第21話 「壬生狼」

【登場人物、簡易早見表】


屋処紗禄、顧問私立探偵。

和登島雪姫、紗禄の助手。本名は霧島。


アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。

黒沢琴音、刑事。偽名、斎藤一二三。婚約者と旅行中という設定。鑑識課配属。

久保昌良、刑事。今回搭乗した刑事達の班長を務めるおじさん。蕎麦が好き。捜査一課配属。

中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため(へたくそな)変装している。捜査三課配属。

牡丹一禾、乗客。サイコクレイジーレズ。略称PCR。無職。

壬生 郎、刑事。偽名、藤原宗次郎。探偵という設定。ダイヤの運び屋役を務める。捜査一課配属。

龍宮寺レオ、乗客。手当り次第ナンパしていたホスト。停職中。

山田二郎、乗客。アイリンを最推しにしてる独身未婚成人男性。システムエンジニア。

山吹メイ、乗客。紗禄と雪姫をガチ推しているファンのメイドさん。


【前置き】


このパートは男性キャラしか出てこないため、何だよ百合はないのか?!という読者の方はこちらのパートを抜かして次に更新されるエンディングの22話を読むでも全然構いません。

字余りを補うために闘う男、壬生郎の活躍を見たい方は御覧ください。

注意として戦闘描写が血生臭いです。




壬生視点 

三日目午前、真夜中


「うおおおおおおおおお!」


目の前の胴体格以上の男と揉み合う。

互いにぶつかり合い、本気で投げ飛ばし合う。

工作室は一言でいうなら滅茶苦茶の有様だった。机はひしゃげ、壁はへこみ、至る所に工具や物が散らばっている。


相手の男は齢40以上くらいの外見。彫が深く、髪は無造作に垂れており、髭が濃い。

指紋採取した照合結果に1人だけ強盗殺人の主犯として前科のある人物がいた。

取り調べの調査で残された記録では身長192cm、肖像の写真には髭こそなかったが骨格や顔付から目の前のこいつで間違いないだろう。本来ならまだ刑期を終えておらず、服役中のはずだ。事実上、終身刑なのだから。


「なぜアイリンに付き従う?そもそも服役中のお前がどうしてこの船にいるんだ!」

「そりゃあれだよ、俺があの女のお眼鏡にかなったからだよ、がはは!」

「ふざけるな!」


右拳を握りしめて相手の男の顔を目掛けてぶん殴る!


「うごっ!がっは!」

「どうだちゃんと言う気になったか?ええ?お前の顔を潰してもいいぞ」


男の鼻から血が垂れた。反対の鼻を塞ぎ、血を飛ばした。


「いいパンチだ…。痛いじゃねぇか」

「喋るまで殴り続けてやろうか?」

「それはちっと願い下げだな」


大男は傍に転がっていたハンマーを手に取る。


「次は俺に殴らせてくれよ!なあ!」


ハンマーを振り上げてこちらへ向かってきた!

