小さな勇気とラッキースター

新巻へもん

ありがとう

 俺はどこにでも居るごくフツーの高校生だ。少なくとも自分ではそう思っている。

 ただ、幼馴染のサユリに言わせれば、「勉強もできないし、運動音痴、顔も残念賞で良いところ一つもない上に、嘘つくのも下手くそ」な男らしい。

 あまりに酷い評価にめまいがする。

 俺じゃ無かったら、この世をはかなんじゃうね。

 で、この俺に殺傷能力の高い評を下してくるサユリというやつだが、ぶっちゃけ見た目だけなら俺が通う高校のナンバー1美少女だ。

 ただし、男子生徒からの人気はルックスの割には高くない。

 それというのも、俺に浴びせてくるような毒舌を誰彼構わず浴びせるからだ。

 黙っていればとても可愛いので、今までに幾人もの勇者が突撃しては玉砕を繰り返している。

 その度に、サユリはいかに無謀な告白かということを微に入り細に渡ってこき下ろしていた。その後には死屍累々。

 まあ、俺は小学校の頃からサユリに酷い目に合わされてきたお陰と言っては何だが、そんな無謀なことはせずに済んでいる。

 それでも、向こうからわざわざウザがらみをしてくるのだ。

 俺が文芸部の部室でボードゲームをしているところに乗り込んできて、めっためたのぎったんぎったんに自作の小説の酷評をされたこともある。

 学校帰りに小遣いで買い食いしていると、疾風のように現れて、俺から勝手に奪って食ってしまう。

 夏の暑い盛りのアイスは棒が露出するほど齧り盗られたし、肌寒くなってきた頃合いの肉まんもがぶりと半分近くやられた。

 令和の時代は暴力系幼馴染は流行らないということを知らないらしい。

 でも、俺はそんなサユリのことを嫌いにはなれなかった。

 小学校の頃から暴君だったので、その振る舞いに慣れ過ぎて感覚がマヒしているのかもしれない。

 それに一度だけ、俺の小説をわずかだけ褒めてくれたことがある。

「アンタの小説。話は面白かったよ。ちょっとだけだけど。続きを楽しみにするぐらいには」

 まあ、俺に気分よく奢らせるために言っただけだろうというということも分かってはいた。実際パフェを奢らされたし。向こうからはチョロいと思われているんだろう。

 それでも、そう言ってくれたことは俺の心の支えになっている。

 

 下手の横好きで書いている小説をインターネット上の投稿サイトに発表しているが、反応はイマイチだ。

 イマイチどころかほとんど読んでもらえない。

 投稿サイトは多くの人が活動していて、もうすぐ会員数が百万人に到達するらしい。

 そんなところで知名度もない俺が発表しても電子の海に埋没してしまう。

 夏休み期間に開催された高校生向けコンテストも鳴かず飛ばずの結果に終わった。

 そして迎えた十二月、サイトを挙げての一大コンテストが実施されている。

 来年度は大学受験が控えているので、俺の高校生活を賭けて小説を書いたつもりだった。

 しかし、コンテスト期間が半分過ぎたというのに相変わらず芽が出ない。

 大賞は無理にしても一次選考だけでも通過したいという願いが打ち砕かれていた。

 人の夢と書いて、儚いと読む。

 そういうものかもしれない。

 だけど、俺は諦めきれなかった。

 レビューが欲しい。

 たった一人のレビューが読者を呼び込んで一気に評価されたというサクセスストーリーを俺は聞いたことがあった。

 誰か、誰か、俺の小説にレビューを書いてくれまいか。

 恐らく俺は心を病みかけていたんだろう。

 よりによってお願いした相手はサユリだった。

 まあ、新年そうそうに直接頼みにいくために家の住所を知っているのなんて、幼馴染のサユリしかいなかったんだけどさ。

 やっぱり対面の方が礼儀にかなってるじゃん。

 で、新たなる年でも相変わらずな幼馴染と相対する。

「何よ。新年早々にアンタの不景気な顔なんて見せられて、今年は最悪の気分だわ」

 玄関先で仏頂面をするサユリに頭を下げた。

「頼む。俺の小説を読んで、もし面白かったらレビューを書いてくれないか」

 なりふり構わず懇願する俺をゴキブリでも見るような表情で眺めていたサユリは、はっと鼻で笑うとドアをぴしゃりと閉める。

 俺はしょんぼりと家に帰った。

 少しずつ冷静になり、なんて馬鹿なことをしたんだろうと思うようになる。

 恥ずかしさと悔恨が押し寄せてきて、夕飯もそこそこにベッドに入った。


 翌朝、いつまで寝ているのかと母親に叩き起こされて、雑煮を食べる。

 ため息が漏れ、いつまでも餅を飲み込めなかった。

 連載を追いかけている人気作の昨夜の更新分を読んでなかったことを思いだし、小説投稿サイトにアクセスした。

 新着メッセージのマークが目に入る。

 レビューコメントが寄せられていた。

 見たことのない名前のユーザーからの丁寧なレビューを貪るように読む。

 俺の書きたかったことを汲んだ文章はある意味俺以上に内容を深く理解してくれていたかもしれない。

 そして、そのレビューコメント以降に、俺の作品へのフォローと、作品を評価する☆のマークが増えていた。

 大急ぎでサユリに電話をする。

 電話口では相変わらずだった。

「うるさいわね。毎日かけてこないでよ。しかも、昨日は家まで来たし」

「あ、あの。俺の小説にレビューコメント書いてくれたのサユリだよな?」

「はあ? 可哀そうだから読んではあげたわ。相変わらず誤字は多いし、話は飛んでるし、ぜんぜん進歩がないじゃない。それに何よりイケてないのは完結してないでしょ。電話してる暇があったら、さっさと続きを書きなさいよね。じゃあ」

 ブツリと電話が切れる。

 俺は小説投稿サイトのマイページを開くと、ちょっとぼやける画面で忙しく指をフリックさせはじめた。 

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