第22話 「紗×雪は不滅です♡」

【登場人物、簡易早見表】


屋処紗禄、顧問私立探偵。

和登島雪姫、紗禄の助手。本名は霧島。


アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。

黒沢琴音、刑事。偽名、斎藤一二三。婚約者と旅行中という設定。鑑識課配属。

久保昌良、刑事。今回搭乗した刑事達の班長を務めるおじさん。蕎麦が好き。捜査一課配属。

中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため(へたくそな)変装している。捜査三課配属。

牡丹一禾、乗客。サイコクレイジーレズ。略称PCR。無職。

壬生 郎、刑事。偽名、藤原宗次郎。探偵という設定。ダイヤの運び屋役を務める。捜査一課配属。

龍宮寺レオ、乗客。手当り次第ナンパしていたホスト。停職中。

山田二郎、乗客。アイリンを最推しにしてる独身未婚成人男性。システムエンジニア。

山吹メイ、乗客。紗禄と雪姫の解像度が高い、ガチ推しているファンのメイドさん。





雪姫視点

三日目午前、深夜~午前


バスルームに湯気が立ち上る。

シャワーヘッドから温かいお湯が出ているので疲れた身体に心地よい。


武器を回収したり、山田さんの救護などに追われて大変であったが、皆が気を利かしてくれて先に休んでていいと言ってくれた。

なので、こうして先に1人でシャワーを浴びることができた。


「痛…」

鏡を見るとアイリンに殴られたところが痣となっている。なかなかの良いジャブだった。

防御していた腕がだるく重く感じられる。

なんか身体洗うのめんどくさいしシャワーだけでいいかな、と思ったその時。


「雪姫さん~!一緒にお風呂入ろ♪」

「や、屋処さん??」


バスルームの扉が開いて屋処さんが入ってきた…全裸で。

手にはタオルを持っている。


「え、ちょっと、ダメですよ!」

「何で?同性なんだから問題ないじゃん」

「でも狭いし、わたしが身体見られるの恥ずかしいです…」

「このワガママボディで何を恥ずかしがってるんだい?美しいヒップ!腰のくびれ!綺麗な形をしたバスト!誰もが羨む見事な3点セットを持ち合わせているというのに!」


もう恥ずかしく何も言えない…。


「お疲れだろうから私が身体を洗ってあげるよ」

「そんな悪いです…」

「凄い頑張っていたでしょう、だからご褒美と思って」

「まぁそういうことなら…」

「この間に浴槽にお湯を張っておこ」


屋処さんがタオルにボディシャンプーをつけて泡立てた。


「じゃあまずは背中から、後ろ向いて雪姫さん」

「はい…」


気が気でない。今なら山吹さんの言っていた心臓が破裂して死んでしまいます!と言ったのもわかる。

戦闘とは違う緊張で心臓が高鳴っている。


「雪姫さんの肌は白くて綺麗だね~」

「そうですか?基本的なケアしかしてませんよ?」

「帰ったら何か良いスキンケアを買ってあげるよ」

「…嬉しいです」


優しくタオルが背中を上下する。


「ところどころ打ち身になっているね、大丈夫?」

「平気ですよ、触ると少しだけ痛いですが身体を動かす分には問題ありません」

「一応あとで船内の常勤医に見てもらおう」

「わかりました、でもそこまでいるんですか?」

「その方が私は安心する」

「では、あとで行きます。今はもう深夜ですからね」

「そう時刻は深夜、女2人、浴場、何も起きないはずがなく…」

「屋処さん?…きゃあ!」


タオルが身体の前へ回り込んできたせいで普段出さない様な声を上げてしまった…。


「雪姫さんそういう可愛い声出すの初めて聞いたね」

「屋処さん、あの、前は自分で洗うから…」

「ダ~メッ♡全部洗ってあげる…」


屋処さんが後ろから密着してきて、私を抱きかかえる様にして身体を洗い出した。

背中に屋処さんの胸の感触を直に感じる。柔らかい…。


「雪姫さん」


顎をわたしの肩におくものだから耳元で囁やかれてるようで、ぞわぞわとする。鳥肌が立つ。


「や、かっ…さん!」

「ん~?なぁに、ここが良いの?」