こちらも応戦すべく、手ごろなスパナを拾い上げる。


「おらぁ!」


ハンマーとスパナが眼前でぶつかり合う。ぶつかる度にお互いの道具が摩耗していく。


「ひひゃはははは!!」

「はあぁぁぁ!」


目の前の大男は瞼を見開きこちらを見据えている。

瞳が一点もぶれずに俺自身を捕らえている。…正気じゃない。その瞳はまさに狂気だ。


「がはは!はは!」


連続でハンマーを振りかざしてきた。無軌道過ぎて脈絡がない。目の前の人物の思考そのものだ。

でたらめな力加減のせいで握っていたスパナが次第に折れ曲がってきた。


次の振りかざしでは力を溜めて全体重を乗せて振りかぶった。

ガキン!とより一層力強い金属音が響く。


「んだぁ?柄が折れちまったじゃねぇか」

「次はお前の鼻がそうなるかもな」


自分の手元を見るとスパナの半分から上が直角90度にお辞儀するかのように折れていた。

お互いにダメになった道具を捨てる。


「おいおい道具が壊れちまったじゃねぇか、ったく次はどうするか」


こちらも何かを選ばねば。近くにあったノミを手に取る。


「ああ、そうだ。あれがあったんだ」


大男は隅に放置されていたバックを手に取るとチャックを開けて、何かを取り出す。


「ヒア!ヒャハハハハ!こいつはどうだぁ?船の積み荷をばらすのに持ち込んだんだぜ」


奴が手に握っていたは積み荷の木箱を破壊するのに使用したのである電動チェーンソーがあった。

ヴィィィィィンンンン!!と耳障りなエンジン音と刃が回転する。


これはさずがにまずい…!ノミでは対処出来ない。


「こいつでお前をバラしてやるよ!なっ?!」


一旦、後退して工作室から飛び出た。扉を締めたあと、ドアの隙間にノミを思いっきり突き立てといた。

深々と刺さったので容易には抜けないだろう。

中からはあの男がわめく声が聞こえる。どん!どん!と叩く音がするが開けられないようだ。時間稼ぎにはなるだろう。


通路に出るとそこでは班長と中山がその他複数人の手下と揉み合っている最中だ。


「班長、拳銃を貸してくれ!」

「すまん壬生!今、手が離せそうにない」

「中山!」

「探偵さんに言われて持ってきた、あなたのハードケースがあります!うわぁ!あぶない!」


班長も中山も乱戦中で手が離せそうにないが、ケースを持ってきてくれていた。

…感謝しよう、ヤカ。


俺の後ろでは急にギュィィィィィと耳を塞ぎたくなるような音が響く。

ドアの側壁に赤い一線が見え始めた。くりぬいて出てくるつもりらしい。


ハードケースを回収するため乱戦の中へ踏み込む。


「邪魔だ!」


目の前に立ちふさがった男を一発ぶん殴る。鼻が潰れて何かわめいているがどうでもいい。

蹴とばして隅に寄せて置いた。


目的のハードケースの目の前まできた。確認するとランプが赤いままだ。

取っ手の指紋照合に親指を合わせる。するとブザー音がなってしまった。


「なっ!?ここじゃ通信が出来ないのか!クソったれ!」


ここは機関部のため、船の最深部だ。電波が届きにくいのだろう。


工作室の不愉快な音が鳴りやんだ。ドアの側壁には歪な四角い赤い熱線が刻まれている。

次の瞬間、四角くくりぬかれたドアの一部が吹き飛び、大男の足が見えた。

ドアをくりぬいて、とうとう中から奴が出てきた。


「へへ、恋しかったぜ」

「お前など御免こうむる」

「なんだぁそのケース?まぁいい、さっきの続きといこうぜ!」


奴がチェーンソーを振りかざしてこちらへ全力で向かってきた!

ハードケースを盾にして前に差し出す。


俺の眼前でケースに触れたチェンソーから大きな火花が塵飛ぶ!

その様は壮絶、接触面からの火花が強烈なハイライトを生み出す。網膜に焼けつくほどだ。


「ヒャハハ!!こいつはすげぇ!」

「くそ!」このケースを作ったやつをぶん殴ってやりたい!


「壬生郎!」

「壬生さん!」


班長と中山が思わず声を掛けた。


「壬生郎!待ってろ!」


パン!と後方で乾いた破裂音が響く。


「ああ!痛い!」

「大人しくしろ下っ端!」


班長がついに切り札を切る。拳銃で自分が相手にしていた手先の1人を撃った様だ。


「下がれ壬生郎!」


そうしたいとこだが…、慎重に対処しなければ死ぬ瀬戸際。

力の矛先をズラすことで受け流すことに成功した。


「うお、滑った?!」


だが、チェンソーの刃は壁に設置されている蒸留のパイプを切り裂いた。

そのため、辺り一面に真っ白い湯気が吹き出た。

班長と中山の姿が湯気で見えない。


「来るな班長!こいつは俺が対処する!」

「戻ってこい壬生郎!ああ、くそ邪魔するな!」

むやみにこちらへ飛び出して奴に切り裂かれる可能性もある。


「お仲間の心配をしている余裕があるのか?」


大男がチェンソーをやたら滅多に振りかざす。その軌跡に床や壁に爪痕を残す。

ケースで受け流しながら通路の奥へ、奥へと追いやられた。


気が付くと船のエンジンルームまできた。もうこれ以上奥はない。


「ははは、ここがお前の終着点だ!」


奴は一段と高くチェーンソーを振り上げた。

手に持つハードケースは既にズタボロであったが鍵はしっかりとかかったままだ。

作りが無駄に頑丈だな…。


このまま奴を放置したらどうなる?

同僚の中山、久保班長、幾人もの一般の乗客、あの探偵や助手。

そして…琴音がいる。


「推して参る…!」


ケースを再度盾にして掲げた。

チェーンソーがケースに触れた瞬間、ついに蓋が開いた。


そのまま宙へ飛び出てきたのは、今回特別に持参が許可された日本刀───


空を舞う刀をしっかりとこの手で握りしめた。

そのまま柄で奴の首元に打撃を食らわす。


「ご!ばぁ!っは!…ぁ!」


苦しそうにうめいている。そのまま顔を重点に鞘で殴り続けた。

一回殴る度に嗚咽を漏らす。二回目で片目が潰れて、三回目で鼻が曲がった。


「良い面構えになったな…ああ?」


殴り続けた鞘の柄は血がへばりついて垂れている。

陣中、顎、喉元、鳩尾、へそ、股間。人体の弱点は身体の真ん中に並んでいる。

立て続けにこのままどついて痛めつけた。


「おい投降しろ!武器を置け…」

「へへ…ヒハハハまだこれからだぜぇ!」


再度チェーンソーを振りかぶり、こちらへ向かってきた。


居合抜刀の構えをとり、鯉口を切る。

全身の力を丹田へ集中させる。気を練り右腕に握る刀へ意識を高める。

一心同体、刀と自分自身の繋がりを認識する。


チェーンソーの刃が俺に折り降ろされたその刹那───


抜刀。


刀が回転するチェーンソーの刃を切断すると、チェーンが分解されて飛び散る。


「ぎゃああああああああああああ!!」


飛び散ったチェーンの刃を大男の顔に伝う。

鮮血が飛び散る。辺り一面には血だまりが作り出された。

チェーンソーは放り投げたされた。壊れた以上、もう動かない。


「痛え!痛ぇ!た、助けて投降する!」

「黙れ」


鞘でどつく。


「がはぁ!」

「お前は家宅へ侵入して何の罪もない住人を手にかけただろう」

「な、何でそれを」

「警察を舐めるな。その時、お前は住人から同じことを言われなかったか?助けて、と」

「……」


鞘で二度どつく。


「ぎ!が!…ぶはぁ」

「言っただろう!言え!このクズ野郎!!」


鞘で三度どつく。


「ぐ!げ!ごぉ…。い、言った…」


飛び散った刃の中でまとまった長さのものを拾いあげる。


「そのまま放っておけば失血死するだろう、だが俺は完璧主義でな」

「な、なにを」


首筋に刃を巻き付ける。


「や、やめろ!」

「お前の死因は…、刃が首に巻きついたことによる、裂傷が動脈まで届いたことが原因で…死ぬ」






善良な市民が健やかに暮らしていられるように。


この世の悪は、俺がこの手で正す───










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