ベアトリス、疾走する。
「エリスが帰ってこない!?」
ダンフォード家に戻ったベアトリスは、家が騒々しい理由を聞いて茫然とした。
しっかりした性格だから忘れかけていたが、エリスはまだ十四歳の少女だ。
世の中の悪意に対してきちんと対処できるとは思えない。
マーサが
「マーサは悪くないって」
「いいえ、私がついて行くべきだったのよ。エリスはお嬢様のことを気遣って、お菓子を焼くんだと張り切っていたのに」
正直マーサがついて行ったところで大した差はなかったとは思うが、エリスのことを考えると胸が痛くなる。
恨まれているのは自分なのに。
正面から闘っても絶対にかなわないからターゲットを周辺に広げた、というところだろう。要するに人質だ。
ベアトリスは本当に、本気で怒っていた。
その手段の卑怯さに。
今なにもできない自分自身に。
自分がせめて、気をつけるように注意しておけば。
「お嬢」
ロッドが男の首根っこを捕まえて引きずってきた。
「エリスを連れ込んだのはこいつらの元のねぐらだ。一人で来ないとエリスを殺すと言ってる」
「……お前たちがエリスをっ!!」
ベアトリスは男の胸ぐらをつかんで片腕で軽々と釣り上げた。
「こいつを殺すのはまずい、お嬢」
「俺が帰らなけりゃ親分は娘っ子をどうするかわかんねえぞ!」
激情を抑えるようにぶるぶると腕を震わせていたが、低い声でベアトリスは言った。
「エリスに傷一つつけてごらんなさい。お前たち全員墓穴の中に放り込んでやるわ。必ず伝えなさい」
放り投げるように手を離した。男は尻餅をつき、顔を蒼白にして震えている。
(どうか無事でいて、エリス)
ベアトリスはそう願いながら馬を走らせる。
王都の門を抜け、森へ。
「ベアトリス・ダンフォードが来たわ! エリスを開放しなさい!!」
森のねぐらに到着するなりベアトリスは叫んだ。
そこにひょっこりと姿を現したのは──。
攫われたはずのエリス当人だった。
「あれ、ベアトリス様」
「エリス!?」
慌てて馬から降りようとしたベアトリスは、うっかり足をもつれさせて尻から地面に落ちた。
エリスが驚いて助け起こそうとする。
その手をベアトリスは掴んで引き寄せる。
二人は地面を転がった。
エリスに覆いかぶさる形になったベアトリスは訊ねる。
「男たちに何もされてない?」
「心配しすぎですよベアトリス様──」
そういったエリスは、顔に温かい雫が当たるのを感じた。
ベアトリスの、涙。
「よかった……」
心からの安堵の声に、エリスも顔を歪ませる。
「本当言えば、私、怖かったです」
「エリス、エリス」
少し落ち着いたところで周りを見回すと、ゴミでいっぱいだったはずの廃屋が見事に片づけられているのにベアトリスは気づいた。
「まさか、ここを掃除したの?」
「はい。部屋の汚なさは心の乱れに直結しますから」
「エリス、それ私にも刺さるわ」
「え!? いえ、ベアトリス様の心がすさんでいるとかそういう意味で言ったのではなく」
(何がどうなったら人質のエリスが盗賊のねぐらを綺麗に掃除することになるのかわからないけれど、ひょっとしたらエリスってすごい子なのかもしれない)
とベアトリスは思った。
「それで」
ベアトリスは眼ばかり大きい痩せた男、盗賊オウルとその一味をねめつけ、言った。
「どう始末をつけるの」
「俺はもうあんたをどうこうしようという気はなくなったよ。そこの嬢ちゃんの影響かな。
うんうんと頷く子分たちをあきれ顔で見ながら、ベアトリスは言った。
「そうしたけりゃすればいいけど、とりあえず一発づつ殴らせて」
「お前ら、運がよかったな」
いつのまにか追いついていたロッドが盗賊たちに話しかける。
「……それはどういう?」
「エリスに傷でもつけててみろ。お前らなんざ、あばら家ごと吹き飛ばされて骨も残らんぞ」
「じ、冗談だよな?」
「冗談なもんかい。喧嘩売るには相手が悪すぎたな。お前ら銀薔薇騎士団を敵に回して逃げ切れるとでも思ってたのか?」
「そ、そんな。デカい屋敷だとは思ったが……騎士団の団長だったのか!?」
(こりゃ本当に何も知らねえな。裏で糸を引いてる奴がいる──まあ、だいたい予想はつくが)
「だったらまあ、根性入れて殴られてこい」
ロッドは肩をすくめた。
「だったら俺にも殴る権利はあるよな?」
声とともに男の姿が現れた。
漆黒の髪に黒い瞳。着ている皮の鎧も黒いので本当に
「誰だ?」
ロッドは驚きを隠しながら訊いた。
(俺が──気配に気づかなかった)
「<レイヴン>だよ。エリス、巻き込んですまなかった」
エリスの手を取って謝罪する。
「あ、えーと……、その」
そこまで男性に接近されるのに慣れていないエリスはどぎまぎしていた。
ベアトリスはぎゅっと抱きかかえるようにレイヴンからエリスを引き離す。
「私のメイドですのでお気遣いなく」
「ならちゃんと管理しとけよな」
「言われなくとも、エリスはちゃんと私が守ります」
「なあ、俺たち帰っていいか?」
「駄目。騎士団で身柄を預かるから」
ロッドの答えに、オウルたち盗賊は深くため息をついた。
女騎士団長さま、ちゃんとしてください! 連野純也 @renno
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