「あ!ダメ…」


動悸がして息が荒くなる。深く息を吸い込む度に肩が上下してしまう。


「ねぇ雪姫さん、誤解を解いておきたいのだけど」

「え…、あ、山吹さんのことですか」

「あれ私じゃないんだよ」

「…知ってます、守衛室の監視カメラで深夜に闘っている姿を見ました。それなのに私、屋処さんを不埒みたいに扱ってごめんなさい…」

「分かってくれたらそれでいいよ、ありがと雪姫さん」


屋処さんが顎を肩に置いてきた。

タオルを右腕に這うようにして滑らせる。


「爪綺麗だね」

「船に乗る前、ネイルサロンへ行きました…」


わたしの右手の上から、屋処さんが自分の右手を重ねて握りしめてきた。


「手も細くて綺麗」


何を言えばいいかわからない…。


「泡を流してあげるから立ってくれるかい」


言う通りに腰を上げて立った。私の方が背は高いので若干、屋処さんが見下ろす形となる。

シャワーをかけられて泡が流れ落ちていく。


「私ねファンの子とやり取りこそするけど、誰彼構わずと手を出したりはしないよ」

「はい…」


屋処さんはシャワーを固定位置に戻した。2人にお湯が当たっている。

どうしたのだろうと振り返る。


そこにはこちらを見つめる黄緑色の瞳があった。

これまでに全てを見通してきた審美眼。

今はわたしのことを見つめている。


「雪姫さん」


屋処さんが両手でわたしを挟むように壁へ手をつけた。

こ、これは壁ドンというやつでは??人生で初めてされてしまった…!


「好きだよ♡」


ッッッッッッッ!!眼前に屋処さんの顔がある…。

思わず目を閉じてしまった。


唇に柔らかい感触がする。

チュ、とシャワーとは違う水気のある音が響いた。



「えへ♡キスしちゃったね」

「あ、あ、あ…の、わたし初めて…キス…しました…」

「ほんと?じゃあもっとしよ雪姫さん…♡」


もうこの後、どうにかしてしまい記憶がない。

人生でもっとも甘い時間を過ごしたことだけは覚えてる。


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…………眩しい。瞼を開けると窓から朝日が差し込んでいた。

「おはよ雪姫」

「え、あ、おはようございます…紗禄さん…」


目を覚ますと屋処さ…、紗禄さんがコーヒーを入れている最中だ。


「今、雪姫の分も煎れてあげるね」

「あ、ありがとうございます」

「もう今日には目的地の高雄へ着くよ」

「わたし、台湾というか国外へ初めて出ました」

「そうなんだ?台湾は沖縄よりも南に位置して、高雄はその台湾の最南端だからすごい暖かいよ」

「なんだかバカンスに来たみたいですね」

「ここには三日滞在したあと、帰りも伊月号に搭乗して帰国するからね」

「じゃあその三日の間はわたしたちどうするんです?」

「んふふ、目的も仕事も終わったから一緒に観光しよっか!」

「はい…!」


とりあえず朝の身支度を済ませて、一緒にコーヒーを飲んだあと朝ごはんを食べにレストランへ向かった。


レストランは朝から賑わいを見せていた。

座れそうな席はあるかな。


「紗禄様~!雪姫様~!こちらです~」

「山吹さん…!」

「お、こいつはありがてぇ」


山吹さんがわたしたちのために席を確保してくれた様だ。


「おはようございます山吹さん」

「おっはーメイメイ〜」

「メイメイ…?パンダみたいで可愛いです。お二人ともおはようございます。僕が席を確保しておきました」


山吹さんは既に自分の分のご飯が机にあった。


「助かります、じゃあわたしが朝食を取ってきますね紗禄さん」

「ありがとう雪姫」

「……!う、うぅ〜」


?!山吹さんが急に顔を伏せて泣き出してしまった。

「どうしたんですか山吹さん?」

「ぼく、ぼくいたく感激しました!」

「へっ?」

「お二人とも結ばれたんですね!」

「あ、いや、その…」


今のやり取りで察するとは…。どうしようこれ。


「山吹さんは紗×雪!名誉ファン第一号の照合を授けよう」

「わぁ!嬉しいです!」


それでいいのかな?

取り敢えずご飯を取りに行こう。


今日の朝ご飯は洋食でベーコンエッグにサラダ、パン、デザートにオレンジ。

列に並んで受け取ろう。


「おはよう雪姫はん!」

「おはようございます、一二三あ、違う…琴音さん」

「ふふ、紛らわしくてごめんなぁ」

私の後ろに琴音さんが並んでいた。


「閉じ込めらていたようですが平気でした?」

「え、ああ平気やで。迂闊に反抗せんで壬生郎はんが助けに来てくれると信じとったからな!」

「紗禄さんから聞きました、実際に駆けつけてくれたんですよね」

「めっちゃかっこよかったで!」


昨日のことながら興奮が冷めてないらしく、救出しに来てくれた様子を嬉々として語ってくれた。

教えてくれたら同行したのに…、すれ違っていたからしょうがない。藤原もとい壬生郎さんが付いていたとはいえ、敵陣に行くなんて心此処にあらずだ。ん、合ってるかなこれ?


話しているうちに受け取る番が来た。

屋処さんの分もあるから2人分受け取る。


「そういえば壬生郎さんは一緒にいないんですね?」

「あーなんか飯を食う気分じゃなんやて、あとで購買で何か買って戻るさかい」

「何だか世話焼き女房みたいですね」

「うちはまだ未婚やで…!」


照れてしまい顔が赤い、琴音さんは根が素直で可愛い。


「一緒に朝ご飯食べませんか?今日は屋処さんと山吹さんがいます」

「山吹はんって一緒に山田をしばいた子やな?話してみたかったんや、もち屋処はんともや!」


琴音さんを私達の席へ案内してあげた。

テーブル席なので一人分余っているため丁度いい。

「お食事を持ってきました紗禄さん」

「雪姫さんありがとう、おやそちらは刑事さんかい」

「黒沢琴音って言いますん、よければご一緒させてもらってよろしゅう?」

「どうぞ~、可愛いギャルはいつでも歓迎する」

「わぁ〜、デッキにいた人ですよね。僕は山吹芽依です。よろしくしてください!」


なんだが食事処が賑やかだ。

これはこれで楽しい。


わたしは勿論、紗禄さんの隣に座った。

目の前に琴音さん、その隣に山吹さんが並ぶ。


和やかな朝食が始まった。


「紗禄様、昨晩どのようにして甲板デッキへ集まられたのでしょうか?」

「あぁ、それね。守衛室の監視カメラを見たら雪姫さんがチャラ男相手にナンパ勝負していてね」

「琴音って呼んでくれてええで!それで雪姫はんナンパしてたんか?」

「昨日の琴音さんはそういえば成り済ましたアイリンでしたね。手当たり次第に口説いているホスト男がいたので打ち負かしてやったんです」

「さすが雪姫様!」

「船にホストがいたの雪姫さん?」

「はい、それも前に依頼人の身分証やクレカを盗んだホストでした」

「妙だな」


屋処さんも疑っている。謎の人物レムによって導かれたことを教えた。


「あ、そのレム。私も聞いた。きっと黒幕の名前だろう」

「re:mでしたね確か」

「なるほど…。確かに気掛かりだが一旦置いておこう。で、続きなんだが雪姫の傍にいた琴音さんがアイリンであることに気付いたんだ」

「紗禄さんは昨夜の時点で気付いたんですね、さすがです」

「まぁね〜。そのことを壬生郎へ伝えに行ったら既にアイリンが接触を謀ったあとだった」

「僕の知らないうちに色々なことが起きていたんですね、驚きです!」

「お通屋のあとみたいな顔の壬生郎がわたしに、ヤカ…琴音が人質に捕らわれた。俺は一人でいくけどお前は来るな…!って言うもんで」

「ぷは、あはは、今の壬生郎はんに似てておかしゅう…!」

「あ、似てた?それで私、相手の誘いに真正面から乗った壬生郎に馬鹿と言ってコンサルしてあげたの」

「壬生郎はん、実直過ぎてたまに馬鹿正直なんや、もうちょい肩の力抜くといいんやけど」

