港都4
翌朝、この数日間を野宿でしのいでいたセテは、惰眠をむさぼっていた。やはりフカフカな草よりフワフワな綿のほうが心地よい。ソシアの計らいで
「セテ!起きろ!魔物だ!!」
突如フランメルはノックもなしにセテの寝室の扉を開放し怒鳴りつける。
「は、はい!!直ちに!!!」
セテは毛布を蹴飛ばしてベッドの上に直立した。両の手は弓や装備を確認する動作をしたが肌着程度しか着ていないその手は空を切る。
セテは、過去にフランメルらと修業した名残が体に染みついていた。三日三晩、魔物が蔓延る山を探索、装備品を携行したまま交代で仮眠をとり、魔物の襲来に備え、セテの寝入りばな、フランメルに頬を叩かれて起こされた事もあった。
「くくく……、お、おはよう、セテ。良い朝だぞ。」
フランメルはいたずら心でセテを脅かしたようだ。
「……おはよう、フランメル。最悪。」
「よく寝ていたようだが、ギルドの依頼があってね、お前にも付き合ってもらおうかと思ったんだ。」
「わかった。準備するから待っててくれ……ありがとう誘ってくれて。」
セテは弱気な事を言ったがテキパキと防具を着込んで準備をはじめた。
「ふっ、お前の苦しみを解決する方法は、強さを磨く事だけだ。それに……」
フランメルはセテを元気づけ、企みのありそうな笑みでその後の言葉は語らなかった。
朝食を簡単に済ませたセテは勢いよく顔を洗い屋敷の外に出る。昨日の明け方まで暗い森にいたからか、眩しい日差しに目がくらむ。海に棲む鳥たちは風とたわむれて、鳴き声はせわしない、森よりよほど騒がしくて、空はずっと高かった。
「来たか。簡単に依頼内容を説明する。海道外れの洞窟が魔物の根城となってしまってな、これを調査、可能ならそのまま討伐する依頼となっている。もともと遺跡調査がされていた洞窟だったが、調査が済んでからというもの封鎖もせずに放置されたせいで、そこを魔物に居着かれてしまったようだな。」
「わかりました、頑張ります。」
背筋をただし、か細い声で返事をしたのはエスレンティアだった。
「え、この子も連れて行くの?」
「この子、じゃない、エスレンティア。」
エスレンティアは淡々とセテの発言に訂正を加えた。
「そうだ、ソシアからも鍛えてやってほしいと言われていてな。誰かさんが寝ていた早朝、軽く揉んでやったが筋はいい、お前より戦力になるかもな?」
「……!足引っ張るなよ、相手は人間じゃないんだからな。」
フランメルの挑発に順調に乗るセテであった。
「わかってる。セテは弓なんだ?昨日は剣持ってた。」
エスレンティアはセテの装備を見て、首をかしげて尋ねた。
「俺は魔物の狩人、相手を先に見つけて、素早く仕留める。それが自分にとっても相手にとっても大事なこと、そのための弓、弓がだめなら、斧に剣に、持ち替えるだけさ。」
「相手にとっても?」
「そうさ、魔物は人を脅かす存在だが、魔物だって俺たちに狩られまいと生きている。無駄に苦しませず仕留めるのが、狩人だ。」
セテは真っすぐな眼差しをエスレンティアに向けた。
「セテの講釈が終わったところで、出発するか。」
フランメルは二人の肩を押した。
「フランメルも狩人?」
エスレンティアはフランメルにも尋ねた。
「そうだ、こいつの先輩のようなものだな。そうだ、エスレンティアは光魔術を使うんだったな、私は光と火を使う。セテは風と水が使える。」
歩きながら戦力の確認をする。
「そう、光魔術と巫女の術が少し……といっても光を奪う闇系統で光魔術そのものは苦手。」
エスレンティアは淡々と自分の魔術適性を嘆いた。
「光魔術を闇系統で行使出来るのは希少だ、天賦だな。人は明るさのなかで行動する種族だから闇系統は本質的に扱いにくいと聞く。」
それでもフランメルは関心してエスレンティアを褒める。
「というか、巫女の術って、結界とか加護とかそういうやつか?」
セテは新しく登場した魔術に興味津々だった。田舎のハティマでそんな術に出会う事はなかった。
「そう、依り代となる魔道具があれば、それを基点に結界や加護を展開できる。私の国の巫女は剣や農具、懐刀を基点とする事が多い。」
そう言って、宝飾された鞘のナイフを腰巻きの切れ目の太もも辺りから取り出した。
「ど、どんな効果があるんだ?加護って。」
セテはエスレンティアが恥ずかしげもなく太ももをさらした事にドキとしながらも、効果について尋ねたが。
「セテ、私も太もも丸出しなんだが?エスレンティアの太ももにしか興味ないのかな~?」
フランメルが突拍子もないツッコミをセテに入れた。
「はあ?フランメルはなんか違うんだよ!裸像が服着て歩いてるみたいな……あっ。」
最早何度目とも知れない手刀がセテの脳天を小突いた。
「ぐえっ」
セテは叩けば音が吹き出るフイゴのように喘ぐ。
「……。」
エスレンティアはうつむいて口元に手を当てていた。
「エスレンティア、笑ってんじゃねーよ。」
「あふ……あはは。」
淡々とした語り口のエスレンティアだが、ようやく声を出して笑いだした。
「……なんだよ、笑えるじゃんか。」
セテはエスレンティアの様子を見て怒るでもなく安堵する。
「ふっ、セテが叩かれたのも意味があったな。」
フランメルの言葉にエスレンティアは頷いてセテを見上げた。
「……なんか調子狂う。」
風が砂浜に大波を運ぶ。砂浜の先は崖が切り立っていて風と波を遮り、その手前はより一層高い波が押し寄せた。肉眼では見えないが、海水の果ては
ひたすら歩いて崖の裏側に回り込むと、溶岩でも流れ込んだかのような穴がポッカリと開いていて、ひんやりとした風が内部から這い上がっていた。
「標的は、情報ではゴブリンなどより大きいと聞いている。近隣の家畜や動物が派手に食い散らかされたそうだ、一体だけとも限らんが群れではないだろう。ちなみに私はシンガリだからな、手出しは緊急時のみだ。さて、セテどうする?」
フランメルは全権丸投げでセテを指さす。
「この場合は……俺が斥候をやる。中衛エスレンティア、殿はフランメル。俺が先制したら攻勢の合図だ。」
「ところで、巫女の加護ってどんな効果があるんだ?」
セテはエスレンティアに尋ねた。
「相手の初撃が外れる、軌道がそれる。加護は、必ずこの効果がある、っていう性質じゃないから説明しにくいけど……。相手が運悪く外してくれる、みたいな?」
エスレンティアは身振り手振りで説明し、首をかしげてセテに答えた。
「なにそれすごい……っていうか、いや何でもない。」
エスレンティアは毎回、身振り手振り交えて物事を説明しては、首をかしげ見つめてくる。
「エスレンティアはすっかりセテがお気に入りだな。昨日は襲いかかった仲だと言うのに。」
フランメルは二人を見比べて頷きながら一人納得した。
「仮にも昨日は負けた、だからセテの言うことは何でも聞くよ。」
「わ、わかった。加護がどれほど効果があるか実証してる時間はないから今回はなし。」
「はい。」
「灯りくらいは用意しようか。」
フランメルはそういって小さな光源の魔術を放つ。
これから魔物が棲みついた洞窟へと入る。生死のかかった探索のはじまり、セテの表情は険しく、唇は噛み切れそうなほど力が入っていた。
Birds Island 空木葉 @sorakiyoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Birds Islandの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます