第20話 「PSYCO-PATH」

【登場人物、簡易早見表】


屋処紗禄、顧問私立探偵。

和登島雪姫、紗禄の助手。本名は霧島。


アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。

黒沢琴音、刑事。偽名、斎藤一二三。婚約者と旅行中という設定。鑑識課配属。

久保昌良、刑事。今回搭乗した刑事達の班長を務めるおじさん。蕎麦が好き。捜査一課配属。

中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため(へたくそな)変装している。捜査三課配属。

牡丹一禾、乗客。サイコクレイジーレズ。略称PCR。無職。

壬生 郎、刑事。偽名、藤原宗次郎。探偵という設定。ダイヤの運び屋役を務める。捜査一課配属。

龍宮寺レオ、乗客。手当り次第ナンパしていたホスト。停職中。

山田二郎、乗客。アイリンを最推しにしてる独身未婚成人男性。システムエンジニア。

山吹メイ、乗客。紗禄と雪姫をガチ推しているファンのメイドさん。




雪姫視点

3日目午前、深夜


嵐が吹き荒れてる甲板デッキのど真ん中でナイフの様なものを構えた橘あいり、もといアイリンと対峙する。


私の後ろには縄で手を縛られた一二三さん。展望テラスで伏兵と闘う屋処さんがいる。

絶対に負けられない。

まだじりじりと間合いを図りながら構え合っている。

その間に基本的な観察を行う。


彼女の右手には工具仕様のナイフが握られている。刃の全長は長くないが肉厚だ。壊すのは手間取りそうだ。手から叩き落とすのが良さそう。


「これ何か分かる雪姫…?」


アイリンの左手にはキラキラと光り輝くものが握られている。

私はそれを一度見たことある!


「イベント会場に飾られていていたダイヤ…!既に手に入れていたんですか」

「あの筋肉マッチョが先制を仕掛けたときにね、約束だったもの」

「壬生郎はんから奪ったんか?!うちのせいや…そんな」


中々に手癖が悪いらしい。こうなるとますます逃がすわけにはいかない。

…アイリンはダイヤを自身の谷間にしまい込んだ。そこまで大きいと物の出し入れが出来るんだ…。


「ねぇ雪姫?アタシあなたのことが気に入ってたわ。分け前を山分けするから、これからはあんなトンチキ探偵じゃなくてアタシと一緒に組みましょう?」

「嫌です、絶対、何があってもすごい嫌です。…あなたは信頼できません」

「残念…。一緒に組めばきっとどんなヤマもこなせると思うわ!」


アイリンが先制攻撃を仕掛けてきた。素早く突き出すようなジョブを連続で打ってくる!

自身の手に握りしめた警棒で応戦する。刃と警棒が乱れ合う度にギンッ!と金属同士がこすれる音が響く度に火花が散る。


「すごぉい♡ナイフの裁き方なんてどこで覚えたの?」

「格闘ジムでシラットを習いました」


シラット、別名はブンチャックなどがある。主に東南アジアが発生の起原とされる伝統的なマーシャルアーツ。現在でもマレーシア、インドネシア、シンガポール、ベトナムなどで盛況だ。

日本でも数こそ少ないがインストラクターがいて教えを乞うことが出来る。


最初は女性向けの護身術を習いに来たと思われたが、素性が探偵であることを明かすと実用的かつ実践的な技を授けてくれた。


だけどわたしにとって初めての実戦。動悸が上がると同時に息も上がる。

戦闘中に息を切らすのはダメだ、整えよう。


「フ、フ、フ、フ、フ、フ、フ…」

「ちゃんと戦闘中の呼吸法も知ってるのね、楽しめそう…♡」


アイリンが再度ナイフを振るってきた。先ほどよりも力強い…!

押し負けそうだ…!眼前で散る火花がさっきよりも激しい。


「雪姫はん頑張って!」


そうだ私の後ろには友達がいる。ここで切り刻まれるわけにはいかない!


「でやぁぁぁぁぁ!!」

「アハ、アハハハハッハハハハハ!!」


金属と金属のぶつかり合う音は先ほどよりも重く強い。嵐の中だというのに自分の身体が熱くてたまらない。雨の冷たさが身体を冷やすのに丁度いいくらいだ。


スパァァァァァン!!

近くで火薬の破裂する音が嵐の中で、しかと響き渡る。

屋処さんの銃砲だ。その音に2人同時に身構えた。

しかし再度、先に動き出したのはわたしのほうだ!


「そこ!」

突き出すように素早く手首のスナップを聞かせてアイリンの右手を狙い撃ちにした!

カラン──と地面に工具用ナイフが落ちた軽い音がした。


「クソ!」


が、しかしアイリンがわたしの右手首を捕まえて捻り上げてきた。


「が!あっあぁ…」


痛!あまりの痛さに警棒を落としてしまった…!

地面に転がった警棒をアイリンに遠くへ蹴とばされてしまった。

こちらもナイフを遠くへ蹴とばしてやった。


「これでおあいこ」

「離してください!」


アイリンに頭突きを食らわす。

自分にも衝撃がくるため2人同時によろける。一旦互いに距離を開ける。


「アイリン殿~!ボートの準備出来ましたぞ!」


場違いな声がわたしたちの間に割って入る。


「よくやったデブ!お前も手伝え!」

「ぎょ!女性に手を上げるのは気が引けるのですが…」

「お前、この女の味方をするのか!?」

「ち、違います!拙者はアイリン殿の味方でございます」


山田さん、そういえば動画チャンネルで親衛隊を名乗るくらいの信者だったんだ。

だけど直接手を出すのはやはり腰が引けるらしく、代わりに遠くへ飛ばした警棒の回収へ向かった。


割って入ろうとしたところアイリンが邪魔立てしてきた。

ほくそ笑むアイリンの顔がムカつく。


「させへんで眼鏡!」


山田の横から一二三さんが全速力で突き出してはっ倒した。

体格差は男性である山田の方が良いが、この雨と不意打ちが見事にマッチしてすっとんでいった。

手首を拘束していた縄がない。よく見るとアイリンが先程まで握っていた工具ナイフを一二三さんが持っている。あれで縄を自力で解いたのだろう。


「雪姫はん!申し訳なんやけど先ほどの戦いぶりを見るにうちじゃアイリンを制圧出来そうにないわ!加勢しても足を引っ張ってまう」

「任せてください!一二三さんはその男をお願いします」

「あんね雪姫はん、実はうち琴音っていうの…。偽ってごめんな!」

「よろしくお願いしますね、琴音さん!」


アイリンとわたしは素手で再度構え直す。


「その構えは一体…?」

「ふふ…あなたにアタシを取り押さえられるかしら?イベント会場でお人形さんみたいだったあなたに。今度は不意打ち出来ないわ」


あれはレスリングの構え…?先ほどの警棒を取り上げた動きといい、何し方の格闘術を習得してるのは間違いない。そういえば屋処さんからアイリンは看守を締め落として逃げたと聞いた。もしかすると投げや締め技が得意なのなのかもしれない。


アイリンが向かってきたのでジャブを落ち込んだ。


「ぐっ!あぁ…このくそ!」

「わたし取っ組み合い好きじゃないので殴りますね」


アイリンはまた構えを変えた。今度は拳法みたいだ。

利き腕を前に構えている、何故?


ボクシングや空手でストレートを打つなら利き腕は自分の後ろにするはず。おかしい…。

その刹那、眼前に拳が飛んできた!


…!あぶない。観察してなかったら避けられなかったかもしれない。


「あは、すごい!今の避けるんだ。じゃあもっと見せてあげる…!」


切れの良い打撃が飛んでくる。何度か顔に当たりそうになるも僅差で避けた。

眼前に迫った拳を目で追うと通常の突き出しとは違い、縦拳であった。

人体の構造上、拳を縦にした方がリーチが伸びる。

身長差はほぼ五分なので、確かにこの方が命中する精度が上がる。


「思い出しました、それジークンドーですよね」

「正解、有名な格闘家ブルース・リーが使った最速の格闘技よ」

「映画を見たことあります、かっこいいですよね」


言葉通り、途轍もなく速い拳がノーモーションで飛んでくる。

さすがに避け切れず腕でガードした。痛みこそあるが、相手は同体格の女性、耐えられないことはない。

だからといってこの様な拳を何度も食らうわけにはいかない。

一体…バックステップを踏み後退する。

そこをすかさずアイリンが踏み込んできた。

今だ───


「がっはッッ!!?」


リーチであれば腕より脚の方が長いのは明白。人より顔以外で優れているところを上げるなら、わたしにはこの脚がある。ハイヒールを履いた前方突き出しの蹴りはアイリンの腹部へめり込んだ。


痛いのかお腹を抑えている。次はこちらから仕掛けよう!

わたしは逆にこちらから辛そうにしているアイリンへ取っ組みかかった。


甲板デッキの路上を転げ合いながら寝技に移行する。


「大人しくしなさい!」

「やめろ!離せええええぇぇぇ!!」


めちゃくちゃに揉み合う。服の生地を目いっぱい引っ張り合うので互いにところどころ裂けている。

わたしはコートにジーンズなので中のシャツくらいしか破けてないが、アイリンはドレスなので胸元が大きく裂けて同性ながら目のやり場に若干困る。谷間が凄いし、中の黒いブラジャーが見えている。

わたしもわたしで髪のセットも崩れ、化粧も乱れたが、どうせこの雨だ。もうこの際どうでもいい。


このまま捕獲をやめるつもりはない。

今のわたしは猟犬だ。


「アイリン殿!」


山田がかつてない速さを急に見せて一二三さんの脇を抜けた。


「あっ、お前、待ちや眼鏡!」


重い身体を揺らしてこちらへ向かってきている。

まずい今邪魔されると拘束が…!