「まぁ、そこが彼らしくある。その彼と琴音さんの救出へ向かったんだ。後ろからお仲間の刑事へこっそり付いてくるように促して」

「あの人、ほんとに単身で向かいそうですよね」


不器用で実直、イメージ通りな人だ。


「機関部の工作室でアイリンと琴音さんがいることを突き止めたんだ」

「扉が急に開け離れて壬生郎はんが出てきてめっちゃ驚いたわ!アイリンも驚いとった」

「扉からマッチョマンが出て来たらそりゃ驚く、アイリンはそのまま琴音さんを人質として盾にして逃亡したんだ。私はもちろん後を追った」

「あいつ、うちの髪を掴んで引っ張りおった。許さへんのや!」


実は迷って車両甲板へ行ったことは伏せておこう。


「その頃、わたしは守衛室にいました。紗禄さん同様に監視カメラの映像を確認しようとしたところ、山田さんが逃げたと報告が入ってきました」

「元々、あの眼鏡は拘束されてたんか?」

「私が一度捕まえた。手錠でベッドに繋がれていたはず。琴音さんに扮したアイリンが救護室に寄ってたから、奴が手錠を解いたんだ」

「なるほどやなぁ、続けてもらってええで」

「わたし、守衛さんから山田さんを探す様に頼まれまして捜索してみました」

「監視カメラの映像に不審な点がなかった雪姫さん?」

「ありました、なので逆に不審な点をクローズアップして行方を追い、甲板デッキへ行ってみたんです。そしたら見事にいました。救命ボートを降ろす準備をしていました」

「凄いです雪姫様!」


えへへ…。


「じゃあ紗禄はんはアイリンを、雪姫はんは山田を追って甲板デッキに行ったんやな」

「僕は紗禄様と雪姫様へ晩ごはんを届けるために探していたところ戦っていたところに遭遇しました!」

「ありがとうございます山吹さん、琴音さんも」

「お礼を言わなあかんのはうちのほうや雪姫はん。うちじゃアイリンを取り押さえられんかった。めっちゃ強くてびっくりしたで」

「雪姫さんは学生時代にキックボクシングのチャンプになったことあるんだよね」

「ええ、まあ…。粗暴と思われたくないので本来は人に言いませんでしたが」

「そうなんや!大丈夫、秘密にしとくで!」

「琴音さんが壬生郎さんを好きなのも、当人には秘密にしときますね」

「あ、そういう?設定も許嫁だったね」

「あー!あー!何も言わんといて!」

「すてきですね〜、僕は羨ましいです」


山吹さんは紗禄さんを見つめている。


「そういえば、山吹さんは紗禄さんと逢い引きしたんですよね」

「いやそれは私に扮したアイリンだよ、雪姫さん」

「アイリンはそんなことまでしてたんか?」

「今思い出しても僕、身体が熱くなります…」

「相手…してあげたらどうですか紗禄さん」

「え、ちょ雪姫さん?!何を言って」


紗禄さんがむせ返した。こんな驚く姿は初めて見たと思う。


「いや、こんなに尽くしたのにまったく報われないのは可哀想じゃないですか」

「いやしかし、雪姫…」

「え、いまこれ何が起きとるんや?」

「僕にも分からないです…」


全員がわたしの発する次の言葉を待ち望む。


「紗禄さん、山吹さんとも付き合っていいですよ」

「??!」


ガタンッ!と山吹さんが椅子から崩れ落ちた。

「山吹はん!しっかりしいや!」

「僕、目の前への現実が理解出来ずにパンクしそうです」

「え、雪姫さん本気…なの?」

「紗禄さんなら人の考えてること分かりますよね」

「エスパーじゃないから全てじゃないよ」

「わたし一人で紗禄さんの求めに応じるの大変だなって…昨夜思いました。何であんな人の弱点見つけるの上手いんですか?」

「ゆ、雪姫さん…?!待ってそれ今言う??」

「い!山吹はんが鼻血出して気を失っとるで!」

「それはまずい!部屋へ運んで寝かせてあげよう」

「じゃあわたしが運びますね」


