゃない?)

 そんな私の思いをよそに、シルヴィアは身を乗り出す。

「笑うなんてひどい、冗談で言ってるんじゃないからね? ノエミと一緒にいるためなら、本気で策を練る」

「ありがと、嬉しい! でも、断られても私はガッカリしないから、無理しないでよね?」

 本当に無理してほしくなかったので、私はテーブルの上に置かれたシルヴィアの左手に、そっと右手を重ねた。

「……うん……」

 シルヴィアは一瞬、息を呑んだふうだった。

 そして、私の右手の上に、さらに右手を重ねた。


 魔法免許試験も近づき、三年生の日々は忙しかった。

 寮長のシルヴィアは、寮生たちの人間関係にも気を配って、なかなか大変そうだ。一応、彼女や寮生たちより人生経験豊富(?)な私は、彼女をサポートしたり寮生の相談に乗ったりした。

 異世界でも、学生は学生。こんなふうに悩んだことがあったな、友達と喧嘩したな、と懐かしみつつ、時間は飛ぶように過ぎる。


 そして魔法免許試験、シルヴィアは一発合格。

 私は実技に一回落ちて再試になったものの、二度目で無事、合格した。


 ──卒業式の日になった。

 答辞に立ったのは、優秀だったシルヴィア。彼女は結局、卒業を選んだのだ。

「魔法学校は、卒業してからが本番だと思っています。ここで学んだことを胸に、僕たち、私たちは旅立ちます。そして、魔法で世界の役に立つことを誓います」

 その答辞を聞いているうちに、私はドワーッと涙がこみ上げてしまって──

 ──シルヴィアが最後に名乗った名前を耳にした時、すぐには意味が頭に入ってこなかった。

「卒業生代表、シルヴァン・ディ・シャスティニエ」


 旧王都ガーデール魔法学校の、大講堂の裏手には、桜にも似た淡い花が咲き誇っている。

 ピンクに染まった木の下で、シルヴィアが待っていた。

 ゆっくりと近づくと、彼女はすぐに私に気づく。

「ノエミ!」

「…………」

 私は、彼女の──ううん、『彼』の二メートルほど手前で、足を止めた。

「あの……。私、全然気づかなくて」

「ノエミ」

「さっき、シャスティニエ、って。……シルヴァン・ディ・シャスティニエ。シャスティ王国の、王子様、だったんだね?」

「……うん。末の、ね」

 シルヴィア、ううん、シルヴァンは、うなずく。

「兄や姉たちは、みんな十歳から入学したのに、私が今さら魔法学校の一年生なんて恥ずかしい……って父上に言われてさ。魔力があるのに無免許ってわけにはいかないから、入学はしたけど、身分は隠すことになって」

「そうなんだ……」

「世間的には、隣国に留学してることになってる。上級生には王侯貴族の子どももいるから、女の子のフリをすれば彼らにバレないで済むと思ったんだ。最後くらいはもういいやと思って、本名を名乗らせてもらったけど」


 もはや彼は、私の知っているシルヴィアと、少し印象が違っていた。

 校内では女装していただけでなく、周りに女性だという印象を与えるような魔法を独学で覚えて使っていたらしい。

 魔法を解いた彼の顔は、元々中性的な顔立ちだったけれど、頬のラインなどはやっぱり男性を感じる。


「職場って……王子様としての公務に復帰する、っていう意味だったんだね」

「ノエミ」

 シルヴァンは眉根を寄せ、私に一歩近づいた。

「嘘は、なるべくつかないようにしてきたつもりだ。寮が同室でも、その、失礼がないように気をつけた。でも、黙っているのは嘘も同然だって、わかってた。……ごめん」

「謝らないで」

 私は笑顔を作る。

「こちらこそ、ごめんなさい。何だか急に、シルヴィア……えっと、シルヴァン? が遠く感じて、寂しい気持ちになっただけ。私、あなたと過ごした三年間、すっごく楽しかった」

「ノエミ……」

「みんな優しかったけど、シルヴァンがいなかったら、きっともっと孤独だったと思う。ありがとう」

「ノエミ。あのさ」

 シルヴァンは、ちょっと呆れたような表情になった。

「これでお別れみたいな雰囲気作ってるけど、私とノエミはこれからも一緒だからね?」

 私は、背の高い彼を上目遣いで見た。

「ええっと。やっぱりあの話はガチ、なの?」

「もちろん。私は嘘はつかない。職場に仕事を用意してある。卒業してからもノエミと一緒にいたいって、言ったよね?」

「言ったけどぉ!」

 私はつい、一歩下がる。

「無理無理、一緒の職場で働くって、つまり王宮でしょ!? 異世界人の私に何やらせる気!? だいたいシルヴァンは」

 言い募ろうとした時、後ろから声がした。

「ノエミン! シルヴィア!」

「あっ、アンナ、マリー!」

 十二歳になった二人が駆け寄ってくる。すくすく成長した二人は、背の高さもほとんど私と変わらない。彼らも、免許試験に合格していた。

「先生が、そろそろ移動魔法をかけるって。お別れだよぉ」

「二人とも、故郷に帰っちゃうんだね……う、うわーん」

「泣かないでノエミン、手紙書く! シルヴィア、じゃなくてシルヴァン王子、また会おうね!」

「王都に来る時は、遠慮なく連絡するんだよ!」

 四人で、がしっ、と円陣を組む。

 年齢も身分も世界も超えて、私たちは同期の仲間だ。


 結局、私とシルヴァンは手を繋ぎ合って、アンナとマリーを見送った。

「じゃあ、私たちも行こうか。ノエミ」

「だから、どこに」

 聞き返すと、彼は言った。

「王都に『魔法インフラ庁』を立ち上げる」

「魔法、インフラ、庁?」

「うん。ノエミから日本の話を聞いて、国民の生活を支える基盤の部分を、もっと整備したいと思うようになった。魔法を取り入れてね」

 彼は、ぐっ、と私の手を握る。

「その準備室に、私がノエミを雇う。ああ、魔法免許所持者を対象に研究所も作るから、そこで続きを学びながら働くといいよ」

「それ必死にやらないとダメなやつじゃん……わかったよ、精一杯学んで、働かせていただきます!」

「そうこなくちゃ!」

 嬉しそうなシルヴァンを見て、いつぞやは妹みたいだと思ったことを思い出す。

(実際には『弟みたい』だったわけだけど。この笑顔には逆らえないなー)

 彼はその笑顔で、そのきらめく瞳で、私を見つめた。

「ずっと一緒だ。何があっても、年齢とか身分をどうこう言われても、手放さないからね、ノエミ」


 …………う、うん?


【おしまい】

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二十七歳で異世界トリップして魔法学校一年生になりました(クラスメイトはみんなローティーンです) 遊森謡子 @yumori

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