その時、目の前に一枚のトレーが地面を滑って飛んできた。

なんとタイミングよく駆け寄る山田の足元に入り込み、勢い良くスッ転んだ。

頭を打ったので大丈夫か不安ではあったが意識があるみたいだ。


「雪姫様、耐えてください。僕が足止めします」

「やま…ぶきさん…?!」


脇にはお弁当らしき包みを抱えている。そうか届けようと探してくれたんだ。

山吹さんはトレーを拾い上げて、山田を叩き始めた。

べこんべこん!良い音がするが、山吹さんの力で死ぬことはないだろう。

そこへ琴音さんも加勢して山田を足蹴にしている。


「雪姫はんの邪魔するなや眼鏡おんどりゃあ!!」

「えい!えい!雪姫様の邪魔をするのは山吹が許しません!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」


何か間違った台詞がするが気にしないでおこう、それよりも自分のことに集中するべきだ。


なんどか二転三転してポジションのチェンジをした。

仰向けになっているアイリンをわたしがうつ伏せになって首を取り押さえている。

頭の位置が互いに逆となっているので、私の顔がどうしてもアイリンの谷間の傍にきてしまう。

正直、凄く気が散るが締め落とすまであともう一歩だ。


「くっ!あっ、が…!」

「わたしはッ!…人形なんかじゃ…ないッッ!!」


そう、私はイベント会場で屋処さんと出会ってから探偵助手として活動してきた。

もう前までのように着飾ってカメラの前でポーズをしたり、人に言われた通りの仕事をするだけのお人形なんかじゃない…!!


先ほど腹部に蹴りが入ったために力が入らないらしい。

抵抗する力が徐々に弱っている。


「あああああああああああああああああああ!!」


?!山田が突如雄たけびを上げて立ち上がった。あれは興奮している…?

うわ!こっちに来る!まずい!


「止まれ!止まらないと撃つぞ!」


この声は屋処さん!拳銃を山田に向けて構えている。

弓兵を倒して降りて来たんだ…!


「おおおおおお!アイリン殿~!」


「止まれ!」


「おおおおおおおおおおおおおお!」


スパァァァァァン!!と銃砲が響いた。


膝から崩れこんだ山田の巨体がわたしとアイリンに滑り込む様にしてぶつかる。

その衝撃で二人とも吹き飛ばされてしまった。


「よくやった…豚!」


アイリンがよろよろと立ち上がる。

山田はわざと私の方へ重点的にぶつかってきたため、打ち身で肺が痛い。せき込んでしまった。


「雪姫さん!あぁリロードしないと!」


屋処さんがリロードをしてる間、アイリンは全速力で駆けだした。

山吹さんのトレーを躱し、琴音さんのことをなぎはらってしまう。


再び嵐に負けない火薬の音が響き渡る。

駆けているアイリンの傍に着弾して火花が散る。


アイリンはそのまま救命ボートに乗り込み、なんとボートはそのまま海へ落下していってしまった…!


「ああくそ!逃げられた!待てーーー!アイリンーーーーー!」


屋処さんが絶叫している。

傍へ駆け寄ろう。

海に流されていく救命ボートがある。船が進み、この嵐なのでその姿はすぐに見えなくなる。

今度は取り逃がしてしまった…。


「そうだ雪姫さん大丈夫?…その口に咥えているのもしかして」

「ふりすむしーにぐだいやへす」


口に咥えていたダイヤを屋処さんへ差し出す。


「どうして雪姫さんが?元はアイリンが持っていたの?」

「藤原さんが先制を仕掛けたときにスッたと言ってました。その後、谷間にしまい込んでましたね」

「口に咥えていたのは?」

「寝技に移行してからポジションの関係で谷間が目の前にあったんです。山田が突っ込んできた時、アイリンの谷間に顔を突っ込んだのでその隙に奪取しました」

「はは!こりゃいいや!雪姫さんお手柄だ!」


褒められた…!嬉しい…!


「大変です、男の人の腹部から血がでてます」

「いかん止血や!」


山田さんの右脇腹が赤く染まっている!

山吹さんと琴音さんが応急処置を試みている。


「屋処さん!あの人死んじゃいませんか?!」

「大丈夫、致命傷は避けた。まぁ制止を呼びかけたけど止まらなかったのは向こうだからね」

「そうでしたね…」

「止血すれば死なないよ、臓器は傷つけてないから」


あの一瞬でそこまでの判断が出来たんだ…?!


「今回の事件、アイリンの勝ち逃げでしょうか」

「んー目的は阻止したけど逃げられたからドローといったところか」

「すみません、わたしがもう少し早くアイリンを締め落としていれば…」

「雪姫さんのせいじゃないよ、凄い良くやってくれた!じゃあ後処理しよっか」

「はい…!」


わたしはもう人形じゃない。そのことを示せて、暗雲として天気とは裏腹に清々しい気分だった。


















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