アイリンに弄ばれた挙げ句、目の前で自分の好きな人が自分以外と結ばれたのに、喜んで祝福してくれた…。

ないがしろにするのは凄い気の毒だ。

でもわたしも譲れないから、本人がこれで良いならの話しではある。


「紗禄さんは考えといてください」

「え、うん…。どうしよ、たまげたなぁ…」


山吹さんを持ち上げると軽い。大事に運んでわたし達の部屋のベッドに寝かせてあげた。



紗禄視点

3日目 正午


ニコチン!取り敢えずいいからニコチンが欲しい!


私の脚は喫煙室へ向かった。

目の前に行くとまた先客がいる。


「ん、ヤカ…?」

「ニコチンを寄越せ!」

「うお!なんだお前?!」


壬生郎がタバコを吸っていたので奪い取ってやった。

…あぁニコチンうめぇ〜。


「急に現れて人のタバコを奪うやつがあるか」

「すまない、ちょっと、いやわりと錯乱していた…」

「なんでまた?もうアイリンはいないだろ」

「急に彼女が2人出来て付き合うことになった、これが落ち着いていられるか!」

「は?彼女?いやだってお前女…」

「今はそういう時代なんだぞ壬生郎!時代に合わせてアップデートしろ…!」

「いやそんな話聞いたことねぇよ…」


壬生郎のタバコを吸うことで徐々に落ち着きを取り戻した。


「取り乱してすまなかった、代わりに私のパイプを吸わせてあげよう」

「いや別にいい…」

「なんでだ?男が私のパイプを吸えるなど滅多にない機会だぞ」

「パイプは確かに吸ったことないが…」


踏ん切りのつかない壬生郎のために私がパイプを燻してやり、口元へ無理やり押し付けた。


「旨いかミブミブ?」

「あぁ、悪くないがつけ口に唾液が付き過ぎて気色悪い…。あとミブミブはやめろ」

「もう一本、頂戴。たまにはこっちのタバコも悪くない」


喫煙室は2人で吸うタバコの煙が充満する。


「山田や牡丹はどうなった?」

「守衛室で見張られてる。アイリンのいない今、もう逃げ出せないだろう」

「ならいいや。あのあと機関部では大変だった様だね、中山から聞いたよ」

「ん、まぁな…」

「君は貨物を壊すのに持ち込まれたチェーンソーを持ち出した相手と死闘を繰り広げたんだってね」

「危うく死ぬとこだった」

「死者1名、負傷者4名。なかなかの戦いぶりだ。中山も包帯を巻いていた」

「よくやってくれた」

「実は死体を検分したんだ、わたし」

「何…?」

「チェーンソーの刃が切れたことにより、飛び散った刃が持ち主の顔と首筋に伝っていた」

「急に弾けてな」

「チェーンをよく見ると一箇所、綺麗に切断されていた。工作室にはナタといった鋭い刃物はない」

「何が言いたい?」

「ハードケースに入っていたのは日本刀だろう」

「よくわかったな」

「警察官は剣道や居合の段位をよく持っているからね、君なんかおにあつらえ向きじゃないか。刀で切ったんだろ」


壬生郎は答えず、パイプで煙を吹き出す。


「また遺体には過度な打撃による外傷が見られた」

「無我夢中で殴ったかもしれん」

「何か棒状のもの、例えば刀の鞘だろうか」

「……」


何も言わない。


「疑問なのはチェーンソーの刃による裂傷は2点ほど見受けられる」

「それで?」

「顔に対して巻き付いたなら傷は平行に並ぶはずだが、遺体の傷は交差している」

「ほぉ…?」

「あ、興味もった?刃そのものは消えたみたいだね、不自然なことに」

「そりゃ変だな、で結果は?」

「行き過ぎた正義はよくないよ、ってこと」


壬生郎の瞳は虚ろだ。目の前にいるはずなのに、私を捉えてない。


「もはや立証するための刃は無く、遺体は日本へ戻る前には腐る。高雄で処分されるだろう。誰も不審とは思わない、私以外に」


ノンバーバルが全く持って何もない。不気味だ。息してるのか?


「大事な人がいるんでしょう?危ない真似はしない方がいいよ〜」

「…誰かが為さなきゃならない」

「琴音さんがもう少し肩の力を抜くといいと言ってたよ」

「琴音が…?そうか、わかった」


懐の携帯が振動する。確認すると雪姫からだ。


「あ、呼ばれたから私行くね。じゃまたな壬生郎!パイプはあげるよ、私は予備あるから」

「…またなヤカ」


喫煙室を後にして、甲板デッキへ向かった。

コンサルタントはこんなもんでいいだろ。



甲板デッキへ出ると青空が広がっていた。


「あ、カモメです雪姫様!」

「それに大地が見えますね」

「あのーすみません写真撮ってもらえます?」

「僕がお手伝いします!」


デッキから雪姫と山吹さんが海を眺めている。山吹さんは乗客に声を掛けられて写真を撮っている。


「お待たせー」

「紗禄さん、台湾が見えてきました」

「お、目的地だね。観光が楽しみだ」


んー、日差しに照らされる雪姫さんが綺麗だ。


「あの紗禄さん、何点か気になるところあるんです」

「レム?あれアイリンだと思うよ」

「え、そうなんですか?」

「re:mに自身のことを指すIを足すとI re:mアイレム。これはアイリンとも読めなくはない」

「ホストや、紗禄さんを襲った牡丹をこの船に呼び込んだのは全部アイリンなんですか?」

「架空の上位存在がいるように示して組織を動かすのは秘密結社あるあるだよ」

「アイリン自身が犯罪組織のトップだった…?」

「可能性は高い。逃げられてしまったので確かめようはないけど」

「すみません…」

「雪姫のせいじゃないよ。捜索は海上保安庁に任された。けど既に仲間が助けた頃じゃないかな」

「なんであんな執拗にダイヤを狙ったんでしょう…?」

「ここにダイヤがあるので見てみよう、壬生郎には帰りに返してあげるのだ」

「紗禄さんがずっと持ってたんですね。ん、これは…?」

「わかる?光にかざすと影絵が出るんだ」

「これなんですか一体?」

「何かの座標だと思う」

「どこを示しているんでしょうか」

「わっかんね、情報が足りないや」

「紗禄さんが分からないことをわたしが分かるわけもありませんね」

「こいつは私は責任を持って受け渡そう」


ダイヤは懐にしまう。


「あの事件とは直接関係ないですが、気になってるのでこの際聞いてしまおうかと」

「んにゃ?なんだろ」

「紗禄さんがホームズの子孫ということならジョンワトソンの子孫もいるんですか?」

「いるよー。彼はまだ未成年なのでその存在を社会に公表されてない」

「そうだったんですか?未成年ということはまだ子供なんですか」

「そだよ。私とは世代が離れている。会ったことはあるけどいい子だったね。まだジュニアスクールなのでコンビとして連れまわすわけにもいかないのだ」

「それは確かにそうですね…」

「ここで演繹法的気付きをひらめくともう一つの事実に気付く」

「あ、モリアーティの子孫いるんですか?」

「イギリス政府の見識ではいないということになってる」

「なんだか意味深な言い回しですね」

「ご先祖様と滝に落ちてから消息を確認されてないので死んだとされる。その時に伴侶はいなかった」

「じゃあお家断絶したんです?」

「ただ、相手は犯罪のナポレオンと呼ばれた男。別に結婚なんかしなくても女なんかいっぱいいたかもしれない」

「なんか嫌ですねそれ…」

「というわけなので正確にはわからない、だけど」

「だけど…?」

「I re:mなんだが」

「なんですか紗禄さん…?」

「こうとも読めないかい和登島さん…,I return Moriartyとね」















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